第3話・ほっとかないでね


 木陰にて、ジャンはいつものように昼寝をしていた。
 外での昼寝はずっと昔からの習慣だったから、時間さえあればすぐに寝っ転がってしまう。
(少し寝過ぎたかも知れないな・・・)
 今の時刻を正確に知る勇気がないために、なかなか目覚めることができない。少し、風が冷えてきたようだ。鼻先をくすぐってきた良い匂いは・・・香水?
 草花や風やさまざまなものが混じった中に割り込んできた、人工的な香りがようやくジャンを刺激した。不快なものではない。ただ意外だった。
「うーん・・・」
 目を開ける。真っ先に飛び込んできたのは、麗しい金色の、長い、髪。一瞬サービスと見間違えたほどの見事なストレートだが、よく見れば青い瞳の、それは綺麗な女の子・・・・。
 女の子!?
「きみ!」
 ガバッと起き上がる。完璧目も覚めた。
「迷ったのか!? だめだよこんなところに入ってきちゃ!」
 飢えた狼の群も同然なのだ、男ばかりのガンマ団は。
 しかし少女は、余裕で笑っていた。
「迷ったんじゃないわ、ここに住んでるの。あなたとお話がしたいの、ジャン」
「えっ?」
 なぜ名前を?
 これは、夢の続き・・・? お人形のごとくに美しい女の子が、わずかにほっぺを赤くして、笑っているなんて。

「どーぞ」
「はあ、どーも」
 出されたお茶菓子に頭を下げる。
 サービスたちの妹でアクアマリンという名だと自己紹介をした娘に『部屋に遊びにいらっしゃいよ!』と半ばムリヤリ連れてこられたものの、その真意がさっぱり分からないジャンはティーカップに手を付けることもできなかった。
 もしかして今、とんでもなくおそれ多い状態になっているのではなかろうか。ガンマ団員としては。
 総帥の妹の部屋で二人きりなんて・・・。
「遠慮しないで」
 ティーテーブルをはさんで真向かいに、アクアマリンも座った。紅茶の湯気越しで、何とも見とれるほどの麗しさだ。
(さすがはサービスの妹だよな・・・)
 同時にハーレムの妹でもあるが。
 彼女の存在はサービスの話を介して知っていた。いつもはクールな親友が、珍しく多弁になっていたっけ。目に入れても痛くないとはあのことなのだろう。こんな可愛い子なら、それも当然だと納得できる。
 彼女は熱心にこちらを見ている。テーブルに両肘を付く子供っぽい仕草で、じーっと。何だか居心地が悪くて、体をもぞもぞさせた。
「あの、アクアマリン様」
「アクアでいいわ!」
「では、アクア様」
「人の話を聞いているの? アクアでいいってば」
 それでも呼びにくそうにしているジャンに、アクアは付け加えた。
「サービス兄様とは普通の言葉でお話してるんでしょ。そういう感じでいいわ」
「はあ」
 一体どういうことなのか・・・。
 計り知れないところはあるが、フレンドリーといえばジャンの専売特許だ。深く考えるのはやめて、砕けた言葉を使うことにした。
「アクア、どうして僕を?」
「・・・分からない?」
 小首を傾げて、尚もじっと見ている。唇に浮かぶ笑みが妙に色っぽく、単純にドキッとさせられる。
 儚いのではない。華やかというのともまた違う。彼女の美しさは、名前の通り水のようだった。光を浮かべて輝きを乱反射させる、つかみどころのない透明な水。
 アクアブルーの瞳を見つめる。吸い込まれるような水の瞳・・・ちかり、何かがはじけた。右眼の奥に秘められた力がひらめき、ジャンの身体をぴくりとさせる。
 そうだ、当然この娘も青の一族。秘石眼を持っているんだ。
「・・・欲しいの」
「え?」
 魔の光に見とれるうち、少女の小さな声を取りこぼした。
「何?」
 答える代わりに立ち上がり、アクアは羽織っていたカーディガンを脱ぎ捨てる。シャツワンピース姿になって一目惚れの相手に後ろから接近すると、腕を首に絡めるようにして、その黒髪に顔を埋めた。
「いい匂いね」
 太陽の。
 ジャンは金縛りのように動けなくなった。汗くさくはないだろうか。鼻をひくひくさせると、アクアの方から匂いがしていた。最初にも感じた、香水の香りだ。上品で高級感があるが、少女にはそぐわない。
「きみは、男物みたいな香水をつけてるね」
 青の娘は少し腕をゆるめた。
「・・・香水なんて、使っていないわ」
 そこでハッと気付く。残り香だ、さっきまで一緒にいた兄の。
「あなたって、鼻が利くのね。犬みたい」
 そういえば犬系かも。
「ねえ・・・」
 ここに至っても一向に動こうとしない男にしびれを切らして、アクアはとうとう彼の横に回ると、自分で自分の服に手をかけた。ボタンを上からはずしていく。
 彼女は男を誘うすべなど知らない。いつでも兄たちが可愛がってくれているのだ、誘う必要などなかったから。
 だから上目遣いとしなやかで大人っぽい指の動きは、天性のものに違いなかった。この仕草ならどんな男にだって欲望の火種を投げつけてやることが可能だろう。
 そう、ジャンにだって。
「アクア・・・」
 ゆらり、立ち上がる。しかし期待に反して、ジャンはアクアの脇を通り抜け、背後にある窓に手をかけたではないか。
「そんなに暑いの? 窓を開けようか」
 明るい声に、アクアはかなりの肩すかしを食らった。この男・・・絶対、天然だ。
「あ、あの、暑いとかじゃなくて・・・」
 誘ってんですけど。
「でも、そんな薄着になって」
「だからこれは・・・」
 ベッドに、誘ってんですけど!
「そうだ、外に行こう。外の方が気持ちいいよ!」
「いや、あの・・・」
 反論の余地もなく、体勢を立て直す暇もなく。アクアは腕を引っ張られ、再び外に連れ出されてしまった。

