清潔なパジャマにくるんだ身体をふかふかのベッドに投げ出して、枕に顔を埋める。そうしては、目を閉じた。
疲れた。
残業で遅くなったのは確かだが、それだけならこんなにグッタリとはならない。
帰る途中、酔っ払いにからまれたのだ。
撃退はしたものの、男はあからさまに卑猥な言葉を浴びせてきた。酒の絡んだ大声が、今も耳にこびりついて離れない。
(何よ男なんて。自分勝手で、変なことしか考えないんだから!)
ムシャクシャする胸をかきむしり、ひとり呻く。電話機の方には見向きもしない。わざと見ない。
電話なんて、するものか。
きっとまた、忙しいからって話もしてくれない。
そうしたら、今よりもっと哀しくて、みじめになって……。
(……何よ……こんなんじゃ、付き合ってる意味ないじゃん)
彼の口癖が思わず出てしまったことで、更にふてくされてしまう。
彼じゃ、なかったら。
カンクロウじゃなかったら、こんな想いをしなくていいのに。
カンクロウじゃなくて、同じ火の国、木ノ葉の忍だったなら。
一緒にいられるのに。
触れ合えるのに。
距離0cmで密着して、心臓の音を聞きながらぬくもりに包まれて、そしてキスをして――。
の唇から、狂おしいため息がこぼれた。
そんなふうに思う相手は、どうしたってカンクロウ以外にいない。
そう自覚したとたん、胸が熱くなる。甘さに満ちた熱が息苦しくて、横を向く。
視界に入った電話機に、無意識のうち手を伸ばしていた。
その瞬間。
ベルの音が、鳴り響いた。
wants 2
鳴って欲しいときに鳴ったベルが、まるで運命みたいに感じたから。
絶対電話なんてしない! との誓いもどこへやら。気が付けば、いつものように話に夢中になっている。
残業帰りにからまれたことを話すと、彼はすごく怒った。
『何だよそいつ、誰に断ってに声かけてやがんだ!』
それはもう、こっちが嬉しくなるくらいの怒りように、のいやな気持ちも吹き飛ばされていた。
『そりゃ、そんな奴にどうこうされるお前じゃないって分かってはいるけどよ。やっぱ、オレが守ってやりたいじゃん』
「……カンクロウ……」
怒りが下火になってから、ぽつり呟かれた言葉が不意打ちで心に染み入る。
はベッドの上で横向きに丸まって、浅く息をついた。
あんまり嬉しくて幸せで、またもや息苦しくなったのだ。
「なんか今日は、優しいね。中忍だから忙しいとか言わないし」
『あーいや……オレ、考えたんだよ。が何を欲しいのかってことをよ』
「私が何を欲しいか……? 私の、欲しいもの?」
反射的に、電話機に目を向ける。それから手首のバングル、あとは糸操り人形。
少しずつ、積み重ねてきた、思い出と気持ち――。
(私の欲しいのは……)
優しい、言葉が欲しい。
頻繁に電話が欲しい。
会ったときには、キスをして欲しい。
今みたいに甘く満たされた気持ちが、たくさん欲しい。
は気が付いた。
突き詰めれば、それはただ、ひとつ。
ただひとつ、だけなんだ――。
『今度冬休み取れたら、二人で一泊旅行にでも行こうぜ。そしたらお前の欲しいもの、やれるじゃん』
「うん。……えっ」
あんまり何でもない風に言うから、つい普通に返事をしてしまった後で、の体はカーッと熱くなる。
一泊旅行……。欲しいもの、やれるじゃん。
たった今聞いたカンクロウの声が、耳の中で何度もこだまして。
気が遠く、なりかけた。
