「お先に失礼します」
「あっ、ちょっと待って、ちゃん」
 今年このアカデミーで働き始めたばかりの新米先生が、まだ少年のような顔を紅潮させ駆け寄る。
「あのさ……、この後、一緒にご飯でも食べに行かない?」
 かなり思い切って言った。相手が微笑んでくれたので、ホッとしたのも束の間、
「じゃあ、イルカ先生たちも誘って、皆で……」
「いやいや待って待って!」
 今にも向こうにいるイルカ先生に声をかけようとするを必死で止める。
「あの、二人で行こうよ……」
 小さく伝えると、彼女はちょっと首をすくめる仕草をした。
「……ゴメンねっ、彼氏に怒られちゃうから……今度皆で行こうね。それじゃ、お疲れさま」
 あくまで明るく、しかしきっぱりとした態度に、とりつくしまもなく断られたことを知る。
 ガックリ落ちた肩に、誰かの手が置かれた。
 先輩のイルカ先生だった。
ちゃんはガード固いからなぁ。皆撃沈してるよ」
「ううう……でも砂の忍なんでしょ? ちゃんの彼氏って。そんな遠距離なら、何とかなりそうな気がするんだけど……」
 まだ諦める気のないらしい後輩の背中を叩き、イルカは朗らかに声をかける。
「今夜は男同士で行くか! 愚痴でも何でも聞いてやるぞ!」
「イルカ先生ぇー!」
「……おいおい」
 泣きついてきた大の男に困りつつも、イルカはが出て行ったドアの方を仰ぎ見る。
 アカデミーで事務員をしながら、下忍としてC〜Dランクの任務にかり出されることもあるは、可愛らしさと分け隔てない人となりで、先生方からも生徒からも慕われていた。無論、この彼のように思いをかけている男性も、幾人かいることを知っている。
 だけどは難攻不落。彼女は砂隠れの里、前風影の息子であるカンクロウと、一年以上も交際を続けており、周囲にそれとなく仲の良さを匂わすことで上手にかわしているのだった。
(ほとんど会える機会もないだろうに……、よほど強い絆なんだろうな)
 イルカは純粋に羨ましく思い、唇をほころばせるのだった。




 wants 1



 アカデミーのアイドル的存在のだが、近頃は少し元気がない。何しろこの間の中忍試験にまた落ちてしまったのだ。
 彼氏のカンクロウも、風の国から試験を受けにやって来て、あっさりそれを突破して行った。
 試験とはいえしばらくぶりに会えると、少しは恋人らしい逢瀬を期待していただったが、残念ながらそんな甘い展開にはならなかった。カンクロウの方が、意外なほどそっけなかったのだ。
『中忍試験でそうベタベタしてられないじゃん。そんなだからお前、落ちるんだよ』
 試験の後、電話越しに気にしていることをズケズケ言われて胸に刺さる。
 今日は今日で、仕事でミスを犯し落ち込んでいたので、ちょっと慰めてもらおうと電話をかけたのだが、
『オレ明日早いからよ。悪ィけど話は後にしてくんねぇ?』
 何たって中忍だからな、今までとは違うんだよ。なんて、多分悪気のかけらもない言葉が、のカンに障った。
「何よ、そんな言い方ないじゃない! 自分が中忍になったからって……」
『お前も早く寝た方が、イヤなこと忘れられていいじゃん。ふぁー……もう切るぜ』
 ガチャン。冷たい音に、気持ちも冷やされる。
 は受話器をクッションに投げつけ、そのままベッドにつっぷした。
 いつも、勝手なんだ。あの人は。
 そんなの今日に始まったことじゃない。だけど。
(聞いて欲しかったのに……)
 いつもそばにいてくれるなら、言葉なんていらないのかも知れない。だけど、こうして物理的に離れている以上、電話の声だけで繋ぐしかないのに。
 それなのに。
「カンクロウの、バカァーー!!」
 誰にも届かない声は震え、涙に変わり、枕に押し殺された。

「だから私言ったじゃない、あんた遠恋には向いてないって。一年もったのが逆にスゴイよ」
 あっさり言い放ちつつ、テンテンはクナイで攻撃してくる。は紙一重で避けた。自分も手裏剣を取り出し、投げつける。
「向いてるとか向いてないとか、そんなのあるの?」
 素早く回り込み、接近戦を仕掛けようとするが、二節棍に阻まれやむなく一歩退がる。さすがはテンテン、多彩な武具の使いこなし様は里でも随一だろう。
は、恋に生きる女だからねェ……」
 ニヤリ、笑って、そのまま空を裂き攻めてくる。は守りに徹するほかない。
「ほら恋に溺れて腑抜けちゃったんじゃないの!? 前より腕落ちてるよ!」
「――バカ言わないでよ」
 分かりやすい挑発に敢えて乗ってみる。
 生来の身軽さを活かして宙に舞うと、頭の上に蹴りを落とそうとした。
 ギリギリ避けられるも予測済み。今度はテンテンの右脇から、突きを繰り出す。
「そう来なくちゃ!」
 楽しそうな親友の顔を見て、もつられるように笑った。

