白羽の想い <中編>



 昨夜の弓道部の大会は、一度見物人の方向に誤って矢が放たれてしまった、という以外は、特にトラブルもなく終わった。
 しかし、その現場に向かったはずの項羽が、まだ帰って来ない。
(・・・・・)
 昨夜の出来事も相まって、の胸には朝食も喉を通らないほどの大きなつかえができていた。
、食え」
「・・・はい」
 兄弟たちに少し強めに言われ、無理をして食べた。味なんて分からなかったけれど、とにかく口に押し込んだ。
 いつ何が起こるか、分からない・・・。忍びたるもの、どんな状況においても十分に動けるよう、食べておかなくては。

 琳彪の到着は、そんな状態のをずい分救ってくれた。
「琳彪ー!」
 兄弟たちにいつもの調子で挨拶をし、木刀を肩に担ぎ上げる琳彪に、は飛びついた。
「会いたかったー!」
「ヘッ、どーした、甘ったれやがって」
 をどうにかおとなしくさせようとする兄弟たちの中で、琳彪は、の一人前の忍びになりたいという強い信念と、磨けば光る原石のような能力を認め、よく稽古をつけてやっていた。いわばにとっての師匠ともいえる存在だったのだ。
「−さがれ
 琳彪は突然、を兄弟たちの方に押しやり、
「誰だ、出て来い!!」
 単身、庭へ飛び降りた。
 劉鵬がの腕を引き、自らの背後にかばう。皆の間に、にわかに緊張が走る。
 張り詰めた中、庭の茂みがガサガサと動き、
「−俺だ」
 姿を見せたのは、項羽だった。

 紫炎と白虎の二人を白羽陣の餌食にしてきた、と語った項羽は、さすがに憔悴しているようだった。
 だが、わざわざ夜中に、小次郎や到着したばかりの小龍相手に悪ふざけを始めたところを見ると、いつもの調子を取り戻したのだろう。
 は心から安心すると共に、彼のプロポーズに対し中途半端な態度を取ったままだったことについて、どうにかしなければと焦りを感じていた。
「度が過ぎたようだ・・・そろそろ休ませてもらおう」
 小次郎を殺すマネなんかしたことを、兄弟たちに咎められ、項羽は不機嫌そうに退室しようとする。
「項羽」
 は思わず後を追った。
「・・・・・・」
 小龍は、こぶしを固く握って、ふすま戸をねめつける。
−また、は、兄のもとへ行ってしまう−
 実兄に対する憎悪が、ますます膨れ上がるのを感じていた。

「項羽、あのさ・・・おとといのことだけど」
 項羽は立ち止まったが、こちらをちらとも見ようとしない。
「・・・後にしてくれ、もう遅い」
「って、悪ふざけでみんなを起こしたのは、項羽でしょうが」
「・・・・」
 反応がない。何か、いつもと違う。
 ・・・違和感・・・。
 ほんの小さな、意識にのぼるスレスレのその感覚に、が注意を払う直前、項羽は自室に足を踏み入れた。
 鼻先でぴしゃりと戸を閉められ、は立ちすくむ。
 こんな態度を取られるなんて・・・やっぱり疲れているのか、それとも、もしかして・・・。
(・・・怒って、いるのかな・・・)
 でも項羽のことだ、明日になればいつも通りに戻っているだろう。そうしたら、また話をしてみよう。
 楽天的に考え、は項羽に「おやすみ」を言うと、自分も寝に行った。

