傀儡師の恋 3



「ところで、とはどうなっているんだ?」
 夕食後のデザートと称したおはぎを頬張りながら、姉が聞いてきた。さりげなさを装ってはいるが、興味津々オーラは隠し切れていない。
「どうって、順調に決まってんじゃん」
 こちらも落ち着き払って答えてやると、テマリはちょっと愉快そうに笑った。
「お前の顔見ても逃げなかったのか、良かったな。が妹になるのは私は大歓迎だから、せいぜい嫌われないようにうまくやれ」
 カンクロウはお茶を吹き出しそうになる。
「い、妹とか、早すぎるじゃん。だいたい何で偉そうなんだよ、言われなくたってうまくやるってんだよ」
「……姉さんが増えるのか……」
 無表情ながら不安そうに呟いた我愛羅に、カンクロウはこっそり耳打ちをする。
「大丈夫だ、テマリみたいなのじゃなくて、ちょい天然で可愛い子だからよ」
「……聞こえてるよ」
 いつの間にか背後に移動していた姉に、ヘッドロックをかけられたカンクロウの憐れな悲鳴が響く。
 我愛羅は見て見ぬふりを決め込み、自分のお茶をすすった。
「カンクロウが羨ましい」
「何だ我愛羅、お前も彼女が欲しいのか? ガキにゃまだ早いって」
 何か変な方向に曲がった首を自分でゴキゴキ治しながら、カンクロウは笑いいなす。
 我愛羅は湯飲み茶碗を両手の中に囲って、湯気の上がるお茶を眺めていた。
「大切な人を想う気持ちが、強い力になる。仲間の絆と同様に……そうなんだろう?」
 確かにカンクロウは、近頃めきめき力をつけ、任務でも活躍していた。気力が充実している感じだ。
 と仲がいい限りは、どこまでも強くなるんじゃなかろうか。そう感じるからこそ、テマリも二人の応援に力が入るのだ。
 カンクロウは、弟に頷いてみせる。
 テマリも二つ目のおはぎに手を出しながら、末弟に微笑みかけた。
「我愛羅にもそのうちきっと、ね」
 我愛羅はそれを受けた上で、少しだけいたずらな光を目にひらめかせる。
「そう言うテマリは、どうなんだ?」
「えっ」
 戸惑い、瞬時に色付いた頬を、カンクロウも見逃しはしない。
「シカマルとの仲は進んでんのかよ、姉ちゃん」
 反撃とばかりに、つついてやった。
「そ、そんなんじゃないって言ってんだろ! ホラもう寝る時間!」
 残りのおはぎを口に押し込んで、ガチャガチャと後片付けを始める。
「何だつまんねーな。じゃオレもそろそろに電話するから、部屋行くぜ」
 カンクロウはあっさり立ち上がったが、台所には温かな空気が残っていて、我愛羅をほっこりさせる。
 一緒に食事をして、その後お茶を飲みながら恋にまつわる会話を交わすなんて、以前では想像すらできなかった光景だ。
 友達も恋人もいいけれど、姉弟もいいものだ……。
 我愛羅は知らない。姉も兄も、それぞれ全く同じことを思っていたことを。

 結局、まだ正式には付き合っていないとは言いそびれたが、身内とはいえ全てを晒す必要もないだろう。
 自室でいつものようにと電話をしてから、楽しい気持ちの余韻を抱いたままでカンクロウは床に就く。いつになったら彼女になってくれるのかな、と考えているうちに眠りに落ちるのが、もはや日課になっていた。
 何しろ相手は傀儡ならぬ生身の女の子なのだから、どう転がるか分からない。
 思い起こせば、告白の時点からは引いていた気はするけれど。
 不安でドキドキしながら、初めて素顔を見せたときの反応も、正直芳しくはなかった。
 デートなんだから何か女の子の好きそうなアクセサリーや小物をプレゼントしてあげようと考えていたのに、どういうわけか糸操り人形なんかを買ってあげてしまい。
 おまけにキスしようとしたら、また突き飛ばされた。
 そんなふうに、数限りない不安要素と失敗が積み重なっているにも関わらず、未だカンクロウはうまくいきそうな期待を抱き続けている。彼がポジティブ思考の持ち主だからというだけではない。電話での会話、そして直接会ったときの反応に、の自分に対する好意を確かに感じていたからだ。
 それなのにが「付き合う」ことに関して慎重なのは、どうやらナルトの仲間の誰かに関係しているらしい。詳しくは分からないが。
 もう一度会えたら、何か変わるかも知れない。そう考え、自分の実力をアピールしつつ木ノ葉がらみの任務をもらおうと日々頑張っているのだが、なかなかうまくはいかなかった。
(こうなったら、オレがをこっちに呼びつけられるくらいの権力を握るしかないじゃん)
 強くならなくては。もっと、もっと。
 ……眠くなってきた。
……)
 夢の中で逢えればいいな――我ながら少女趣味な発想に恥ずかしくなるが、さっきの電話でのの会話や笑い声を耳の奥に蘇らせつつ、カンクロウはとうとう眠りに落ちた。