「別れたら、いいじゃない。オトコなんていっぱいいるよ」
「簡単に言わないでよもう……」
 テンテンもも、肩で息をしている。全力でやり合った後の疲労に充実感が混じり合って、二人ともどこか上の空。
 部屋の中でこんな会話をしていたなら、怒ったり泣いたりケンカしたり、収拾がつかなくなっていたことだろう。
 修行しながら相談に乗るという、テンテンの無茶な提案に乗ってみて良かった。
「辛いだけなら、まっぴらよ……私だったらね」
 テンテンはおだんご頭を軽く振ると、両膝の上に顎を乗せに視線を向けた。
「キバだってあんたのこと、ずっと好きなんだしさ……」
「……」
 急に息苦しさが増したようで、は目をつぶる。
 タオルで汗を拭くふりで、顔を隠した。

「ねえ……カンクロウは、平気なの?」
 千々に乱れる心、怖くて不安で仕方がない。
『そばにいられねえのは、仕方ねえじゃん』
「……私がいなくても、いいの……?」
『バカだな』
 本当に、バカだ。いやな女だ。
 自己嫌悪に、また胸が痛くなる。
「貴方は強いけど……、私は、そうじゃない……」
……』
 名を呼ぶカンクロウの声に、心の奥が震えた。
 左手首にはめたバングルの銀色が、鈍く光っているのを見つめる。これは二度目のデートで彼が買ってくれて、以来肌身離さず身に着けている、の宝物。
 あの日、初めてキスをした。
 唇の感触と体温の記憶は、めくるめく熱に紐付けられていて、は今この瞬間でも、燃えるような愛情にたやすく身を浸すことが出来る。
 ただ今は、愛しい分、悲しい。
 自分が想うほどに彼は想ってくれないんじゃないかとの疑念が、胸を暗く覆っているからだ。
 テンテンが言うように、辛いだけということは決してないけれど、満たされない寂しさが溝を生み、代わりを近くに求めるという、今まで思ってもみなかった道筋が、おぼろに見えてきたのだった。
 だが後ろめたくなり、首を振る。
 その夜は、糸操り人形を抱きながら眠りに就いた。

「おい、カンクロウ」
 直接外に面した回廊で呼び止めると、黒ずくめの弟は面倒くさそうに振り返った。
「何か用かよ」
 不機嫌そのものの声も、姉弟ならではの遠慮のなさ。木ノ葉へ行く任務をもらおうという交渉が玉砕したせいだと、テマリも知っている。
「……にはしばらく会えないぞ。中忍試験も終わったし、お前が木ノ葉に行くような用事もない」
「うっせーな」
 姉と弟の間に、砂交じりの風が吹き込む。テマリは一度目を眇め、思い切ったように口を開いた。
「なあ、カンクロウ。をもう自由にしてやったらどうだ」
 この間の中忍試験で、弟と彼女の様子を見ていて思った。
 は恋で満たされていたい。カンクロウでは応えてやれないのだと――離れているからというだけではない、見る限り、弟の優先順位は必ずしも彼女第一ではないからだ。
 更に言えば、は結構もてているらしい。サクラたちから話を聞いたところによると、何人か想いを寄せている男もいるということだった。
「好きな人の幸せを願うのが本当の愛情だっていうだろ。その相手が自分じゃないとしても」
「言ってる意味が分かんねーな。オレ以外の誰がを幸せに出来るんだよ」
 鼻で笑っている。相変わらずどこから来ている自信なのか謎だ。
 やはり何を言っても無駄らしい。テマリは大きなため息をついてみせる。
「……お前はが何を欲しいのか分かってるのか? そしてそれを与えてやれるのか?」
「……」
 カンクロウは無言になったが、それは姉をけげんそうな目で探るように見ていたためだった。
「テマリ、何かあったのか……?」
「わっ私のことは今関係ないだろ! お前はちゃんとのことを考えてやれ!」
「お、おお……」
 勢いに押されたていのカンクロウを置いて、テマリはなぜか肩を怒らせ去ってゆく。
「何だよ、あいつ」
 ひとりになって、手すりにもたれ外を眺めやる。
 砂隠れの広大な土地、砂にかすむ地平線の向こうに、愛し人の面影を描いた。
(オレは、を大事にするって、決めてたじゃん……)
 一目惚れで一方的に好きになって、会える機会もそうそうないからと、多少強引なくらいに押した。
 デートにこぎつけても、すぐには付き合うと言ってくれなかったけれど、だからこそ、好きだと言われたときには天にも昇る心地だった。
 その瞬間、自然に、しかし強く浮かんだ想いだったのだ……絶対、大切にすると。
が欲しいもの……? オレが何をやれる?)
 風が吹いたので目を閉じると、まぶたの裏でが少し悲しそうな顔をしている。
(最近、元気ないじゃん……)
 中忍試験に落ちて、元気なわけもないだろうが……そういえば、近頃こっちも任務が詰まっていて、ちゃんと話もしていなかったような気がする。
(今夜は、こっちから電話してやるか)
 そしてゆっくり話をしよう。
 明日もやはり多忙だけれど、夜更かし覚悟だ。
 その前に、今日今から片付けなければならない任務もある。
 カンクロウは手すりから離れ、歩き出した。



                                                             つづく



       ・あとがき・


久し振りですね。
色々、ありました。
日本中が大変なこんなときに、小説なんて書いている場合じゃないのかも知れない。けれど。
書いていないと私自身がダメになってしまう。

私自身は特に被害もなく、普通に生活をしています。
精神的には色々、ごちゃごちゃ、だったけど。

少しずつ、少しずつ書いていきました。
自分のためというエゴのかたまりではありますが、読んでくださった方、少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

そして続きます。




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