(ふう・・・っ・・・)
 さすがに乱れた息を、深呼吸により静める。
 あまり良い空気じゃないけどね、と心の中で呟くの周りには、白目をむいた夜叉の下忍たちが、折り重なるようにのびていた。



 共に在る(後編)



 教室−学業に励むための部屋−とはとても思われぬ様相と化したそこで、立っているのはただ一人。・・・いや、もう一人。
 隅っこからぼーっとばかりを見つめている、そばかすの小柄な男だ。
(カッコいいなー強いなー・・・それに、可愛い・・・)
 憧れとドキドキの混じり合った、ほややんとした目で見ていたから、
「ちょっと、そこのアンタ」
 いきなり声をかけられてビックリ跳ね上がった。
「はっはい何でしょうか、あのボクはあなた様に攻撃するなんてことはとてもとても・・・」
 夜叉の風上にも置けぬ言い草である。この中で誰か一人でも意識があったなら、殴り飛ばされていただろう。
 しかしとて、この男には戦意のかけらもないこと、悟っている。
 相手の方はちらとも見ずに、片手だけを伸ばし、
「ガクラン」
 わざと横柄に言い放ってやった。
「・・・は?」
「アンタのガクラン、よこしなさいよ」
 ハッとして自分の紫色した長ランを見下ろし、彼はわたわたとそれを脱ぐと、両手でうやうやしく差し出した。
 は無造作に受け取り、袖を通す。
 やはり女の子にはサイズが合わず、袖口を折り返すも、裾は床をすっていた。
「何なのよこのバカみたいに長いガクランはッ!?」
 文句を言いつつ木刀を握り、出てゆこうとするに、少年は後ろから追いすがる。
「あのっあのっ、ボクをあなたの弟子に・・・い、いや、ボクと付き合ってください!」
 いきなり告白をしている。言った本人が一番驚いている。
 勢いとはいえ、何てことを口走ってしまったんだ・・・張り飛ばされても仕方がない。
 だがは怒りはせず、むしろ呆れた調子で答えたのだった。
「・・・バカね、夜叉と付き合えるわけないじゃない。それに私は、私よりも強い人じゃなきゃ絶対ダメ」
 淡々とした声なのに、胸を真っ直ぐ射抜かれる。
 尊敬や憧れは、本格的な恋心に変化した。彼はそのうつろいを、はっきりと感じ受け止めていた。
「・・・じゃあ俺、夜叉やめるから・・・強くなるから、だから・・・」
「悪いけど、それでもダメよ」
 さらりと、しかしきっぱりと断って、は教室のドアを開ける。
 どうしてだよ、と食い下がってくる男に、肩越しに振り返ると、
「だって私、好きな人がいるんだもの」
 そう言って、風魔のくノ一は、笑った。
 固く結ばれていたつぼみがほころぶように、微笑んだのだった。
 そう、好きになったのは、誰よりも強い人だ。
 付き合えるなんてことはこの先決してないのだとしても、ずっと好きでいると、決めた人だ。
「じゃ、私急いでるから」
 一刻を争うのだ。余計な感傷を断ち切るように、は駆け出した。
「そ、そんな・・・」
 追うこともできず、ただ立ち尽くし、だが彼は決意を固めていた。
(俺・・・夜叉やめて、強くなろう・・・)
 あの子が、初めて見せてくれた笑顔を胸に。

「姫ちゃんッ!」
 ドアを開けたとたん、風切って飛んできた矢に身構えるが、それはに届く前に、黒くしなるムチによって叩き落された。
「蘭子おねーさま!」
「・・・!」
 ちょうどに背を向ける位置で、蘭子は再びムチを構えた。
 正面では、ミニスカートのおねーさんが、手にした弓に次の矢を番えている。その背後に、セーラー服の女性・・・あれが夜叉姫なのだろう・・・そして、床に寝かされた格好の、姫・・・!
(姫ちゃん・・・)
・・・無事だったのですね、良かった・・・」
 こんな状況下でも、こちらの無事を安堵する、その優しさと強さ。
 姫子は縛られてはいたが、外傷などは見受けられない。も一応は安心する。
 早速助け出そうとしたところが、鋭く放たれた矢によって足止めされた。
、まだ動くな! ・・・決着をつけてからだ」
 蘭子のムチが、その矢も叩き落す。
「それなら私が・・・」
 忍びである自分の方が、分はいいだろうと申し出たのだが、蘭子は退かなかった。
「いや、私がやる」
 言葉は少なくとも、背中が語っていた。
 蘭子は自分を許せないのだ。姫子が連れて行かれるのを見過ごしてしまったことを、悔やんでも悔やみきれないのだ。
 最も大切な存在。守りたい気持ちは、皆同じ。そのためにここまで戦ってきたのだから。
 は何も言わず、後ろに下がった。
 ヒュン、ヒュンヒュン!
 今度は五本もの矢が、いっぺんに放たれる。蘭子はムチを縦に張ることにより、それらの威力も封じ込める。
「飛び道具は、いずれ尽きるもの!」
 凛とした声、立ち姿は、勝利を確信させる頼もしさに満ちていた。