 依頼を受けたとはいえ、柳生屋敷に世話になっている身。風魔の面々は、劉鵬の指示の下、炊事洗濯掃除その他を当番制でこなしていた。
 ただ、は、例外的に食事の支度には毎回携わっている。
 里でいつもやっていたから、人数分を手際良く作るなんてお手のものだし、大好きな蘭子おねーさまと並んで台所に立つのは楽しいひとときだった。
 ただその代わり、夜の見張り番などからは外されていた。自身はそれも忍びの務めだから是非やりたいと主張したのだが、いつものように反対されたあげく、仕事を取り上げられてしまったのだ。
「いただきまーす」
 は、末席にて手を合わせ、箸を手にした。
 今朝はことのほか上機嫌。琳彪も小龍も来てくれたし、項羽も無事に戻ってきてくれた。昨日とは比べものにならないほど、ご飯がおいしい。
「それにしても、が出てるって聞いたときにゃー驚いたぜ」
 斜向かいに座っている琳彪がそう話し出したので、へへっ、と笑ってみせる。
「一人前の忍びへの第一歩よ!」
 とたん、
「・・・自分の任務を見失うなよ」
「戦いには参加させんからな絶対」
「里に帰すのが一番なんだが・・・」
 竜魔、劉鵬、兜丸の三人にいっぺんに畳み込まれ、はムクれてしまう。
「ははっ、どっちにしろ、俺を見たとたん泣きついてくるようじゃまだまだだよな」
「泣いてないー!」
 琳彪は、今度は麗羅にガンのくれ方を覚えたかどうか尋ねた上、男は気合と根性だなどと活を入れた。
「えーじゃあ女は?」
 が聞くと、琳彪より先に隣の兜丸が、素早く口を挟む。
「女はしおらしさと愛嬌。どっちもお前にゃ足りないな」
「また兜丸は、そんなことばっかり言う!」
「でも、ちゃんは、十分女らしいと思うよ。料理だって上手だし」
「そう言ってくれるのは、麗羅だけだわ」
 やや身を乗り出すようにして麗羅と顔を合わせると、二人に挟まれた位置の小龍は、困ったように眉をひそめた。
「何でもいいから、もしっかり食っとけ。お前、食わないからいつまでたっても女らしい体型にならねーんだぞ」
 子供みたいだというからかいに、笑いがわき起こる。
「それってセクハラよ琳彪! 私は実践向きの体型の方がいいんだから!」
「そーゆー考えは捨てろ。近い将来赤ん坊も産むんだし、ちゃんと体を作っといた方がいいぞ」
「・・・・・」
 赤ん坊を、産む・・・。近い将来に・・・。
 兜丸の言葉に、急に恥ずかしくなって、はふいと口をつぐんだ。
 騒がしさがそこで途切れる。
 いつもなら、「じゃ竜魔のあんちゃんの赤ん坊産む!」とか何とか言って大はしゃぎするのがだ。おかしい・・・。いち早く異変に気付いたのは、劉鵬だった。
(何か、あったか・・・?)
 皆の前で問いただすのははばかられる。劉鵬は、下を向いて黙々とご飯を食べているを、注意深く見つめていた。
 ・・・そういえば、この前。そう、竜魔が寝込んでいた夜、項羽が・・・。
(・・・項羽?)
 思い至ったまさにその瞬間、項羽が姿を見せた。
「あ、項羽さん」
 麗羅が手を振る。項羽はどこか落ち着かない様子で部屋に入り、空いている二つの席を見比べるように視線を動かしていた。
(・・・?)
 皆が一様に、疑問符を浮かべる。
 項羽は、の後ろを通り、麗羅と小龍の間の席に腰を下ろしたのだ。
 は半ば信じられない思いで、自分の眼前の空席を見ていた。
 項羽は普段、左を利き手としている。ゆえに、食事を取るときは隣と腕がぶつからぬよう、左端の席に着くのが常なのに。
 わざわざ、人と人との間に入るなんて・・・。
(・・・私の向かいを、避けたってこと?)
 やはり、怒っているのだろうか。怒っているとまでいかなくても、気まずい思いでいるのだろうか。
 また、胸に何かつかえたように苦しくなりかけたとき、隣の小龍が、けげんそうな声を発した。
「項羽、お前いつから右利きになったんだ?」
 皆の注目が集まる先、確かに項羽は、右手に箸を持っていた。

 真夜中の悪ふざけ、に対する無視、突然左脳を鍛えだした、項羽。
 ことの真相が露見したときには、既に、二つの命が失われていた。


                                                つづく




  ・あとがき・

基本的に、ドラマ本編のシーンは必要な部分以外省いているので、ちょっと不親切なドリームかも。
ドラマとあわせてお読みください〜。

お食事シーンはいいよね。そこにポンとちゃんを入れてみたかった。
このドラマ、小次郎が姫子ちゃんと食べ物の混ぜ物について話したり、霧風が「どんなときでも体を作るのは食べ物です」と言っていたり、食育でもあるのね(笑)。
でも、確かに大切なことです。
風魔の里では、体にいいものを食べてそうだよね。

白虎は、風魔がこんなに仲良しだとは思わなくて面食らっただろうな。夜叉くらいみんなバラバラで険悪だったら、紛れ込んでもしばらくはバレなさそうだ(笑)。

ドラマの琳彪はヤンキーみたいだけどカッコいい!
ちゃんにとっては、師匠のような特別な存在・・・だったのに、あんなことに・・・。

後編に続きます。



「白羽の想い」後編




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