応援や歓声が響き渡る中、球児たちがいっしんに白球を追いかける。
 ・・・誰が、知っていただろう。
 高校野球の試合が行われている野球場の、得点板の裏で、忍び同士の激突が勃発していた、などということを。


 
受命(前編)


「飛龍覇王剣!!」
 飛鳥武蔵の長刀が、小次郎の左腿を刺し貫く。
 その瞬間は、後方に控えていたの目に、まるでスローモーションのように映っていた。
 血で濡れた木刀を一気に引き抜く武蔵の動作で、ゆっくりだった時間が元に戻る。
「うわあああーッッッ!!」
 絶叫しながらコンクリートの床に転がり落ちる小次郎、反射的に腿を押さえた手が、見る間に血で染まってゆく。
「小次郎ーーッ!!」
 はダッシュで駆け寄り、手早く止血を施した。手持ちの薬草を傷口に押し当てたとき、眼前に朱の切っ先を向けられ、ハッと顔を上げる。
「・・・退いていろ。俺はここで小次郎の命を取る・・・巻き添えを食らうぞ」
 長い木刀の先、武蔵がこちらを見下ろしていた。の背筋を凍らすほどの、それは冷たい眼だった。
 だが引けない。は立ち上がり、武蔵を臆せず睨み上げた。
「兄弟の命をやすやす差し出せるものか。今度は私が相手するわ!」
「バカすっこんでろッ! 武蔵はオレがやる!」
 木刀を構えた手を、後ろから小次郎に掴まれて、
「バカはどっちよ、立ち上がってんじゃないわよ!!」
 思わず振り返ったのが、隙となった。
 武蔵に片手で押しのけられ、よろけたところを、夜叉に捕らえられた。
「風魔のくノ一か・・・」
 オレンジ色の髪の、危ない目つきをした奴が、背後から呉鉤を喉元に突きつけてくる。人を傷つけることに異常な喜びを覚えるタイプであろうことは、その歪んだ笑みからも明らかだ。
 他の夜叉にも囲まれ、は身動きが取れない。
「女をいたぶるのは趣味じゃないな・・・」
「そうか? 俺は結構好きだぞ。ケケケッ・・・」
 髪の長い男に答え、金髪に赤のトサカみたいな奇抜な頭をした奴が、手にしたヨーヨーをの鼻先に飛ばして威嚇する。
「誠士館に連れて帰ればいいだろう」
 向こうの、紫色した髪の男が言った。・・・なんでこんなのばっかりなんだろう。
「連れて帰ったところで、人質の価値も何もないがな」
「だが色々聞き出せるかも知れん。風魔のことを」
 目の前にずいっと出てきてそう言ったのは、首に鎖分銅を巻いた、イガグリ頭の男だった。
 言われた内容よりも、目つきが気に障る。じろじろと全身を眺め回す、好奇を隠さない態度が。
「・・・あんたらに教えることなんて、一つもないわよ!」
 苛立ちのまま、はそいつの足を思い切り蹴りつけた。
「・・・ってェ・・・立場分かってんのかテメーはよ!!」
 瞬間湯沸かし器ほどの勢いで逆上するイガグリにも、は負けずに言い返す。
「うっさい! 女ひとりに群がって、恥ずかしくないの!? 一対一で戦いなさいよ!!」
「・・・あ? やんのかァ、この雷電と!」
 イガグリ・・・もとい雷電は、首の鎖に手をかけた。
「ぐ・・・・・・」
 一触即発の危うさに、小次郎は黙っていられなく、ヨロヨロと近付こうとするも、武蔵に木刀を向けられ阻まれる。
「お前の相手は俺だぞ、小次郎」
「うう・・・」
 痛む足を踏ん張って、武蔵を見据える。だが、小次郎の目からは先ほどまでの闘志がそがれ、恐怖の色すら浮かんでいた。
 まさに、絶体絶命の大ピンチ。小次郎もも互いを救いたいと強く思うものの、満足に動けもしないのだ。
 血が、汗が滴り落ちる。息が上がる。そんな中。
 カチッ。
 小さな音が、やけに響いた。すぐ裏側の時計が、正時を指したのだ。
 それを合図のように、突然、
 ビュウウ・・・
 強い風が、吹き込んできた。
「何だ、この風は!?」
 夜叉たちは、思わず目をつぶる者あり、腕を上げて顔をかばう者ありで、誰一人直視できなかったが、だけはしっかりと顔を上げていた。
 肌に馴染みのある風に、微笑みさえ浮かぶ。
「えいっ!」
 自分を拘束している男の腹に思い切り肘鉄を食らわせ、逃げ出すことに成功した、同じ瞬間。野球のボール・・・白鳳のホームランボール・・・が、得点板を突き破って飛び込んできた。
 すさまじい回転の白球を、ためらいなく受け止めた頼もしい手を、は見た。続いて、低い声がその場に響き渡る。
「何だ小次郎、たかが夜叉ひとりに苦戦しているのか」
 小次郎は血まみれの手で腿を押さえたまま、背後を振り仰いだ。
「・・・竜魔のあんちゃん」
 竜魔を中心に、いつの間にか風魔の兄弟たちが、夜叉と対峙するように立っているのだった。
 全部で6忍。だが、の眼中には、ただ一人しか入っていない。
「竜魔のあんちゃーん!!」
 さっき小次郎に駆け寄ったとき以上の勢いで、竜魔に向かっていく。もう少しで小次郎を跳ね飛ばしそうなすさまじさだ。
 両手を広げて抱きつこうとするを、竜魔は軽く体を開いて避け、背中をポンと押して軌道を変えてしまった。
「きゃー」
「・・・おっと」
 おかげでは劉鵬に受け止められることとなってしまい、内心で舌打ちをする。
、無事か。もう大丈夫だからな」
「くっ苦しい、劉鵬・・・」
 風魔一の剛を誇る男に力いっぱい抱きしめられては、それこそ無事で済まない気がする。
 でも、風魔の兄弟たちが駆けつけてくれたことは、にとって何より心強く、嬉しいことだった。
「何だ何だ、勝手に出てきやがって。こいつはオレのケンカだぜ!」
 小次郎は、精一杯強がってみせていたけれど。

