小次郎の振るう風林火山が、風を鳴かせる。
「誠士館最強の男、飛鳥武蔵・・・」
「いつか迎え撃つなんて、そんな悠長な話じゃない。いつ攻めるかという話だ」
兄弟たちの言葉に、小次郎の眼が強い光を帯びた。
「飛鳥武蔵・・・てめェをブッ殺すことでしか、夜叉と風魔の戦いは終わらねぇ!」
共に在る(前編)
闘志と緊張感に満ちている柳生屋敷とは打って変わって、こちら白鳳学院は、穏やかな空気に包まれている。
今年は、運動部・文化部共に数多くの大会で輝かしい成績を収めることができた。文字通り実り多き秋を越え、風の冷える季節となったが、生徒たちは活気をもって学業や部活動に勤しんでいた。
そんな白鳳学院の敷地内、総長室のある棟のほど近く。
青空の下、大気がにわかに揺らぎ、背後の風景が歪んだ。そこにみるみる一人の男が姿を現す。
「フッフッフッフッ・・・。白鳳学院に、陽炎参上」
手にした扇をゆったりと動かしながら、夜叉八将軍の陽炎は、企みに満ちた笑みを浮かべた。
「・・・はい、そうです。恐れ入ります」
仕事の電話をかけている総長・北条姫子のもとへ、音もなく出現した人影がある。
(姫ちゃんのもとへ、見参っ)
セーラー服の少女・・・くノ一のであった。
電話の受け答えを続けつつも笑顔を向けてくれる姫子に、心の中から沸き起こってくる笑みを止められないながらも、油断なく室内を見渡す。
さっき感じた微かな気配・・・思い過ごしなら良いのだけれど。
「・・・よろしくお願いします」
静かに受話器を置いた総長が、微笑みながらに話しかけようとした刹那のこと。
「−−!?」
姫子のすぐそばに現じた男を見て、は驚愕した。
突然出てきたことに、などではない。
死んだはずの夜叉の顔に、驚いたのだ。
無論、一瞬間のことだったが、その一瞬の油断で陽炎には十分だった。
「・・・うっ!」
素早く姫子の腹部に当て身を当て、気を失わせる。
姫子の華奢な体は、総長の椅子の中に崩れた。
「姫ちゃん・・・!」
「動くな。この女がどうなってもいいのか?」
「くっ・・・」
不覚を悔やむも、手も足も出せない。
「武器を捨てろ」
「・・・・・」
ぱさり、花が床に落ち、花弁が散る。
勝ち誇った笑みで、頭のてっぺんからつま先までを無遠慮に眺め回してくる陽炎を、も負けじとにらみ返してやった。
夜叉八将軍は、全滅した・・・兄弟たちが全滅させたはずなのに。
生き残りがいたとは。のみならず、大胆にもこの白鳳学院に乗り込んでくるとは!
「・・・フフ・・・おとなしくついて来るなら、私は北条姫子に危害を加えないが・・・どうする?」
(・・・ウソつけ・・・)
その口元に張り付いた笑いが、ウソだと証明しているようなものだ。
だがは、健気な演技で、陽炎を見上げた。
「・・・分かったわ。その代わり、約束よ」
「・・・いいだろう」
今すべきことは、とにかく可能な限り姫子の近くにいること。
近くにいれば、隙を見て救い出し、逃げることも出来るかもしれない・・・いや、必ず、そうする。
(私は私の役目を果たすわ)
どんなことがあっても。
姫子の身体を軽々と肩に抱え上げ、陽炎は総長室から姿を消す。
も追いながら、薄紅の花びらを、そっと手放した。
(風よ・・・連れていってね)
兄弟たちの、もとへ。
「姫ちゃんは・・・姫子さまは、どこ!?」
誠士館の、今は使われていない教室内に、の苛立った声が響く。
相変わらず人をくったような表情で扇を広げる陽炎の前に、はキャミソールにペチコートパンツという下着姿を晒していた。
震えそうになる身体を、かばう素振りも見せず、気丈に敵方を見上げる。
「姫子さまには危害を加えないという約束だわ」
姫子とはここに来たとたんに、引き離された。今現在どこでどうしているのか、には知るすべもなく、気ばかりが焦る。
