唯一青春(後編)
「なんか拍子抜けだね。あれだけ皆で練習したのに」
「本来の部員たちで試合に臨めるのが、一番じゃないか」
姫子と蘭子の話では、会場は最低一か月間使用不可であり、改めて決勝戦が行われるころにはケガをした部員たちも戻ってくるだろう、とのことだった。
「そりゃそうだろうけど・・・」
両足をブラつかせる、子供っぽい仕草に、劉鵬は少し笑う。
姫子が帰った後、何となくいつもの縁側に腰かけている二人だった。
「俺の任務は終わりだ。・・・だが・・・」
重い声に、は隣を見上げる。
「・・・今日、神社で、また黒獅子に会った」
明かりのない縁側で、ただささやかな星たちの光を受け、劉鵬の眼はそれでもらんらんとしていた。
それは内側から溢れ、隠し切れぬ闘志に違いなく、を小さく震えさせる。
劉鵬は、もう決意をしているのだ。
試合が中止になろうが関わりなく、黒獅子とは戦うつもりで・・・そしておそらく黒獅子の方も、それを望んでいる・・・。
「劉鵬の兄貴・・・」
兄の方に体を向け、ガクランの袖をきゅっと握る。
「・・・勝って」
の中に浮かんでいたのは、項羽と琳彪の面影だった。
二人は務めに殉じたのだし、忍びと死は背中合わせ。そう理解していたが、同時に、兄弟を失いたくないと願う自分がいることを、は認めていたのだった。
「・・・」
夜の中、見上げてくる瞳の曇りなさに、劉鵬は緊張を緩める。
幼子のように袖を掴む小さな手を、反対側の手で、そっと包み込むように握ってやった。
言葉以上に、そのぬくもりが、を安心させてくれる。
胸を浸しながら、少し、兄の方に寄り添った。
しんとした柔道場にて、ただ二人の男が対峙する。
「−勝負!」
「うおおーー!!」
雄叫びを上げ、畳の真ん中で劉鵬と黒獅子は組み合った。
観客のない試合・・・と思いきや、ひょこっと後ろの出入り口から首を出したのは、小次郎。
「・・・やっぱりね」
と、したり顔。
「ちょっと、見えないじゃない」
弟の頭を押さえつけるようにして、も身を乗り出す。
別に、誘い合ったわけでもない。小次郎は小次郎で勝手に見に来たらしく、鉢合わせしたのだ。
「・・・劉鵬・・・」
息を詰めて見守る先、激しい闘いが繰り広げられる。
投げ技をかわされ、逆に仕掛けられそうになってハッとするも、うまく逸らす。
・・・だが、劉鵬はおろか、黒獅子からも、忍びの技は一切発せられないのだった。
「何だ、忍びの術は使わんのか」
すでに汗だくの劉鵬が問うと、黒獅子も同じように息を弾ませながらニヤリ笑って答える。
「勝負は見えている。技を使う間でもない」
「ほお・・・言ってくれるじゃねぇか」
影から応援団の姉弟たちも、目を見張る。
「マジメに柔道やってんじゃん」
「そうね・・・意外だわ」
夜叉のこと、どんな卑怯な手を使ってくるかと警戒していたのに。
「うりゃー!」
しかしさすがは忍び同士、技は使わずとも、スピードといいパワーといい、常人をはるかに凌駕していること、は肌にぴりぴり感じていた。
互いに一歩も譲らず、力の拮抗はいつどこから綻びるのか、予測もつかない。
いつもは朗らかで穏やかな劉鵬が、別人のように鬼気迫る形相で戦っているのを、息も止まりそうな心地で見守っていた。
(絶対絶対・・・勝って!)