「ほら、外の方がいいだろう。よくサービスともこういうところに座って話をしているんだよ」
「・・・うん、知ってる」
 ジャンの朗らかさには、アクアも降参だ。
 土も温かく淡い緑の木々もきれいで、ここは心地よさに包まれている。それからジャンのおしゃべりや、はじけるような笑い声や、七色に太陽を受ける黒髪や・・・。
(こーゆーのの方が、楽しいかも)
 生まれて初めてのドキドキとワクワクに、嬉しく心弾ませるアクアマリンだった。

「あーあ、幸せそーな顔しちゃって」
「ホントだね」
 双子たちは揃って窓から見下ろしていた。ジャンがおかしい話でもしてやっているのか、可愛い妹は口元に手を当ててころころ笑っている。
「ハーレムの前じゃ絶対しないよね、あんな顔」
「サービスの前だとするってのかよ」
「さあね」
 弟は素っ気なくかわして、心から楽しそうなアクアを見守っていた。

 夜、寝る前に一度抱かれて、まだ奥のほてりは冷めない。一糸まとわぬ姿のままアクアは長兄の腕の中にいた。厚い胸板に手を触れる。マジックの筋肉質な体が大好きだ。強くて逞しくて、あらゆることから守ってくれて。そしてあらゆることを与えてくれて。
「マジック兄様、アクアね、お願いがあるの」
「ん・・・?」
 兄は閉じていた目を開けて、長い髪を撫でてやった。
「また新しい洋服かい。それとも宝石かな?」
 眠る前にこうして何かをねだってくるのは、いつものことだった。高価な服飾品、遊び道具。欲しがるものは何でも買い与えてやっているが、彼女の欲望は尽きることを知らないようで、次の日にはもう別の物を求めている。
「服でも宝石でもないの。あのね、サービス兄様のお友達でジャンっていう人がいるんだけど、彼をアクアの世話係にして欲しいの」
「ジャンを?」
 とっぴなことを言われたもので、マジックは目を見開いた。アクアは無言だったが、ぽわんとした表情と赤い頬が全てを物語っている。思わず声を上げて笑ってしまった。
「ははは・・・。ジャンのことを気に入ったというわけか。アクアマリンもお年頃かい」
「マジック兄様ったら」
 軽いからかいにますます赤くなる。そんな妹の背を軽く叩いてやり、マジックは声のトーンを落とした。
「でも、それはだめだ」
「どうして?」
 いつも何でもくれるのに。
「明後日、サービスの初陣だろう? 同じ戦場に、ジャンも行くんだよ」
「だったら」
 帰ってきてからでもいいから。と言おうとしたがとどめられる。
「彼は優秀な戦闘員だ、世話係にはできないな。世話係なんてできるほど気が利く男にも見えないし」
「・・・なんだぁ」
 気が利かなくても別にいいんだけど。しかし、総帥の言葉にこれ以上意見するなんて、いかにアクアでも出来ることではない。諦めるほかなかった。
「残念」
「アクアマリン」
 そっと身を起こして、体の位置を入れ替えた。妹をベッドに寝かせ、隣に寄り添うようにして髪や顔を撫でてやる。
「おまえは一族唯一の女だ。分かっているだろうが、他の男と交渉を持つようなことは許さない」
 暗がりの中で光るのは、両眼に宿した魔の青色。圧倒的な力の秘石眼に、貫かれ支配されるのは快くもある。
 アクアは腕を兄の首にからめた。
「分かってる。兄様たちの赤ちゃんを産むわ」
 それまでずっと飲み続けていたピル(経口避妊薬)を、16才の誕生日から中止するようにマジックに言われた。いつ妊娠してもおかしくはなかった。
「一族の子供を産むわ・・・」
 強く引き寄せて、唇を合わせる。胸の奥にうずいている想いは、キスでも消せないほどやるせなくて。兄に気付かれぬよう、ため息をついた。
 

 
 
 

−つづく−


 

 第4話・好きなだけ抱いてよ



 

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