 木製の人形が、ベッドの脇でぎこちなく踊っていたが、やがて動きが止まり、関節が曲がって崩れ落ちるように倒れた。
「……はぁ……」
 ため息がこぼれ落ちる。
 は糸操り人形を引き上げ、赤い三角帽子や愛嬌のある丸い顔を指先でなぞった。
 キバのことを、最近避けてしまう。
 散歩に誘われても用事があるからと断ったり、キバと赤丸の姿を見かけると、気付かれないように逃げてしまったり。
 どうしてこんなふうになってしまったのか――。
 本当はとっくに気付いている。現状維持を望むがために目を背け続けていたけれど、もう限界だ。
「カンクロウ……」
 溢れ出る気持ちを、どうして止められる?
「……好き……」
 初めて口に出した言葉は重くて痛くて、気が付くと人形を胸に強く抱きしめていた。
「好き……」
 はあの日カンクロウに向けた疑問を、自分自身に対して繰り返していた。
 どうして、彼なの――?
 答えも同じ。
 分からない。
 どうして、彼なんだろう。
 どうして、カンクロウじゃないとダメなんだろう――。
 望もうが望むまいが、もう壊れてしまった。戻れやしない。
 ただ突き進むしかない衝動が、恋にはあるということを、は初めて知った。
 それが甘いだけではないということも。

「……キバに、もう二人きりじゃ会えないなんて言ったら、私ひどすぎるかな……勝手かな。でもカンクロウのこと思うと、他の人と二人きりになんてなれないし……」
 これまでのことを一気に話し終え、は目の前の親友を見つめた。
 黒髪を頭の上で二つのおだんごにまとめた少女は、黙ってマグカップを傾ける。
「キバにどう言えば、傷つけないで済むと思う? 一緒に考えて欲しいの、テンテン」
 テンテンはの同期で、アカデミー時代からプライベートでも仲の良いくノ一だ。カンクロウに告白されたことも、一度会ったことも、彼女にだけは話していた。
 今日は二人とも空き時間があったため、はテンテンを自宅に招いたのだった。
「私に相談って、そのこと? キバを傷つけない言い方を考えろって?」
 ドン、とマグカップをテーブルに置いて、テンテンはこちらをにらむようにしている。……怒っている?
 言を継げないから、テンテンは黒い瞳を逸らさない。
「ひどかろうが勝手だろうが、仕方ないじゃない。何イイコになろうとしてるのよ。フラれて傷つかない人がいるわけないんだから、自分だけ悪く思われないようになんて、ムシが良すぎる!」
「振るって、別に今は付き合ってない……」
「だってキバがあんたを好きだってことは、知ってたんでしょ!」
「――!」
 そうだ、分かっていた。友達でいたかったから、キバの変わらぬ好意には気付かないフリをしていた。
 結局、甘えていいとこ取りだけしていた……。
「……ちゃんと、別れる……」
 下を向き唇を噛むに、テンテンの優しい声がかけられる。
「……そうしなよ。リーなんて、最初にめいっぱい拒絶されたのに、それでもサクラを好きでいるんだから。あれ見てると、恋のパワーってすごいと思うよ。キバだって、傷ついても、また先に進めるよ」
「うん……ありがとう、テンテン」
 声が震えて、膝に抱えたクッションに顔を埋めた。
 テンテンが隣に座った気配がして、肩を抱かれた。
 友情の温かさに、新たな涙が溢れる。

