羽兄弟(後編)


「琳彪・・・! どうした、琳彪!?」
 柳生屋敷に戻った途端、緊迫した長兄の声を聞き、は小龍と中庭へ急いだ。
 すでに皆集まっている中、竜魔が琳彪のぐったりとした身体を膝に抱き上げている。
「まだ、温かい・・・」
 兜丸の言葉が決定的だった。はふらつく心地で、琳彪の顔を見ていた。
 決して瞼を開かず、ぴくりとも動きはしない・・・。・・・死・・・?
(・・・・・!)
 叫び出しそうになって、こぶしを握る。
「琳彪! 嘘だろ琳彪! ・・・チクショウ、夜叉の奴・・・!」
「小次郎! 落ち着け」
 小次郎が先に取り乱し、劉鵬に強くたしなめられたことで、は逆に冷静になれた。
「俺たちは忍びだ。琳彪だって覚悟していたさ」
「この男は仕事に生き、死んだ。ただそれだけのことだ」
 劉鵬と竜魔の言葉に、小さく頷く。
 そうだ、風魔の忍びにとって、死は背中合わせ。いちいち騒いでなどいられない。
「・・・項羽さんはどうしたんだろう」
 麗羅の叫びにハッとして、辺りを見回す。
 そのとき、項羽がよろめきながら姿を見せた。
「奴らの一斉襲撃を受けた・・・。間に合わなかったか・・・」
「項羽・・・」
 気遣わしげにするの方は顧みず、項羽は琳彪の傍らに屈み、右手で琳彪に触れた。
「・・・すまない、琳彪・・・」
「−お前は、誰だ!?」
 ヒュン・・・ッ!
 その場の誰もが、己の目と耳を疑った。
 小龍が、あろうことか項羽に向かって、木刀で斬りかかったのだ。
「おのれ、ニセ者め!!」
「−ニセ者!?」
「どういうことだ!?」
 騒然とする中、小龍は項羽の右手の甲を指す。
「お前が項羽なら、なぜ手に白い羽の傷を受けている・・・白羽陣を使えるのは、大地広しといえど、項羽とこの小龍以外いないのだ!」
 も見た。項羽の手に刻まれた、赤い、三筋の傷跡を。
 小龍の言う通り、あれはニセ者・・・!? だとすると・・・。
「バレたとあっちゃ仕方ない」
 とうとう、かりそめの姿を捨て、敵はその正体を見せた。
 誠士館の制服に身を包んだ、長髪の男。頬には手と同じように、白い羽の傷が走っている。
「あいつは八将軍のひとり!」
「白虎!」
「項羽はどうした!?」
 そっくりの弟である小龍に、白虎は不敵な笑みで応じる。
「今ごろはカラスのエサにでもなっているだろう」
「・・・・!」
 冷酷な宣告に、胸を衝かれる。
 同時に、の頭の中に、昨日からの項羽の言動が浮かび上がった。
 疲れているだけかと思っていた。ただの悪ふざけ、いつものような好奇心と、気にも留めなかった。
 今思えば、全てが不自然だったではないか。
 あれは項羽じゃなかった。白虎が項羽の命と姿を奪い、まんまとこの柳生屋敷に乗り込んできたのだ。
 そして、琳彪を不意討ちにした。
(琳彪・・・項羽・・・っ!)
 激しい心の揺れが、の手の中に一輪の赤い花を形作る。それは花使いのの持つうち、最も攻撃的で破壊力を持つ花だった。
 二人を殺した夜叉、目の前にいる男を、許せない・・・!
 感情の昂ぶりを削ぐように、両手で胸の前に捧げ持った花が、静かに浚い上げられた。
 目を上げると、小龍が、の武器を手にしていた。
「小龍」
 小龍はに小さく頷くようにしてみせてから、燃えるような花びらを風に散らしてしまう。それから、皆を制するように前に出、白虎に対峙した。
「誰も手出しするなよ・・・こいつは俺が倒す」
「・・・・・」
 空手になった両手で胸を押さえるようにして、は竜魔の後ろにさがった。
 たぎるような怒りと憎しみの闘志を、小龍に託す気持ちで、目を逸らさずこの戦いを見届けようと心に決めた。
「小龍白羽陣!」
 赤の花びらはすっかり消え、辺りは白羽に染め替えられる。
 いつ見ても、惚れ惚れするほど美しい・・・小龍の、そして項羽の、白羽陣・・・。
「項羽の白羽陣は全て見た。コピーも出来るぞ! ・・・白虎、白羽陣!」
 白虎が片手を前に突き出すと、白い羽が出現し、小龍の身体にまとわりつく。
 倍になった羽は霞のように、戦う二人の姿を朧にした。
 たやすく真似た白虎の器用さに半ば感心しつつも、は憮然として羽の中に見える白虎をにらみつけていた。
 項羽と小龍の最高の技を簡単に扱って欲しくはない。そしてまた、扱うことなど不可能であるはず。
 勝つのは小龍に決まっている。
 コピーがオリジナルを凌駕するなど、ありえないのだから。
 小次郎は例のごとく、じっとしてはいられないようで、小龍の加勢に飛び出そうとして劉鵬に止められている。その様子を目の端にとらえながら、は黙って見守っていた。
 小龍の放った赤い羽が、白虎の背を貫き、地に伏させるまで。