「一泊旅行って、お泊りだよね。お泊りってことは、やっぱり、そーゆーコト!? 私、覚悟しなきゃいけないの!?」
「うるさいなあ、ちょっとは落ち着きなって」
耳もとで叫ぶ親友を手で払う仕草をしながら、お団子頭のテンテンは団子をかじる。
甘栗甘の店先に、並んで座っている二人だった。
「だいたい私、別れることをお勧めしたハズだけど?」
辛いだけの恋なら、別れて次に行った方がずっと建設的だ。を慕っている男子は多いんだから。そう何度も言ってあげていたというのに。
「だってやっぱり、私気付いたのよ。気付いたというか再確認したのよ。離れていたって何だって、やっぱりカンクロウが一番なのよ!」
この力の入りよう。聞いている方が恥ずかしい。
「……じゃ、いいんじゃないの。夜を一緒に過ごしたら」
淡々とだが大胆な言葉を返すテンテンの内心は、興味津々面白がっているのと同時、羨ましいとも思っていた。
いつか自分にも、特別な存在が出来たなら。こんなふうに好きになりたい。――にはそう思わせるような一途さがある。
だから、応援したくなる。
「何にせよ、の思うまま突き進んだらいいじゃない。きっと後悔なんて、しないよ」
そう言って微笑んだとき、テンテンの手から、不意に団子が消えた。
「コラっ!」
すぐに放たれたクナイはしかし、緑色の人影にたやすくキャッチされる。
「油断大敵! 団子はいただきましたよ、テンテン!」
「リー!!」
テンテンと同じチームのロック・リーが、つやつやの黒髪を跳ねさせながら遠ざかってゆく。
テンテンも怒鳴りはしたが本気で追う気もなく、浮かしかけた腰を下ろした。仕方がない、団子はおごりだ。
平和な気分で一部始終を見守っていたの、まさにそれが油断。今度はのダンゴが奪われる。
「へへっ、いっただき!」
「キバ!」
「ほらよっ赤丸!」
キバは走りながら、団子を一個串から抜き、前方に放り投げた。
「ワンッ!」
近頃成長著しい赤丸は、中空に身を躍らせ、上手にキャッチする。ちょっとした曲芸みたいだ。
もテンテンも、覚えず感心する。彼らの姿はあっという間に視界から消えていた。
「全く、ああいうとこ全然変わらないよね、キバは。ねぇ」
「そうね……でも」
昔の彼氏が走り去っていった、その遠くを望むような目をして、は穏やかに微笑んでいる。
「もうあのときのキバとは、違うわね」
目を細める。背も伸び、心身ともに強くなったキバが眩しいといったように。
がキバにはっきりと別れを告げて以来、二人はぎくしゃくしていたけれど、近頃は互いにこだわりなく接しているようなのを見て、テンテンもほっとしていた。
体をねじるようにして、店の中に呼びかける。
「団子もう一本、ちょうだい!」
「あっ、私も!」
取られた分を追加注文して、女同士のお茶時間は今しばらく続くもよう。
『よお、どうだよ。冬休みは取れそうか?』
「うっうーん……」
本当はもうちゃんと休暇願いを提出してある。
だけど、二人きりでどこかに泊まりに行こうと言うカンクロウに、まだ返事はできていないだった。
『んだよまだハッキリしねーのかよ。計画立てられねーじゃん。あ、湯の国にいい温泉旅館があるって聞いたんだけどよ、そこ行ってみるか?』
「おっお――温泉旅館っ!?」
思わずよろけてベッドに倒れこんだの脳裏に素早くよぎる映像……温泉でほてった肌、ふすまを開けると、二組の布団が枕を並べて……。
(いやーっやっぱりダメ! まだそんなの……!!)