 背を向けたまま、キバは黙って頷いた。
 喚かれ責められても当然だと、覚悟をしていたは、かえって胸を衝かれる。
 もしかしたら、キバはキバで勘付いていたところがあったのかも知れない。何しろ彼は鼻が利くのだ。
「ごめんね、キバ……今までありがとう」
 彼の被ったファー付きのフードが、左右に揺れる。木の幹についたこぶしが震えていた。足元で赤丸が、心配そうに見上げている。
「も……う、行ってくれよ……見られたくねえんだ……」
 絞り出すような声に、胸を締め付けられる。
 受けなければならない痛みだ。は真っ直ぐに立って、自分の胸に手を重ねた。
 初恋だった。本当に本当に、大好きだった。
 今度こそ、さよならだ。
 は何も残さずに、その場を後にした。
 キバの咆哮が、木々を震わすのを、聞いた。

「今日のキバくん、おかしいよ」
 第8班に与えられた任務は午前中に終わってしまい、午後は演習の時間に充てられている。
 ようやくもらえた休憩時間、心配そうな顔をしたヒナタに話しかけられた。
 そう言われても仕方ない。任務中にもヘマしたし、修練にも集中できていないのは傍からも明らかだろう。
 朝一番で別れを告げられた傷を、汗だくになって紛らわそうしてもうまくいかず、キバ自身もがいている最中なのだった。
「心配ごととかなら、話してみてよ」
 ヒナタはいつも優しい。
「……すげぇ個人的なことなんだ」
「個人の問題はチームの問題だ。お前がそんなだと困る。いいから話してみろ」
 シノまでそう言ってくるから、キバは赤丸を撫でながら、とのことをぽつぽつと話し出した。

「……んでオレあいつに助けられてんだよな……助けられた上にまで取られるなんてよ……カッコ悪ィ……」
「……」
 シノは黙っている。どう言ったらいいのか分からないのかも知れない。
「オレ、お互い成長したらまた付き合えるって、勝手に思ってたんだ……バカだよな……」
 ようやく浮かんだ笑みは自嘲のものだった。
「キバくん、さんと仲良かったものね……つらい、よね……」
 キバとの仲はアカデミーでは公認で、皆羨んでいたものだ。それなのにこの結末……ヒナタは我がことのように胸を痛めていた。
「しかし、だからといってそのザマでは、忍としては命取りだぞ」
 いつもなら反発したくなるシノの物言いにも、キバはうなだれたまま。確かに情に流されるようでは忍者失格だ。
「振られたのは、昨日までのキバよ。明日からはどうか分からないわよ」
「紅先生!」
 どうやら話は彼らの師にも筒抜けだったらしい。
 紅は軽く腕組みをしながら木にもたれていた。
「男と女の仲ほど、先の分からないものはないわ。最初は良くても気持ちは冷めるし、砂隠れとここじゃ距離がありすぎる……」
 大人の女性が恋愛を語っているのだ、有無を言わさぬ説得力がある。三人は言葉もなく、先生の艶やかな唇を見つめていた。
 木から離れ、紅はキバを見据える。
「そのときに、おまえが任務を軽々こなせる強い忍になっていたら……そうね中忍にでもなっていて……そうしたら、彼女だって見直すわよ。遠くの恋人より近くの仲間、ってね」
「……」
 一歩踏み出した紅の声に、厳しさが戻った。
「強くなれば、その男に借りを返すことも出来る。どうする? キバ」
 キバの眼に鋭い光が走る。赤丸と一緒に立ち上がった。しっかりと大地を踏みしめて。
「オレやります! おいお前らいつまで休んでんだよ、続きやんぞ!!」
 いきなり気合を飛ばされて、シノとヒナタは顔を見合わせる。
「……単純な奴だ」
「でも良かった、キバくん元気になって」
 さすがは先生。
(私も……)
 そう、人を好きな気持ちは、何より強大なエネルギーに変えられる。ヒナタはよく知っている。
 ヒナタは立ち上がった。シノも腰を上げる。
「じゃあ始めるわよ」
 紅先生は美人だけれど、師匠としてはものすごく厳しい。ハードな課題をぽんぽん出してきて、へとへとになるまでやらされる。
 しかし今のキバには、それがありがたかった。
 強くなる。
 中忍にでも上忍にでも上がって、今とは違う自分になれたら、改めてに告白しよう。
(クグツ使いだか何だか知らねえが、あいつには負けねえ!)
 キバは吠え、赤丸と共に駆けた。

