まるでコマ送りの映像のようだ。
処刑台の上から見下ろす先で繰り広げられている光景には、全く現実味がなく、ただ不自然に途切れたり切り取られたりしながら目の前を流れてゆく。
混沌とした戦場。ひらめく白刃、銃弾、雄叫びに悲鳴が混じり合い耳を聾する。
そんな中でクローズアップされるひとつの場面から、目が離せない。
赤い、どろどろとした塊が、白ひげのマークを貫いた。海軍の赤犬が、マグマの拳で捕らえた瞬間だった――今日この処刑台の上で命を絶たれる運命のはずの、死刑囚を。
エースは弟ルフィに抱きとめられ、そして、そのまま――……
reborn<前編>
「――」
声どころか呻くことすら出来ない。自分の中で何かがぷつりと切れた。
崩れ落ちそうな体は、黒ひげに乱暴に抱えられ、尚も見せ付けられる。
「ゼハハ……よく見ろよ、目に焼き付けておけ、。お前のエースの、最期だ……!」
ティーチの低い声が耳もとで不吉に響く。
「死んだぜ……エースは、死んだ!」
「!!」
全てのタガが外れ、どうにかなってしまうはずだった。自分より先にそうなってしまったルフィを見なければ、確実に。
精神が崩れ気を失ってしまったルフィを目の当たりにすることで、逆には辛うじて自分を保つことが出来たのだった。
遠目にも危ない状態のルフィに、赤犬が迫る。息を呑む。
間一髪で二人の間を割るように青い光、いや、炎が広がる。白ひげ一番隊隊長のマルコが防いだのだ。
ルフィの体は青い大きな体をした魚人――はその顔を知っていた。元王下七武海のジンベエだ――に、託された。
(ルフィ……死んじゃダメよ……!)
肘を曲げ、両手を胸の前に当てて祈る。手首は縛られているが、指を組むように手を合わせることは出来た。その手がガタガタ震えて止まらない。とにかくいっしんにルフィのことだけを思った。
胸が潰れそうで、息すら自由にできない。
なぜ自分は気を失えないのだろうと、恨めしかった。
黒ひげ海賊団に捕らわれたは、心ならずも彼らと行動を共にしていた。
愛するエースの公開処刑が決定していた今日、黒ひげティーチはどさくさに紛れるようにしてインペルダウンLEVEL6から世界最悪の犯罪者として名高い死刑囚を何人か解放し、自分の下につけた。
その足でここマリンフォードにやってきたのだ。
を連れて、空っぽになった死刑台に立ち、戦争の様子を見物していたのである。
には手も足も出せなかった。全てが、手遅れだ。
エースは……エースは……、
死……
「ティーチィ〜〜!!」
地の底から響くような声だけで、大気が震える。
「危ない! 船長!!」
誰かが叫んだと同時に、物凄い爆音が轟いた。衝撃波が走り、足元があっという間に崩れる。
は落ちてゆく自分を俯瞰で眺めていた。
もう全てを投げ出したかった。
心も運命も、……命、すらも。
――死ぬな、――
(……)
「大丈夫ですか? しっかり!」
女性の声がして、体をそっと揺すぶられる。
気が付くと、壁を背に座らされていた。いつの間にか両手が自由になっている。
目の前の女性は、海兵のようだ。黒髪ショートヘアで、額の辺りにメガネを載せている。彼女は後ろを振り仰ぐようにして、背後に立っている上司らしき男に声をかけた。
「スモーカーさん、目を覚ましました!」
(スモーカー……?)
その名に反応し、顔を上げる。
葉巻を二本まとめてくわえた、目つきの悪い海兵がこっちを見下ろしていた。先日、アラバスタ王国ナノハナの食堂で出くわしたときのことが重なる。
「また、会ったな」
彼の方も覚えていたらしい。こちらに一歩二歩と歩み寄ってくると、屈み込んで目線を合わせた。
「お前、あのときエースと一緒にいたな。なぜこんなところに?」
「……黒ひげに捕まって、ここに連れてこられたの。た、助けてくれてありがとう」
本当に助かった。とりあえず、あの男からは解放されたのだ。見つからないうちに隠れておこうとは立ち上がりかけるが、スモーカーに肩を掴まれ止められる。
「急に動かねェ方がいい。まだそうやって休んでろ」
言葉は優しいようだが、逃す気はないという強い意志が伝わってくる。
黒ひげのもとから離れられたのはいいが、今度は海軍に捕まるとなればそれも困る。は辺りに目を走らせた。ここは戦場、得物には不自由しないはず。果たして一振りの剣が落ちているのに目をつけ、隙を見てそちらの方向へ滑り込むと剣を拾い、立ち上がりざまスモーカーに対して振るう。虚を突かれ、一瞬動けなかった海兵の脇を抜けて走った。
「あっ待ちなさい、あなた!」
「ちっ……」
己の油断に腹を立てながら立ち上がる。だが戦場の真っただ中では追おうにも多くの敵味方が邪魔をしてままならない。
「聞きたいことはあったが、仕方ねェ」
「あの剣さばき……ただ者じゃない。一体……?」
スモーカーもたしぎも、それ以上考えているいとまはない。海軍としての職務を全うすべく、拳を剣を振るわなければならなかったのだから。
