「劉鵬くんです!」
 明るい声で紹介する姫子の隣には、柔道着に身を固めた劉鵬が、ちょっと所在なさげに立っている。
 姫子を挟んでその様子を盗み見、は忍び笑いをしていた。
 もちろん、小次郎が掃除のおばちゃんに扮して様子を窺っていることも、承知済みだ。



 唯一青春(前編)



 今回は、柔道部の助っ人として、劉鵬がかり出された。
 は姫子の護衛としての立場で、柔道場までついてきたに過ぎない。
 だが、畳の上にだらしなく座っている部員たち四人の、諦め切ったやる気ゼロの態度は、にとっても見るに耐えないものだった。
 主力の部員たちが続々と不慮の事故に遭い、このままでは出場不可能という現状に、意気消沈するのは分かるが、姫子が忍びの掟を重々承知の上でわざわざお願いをしにやって来て、その結果、竜魔の指名を受けた劉鵬が派遣されて来たのだ。
 無論、そのような事情は部員たちの知るところではないだろうが・・・。
 少なくとも総長の気持ちを汲んで、もう少し覇気を見せてくれてもいいのではないか。
 苦々しい気持ちで見ていたら、部員のひとりと目が合った。
 とたん、彼は居住まいを正し、衿を整えると、控えめな声でに聞いてきた。
「あの、君は・・・?」
「えっと、妹です。劉鵬・・・アニキの!」
 元気に答え、いつものようにアニキの片腕にくっつく。
 聞いてきた男は、ぽうっとしたように、
「ああ、そうなんだ・・・」
 と、呟いた。
 他のメンバーは、相変わらず沈み込んだまま。
 そして、とうとう、
「うう・・・うぇーん・・・」
 ピンクのジャージを着たマネージャーの泣き声が、響いた。
「総長がすごい選手連れてくるっていうから、超期待してたのに・・・劉鵬くん、白帯じゃないですかー!」
 おさげのマネージャーが泣きながら紡ぐ言葉に、と姫子は劉鵬の腰に締められた白い帯を同時に見て、同時にハッとした。
 黒帯にしなかったのは、手違いとしか言いようがない。
 正式な有段者でこそないものの、劉鵬なら、高校柔道で頂点に立つくらいわけないはずなのに。
「あの・・・、僕たちこれから大会本部に出場辞退の手続きしに行かなきゃならないので、お先に失礼します」
「出場辞退って・・・ちょっとみんな、待って!」
 止めようとする姫子をすら振り切って去ろうとする、その態度にとうとう黙っていられず、が口を開きかけたそのとき。
「なら、試してみるか」
 劉鵬の声が凛と響いた。
 さすがの劉鵬も、腹に据えかねたのだろう。ぎらと鋭い光を帯びた兄の眼を、は見た。
「俺が使えない奴かどうか、自分たちで確かめてみろ」
「劉鵬・・・じゃなくて、アニキ」
 まさか本気を出すようなヘマはしないだろうが・・・。
 劉鵬の気迫に、は少したじろぎ、不安にもなった。
 掃除のおばちゃんの方に目をやる。おばちゃん・・・もとい小次郎は、三角巾の下で笑っていたが、いきなり衿を引っ張られ姿を消してしまった。
(蘭子おねーさまだ・・・)
 あんな格好でウロついていた小次郎は、ふざけているようにしか見えないだろう。蘭子にしこたま叱られている様子が目に見えるようだ・・・。
 などとが思っているうちに、
「うぉりゃーー!!」
「うわぁぁー」
 劉鵬は、部員の四人を、次々に投げ飛ばしていた。

「・・・大丈夫?」
 がとりあえず助け起こしたのは、たまたまさっき話しかけてきた男子だった。
 彼はどうにか立ち上がると、熱心にを見つめてくる。
「き・・・君のお兄さん、すごく強いね」
「うん、そりゃあね」
 単純に嬉しくて、にっこりすると、彼はいっそう顔を赤くした。
「あの・・・俺、っていうんだ。・・・君は・・・」
「私、
・・・ちゃん・・・、君がマネージャーになってくれたら、俺、頑張れる気がするな・・・」
「・・・え・・・」
 手も握ってきそうなくんから、少し後ずさったところに、すごい勢いで劉鵬が割って入ってきた。
「アニキ・・・」
「・・・・」
 無言で妹を背中に隠す劉鵬に対し、くんが何か言う前に、他の部員たちがずいと迫ってくる。
「・・・何ですか」
 さすがにいきなり投げ飛ばしたのはまずかったと思っているのか、劉鵬の頬が引きつっている。しかし、暫定部長は、光を取り戻した瞳をいっしんに注ぎ、告げたのだった。
「ありがとう劉鵬くん。君のおかげで、目が覚めたよ」
「もう逃げないぜ」
「俺も!」
「私も!」
 熱は、マネージャーを含めた全員に伝播し、みんなで頑張って優勝を目指そう! と、熱い盛り上がりに結びついてゆく。
 くんだけは皆とは違うモチベーションだったが・・・。
「よかったわ。これで決勝戦を戦えますね」
 活気を取り戻した部員たちを見て、姫子は、嬉しそうにしている。
(姫ちゃん・・・、本当に、学校のことを色々考えてるんだね)
 生徒たちと共に泣き笑い、骨身を惜しまず真摯に向き合う。
 総長として頑張る姫子には感服するし、主君として仰ぎなんでもしてあげたいと思う。
(・・・よし、決めたわ!)
 も自分の決心を胸に、くんの方を見る。
 ばっちり目が合ったので、が微笑むと、彼もぎこちなくだが笑い返した。
「よし、今日はこれから、劉鵬くんの歓迎会をしよう!」
「賛成賛成!」
「・・・・」
 はしゃぐ部員たちに取り囲まれながら、劉鵬は、妹たちの様子をじっとうかがっていた。

