唯一青春(中編)





 柳生屋敷には、食欲をそそられる匂いが満ちていた。
「お帰りなさい、劉鵬さん、ちゃん」
 ご飯をよそっていた麗羅が笑顔を向ける。
「ただいま・・・って、わー、タマネギ料理ばっかり!」
 は仰天した。
 野菜炒めも味噌汁も、煮物もサラダも、なぜかタマネギがふんだんに使われている。まさにタマネギづくしの食卓だ。
「剥きすぎたんだよ。青春スポ根の話に夢中になって」
「ふーん・・・スポコンってなに?」
 席に着きながら聞いてみるも、言った兜丸は目を宙に泳がせてしまう。
 も深くは追及せず、早速箸を持ち、タマネギを頬張った。
 火を通したタマネギの甘さに、笑みがこぼれる。
「おいしっ。麗羅ごめんねー、急にマネージャーやることになっちゃって」
 なっちゃって、じゃなくて、進んで引き受けたんだろ・・・。
 劉鵬の口の中で呟かれた言葉は、麗羅の、
「いいよ。一週間だけだし、晩御飯のことは心配しなくても」
 快い言葉にかき消された。
「それよりちゃん、どう? 柔道部は」
「うん、すっごく楽しいよー」
「マネージャーって何するんだ?」
「えっとねー」
 はしゃいで兄弟たちに話して聞かせながらも、は、神社で黒獅子に出会ったことは黙っていた。
 黒獅子も柔道着を肩からぶら下げていた。驚いたことに、誠士館側の柔道選手として出てくるというのだ。
 しかし、劉鵬が『神社での殺生はバチが当たるぜ』といなしたおかげか、幼稚園の子供たちのおかげか、その場でどうこうということはなかった。かえって黒獅子の意外に面白い一面を見ることが出来たくらいだ。
 とはいえ、皆に余計な心配をかけることになるかと思えば、あえて言う気にはなれない。
 いわば秘密だ、劉鵬と自分との。
(一週間、兄妹なんだしねー)
 アニキの方を見たら、ちょうど目が合った。
 劉鵬はまばたき一つの後、何気なく視線を外したけれど、は小さく笑っていた。
「・・・で、あのマネージャーの子、どうなんだよ、劉鵬」
「どうって何だ」
 含み笑いでわざとらしく聞いてくる小次郎を、劉鵬はそっけなくあしらおうとする。そうはさせじと、も話に割り込んだ。
「良子ちゃんはねー、一目ボレしたんだよ、劉鵬に」
 そこでなぜか兜丸がため息をつく。
「ホント、最近の女子高生の趣味は分からんな・・・」
「うるさいっ」
 盛り上がる中で、竜魔と霧風だけが、静かにタマネギ料理を口に運んでいる。
 竜魔はそれでも時折微笑んで。霧風は、黙ってを見ていた。

 のマネージャーライフは、それは充実したものだった。
 良子とお喋りに花を咲かせつつも雑務をこなし、汗を流す部員たちの真剣な姿を胸いっぱいの気持ちで見つめ、部活後は皆と飲み物を口にしながら冗談を言い合っては騒ぎ・・・。
 これぞ青春ど真ん中、とばかりに、は笑顔輝かせ謳歌していた。
 そんなふうに、大切に送る日々は、あっという間に過ぎてゆく。
 いよいよ明日は、決勝戦だ。
「押忍!」
 最後の練習後、マネージャーも含めた全員で、円陣を組む。
「色々あったが、俺たちは本当に頑張った!」
「押忍!」
「悔いを残さぬよう、精一杯戦うのみ!」
「押忍!」
 良子もも、お腹の底から声を出す。
 実際に戦うわけじゃなくても、気持ちは同じ。
 この一週間が頭の中に蘇る。苦しさも辛さも喜びも、皆で分かち合ってきたことを。
「よし、景気づけに、トンカツ食いに行くぞ!」
「おおーーっ!!」
 皆は一気に活気付いた。
「そして、なななーんと」
 ざわめくメンバーを部長は手で制し、
「今日は! 俺のオゴリだ!」
 もったいをつけながら発表したとたん、
「ウワーッ!」
「やったーー!」
 皆は歓声を上げ、部長に抱きつく者ありで、早速トンカツ屋に向かうべく、柔道場を出て行った。
ちゃん、一緒に行こう。なっ」
 くんに引っ張られ、もその流れに混ざりこむ。
「あれっ劉鵬くん」
 良子だけが引き返し、畳に突っ立ったままの劉鵬に近付いた。
「劉鵬くんも、行くよね」
「あ、ああ」
「じゃ、先行って席取っとくから」
 可愛く接近した後、ふと照れたのか顔を伏せて走ってきた良子に、は笑いながらちょっかいを出す。
 じゃれながら女の子二人で連れ立ったのを見て、くんはガッカリしていた。

