第4話・好きなだけ抱いてよ


 運命の日。
 壊滅状態に陥った小隊・・・敵に取り囲まれ・・・解き放たれた、青の能力。悲鳴すら上がる暇もなく。飛び散る血しぶき。赤い、赤い血・・・。
 目を覚ましたサービスが見たものは・・・。
 体中を切り刻まれ血まみれで岩に叩き付けられた、ジャンの姿!
 サービスの頬が血潮に濡れる。
 愛する者の命までも奪った忌まわしい秘石眼を、えぐり取って。残された左眼で、親友の変わり果てた姿を眺めていた。
 血の涙を流し続けていた。

 アクアに知らされたのは、ジャンの戦死とサービスの右眼負傷という事柄だけだったが、それだけでも彼女を打ちのめすには充分すぎるほどの事実だった。
(サービス兄様・・・ジャン・・・!)
 右眼に白い包帯を巻いて、うつむく姿も痛々しい兄にどんな言葉をかけられただろう。ただ抱きしめて、そばにいてあげることしかできない。
 体を重ねることもせず、夜は添い寝をした。アクアには辛すぎたが、それよりももっと兄の苦しみは深いはずだった。真夜中、うなされて飛び起きることも続いた。急に震えだして、アクアにすがりつくことも一度や二度ではない。
 そのたび、アクアは可哀想な兄のために出来る限りのことをしてあげた。
 サービスの壊れた心を癒すことで、自分自身も癒されたかった。

 黒い髪を、太陽の匂いを、底抜けに明るい笑い声を。思い出してしまうから。面影を、瞼の裏に追い続けてしまうから。
 

 それから数日後の夜、アクアは二番目の兄に呼ばれ、彼の私室へ出向いた。サービスもようやく落ち着いてきたころだった。
 ルーザーの姿をそういえばずっと見ていない。アクアがサービスのところにいたせいでもあったが、実はルーザーは彼の中の激しい心の動きに驚き、悩んで、研究室に閉じこもりっきりだった。そして自分なりの結論を得て、今夜最愛の妹を呼び出したのだ。
「ルーザー兄様」
 明かりも付けないまま、兄は椅子に座り、物思いにふけっているように見えた。どこにも力がなく憔悴している様子に、アクアは驚きを禁じ得ない。
「・・・アクアマリン」
 ゆるりと上げた顔の、目だけが妖しく光っている。背筋に冷たいものを感じて、アクアの顔はこわばった。
「兄様、そんなにやつれて・・・。きちんと食べているの?」
「ここにおいで」
 まるで声が聞こえていないかのようだ。アクアは逆らえず、兄の方へ近寄った。しゃがみ込んでひざもとに手を置き、見上げる。いつも通り整ってはいるが、精彩のない顔はまるで別人のようだった。
「・・・おまえを抱いてもいいかな」
「どうして、そんなこと聞くの・・・」
 哀しくなる。本当に、どうしちゃったんだろう。
 痛くしているのは分かる。可愛がっていた弟が片目を失ったショックは一通りではないから。
 だがそれだけではない何かが、ルーザーの中にあった。何だろう。禁断の秘密を覗き見てしまった、そう、まるで罪人みたい。
 アクアは立ち上がり、自分で服を脱ぎ始めた。暗い中に白い体が浮かび上がる。
「抱いて、何度も。好きなだけ抱いてよ」
 それを望むなら。
「全部脱いで・・・よく見せて」
「恥ずかしいよ」
 何を今更・・・。兄は初めて笑い、けだるそうに立ち上がった。口づけを与えながら、慣れきった手つきで下着を脱がせていく。
「そこに立って」
 部屋の中央に立たせ、自分は手を伸ばしてブラインドを上げる。闇にうずもれていた個室が、たちまち月の粒子で満たされた。
「やだ、恥ずかしいってば」
「いいから。見せて」
「・・・・」
 切望の眼差しにほとんど圧倒されて、わずかに体をかばっていた腕を下ろす。静かな光を正面から受けたアクアマリンの裸身は、見とれるほどの美で輝いていた。髪にも肌にも、金色の光をにじませて。
「おまえは、綺麗だよ」
 ため息混じりに賞賛し、引き寄せられるように肩を抱いてキスをする。そのまま床の上に寝かせると、乳房を刺激しながら耳朶を噛んだ。
「・・あん・・・兄様・・・」
 吐息がかかる。ひやりとした床に体の熱を奪われる。
 また波にさらわれる。

 肌に直接触れると、何故かアクアは涙が止まらなかった。
 大好きな兄がどこか遠くへ行っちゃいそうな気がしたから。
 こんなに近くにいるのに。しっかりと抱き合っているのに。ひとつになれるのに・・・。
 どうして、泣いてしまうんだろう。

 月の光に包まれて、何度も抱いて。泣いて抱いて。好きなだけ。

「ねえアクアマリン、ぼくが死んだら、君は哀しいかな・・・?」

 そんなこと言わないで。ただ、抱いていて。

 ああ・・・。
 でも、それが最後の言葉だったなんて。

 ルーザーは自ら激戦区への出陣を希望し、そして、戦死した。
 深く傷ついた右眼も心も癒えぬまま、サービスもまた、ガンマ団を去っていった−。
 

 
 
 
 
 

 
 
 

−つづく−


 

 第5話・Happy Toy



 

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