「『私は』、危害を加えない。・・・そう言ったはずだが?」
あさってを向くような角度の顔を、悠々と扇いでいる。
人を憤らせるための仕草だ、と分かってはいても、荒立ってくる心を止められず、は両こぶしを握り込んだ。
「姫子さまに何かあったら、許さない・・・!」
声にこもった迫力に、扇の陰からちら、と目をやる。
燃えるような瞳、その強さに、陽炎は口元を歪めるようにして笑った。
片手で、慣れた風に扇を閉じ、娘の喉元にあてがう。
「風魔のくノ一・・・」
ねっとりと絡みついてくるような声と視線に、背骨がぞわぞわする。嫌悪は炎となり、瞳をますます焦がすのだった。
陽炎は笑みのままの顔で、に接近した。ほとんど密着するように。
腰に手を回されても、は身動きひとつ取れない。首に鉄扇は当てられたままなのだ。
相手の纏う匂いに、微かに眉宇を寄せる。
負の匂い、闇の匂い・・・夜叉の匂いなのだと、直感した。兄弟たちの風の匂いとは、全然違う−。
は少し不安になった。が、次の瞬間には弱気を締め出すように息を詰める。
陽炎の手が、下着の上を滑らかに滑り、体の線をなぞり始めても、歯を食いしばるようにして耐えた。
やがて陽炎がニヤリと笑い、手を広げると、バラバラと花や手裏剣、クナイなどの小さな武器たちが床に落ちる。
最初にセーラー服をはぎ取ったのも、同じ目的だ。
くノ一から、攻撃の手立てを奪うため−。
下着に隠していたものも全て没収され、は真に丸腰にされた。
陽炎は一歩下がって、をしげしげと見つめる。もちろん、あのいやな笑みを消さぬまま。
「、といったな。・・・いい目をしている」
ここに至っても未だ光を失わぬ瞳に、陽炎は実のところ単純な興味を覚えていたのだ。
男ほどの戦闘能力も持ち合わせていないくノ一が、敵の本陣に一人きり。しかも身を守れる武器もない。
そんな状況で尚、こんな眼が出来るものなのかと。
「・・・だが私もこんなところに長居をしてはおれぬ。お前の相手はこいつらだ」
陽炎が広げていた扇をパチンと閉じると、それを合図のように戸が開き、誠士館の制服を着た男たちがぞろぞろと入ってきた。
手に手に木刀を持ち、染めた髪を逆立てた奴、危ない目つきをした奴と、どう見ても善良な一般生徒とは言いがたい男たち・・・夜叉の下忍どもだ。
「この女はお前たちにくれてやる。好きにするがいい」
平然と、人を物のように言い放つ。陽炎はに見下した一瞥をくれると、下忍たちが頭を下げ左右に分かれるようにして開けた通路を、つかつかと歩いて行った。
「ちょっと待ってよ! 姫子さまに・・・」
叫び手を伸ばすが、男たちの集団に阻まれる。
扉が開いてまた閉まる音が、無情に響いた。
「陽炎・・・!」
「おっとどこ行くんだよ、おねェちゃん」
気が付けば部屋の中央で、四方から囲まれている。
敵の数に怯んだのも一瞬のこと、は現在自分の置かれている状況を忍びらしい冷静さで分析し始めた。
武器になるようなものは何一つ持っていない。何しろ、念入りに隠していたものまで陽炎には見破られてしまったのだ。
対して、相手は皆得物を手にしている。それにこの人数、ひとクラス分以上の頭数だ。
(空手の女ひとり相手に、ご苦労なこと・・・)
さて、どうするか。
「姉ちゃん、イイ体してんじゃん」
「へへへ・・・っ」
男たちの下卑た笑い声、聞くに堪えない。
「抵抗しなきゃ、命だけは助けてやるからよ」
自分の下着姿に、一斉に注がれている男の目、欲望むき出しの視線に、本能的な危機感を呼び起こされる。
吐き気を押さえ込むように、重心を低くした。
「・・・お断りよ。平気でウソつく顔だもの、あんたらのは」
男どもの嘲笑と揶揄の中、は静かに構えていた。