 一緒に行けばいいのに、などとお気楽なことをぬかす小次郎に、自分の任務について改めて説いた後、劉鵬は一人、帰り道を歩いていた。
 は皆と食事に行ってもいいだろう。楽しんでくればいい。
 この一週間、柔道部員たちに囲まれ、本当には楽しそうにしていた。
 はそれでいい。兄弟たちの言う青春というものの一片でも、享受すれば。
 一度もそういうことを知らずに里で一生を過ごすよりは、たとえ短い間でも・・・いや、短い間だからこそ、輝ける記憶を生涯に持ち続けていられたなら・・・。
 逢魔が刻の舗道の上、冷えた風が頬を撫でる。夕餉の香り、温かな家並み。
 明日に迫った試合よりも、のことばかりを考えていた自分自身に気付くと、苦笑いを洩らしていた。
 そう、こんなにも・・・想っている。
 気持ちの再確認は、移ろう空の色とあいまって、胸を切なくさせた。
 が里を出ることになったあの日に、はっきりと知った。を嫁にしたいと狙っているのは、自分だけじゃなかったということを。
 もっとも、竜魔と霧風と麗羅と小龍の真意は分からぬが・・・、絶対に違うと言い切れるのは、メルヘンに目がくらんでいる小次郎くらいのものだ。
 そして、自身は、竜魔のことしか眼中にない。
 明日の試合よりも、はるかに勝算が低いではないか・・・。
 がっくりとしてため息をつく劉鵬の視界に、神社の鳥居が飛び込んできた。
 一週間前に、と二人で必勝祈願をした場所・・・。
 今日は、一人で二つ、願掛けをしてみようか。
 欲張りだな、と苦笑しつつ、劉鵬はポケットの小銭をさぐった。

「あー、ハラ一杯!」
「これでスタミナついたな!」
 トンカツで満腹の皆は、ぞろぞろと店を出る。
 外はもう真っ暗で、星がいくつもまたたいていた。
「劉鵬くん、結局来なかった・・・」
「えっと、急用ができたんだと思うよ」
 スネている良子をなだめ、帰途につこうとするに、くんが近付いてきた。
 実は、他の部員たちに思い切り背中をどつかれて、よろめきながら来たのだが、は気にせず普段の笑顔を向ける。
「どうしたの、くん」
「あ、えーと・・・」
 背後で部員たちが『それ行け!』『頑張れ!』と念を送り続けている。くんの気持ちはバレバレだった。良子も察して、さりげなくから離れていってしまう。
ちゃん・・・、お、送ってくよ・・・」
 押し出すように、ようやく言い切ったくんに、小さな拍手と歓声が湧き起こる。
 そんな皆に送り出されるように、くんと二人きりで夜道を歩くこととなった。

「明日、頑張ろうね」
「うん。・・・ちゃん、約束・・・、覚えてるよね・・・?」
 すぐにも埋もれそうな、ささやかな口約束ひとつを糧に、今日まで死に物狂いで練習に明け暮れていたくんだったから、
「もちろん! 映画、楽しみにしてるね」
 の屈託のなさに、天にも昇りそうに舞い上がった。
ちゃん・・・」
 夜のとばりに包まれて、隣を歩くは、いつもより大人びてミステリアスな雰囲気をまとっている。
 一目惚れから始まって、一週間でもうどうしようもないくらいに燃え上がってしまった恋心に、追い打ちをかけられたような気分だ。
「あのさ・・・」
 夜はまた、いつもに似ない大胆さと勇気を、くんに分け与えてくれたようだった。
 そんな予定は露もなかったのに。
 見えない力に押されたかのように、口を開いていた。
「俺・・・、ちゃんのこと・・・」
 最初は単に可愛いな、と思っただけだった。でも、マネージャーとしてくるくる働く姿や、いつも笑顔で話してくれる、そんな性格の良さに、ぐんぐん惹かれた。と付き合えたら、どんなに楽しいだろうと、幾度も妄想を巡らしていた。
 本当は、試合に勝ってデートできたら告白、と段取りを決めていたけれど。
 今、溢れるほどの想いが止められない。
「・・・好・・・」
「あっアニキ!」
「えーっ!?」
 思いっ切り肩すかしを食らって、つんのめったくんがどうにか体勢を整え顔を上げると、今や柔道部の主力である劉鵬が、いつの間にか目の前に立っているのだった。
(ま、また、このパターン・・・)
「遅いから、迎えに来たぞ」
 飄々としたふうでいて、明らかにこちらをけん制している。
 表情も口調もちっとも怒ってはいないのに、何故、威圧されるのだろう・・・。得体の知れぬ恐ろしさに、くんは思わず後ずさっていた。
 この兄貴がいる限り、愛しのちゃんと付き合える日は永遠にやって来ないのかも知れない・・・。直感的に、そんな不吉なことを思ってしまう。
(・・・・いやいや、明日、勝てれば・・・・)
 気を取り直し、を見つめる。
 もう兄のそばにくっついて、嬉しそうにしている、その笑顔にちょっと苦しくなった。

 くんの望みは、叶えられることもなく。
 を伴って柳生屋敷に戻った劉鵬を迎えたのは、意外なことに、姫子だった。
 夜になってからまでも、姫子自らが持ってきてくれたのは。
「・・・鉄砲水が・・・」
 予期せぬ自然現象により、柔道の試合が延期になった、という知らせだった。



                                                  つづく



唯一青春(後編)





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