「よっし、オッケー!」
 包帯を巻き終わったばかりの左腿を軽く叩いてやると、布団の上の小次郎はうぎゃっ、と跳ね上がった。
 戦いは一対一の古流ルールで、と竜魔が告げ、その場は互いに引いた。傷ついた小次郎を連れ、風魔の面々は柳生屋敷に引き上げたのである。
「やんならもっと優しくやれや、・・・」
「何よ、誰のおかげで最小限のケガで済んだと思ってんのよ」
「ぐ・・・」
 それを言われては、小次郎も黙らないわけにはいかない。
 確かに、の素早くしかも正確な応急処置が功を奏して、最悪の事態は免れることが出来たのだ。
 は得意げに顎を反らす。
「風魔のナイチンゲールって呼んでいいわよ」
「呼ばねーよ。・・・それよか
 半身起こした格好で、小次郎はをにらみつける。
「何で、みんなに知らせた?」
 は救急箱を片付けながら、涼しい横顔で答えた。
「だって、何かあったらすぐ知らせろって、竜魔のあんちゃんに言われてたんだもーん」
 小次郎は自分ひとりでやると息巻いていたけれど、赤星の矢が射られたとき、はかつてない戦慄を覚えた。
 小次郎が蘭子おねーさまのムチにより宙吊りにされているのをいいことに、すぐに里の兄たちに向け、ことづての花びらを送ったのである。
「冗談じゃねェ、こりゃあハナっからオレひとりがかぶった仕事だ。兄弟たちに助けてなんかもらえるかい、カッコわりい!」
「あんた、あんちゃんの話を聞いてなかったの!? これは風魔と夜叉の戦いよ。つまんない意地で、命を簡単に捨てるなんて許されないんだから!」
「・・・チクショウ・・・」
 怒っても悔しがっても、この脚では動けもしない。
「いいから寝てなさい」
 はねっかえりを布団に押し込もうとしたとき、兄弟たちが揃って部屋に入ってきた。
「どうだ、小次郎の脚は」
 真っ先に聞いてくる劉鵬に、は笑顔を向ける。
「切断しなくても済みそうよ」
「良かったね、小次郎くん」
 麗羅がにっこり笑い、皆は布団の脇にズラリと並ぶように腰をおろした。
「まァ小次郎には片脚切断でもした方が、おとなしくなって良かったかもな」
 からっとこんなことを言うのが項羽らしい。明るい性格も、度を越せば悪ふざけになってしまうのだが、今やそれは風魔名物となっている。
はやっぱり前線より救護班だな」
 何かにつけの「戦うくノ一」の夢を断とうとする兜丸は、いつも一言多いから、も素直に喜べない。麗羅みたいにほっぺをふくらましてしまうのだった。
、柳生蘭子殿を呼んできてくれ。小次郎がこんな格好で何だが、我ら全員で、改めて挨拶をしたい」
「ハイッ今すぐお呼びします!」
 言葉にたがわずサッと立ち上がり、不必要に電光石火のスピードを出して廊下に出て行く。
「・・・相変わらず、竜魔の言うことだけは即聞くなあ、は」
 項羽や劉鵬は、苦笑い。
 霧風は、じっと何かを考えているようだった。



                                                つづく




受命(後編)






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