カツ、カツ、カツ・・・。
 階段を降り切り、地下実験室の扉を開ける。
 あかりをつけると、白衣の男の姿があらわになる。この実験室の主、ドクター高松である。
 高松は資料を机に置いてから、この部屋にいるもう一人の人物に目を向けた。
「アナタですか? 今回の実験に協力してくれるのは」
 無言で頷く態度からは、緊張を見て取れる。
 濃いブルーの瞳が長い金の髪に映える。意志の強そうな顔立ちだ。身なりは貧しく、せっかくの髪も若い肌にも手入れが行き届いていなかった。
 更に近付いて、まじまじ眺める。栄養状態も悪いのだろう、痩せている。胸の膨らみやら細い肩やらを見下ろし、息をついた。
「・・・男性にお願いしたかったのですが」
 人体実験のためにと、若くて健康な男を一人手配したはずだが。ここに座っているのは、どう見ても女性だ。
 高松が困惑していると、彼女はいきなり顔を上げ激しい調子でまくし立てた。
「男にできて女にできないっての!? どんなことでもするから、あたしを使ってよ!」
 今にもすがりつかんばかりの勢いだ。
「・・・どんなことでも、ねェ」
 即座に理解した。貧しい娘が金のためにこの人体実験のバイトに潜り込んだのだろう。
 高松は彼女に立ち上がるよう促した。
「私は高松といいます。アナタのお名前は?」
「・・・ラピス」
「きれいな名前ですね」
 笑いかけるが、彼女は警戒心をほどこうとしない。
 背はそれほど高くない。瞳の色が、確かにラピスラズリに似ていた。
「年齢は? おいくつですか」
「17」
 ぶっきらぼうで礼を欠いた言葉遣いも、貧しいゆえだろう。高松は特に気にするでもなく、独り言をつぶやいた。
「グンマ様と同じですか」
 白衣を翻し、ふいと背を向ける。持ってきた資料に目を落とし、しばらく何か思案をしていたが、やがてぱたんとファイルを閉じると机の隅に押しやり、再びラピスに向き直った。
「・・・分かりました。それなら、別の実験に協力してもらいましょうか。バイト料は三倍はずみます。よろしいですね?」
 ラピスは気付いていた。ドクターの瞳が妖しい光を帯びていること。
 背筋に冷たいものが走る。いやな予感は確実なものとなった。それでも、ノーとは言えない。
 金のため、というより先に、理解できない力にとらえられてしまったかのようだった。
 危険だ。しかし、もはや逃げられやしない。選択の余地などない。
「では、座ってください」
 自分も椅子を引く。グレーの紙ばさみを持ち、何やら書きこみ始めた。
「実験の前にちょっとお聞きしますね。ラピスさん、17才・・・身長は?」
 体重や健康状態、既往症などを聞き取り書きとめる。最後に全く同じ調子で、
「男性経験は?」
 と聞くと、キッとにらみつけてきた。
「実験に関係あるの、それ!?」
「あるからお聞きしているんです」
 顔色のひとつも変えずに、紙ばさみを組んだ膝の上に乗せる。
「セックスをしたことはありますか?」
 意図的に言葉を崩して聞き直す。カンに障ったかムッとしている様子が手に取るように伝わる。
「・・・あるよ。体だって売ってんだ」
 開き直ったかふてくされているのか、口をとがらせた。
 相変わらずの強い瞳を見て、高松は少し笑う。
「わかりました。シャワーを浴びて、これに着替えてきてください。中には何もつけないで」
 きれいに畳まれた白い服を手渡すと、こちらを再びにらみつけ、ラピスはシャワー室に消えていった。

 体をきれいにして、ノリのきいた服に袖を通す。人体実験用の服とでもいうのか、膝くらいの丈で、バスローブのように前を合わせ、ひもで結ぶタイプのものだった。
 指示通り、下着はつけない。頼りなくて変な感じだった。
 一体何をされるのか・・・。物腰こそ穏やかだが、あの科学者の目、普通じゃない。ああいうのをマッドサイエンティストと言うのに違いない。
 だが逃げることもできない。まるでくもの巣にかかった無力な昆虫のようだ。
 内心怖れおののきながら、さっきの部屋に戻る。ドクターは何やら準備を進めていた。
 入っていくなり全身を見られ、その視線に再びぞくりとする。
 女としてジロジロ見られ、欲望のまま体を求められるなら構わない。むしろその方がマシだ。
 こんなふうに、実験動物を見る目を向けられるよりは・・・。
「早速始めましょうか。そこに座ってください」
 示されたのは、さっきかけていた椅子ではなく、一台のベッドだった。病院にあるような味もそっけもないベッドで、シーツもかけられてはいない。
 まるで催眠術にかかった者の動作で腰掛けると、ドクター高松は一本の試験管を手に近寄ってきた。冷たい蛍光灯の下、いやに機械的に見える。
「これを飲んでください」
 中には透明な液体がいっぱいに入っている。水のようにも見えるが、底のほうから小さな泡がぽこ、ぽこと上がってきていた。
 無言で眺めていたら、何とも言えない気分になってくる。トリップしそうだ。ラピスは目を上げ、相変わらずの薄笑いを浮かべているドクターを見た。
「・・・一体、何の実験なのさ」
「先入観を持たれると、正確な実験結果を得られなくなります。黙って飲んでもらいましょうか」
「・・・あたし、帰る!」
 断ち切った、どうにか。自分の身をかんじがらめにしていた、目に見えない糸を。
 ・・・・と。
「駄目ですよ、ラピスさん」
 信じられないような力でぐいと腕を引かれ、ベッドへ押し戻される。実験室の風景が半転し、白い天井と青白く光る蛍光灯で視界がいっぱいになった。
「実験開始です」
 高松は自分で試験管であおると、そのままラピスに口づける。一瞬、あっけに取られて身動きもできなかったラピスだが、次には力一杯暴れ出した。
 高松は力ずくで両手首を押さえ込み、液体を無理矢理口の中へ流し込んでやる。
「う・・・」
 反射的に飲みこんでしまった。
 

 

−つづく−

 



 

 第2話・媚薬



 

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