 今にも泣き出しそうな空から−
 白くはかないひとひらが、地上に舞い落ちる。

 が、蘭子と姫子と共に校庭へ出たとき、飛鳥武蔵の足元に小次郎が倒れていた。
「小次郎・・・小次郎、小次郎、小次郎!」
 何度も名を呼ぶ姫子の声が、雪の中こだまする。
 は、自分が相手をした数の何倍もの夜叉下忍がのびているのを見た。対して、風魔の五忍は全員無事のようだ。
 残っているのは、黄金剣を手にした飛鳥武蔵ただひとり。
 風林火山を思うさま使いこなせるようになった小次郎との、一騎打ちのさ中という場面と悟る。
「小次郎ーッ!」
 小次郎の胸が朱に染まっているのを見たとき、思わずは叫んでいた。
 太腿から流れる鮮やかすぎる血が、フラッシュバックされる。瞬間的に、野球場でのことが蘇ったのだ。
 武蔵の飛龍覇王剣を、再びその身に受けたのか−。
 だが小次郎は、笑っていた。あのときとは違って、血の溢れ出る胸を押さえながらも笑っていた。
「オッケー・・・。俺のメルヘンは無事だったってことね・・・」
 ゆっくりと、身を起こす。
「武蔵よ、俺の心臓には毛が生えてるんだ。その毛一本分、助かったぜ」
 余裕たっぷりの物言いだけれど、胸からの赤い血は鼓動に合わせて溢れ、止まらない。
「小次郎やめて、もうやめて。私が主君なら、私が命令します。お願い、もうやめて・・・!」
 涙ながらに訴える、姫子の気持ちはよく分かる。だがはそれ以上に、弟たる小次郎の想いに同調していた。
 守りたい、笑顔を見たい。
 そのためなら、命すら惜しくはない。
 全ては、たったひとりのため。
 初めて恋をした、姫子のため−。
「・・・やめて・・・」
 姫子がいくら叫んでも、今の小次郎を止められやしない。
 自分のためではなく、大切な人のために命をかける男を、誰が止められるだろう。
「小次郎・・・」
 せめて信じて見守ることしか。
、おまえその格好は・・・」
 囁くほどの小声に顔を上げると、劉鵬の心配そうな眼差しにぶつかった。
「あ、コレ? ・・・私の服取られちゃったから、夜叉からぶん取ったの」
 戦利品を見せびらかすように、紫色の引きずる長ランを示してみせるが、劉鵬は青ざめ慌てていた。
「ふ、服取られたって・・・お前まさか夜叉に何かされたんじゃ・・・」
 彼が何を危惧しているのか、には手に取るように分かる。何しろ実際にそのような危険に晒されかけたのだから。
 少し前なら、そんな想像を抱かれたと知っただけで不快感を覚え、語気も荒く反発をしただろう。兄弟に、異性として、女として見られることを無意識のうち疎んじていたのだ。
 しかし今、は、兄を見上げ微笑んでいた。
「ありがとう劉鵬、心配してくれて。でも大丈夫よ。私に触ろうとした奴は全員倒してやったから」
「強いな、
 少しからかう調子の小龍にも、笑ってみせる。
「私、一人じゃないんだもん」
「・・・そうだな」
 小龍も、力強く頷いてくれた。
 の周りで、霧風も竜魔も、表情を和らげていた。
「しかし、いつまでも夜叉の格好ってのも何だよな」
 何か不満げに呟きつつ、劉鵬は自分の上着を脱ぐと妹に差し出した。
「そんなの脱いで、これ着ろ」
「・・・でも」
 軽く見上げる空から、冷たい雪はいくつもこぼれてくる。
 Tシャツ姿の劉鵬は、いいから着ろ、と笑った。
「・・・ありがとう」
 も固辞することなく受け取ったけれど、
「でも、どうせなら竜魔のあんちゃんのガクランがよかったナー」
 などと言って、劉鵬をガッカリさせていた。(ちなみに竜魔は、聞こえないフリを決め込んでいた)

 ふわり、ちらちら降り続く雪の中、パジャマを着た可愛らしい女の子が、小次郎と武蔵の方へ歩いてきた。
 そのまるで天使のように清らかな姿を、夢の中の出来事のように、はぼんやりと見つめていた。




                                         END




 ・あとがき・

ちょっぴり中途半端な感じではありますが、ここで終わりです。
あとの絵里奈ちゃんとの会話、小次郎と武蔵の決戦シーンは、ドラマのまんまということで、このシリーズでは描かない予定です。

ちゃんは忍びだからもちろん強いし、蘭子さんもさすがの胆の据わりようですが、姫子ちゃんも強いなぁと、ドラマを見て思いました。
だって縛られてあんなおっかない夜叉姫の前に転がされたりしたら、私なら震え上がっちゃいますよ!
守られているだけのヒロインじゃないのね。
蘭子さんvs魔矢さんのおねーさん対決は、私のお気に入りだし蘭子さんの見せ場なので、ちゃんに水は差させませんでした。
もうやめて、と小次郎に訴える姫子の気持ちはよく分かる。それでもちゃんは、小次郎に同調します。
決着は着けなきゃいけないし、小次郎の姫子のためなら命も投げ出すって気持ちも分かってる。そして小次郎を信じているんですね。

一人でいても一人じゃない。死んでしまった兄弟とも、一緒にいる。ということで、「共に在る」としました。
誠士館に出掛ける前、小次郎が石灯籠を風林火山で見事割った後に、死んじゃった四忍が出てきたシーンがすごく嬉しかったから、一人きりで野郎共に囲まれてしまったちゃんにも、みんながいつも一緒にいるって、知って欲しかったのです。

「風連」本編としては、あとエピローグ的な最終話を書きたいなぁと思っています。
そして、もし書けるようなら、途中のまだ書いていない部分も埋めていきたい。女子サッカーの話や、ボウリングの辺りね。





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