「カンパーイ!」
「カ、カンパーイ・・・」
 皆より一拍遅れて、劉鵬は恐る恐るジュースのコップを掲げ上げる。
 パン!
 クラッカーの音にもビクッと反応する様子が可笑しい。
 は楽しそうに笑って、ストローに口をつけた。
「劉鵬くんという心強い仲間もできたし、それにちゃんがマネージャー手伝ってくれるっていうから、頑張らないとな!」
 部長(とりあえずの)は、上機嫌だ。
「よろしくねっちゃん」
 良子も心底嬉しそうに、に笑いかけた。
「こちらこそ、色々教えてください!」
 は、自分からマネージャー見習いを志願した。
 そうすることで部員のひとりがやる気を出してくれるというなら、姫子のためにも喜んで請け負おう。・・・というのも嘘ではないけれど、一週間限定のマネージャーという面白そうな任務(?)に、好奇心が刺激されたのだった。
 皆が温かく迎えてくれたのが嬉しく、良子の隣でおいしいお菓子を頬張る。
「劉鵬くんってさ、苗字と名前、どっち?」
「どこに住んでんの?」
「その制服、ひょっとしてデザイナーズブランド?」
 次々飛んでくる質問に、劉鵬は閉口している。
ちゃんは、お兄さんに似てないねー」
「一年生? 何組?」
 一方のは、笑顔でソツなく質問に答え、兄のとまどう様子も肴にしながら、歓迎パーティを楽しんでいた。

「ねえっちゃん、劉鵬くんってさ・・・」
 一緒に後片付けをしながら色々聞いてくる良子を、は肘で軽くつついてやる。
「良子ちゃん、アニキのこと好きなんだぁ」
 さっきもパーティの最中に、「彼女、いるんですか?」と劉鵬に聞いたとたん部員たち皆にはやし立てられ、泣いて中座した良子だった。
「エヘ・・・。ちゃん、劉鵬くんの妹なんて羨ましいなっ。私も妹だったら・・・あっでもそれじゃ彼女になれないし・・・やだ、彼女だなんて、キャー!」
 頭の中にどんなドリームを広げているのか、良子はおさげを跳ねさせて、一人奇声を上げている。
「良子ちゃんたら、カワイー」
 くくくっと笑っていたら、接近された。
「ねっ、お兄さんのこと、色々教えてよ!」

 良子とキャーキャー言いながら片付けを終えたところに、くんがやってきて、を廊下に呼び出した。
「あのさちゃん、・・・一週間後の決勝戦のことだけど・・・」
「うん。みんなでガンバローね!」
 気持ちはすっかりマネージャーだ。
 可愛らしいに、くんは力強く頷いてみせた。
「それで・・・もし、俺たちが優勝できたら・・・」
 言いよどみ、ついに意を決したか、をまっすぐ見て一息で言い切った。
「勝ったら、俺と一緒に映画見に行ってくれないかな」
「映画?」
 無論、映画など見に行ったことはない。俄然興味がわいたは、目をキラキラさせてくんの手を握った。
「うん、行こう。絶対勝とうね!」
「・・・ちゃん・・・」
 カーッと音がしそうに、くんの顔にまで血が昇る。
「・・・コホン」
 わざとらしい咳払いに振り向くと、柔道着を肩からブラ下げた劉鵬が仁王立ちしているのだった。
「帰るぞ、
「はーい。じゃあくん、また明日ね!」
 ひらっと手を振って、兄と一緒に歩いて行ってしまうを、夢心地で見送っていた。
 握ってもらった手が熱い。そこからみるみる、全身に熱が回ってゆく。
ちゃん・・・」
 完全に、恋に落ちた。