 白い羽の乱れ舞う中に、は、項羽の姿を見たような気がした。
 そして天を仰いだ小龍の唇が、確かにこう動いたのも−。

 −兄さん−

 長い間のわだかまりが、ようやく氷解したというのに。
 項羽を失った後にだなんて・・・。


「元気になるおまじない、ねぇ・・・」
 さっき小次郎に教えてもらったように、唇の両端を自分の指で持ち上げながら歩いていたら、木の上に小龍を見つけた。
「小龍ー!」
 顔から手を離しても、は笑顔のままだった。
 自分でも驚くほど、自然に笑えていた。
 ひょいっと飛び上がり、今度は小龍のすぐ隣に腰かける。
「・・・枝が折れるぞ」
「大丈夫。私、軽いから」
「そうか?」
 小龍もまた、微笑みをくれた。
 ・・・そっくりだ・・・。
 項羽の、あの大らかな笑顔そのままであることに驚き、は目を離せなくなった。
 最後に見たのは、死地に赴く背中だった。
 あのときせめて一言でもかけることが出来たなら・・・、項羽はきっと、こんな笑顔を見せてくれたに違いない。小次郎の言う通り、あの夜のことも、笑って許してくれたのかも・・・。
「・・・・・!」
「どうした、
 急に顔を逸らし、手で口もとを覆ったに、小龍は心配そうに声をかける。
 はわずかに肩を震わしていた。
「・・・ごめん、小龍・・・」
 双子の兄を重ねるのは、彼の最も嫌がることなのに。
「俺の中に、項羽・・・兄さんを、見てたのか・・・?」
 だけど小龍の声は少しもとんがってはいなかったから、はこくりと頷いた。
「そんなつもり、なかったんだけど・・・」
「・・・いいよ・・・」
 そっと肩に回された小龍の手の温かさに、は何ともいえない安心感を覚える。
「兄貴は物語の中だけじゃなくて、俺の中でも生きるから・・・」
「・・・うん・・・」
 軽く体を預けるようにして、小龍の肩口にこめかみをくっつけた。
 小龍の言葉をかみ締めるほどに、じんわりと、泣きたい気持ちと嬉しさとが広がってゆく。
 風魔の忍びが死した後は、他の兄弟が語り継ぐ。だが項羽は、死して尚、双子の弟の中にその面影を留めるのだ。
 この世でたった二人きりの兄弟じゃないか、と、劉鵬は言っていた。
 一族は皆を兄弟と呼ぶけれど、本当の意味での兄弟、分かちがたい血の繋がりを、はじかに接し感じていたのだった。
 小龍が手慰みにしている羽の、目にも鮮やかな青に、いつしか引き込まれながらは思う。
 濃いからこそ近いからこそ、反発も強かったのかも知れない。
 無論、小龍のことは小龍にしか分からない。けど。
 生まれながら才能に恵まれ、その上人当たりが良く皆に好かれていた項羽に、兄として心配され、愛情に満ちたまなざしを注がれれば、その分反抗をしたくなる。その気持ちだけは、にも理解できるような気がしていた。
 だから、放っておけなかった。
 周りには小龍ばかりが悪いように見えていただろうけど、は、小龍の持つ良さもちゃんと知っていたつもりだった・・・。
 でも、もう、大丈夫。項羽は死んでしまったけれど、兄弟の心はようやく通じ合ったのだから。
 青い羽がにわかに震える。風が出てきたことを知り、少し顔を上げると、再び小龍と目が合った。
 近い距離でも逸らしたりせず、小龍は微かに笑う。やっぱりそこには、項羽がいた。
「俺の中にいる兄貴も含めて、俺は俺・・・」
「うん。小龍は、小龍・・・」
 優しい風に包まれて、寄り添っていた。
 胸に満ちる感情は甘く、ほんのちょっぴり、苦かった。

「・・・なぁ、兄貴は、もしかして・・・」
「ん? 項羽が、なぁに?」
「・・・いや、何でもない」
 はいつでも真正面から見つめてくるから、何となく気まずくなって、小龍は先に木から飛び降りた。
「そろそろ戻らないとな」
「あっ待ってよー」
 音もなく、隣についてくる。
 小龍はさっきまでに触れていた左手を、きゅっと握りこんだ。
 の花の匂いが、今もふわり風に運ばれては鼻をくすぐる。
 もしかしたら、兄に、先を越されていたのかも知れない。けど・・・。
 ポケットに手を入れて、すたすたと歩きながら、小龍は少し息苦しい思いで空を見上げた。
(もしも受け入れてもらえるなら・・・、兄さんの分も、大切にしてやりたいけどな・・・)
 本人には、まだ言えない。少なくともこの任務が終わるまでは。
「あっ、ちゃーん!」
 屋敷の門の辺りで大きく手を振る麗羅と、黙って立っている竜魔のもとへ、は元気いっぱいに走ってゆく。
「麗羅! 竜魔のあんちゃーん!」
 二人のところで体ごと振り向き、「小龍も早く!」と手招きするに、小龍は微苦笑を洩らした。
「・・・ちょっと待てよ!」
 そして自分も走り、みんなのもとへと、帰った。





                                                  END




 ・あとがき・

自分の中に残った兄の面影。それも全部含めて、自分。
以前アイオリアのドリームでこれと同じことを書きましたが(笑)。
前は兄と間違われるのを絶対に許せなかった小龍が、それを認めたのも成長ということで。
小龍は小龍だ、って、ちゃんはずっと言ってあげてたんだけど、素直に受け取ることができなかったのね。
劉鵬に至っては「悪いのは小龍だ」だし(笑)。

今回、小龍側から書いてみて、ようやく少し自分なりに噛み砕くことが出来ました。
ドラマの設定を最初に見たときには驚いたし、小龍のひねくれようを実際に見てみて、ちょっと受け入れがたかったものだから・・・。
そういう意味でも、リクエストくださった鈴原さんには感謝です。

しかし、霧風によると忍びに墓を作る習慣はないそうですが、遺体どうするんですかね。風葬ですか?でも、人知れず働くんだから、放っといたらマズイんじゃないか・・・?




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