『……も、もう一回言ってくんねえかな』
「あら、聞こえなかった?」
『いや、聞き違いだったら困るじゃん』
 嘘、もう声が上ずって興奮しているのがしっかり伝わっているのに。
 はくすくす笑って、先ほどの言葉を繰り返した。
「カンクロウのこと、好きになったみたい」
 声に出して伝えると、全身に甘い痺れが走る。糸操り人形を握った手も、少し震えた。
『それって、ようやくOKってことだよな、彼女になってくれるって……』
「……うん。よろしくね」
『…………』
「?」
 歓喜の大声を上げてオーバーなくらいに喜んでくれるのかと思っていたのに、様子が違う。
 受話器を握り直す気配があって、
『ありがとな……オレ、のこと、大切にするからよ……』
 ぽつりと呟いた優しい言葉が、の全身を温かく包み込んだ。
『じゃあ今度会ったときには、チューしような』
「……チューって」
 やっぱりカンクロウだ。ニヤニヤしてるのが目に浮かぶ。
「今度なんて、いつ会えるか分からないんだから」
『楽しみは取っておくもんじゃん』
「……もうっ……」
 そんな会話にも、今までにはなかった甘さがたっぷり含まれて。うっとり、溺れそうになる。
 いつまでも話していたいほどに。

「……やったじゃん!」
 名残惜しく思いながらも電話を置くと、カンクロウはベッドの上を転がり回ってガッツポーズを作った。
「とうとう彼女になってくれたじゃん!!」
『うるさいよカンクロウ!』
 ドアの外からテマリに怒鳴られたので、口を塞ぐために枕に顔を埋めた。両足をバタつかせる。とにかくじっとしていられない。
「…………オレのものになってくれたからには、絶対大事にする! 早く会いたいじゃん!」
 愛するの代わりに、枕を思い切り抱きしめる。ドタバタしていたら、再び姉の怒声が飛んだ。

 電話の後、窓から夜空を見上げることで気持ちを静めようとするが、簡単にはいかない。
 好きだと告げた。付き合うことになった。
 嬉しさと幸せで浮き上がる気持ちの中に、苦みと不安が混ざっている。
 全部まとめて恋だなんて、まだにはちゃんと理解できなかったけれど。やっぱり傷つくのは怖くて、だからこそ戸惑っていたけれど。
 それでも、自分をだますのは、もうやめようと決めた。中途半端なことも、以後しない。
 貫きたい想いが芽生えてしまったのだから。

 心と心が結び付き、恋は動き出す。
 向かう先はまだ――誰にも、分からない。





                                                             END




おまけ




       ・あとがき・

予定していたよりずい分長い話になっちゃいました。
当初は私の書くいつものパターンで、単に告白→恋が叶う、というだけの超短編のつもりで、タイトルも単純に「傀儡師の恋」に決めていたのに……(傀儡師という言葉が好きなのよね)。
色々頭の中で転がしているうち、欲張っちゃって、前にキバと付き合っていたという設定まで出来ちゃいました。
そしたら、痛みや切なさを避けられなくなった。
珍しいよ、私がこういうの書くの。
現実は辛いことも多いから、物語にまで苦しいこと痛いことを書く必要はない、というのがモットーで今までドリーム書いていたのに。
何だろう、今回は。気が変わったか、気が向いたのか。
でもやっぱり甘いけどね。キバだって振られたその日に立ち直れないよね普通は。
ま、そこは私のドリームだから、ということで。

恋が前向きな力になる、というのが好きなんです。カンクロウもキバも恋がきっかけでもっともっと強くなりたいと思ってる。
人を好きになるのが自分の力になったら素敵だな。
……もっとも私自身は、恋で腑抜けになるタイプですが(←ダメじゃん)。

恋だけじゃなく、きょうだいの仲やら友情やら仲間の絆やら色々入れたくなって、また長くなりました。
実際、色んな人との関わりの中で、助け合ったり気付かされたりして生きていますよね。
我愛羅たち姉弟がこの時点でこんなに打ち解けているのかどうかがちょっと怪しい……どんなものでしょう。
ともかくも付き合えることになって、一応はハッピーエンドということで。

とはいえ紅先生の言う通り、先のことは分かりません。
二年後に時を移して、続きを書いてみたいですね。
遠距離を乗り越えて、カンクロウとの恋を貫くか、もしかしてキバとよりを戻すか……マルチエンディングにするのも楽しそうです。

おまけの話もありますので、よろしければどうぞ。




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