取るべき行動は、一つしかない。もう腹はくくってある。
(私は、風魔の)
自分のなすべきことを、するだけ。
ひらり。
空から舞い降りてきた薄紅の花びらを、最初に気付きその手に受けたのは、小龍だった。
「これは・・・」
覗きこんだ劉鵬が、けげんそうに眉を寄せる。
「・・・・・・?」
そのときだ、空を裂いて矢が飛来したのは。
「今度は何だ・・・!?」
矢じりには、白い紙が結び付けられている。矢文だ。小龍が紙を外し、ゆっくりと広げた。
「決着をつけたし。
本日正午、誠士館校庭に残りの風魔を集めよ。
・・・武蔵」
忍び文字にて綴られた手紙が、静かに読み上げられる。
男たちは顔を見合わせた。これは、敵方の罠か。
「尚、北条姫子の身柄、確保した・・・」
最後の一文に、小次郎の目の色が変わる。
「何いッ、姫子ちゃんをさらったって!?」
「・・・ということは、も・・・」
兄たちは当然のように、妹の花びらとこの矢文とを関連づけていた。
使命感に燃えているが、姫子の拉致という一大事をただ見過ごすわけがない。
「待ったなしだ」
罠なのは分かり切っている。だが姫子とが敵の手中に陥ったとなれば、座していられない。
それに、これは残りの夜叉どもをまとめて片付ける絶好の機会だともいえるのだ。
「一気に最終決戦に持ちこみ、この戦いに終止符を打つ!」
「・・・そんな怖え顔すんなよ」
「楽しくやろうぜぇ、お嬢ちゃんよ」
「−触るな!」
「触るな、だってよー」
「カーワイー」
ゲラゲラと下品な笑い声が響き渡る。
自分では精一杯強がっているつもりだろうが、所詮は女の虚勢だ。
からかいながらいたぶり、堕としてやろうと、狂気に顔を歪めた男たちがじりじり包囲の輪を縮めてゆく。
その中心にあっては、揺るがぬ意志のもと、タイミングを計っていた。
正直恐ろしい。恐ろしいのは、人数ではない、木刀でもない。「男」が、怖かった。こんなにも直接的な欲望を見せつけられることは、かつてなかったからだ。
その醜さを、集団の恐怖と同時に知らしめられ、ひるがえって自分がいかに大事にされていたかに思いは至る。
(あんちゃん・・・)
そうだ、この身は風魔のもの。兄弟のもの。汚されるわけにはいかない。
今こそは自らで守るのだ。無論、守るべきは命だけではない。
「そろそろ観念したかぁー?」
「−−!」
最初に伸びてきた手を、無言のまま思い切り払いのけた。パシッ、と乾いた音が響く。
「触るなと、言ったはずよ」
「・・・ヘッ、痛い目見ねーとわかんねぇようだな」
男たちにはまだまだ余裕が満ちていた。
手を払い落とされた男−茶髪のニキビ面だ−が、もったいぶるような仕草で木刀を取り出し、の真正面で構えてみせた。
謝るなら今のうちだと言わんばかりに、木刀の先を娘の鼻先に突きつける。
周囲の輩も、を追い詰め楽しもうと、はやすような声を上げたり、武器をチラつかせたりし始めた。
だがは少しも臆してはいなかった。臆すどころか、自分につきつけられた木刀までも、手刀で叩き落してやったのだ。
カラン。
木刀が床に落ち、同時に目の前の男の顔に朱が差し込まれてゆく。
「て、てめ・・・」
確かに油断はあった、が・・・。
「バカにしやがってぇ・・・!」
すっかり頭に血を昇らせた男は、拾い上げた木刀を大上段からやみくもに振り下ろした。
しかし目標を捉えられはせず、再び剣先は床を打つ。
「どこ狙ってんのよ。下手クソ、ノーコン」
「そこかァ!」
振り向きざま木刀を水平に振り抜く。
少女の姿を認めたのは一瞬のこと。顎に突然の衝撃を受け、眼前に星が飛び散る。
夜叉のチンピラのでかい身体は、どさりと倒れこんだ。はずみ、手から離れた木刀が宙に弧を描き、の手にぴったりと収まる。
(・・・カッチョイー!)