ベッドを転げまわって悶えているのが、電話越しにはただの沈黙として伝わったようで、カンクロウの声が恨めしそうな調子になってきた。
『、お前、乗り気じゃねーじゃん』
「そっそんなことないっ、覚悟が出来ないだけ!」
左手首のバングルを、やたらにいじる。いじるクセがついているから、こすれて、銀のバングルはつやつやしていた。
『覚悟って』
「だってだって泊まりでしょ。男はどうか知らないけど、女の子は覚悟がいるでしょ!」
『……へえーっ』
笑っている。顔は見えないけれど、確実にニヤニヤしている。そんな声だ。
『そうか、覚悟してくれんのか。オレとしちゃ、ゆっくり話でもしたいってだけで、部屋も別に取るつもりだったけど、がその気だったらこっちに断る理由はないじゃん』
「違うっその気じゃない! 部屋別でいい!」
首から上に一気に血が集まる。自分ひとりだけ意識していたかのようで、恥ずかしい。
そんなをひとしきりからかった後、カンクロウはふとトーンを落として呟いた。
『真面目な話、オレはの望まないことは絶対にしねえ。滅多に会えないから、どうせなら時間が出来るだけ欲しいってだけじゃん』
「カンクロウ……」
弱いのだ、この人が折に触れ見せる、優しさと、ひたむきさに。
そうして、好きがまた増えて、どんどん膨らんで、胸がいっぱいになってもまだ止まらない。
一体どこまで好きになるんだろう? 幸せだったり、苦しかったりしながら。
『ま、別に泊まりじゃなくてもいいんだけどよ』
「うっううん。泊まりに行こう温泉に。私も、一分でも一秒でも長く一緒にいたいもん」
『おっじゃあ決まりじゃん。手配しとくからな』
「うん。お願い……」
決定、してしまった。
冬休みの温泉旅行――大好きな人と、二人きりで。
考えただけで、ドキドキする。
「くぁーー可愛いじゃん!!」
電話が終わると騒いで悶えるのはもはや日課のようなもの。最近は姉も弟も諦めたのか、文句も言ってこなくなった。
(やっべぇーじゃん。ああは言ったけど、理性大丈夫かなオレ)
ただ時間をたくさん欲しいだけ。部屋も別々にする。
その言葉に偽りはないけれど、期待を全くしていないと言えば嘘になる。
何たって温泉だ。湯けむり、桜色の素肌に浴衣。
「んで、カンクロウのこと大好きだから、何されてもいいのーとか何とか言ったりして……」
部屋の壁に立てかけてある傀儡が、カンクロウのセリフに合わせてカタカタ動く。無論チャクラの糸で自ら動かしているのである。
「そーなったらもう、いいじゃん。責任だって取るじゃん、!」
とうとうカラクリの身体を抱きしめてしまうも、その硬さと冷たさに、ようやく我に帰る。
(……何やってんだオレ。明日も任務だし、寝よ……)
休暇のために、必死で働かなくては。
どんなハードな仕事だって頑張れる。の笑顔さえ思い描けていれば。
傀儡から離れながら、ふと、いいことを思いついた。
への土産だ。
つづく
・あとがき・
またまた久し振りです。しばらく創作から離れていました。
離れていて何していたかって、iPhoneで脱出ゲームをやったり、漫画を借りて読んだりしていました。
ブランクがあったもので、話が当初考えていたものから大幅にズレました。
この第二話の冒頭、二回ほど書き直した挙句、もう書きたいシーンだけ書くことにしよう! と開き直ってしまいました。
なので、もっとちゃんに葛藤させたり揺さぶりをかけたりしようと思っていたのに、全部なくなっていきなりラブラブになっています。
で私、昔の少女マンガを借りて読んでいたものだから、その影響で、少女マンガ的展開になっちゃいました。
好きな人と一晩過ごしちゃう。何かあったらどうしよう。みたいな感じの。
何かあるのか何もないのか、しばらく迷って考えていたんだけど、今はほぼ決めてあります。
が、続きを書いているうちにまた変わるかも知れない。
キャラに……カンクロウとちゃんに、任せてみたいと思います。
結構、ちゃんもカンクロウも妄想力が逞しいですね。傀儡抱きしめちゃってどうするの……。
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