羽兄弟（中編）
小次郎の驚異の記憶力により、誠士館の不正が暴かれ、美術コンクールの金賞は白鳳学院の生徒が見事受賞した。
「六才の記憶」とタイトルのつけられたその絵に、は何か懐かしい想いを呼び起こされるような魅力を感じていた。是非選ばれて欲しいなと思っていたから、金賞の発表がされた瞬間、素直に喜びを表した。
「ヤッター！」
たまたまそばにいた小龍の手を思わず握る。
は何も考えてはいなかったけれど、小龍は握られた手をびくっと震わすと、振り払うかのように素早く引いてしまった。
「・・・？」
それがあんまり急で・・・、まるで触られるのが嫌だというふうだったから、もびっくりしてしまい、目を丸くして見上げる。
小龍は、目を合わせることすら拒むかのように、ふいと背を向け歩き出した。
「小龍、どこ行くの？」
「・・・先に帰る」
「そんな霧風みたいなこと言って・・・。待って、私も・・・」
追おうとしたところ、またお約束のように後ろから腕を引かれ止められて、は不満顔を隠そうともせず振り仰いだ。
「何よ劉ほ・・・」
半ば条件反射で口走りかけたところで、相手の顔が目に入り、
「・・・霧風」
言い直したから、霧風はそっと手を離してやった。
「何でみんな、私が小龍のところに行こうとすると止めるのよ」
ふくれっ面は直らない。
霧風はきれいな顔に特に表情を持たせず、背中を壁につけた。
（・・・脚、長いなー）
いつも見ているのに、やっぱり目が行く霧風の脚だった。
「・・・は、気安すぎる・・・」
霧風の小さな声に、きょとんとしながら顔を上げる。
「え・・・？」
それ以上は語らず、遠くを見るような目をして、霧風は考えていた。
子供だった自分たちは、一族という固い絆のもと、狭い世界で身を寄せ合い暮らしてきた。
そうしていつしか成長し・・・その間には、竜魔が片目を失う事件があったり、項羽と小龍との間に確執が生まれたりといった変化もあった・・・、一人前の忍びとなって全国に散り、務めを果たすようになったのだ。
そして、は・・・。
ちらり、唯一の同期であるくノ一に目をくれる。
手足もすんなり伸びて、いつの間にか綺麗になっていたこと。そして兄弟たちも今や妹としてではない、女として見ていることを、本人は気付いていない。
だからこそ、皆に等しく笑顔を振りまき、無防備に触れたりするのだろう。
そのたび、兄弟たちが心を波立たせていることも知らずに。
「いつまでも昔と変わらないって思っているのは、だけだ」
無邪気だからこそ、残酷なのだと・・・切実に、思う。
目が合った。は強い目線を返した。
「・・・誰が何って言っても、私は信じているもの・・・。小龍だって、いつかは分かってくれる・・・」
ひらり軽やかに身を翻し駆け出したを、あえて追いはせず、霧風は軽いため息を吐いた。
「そういうことじゃ、ないんだが・・・」
「ねえ、小龍」
みんなより一足先に出た小龍だが、真っ直ぐ戻らずに木の上で一休みを決め込んでいた。
心のどこかで、が来てくれることを期待していたから・・・、の声を聞いて胸は跳ね上がったけれど、実際口から出たのは、
「何だよ」
ぶっきらぼうな、ただ一言。
はそれでも微笑みをたやさず、同じ木の別の枝へひょいと飛び上がり、腰を下ろした。
スカートのプリーツの乱れや、さらさらした髪を見下ろして、ついぽうっとしていると、はゆっくりとこちらに顔を向けた。
子供のような表情で見上げてくるのに、木漏れ日をちらちら受ける頬や腕の白さ、セーラー服の眩しさに、はからずもドキドキさせられる。
「・・・小龍は、小龍だよね・・・」
の声が、風ほどのさりげなさで耳に届く。
説明も脈絡もなかったけれど、小龍の胸には、真っ直ぐ響いた。
つづく
・あとがき・
前編よりさらに短かくなっちゃった（笑）。
話の区切りの関係でこうなりましたが・・・。
完全に、ドラマにはなかった部分ですね。
みんなに女として見られている自覚のないちゃん。だからこそ、項羽にいきなりプロポーズされ戸惑ったんだけど。
霧風は心配しているのか、その自覚を促そうとするんだけど、小龍の項羽に対する気持ちのことばっかり考えているちゃんには全然通じなかったということで。
原作で、小龍は木の上で一晩明かしてました。
ドラマでは項羽が木の上に乗っていた。ということで、この双子、木の上が似合うと思います（笑）。
体も軽そうだしね。
「羽兄弟」後編
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Ｈ２０．７．１９
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