「……ああ……白ひげの親父さん……」
が見たのは、頭部を半分失い、体中に見るに耐えない数の傷を受け血だらけになりながらも、尚も堂々と立ったまま、息絶えている白ひげ……エドワード・ニューゲートの姿だった。
今は支える腕もない。今度こそ崩れ落ち、ひざまずくようにして、再び両手を胸の前で組んだ。
多くの犠牲を払い、マリンフォード頂上戦争とのちに呼ばれる戦争は、四皇「赤髪」シャンクスの登場により海軍の勝利と言う決着で、幕を閉じた。
ルフィの生死は分からない。
白ひげとエースの遺体を引き取った赤髪海賊団のレッド・フォース号は新世界に向かって舵を切る。
その船に、赤髪の娘も無事、戻っていた。
「はどうしてる」
「ずっとエースのそばだ……メシもろくに食ってねェ」
「……そうか」
シャンクスはエースの遺体を安置している部屋に向かう。
娘の心情は察して余りある。
自分ですら、どうして死んでしまったんだとエースを責めたり、そもそもがエースに出会うこととなったあの日、どうして娘が船を下りたことを見過ごしてしまったのかと過去の自分を責めたり。全く埒のないことをぐるぐるときりなく考えてしまうのだ。
ましての心中たるや、いかばかりか。
そっとノックをし、ドアノブに手をかける。中は静かで、気配など感じられぬほどだった。
「、入るぞ」
ベッドに寝かされたエースのそばに座り、は身じろぎもしない。背中が一回りも小さくなったように見えた。
テーブルに置かれた手付かずの昼食を見やり、シャンクスはため息をつく。
「……メシは食っておけ」
「いらないわ」
蚊の鳴くようないらえがある。
「お腹が空かないの」
「空かなくても食え。無理にでも」
スプーンを持ち、ひとさじすくうと、娘の口もとに持っていく。
「ほら、口開けろ」
「……」
首を横に振る。は頑なで、その目には光がなかった。泣いてもいない代わりに、一切の感情が排されているようだった。
「食えよ、ほら」
「いらないっ」
声が震える。シャンクスは尚もスプーンを差し出していた。
「食わないでどうするんだ。お前は生きてるんだ……これからも、生きてくんだぞ……!」
エースを見る。も同時に見た。
微笑んで命を燃やし尽くした、エース。
もう動かない。二度と目を開けることも、ものを食べることも、ない。
「……」
は父の方を向くと、少しだけ口を開けた。シャンクスがすっかり冷めてしまったピラフを食べさせてやると、味など分からないだろうが、もぐもぐ噛んだ。
飲み込むと同時に嗚咽が溢れ、は口もとを押さえ突如涙をこぼす。
エースを失ってから、初めて出てきた涙だった。
「うっ……うっ……エース……」
感情の波はうねり、涙は後から溢れる。もはや決壊してしまい、止まらない。
はつっぷすようにしてエースに取りすがり、大声で泣いた。憚らず手放しで泣き声を上げた。
「ああああ――!! エース……エースぅ……うああああ――――ん!!」
赤い髪を打ち乱し、まるで幼女のように無防備に泣き続ける愛娘を、父は抱かずにはいられない。
「ああー…………エースが、エースが死んじゃったよ……ああああ――――!!」
の体を抱き起こしてやると、自分の胸に抱き直してやる。体温に少しは安心したか、おとなしくしがみついて、しゃくり上げた。
「うっく……エース……エース……」
「いいんだ……気が済むまで泣けばいい……おれが、いるから」
頭を髪を、背中を撫でてやる。何度も優しく。
それに甘えるように、は再び大声で泣き始めた。
『ああああーん!』
「……うう……お嬢さん……」
泣き声を聞きつけてドアの前に集まってきたクルーたちも、無事戻ってきたお嬢さんが、しかしどんなに辛い想いでいるかを思いやり、目頭を押さえるのだった。
初めて会った日から、今までのことを思い出す。
無人島でのデートはまるで楽園だった。
十七歳の誕生日に訪れた、思いがけない再会。あのとき、お付き合いを申し込まれた。
それから十八歳の誕生日、欲しいものは全て貰った。
最後の夜にも――。
数え切れない思い出がある。それらをつぶさに辿ってゆく。
「エース……」
いつでもエースは、優しくて、強かった。
自分自身のことで悩みながらも、答えを見つけようと前に進んでいた。
人生にくいは残さないんだと、笑って――。
エース、どうして笑ってるの?
本当に、くいはないの?
私を置いて逝ったのに?
もう二度と――会えないのに。
つづく
・あとがき・
ああ……苦しい。もう泣きたい気分で書きました。
でもメッセージもいただき、書こう! という気力がたまったので、昨日の夜中にガッと書きました。
切ないですね。でも原作者さんも覚悟を持って描いたと思うので、私も書こうと決めました。
エースは死んだけどたくさんのものを遺してくれたはずです。
reborn<後編>
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