端の方でこそこそとしていた夜叉の小柄な下忍は、そばかすだらけの頬の上にある大きな双眸をキラキラさせて、風魔の女忍を見つめていた。
下着姿であることも構わず、自分の倍ほどの体格を持った男の顎を低い位置から思い切り蹴り上げ、木刀を見事に奪った。
鮮やかな一連の動作が脳裏から離れず、少年を興奮させる。
(スゲエ、あの子・・・)
「・・・この女・・・!」
「フザケやがって!」
夜叉下忍は一気に色めき立ち、たった一人のか細い少女に折り重なるように向かってゆく。
同胞たちの後方で、小柄なそばかすだけが、おたおたとしていた。
「遅いッ! ハエが止まるわ」
得物を手にして俄然生気を増したくノ一は、言葉で挑発しながら敵の間を素早く動き回り、足技と木刀のコンビネーションによって次々と仕留めてゆく。
−この技は、全て、琳彪が仕込んでくれたものだ−
『そうだ、・・・』
「−!?」
はハッとした。この声は。
『相手が何人いようが、怯むんじゃねーぞ。おめぇの根性、見せてみろや』
「琳彪・・・」
姿は見えないが、確かにそばにいる。共に、戦ってくれている。
「てめェー!」
逆上した男らが、四方から一斉に飛びかかってくる。
はタッと床を蹴り、宙に飛んだ。重さを感じさせぬほどの軽やかさで。
「うわっ!」
男たちはぶつかり合い、自滅する。
ふわり宙返りをし、一人の男のツンツン頭に着地した。同時に、そいつを蹴り倒してやる。
『は本当に身が軽い・・・まるで俺たちのこの羽みたいだ。見ていて惚れ惚れするよ』
(・・・項羽・・・)
「この・・・ッ!」
背後からがむしゃらにかかってきた男をやりすごし、正面の奴と衝突させる。横から木刀を突き出してきた男には、木刀で応戦し殴り勝った。
『ちゃんは強いから、いつかきっと、願いは叶うよ』
(麗羅・・・)
気が付けば、数のうち半分ほどはもう床に伏している。
敵わないと見て、逃げ出す夜叉さえいる始末だ。
まとまりなく騒然としている中、辺りを油断なく見回しながら、は尚も向かってくるならず者をいなし、翻弄して、攻撃する。
『・・・』
兄弟が、一緒にいてくれている。
『・・・決して忘れるな・・・自分の役目と、俺たちの願いを・・・』
(兜丸・・・!)
そうだ、自分は一人じゃない。いかに大勢の敵に囲まれようと、怖くはない。己のことばかり考えてバラバラのこいつらとは違う。兄弟たちが、ついている。
「まだまだイケるわよ! やられたい奴からかかって来るがいいわ!」
片手で木刀を掲げ上げ、高らかに言い放つ風魔のくノ一、息一つ乱さぬ威風に、男たちは一様に気おされた。
いよいよ実力の差というものを、認めざるを得なくなったのだ。
「チクショー!」
更にも悪あがきをする残党を、はきらりとした目で見据え、気負いもなく構え迎えうつ。
負ける気なんて、全然しない。
ただ、今も一人きりの姫のことばかりが、心配で仕方なかった。
(待っててね、姫ちゃん・・・!)
木刀を振り上げる。
(今、行くからね!)
力一杯振り下ろすと同時、後方の敵を蹴りつけた。
表では、彼女の兄弟たちもまた、数知れぬ夜叉たちを相手に乱闘を繰り広げていた。
つづく
・あとがき・
本当ーに、久々ですね。風連本編です。ドラマと合わせてどうぞ(相変わらず不親切)。
プロット自体は随分前に作っていたんですけどね・・・青春の話よりずっと前でしたよ・・・。
原作沿いって、エネルギー要るんですよね。書くぞ!って気合いとやる気が満ちないうちは、なかなか手がつけられない。
番外編のようなのは、気軽に書き始められるんだけど。
誰も読んでくれる人いないんじゃないかと思ってたんだけど、アンケートによりそうでもないんだって勇気を得て、また書く気が起きました。
こんなペースですが、何とか最後までいけたらと。
続きます。
共に在る(後編)
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