「あいつと、デートする気なのか?」
 校外に出たとたんの第一声が、これだ。
 は目をぱちくりさせた。
「デートじゃないよ。映画を見に行くだけだよ」
(それをデートって言うんだよ・・・)
 劉鵬はガックリ肩を落とす。
「・・・だいたい、マネージャーなんて・・・」
「だって何だか分かんないけど、マネージャーやったら頑張るって、くんが言ったんだもん。白鳳の勝利に結びつく任務よ、これは」
「・・・お前の任務はそんなことじゃないだろ・・・」
「それに劉鵬ったら、みんなとちゃんと馴染めそうにないんだから。私がバランス取ってあげるのよ」
 人の話は耳に入らないようで、は秋の風の中、実に楽しげにスキップを踏んでいる。
 劉鵬は大仰にため息をついた。
 姫子も了承したのだし、竜魔も反対したりはしないだろう。が一週間だけ柔道部のマネージャーをやること自体に問題はないはずなのだ。
(とはいえ、不純異性交遊に走られたりしちゃ困る・・・)
 仕事だとか妹の監督だとか、そういうものじゃない。
 ただの、男としての気持ちなのだと、とっくに自覚はしていた。
 白鳳の勝利こそ任務の完遂なのだが、そうなるとは今日会ったばかりのあの男と、デートに行ってしまう。
 考えただけでも、気が気ではない。
 映画館に尾行して行きそうな勢いの劉鵬だった。
、分かっているだろうが、一般の人間と間違いが起きないように気をつけろ。お前のその身は、風魔のものなんだから・・・」
 せめてもと与えた注意に、はみるみる眉を曇らせた。
「そーゆー言い方しないでよっ!」
 一も二もなく、突っぱねる。
『里に戻ったら、俺の嫁になってくれないか』
 背後から抱きしめられ囁かれた、項羽の言葉が、耳に蘇ったためだ。
 あのとき、初めて、兄弟に女として見られていることを知らしめられた。
 項羽がその直後に死んでしまったことを差し引いても、年齢相応の潔癖さを持ったにとって、それは嫌悪感を呼び起こされる事実だったのだ。
 まして、一般人とのそういった関わりを注意されるなど心外だ。そんな目で見られていると思うだけで、心持ちが悪かった。
・・・」
 本人は意識していなくても、周りがほっとかないというバランスの悪さ。危うくて仕方ない。
「俺は、心配なんだよ・・・」
 率直な気持ちをため息に乗せる。の口は、まだとんがったままだ。
「私の心配なんてしなくていいんだって。私もう子供じゃないし、任務だってちゃんとこなせるんだから」
 幼いころからいろんな世話をしてくれた。全てのものから、守ってもくれた。
 そのことを感謝してはいるけれど、いつまでも子供扱いは困る。
 プンプンしながら見上げたら、劉鵬の横顔が存外寂しげだったので、はそれ以上の文句を飲み込んだ。
 ・・・心配するのも、兄として自分のことを思ってくれているから。
 それに、思わず反発してしまったけれど、劉鵬の言うことも分からないわけじゃない。
「・・・そうだ」
 唇にいたずらな笑みを浮かべ、一歩劉鵬の側に寄ってみる。
「良子ちゃん、劉鵬のこと好きになっちゃったみたいだから、色々情報提供しておいたよ」
「・・・余計なことするなよ、お前は」
 小突くフリをしながらも、破顔してしまう。
 も笑って、それで仲直りだ。
 家路をのんびり歩く二人の長い影も、仲よさそうに寄り添っていた。
「・・・あ、劉鵬」
 は不意に立ち止まり、ガクランの袖を引く。
 先に行きかけていた劉鵬は、立ち止まった。
 が指差す方を向くと、鳥居の向こうに賽銭箱・・・神社のたたずまいが見えた。
「必勝祈願、して行こうよ」
 特に神を信じるでもないけれど、の誘いを断る理由もないから、
「ああ」
 劉鵬はポケットの小銭を探った。

 パンパン!
 高らかにかしわ手を打って、ひとしきり願い事をしてからそっと目を開ける。
 はまだ目を閉じて、一心に祈っていた。
 真剣そのものの横顔に、思わず微笑む。
 決めたことに一生懸命のが、眩しく愛しかった。
「こんなところで何をしている、風魔」
 背後から声をかけられたのは、そのときだ。
 劉鵬は肩越しに振り向き、一拍遅れても振り返った。
「あ、夜叉」
「夜叉八将軍、黒獅子だ」
「・・・黒獅子・・・」
 確かに、野球場で見た顔だ。
 大きな身体、金髪。片手で小銭をチャラチャラ言わせている。
「風魔の劉鵬だ」
 体ごと向き直り、大きな声で名乗り返した劉鵬を、は心配そうに見上げていた。
 大事な試合を控えているというのに、こんなところで夜叉に出くわすなんて・・・。






                                                  つづく




唯一青春(中編)




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