必勝祈願もしたのだ。
昨夜の気持ちも引きずって、切ないほどの想い、の強い願いが・・・通じたのか。
「どりゃーー!!」
とうとう、劉鵬が一本、決めた。
一人で部室に立ち寄って柔道着を返し、そこにいきなり現れた小次郎と少し話をしてから出ると、が廊下に立っていた。
「一緒に帰ろ、アニキ!」
「・・・もうアニキじゃないだろ」
言いながらも笑顔になり、妹の頭にポンと手を置く。
二人は並んで歩き出し、白鳳学院の敷地を出た。
「皆と一緒に行ったのかと思ってたぞ」
今ごろ、柔道部のメンバーは、良子ちゃんの家でお疲れさん会をやっているハズだ。
劉鵬はハナから行く気はなかったが(また小次郎の奴には「行けばいいのに」と言われたけど)、は当然、仲間に入っているのだろうと思っていた。
だから廊下で待っていてくれたのは意外で、びっくりしたし嬉しかった。
「だって、お祝いしたかったから」
見上げてくる、まどかな瞳に、きらら光が宿っている。
「おめでとう、劉鵬」
「・・・・」
笑顔が胸を打ち、何かかき立てられそうで。
「・・・うん」
短い返事で、はぐらかそうとした。
秋の夜は大気が薄い。
星の飾りも寂しげな空の下を、並んでてくてく歩いてゆく。
一週間、毎日、こうやって帰った。
曲がりなりにも任務を終えた今、もう夜道を二人で帰ることもなくなるのかと思うと、寂寞としてくる劉鵬だった。
夜風と共に匂い立つ、花の香りにくすぐられ、くしゃみをしそうになってくる。
先刻、小次郎には、お手本みたいな答えを返したけれど・・・。
この一週間で、劉鵬にも実は感じるところがあった。
こんなことは、誰にも−兄弟たちにもにも、知られてはならない。だから口にはしない、決して。
(・・・)
もう柔道着はない。空いている手を伸ばし、妹の手首をそっと握った。
細くて、力を入れれば折れてしまいそうな手首に、彼女の熱と脈を感じる。
これくらいの触れ合いは常のこと。熱が上がりもしなければ、脈が早まりもしない。歩く速度も変わらずゆったり、の表情も、にこにこしたまま。
それを見下ろし、劉鵬は、胸のうちに改めて刻む。
(・・・お前の存在そのものが、俺にとっての青春だよ・・・)
一生懸命になれるのも、心動かされるのも。
きらきら、生き生きしているがいるから。
里で待っていてくれるなら。笑顔で迎えてくれるなら。
忍びの務めを、何の悔いもなく果たせるだろう。
命すらも、惜しまずに。
・・・自分のものには、なってくれないのだとしても・・・。
(・・・・・)
細い手首に巻きつけた手に、思わず強い力を加えそうになった、その瞬間、はぶん、とその手を振った。
「劉鵬、カッコ良かったよ!」
無邪気に言って、繋いだ手を振りスキップを踏み始める。
ついては行けず、劉鵬はいつものたしなめる笑い方をするのだった。
これでいいんだ、このままで・・・。
成長しても、誰かのものになっても。
このまま、そばにいられたら−。
とてつもなく切なく甘い想いが、胸に広がり、少し苦しくなってくる。
触れた手からも、絶対に伝わることはない。これは、一人で負って一人で耐え、一人で味わう気持ちだから・・・。
「・・・そういえば、結局、映画に行けなかったな」
この点では、心配事がなくなって、せいせいしていた。
「ホーント残念。行ってみたかったのにな」
映画に対する興味以外の何ものもないのがひしひし伝わる。思わず、くんに同情してしまう劉鵬だった。
「一週間で、私も青春しちゃった。楽しかったー」
「・・・ああ、良かったな」
純粋に楽しみ、余韻に浸っているに、兄としての笑顔を向けて。
星の照らす家路を、二人仲良く辿っていった。
END
あとがき
ずい分長くかかってしまいました。
3月4月は忙しくてね。残業続きで。
それでも少しずつ書いていって、やっと終われました。
話自体も少し長くなっちゃいましたね・・・。
劉鵬の役者さんを、近ごろますます好きなので、愛が暴走して劉鵬サイドの切ない恋心をつらつらと描いてしまいました。
第7話は大好きな回。番外編では何度も書いているんですが、是非、本編でもやってみたかったので、満足です。
ちなみに「くん」は、風連トップの予備欄で変えられますので、お好きな苗字でどうぞ。
一般の生徒に想いを寄せられても、全く気付かないちゃん。過剰に反応する劉鵬とは対照的。
こういう、過保護な兄みたいなのも、ドリームネタとしては大好物です、私。
もっとも劉鵬のは、兄として、ではないんだけどね。
劉鵬の想いにちゃんが応えてあげたら、ものすごく大事にされると思うんだけどなー。
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