受命(後編)



「あんちゃん、ちょっといい?」
 寝る前に、は竜魔の部屋に寄った。
 障子戸を開けて見ると、竜魔は畳の上にピシッと背筋を伸ばして座している。まるでが来ることを予測していたかのように。
 はスカートのプリーツを押さえながら、彼の正面に、同じように姿勢正しく膝を折った。
 離れていたのはほんの数日なのに、こうして二人きりになると、ひどく懐かしく感じ、再会の喜びが改めて湧き上がってくる。
「あんちゃん、みんなと来てくれて、ありがとう。小次郎はまだ納得してないみたいだけど、私は嬉しいし、安心したわ」
 素直な気持ちを伝えると、竜魔は穏やかな微笑みを返してくれた。
「・・・小次郎を無駄死にさせずに済んだのは、お前のおかげだ」
「エヘヘ・・・」
 嬉しくて、ついヘラヘラしてしまう。
 が、本題を思い起こし、は小さな咳払いをしつつ居ずまいを正した。
「・・・どうして、私を数に入れてくれなかったの・・・?」
 選ばれた風魔の戦士は、小次郎も入れて9忍。9対9で人数は合う。と夜叉に対し宣言されたときは、ショックで頭の中が真っ白になった。
 仲間に入れてもらえないのが、認めてもらえないのが、悲しくて悔しくて仕方なくて。「私も数に入れて!」と前に出て主張したかったけれど・・・実際出ようとしたのだけれど、劉鵬に止められ黙らさせてしまったのだ。
「麗羅も入っているのに、あんなケガした小次郎まで入れてやってるのに。どうして、私だけ・・・」
 竜魔は腕組みポーズで、じっとの話を聞いてやっている。
「ねえあんちゃん、私も戦いたい。人数は多い方がいいでしょ!」
「・・・ダメだ、皆反対してる」
 声は竜魔のものではなく、いつの間にか戸口に立っていた別の兄弟から発せられたものだった。
「霧風・・・聞いてたの!?」
「聞くつもりはなくても、の大声は廊下に筒抜けだ」
 霧風はから竜魔に視線を移した。
「この際ハッキリ言い渡した方がいいんじゃないのか。竜魔からじゃないと、は聞かない」
「イヤよっ。この仕事について来たからには、私にも参加する権利があるはずよ」
「権利はこういうときに使う言葉じゃない」
「・・・二人とも、静かにしろ」
 竜魔の声は決して大きくはないのだが、場を一瞬でおさめるような威厳に満ちている。
 竜魔は、に目線を固定すると、もう一度口を開いた。
、お前には重要な任務がある」
 重々しい調子に、は姿勢を正した。
「私の、任務・・・?」
 一番大好きな兄の、ひとつだけの眼を見つめる。真っ直ぐで、ゆるぐことのない・・・いついかなるときでも。
「そうだ。お前には北条姫子さまの護衛を命じる」
「姫ちゃんの・・・」
 と姫子は、すでに「姫ちゃん」「」と呼び合う仲だった。
 姫子と交わす女の子同士の会話は楽しく、は望んでいた女子高生気分を満喫していたのだった。
「夜叉の奴らはどんな手段に出るか分からん。可能な限り姫子さまのそばにいて、お守りしろ。それが、お前の仕事だ」
「ハ・・・ハイッ!」
 は先ほどまでとは一転して、晴れやかな笑顔を見せた。
 姫子の護衛、これは女だからこそ都合の良い部分が多々ある。つまり、自分にしか出来ない仕事を、竜魔が直々に命じてくれたのである。
 しかも、姫ちゃんといるのは楽しいし、彼女のそばにいるということは、自然、おねーさまと慕っている蘭子とも一緒にいる機会が多くなるということ。
 嬉しくないはずはない。
「この、確かに受命いたします。姫子さまを、命に代えてもお守りします!」
「いや、命に代えなくてもいい」
「あれっ」
 ガクッ。また肩すかしを食らった気分。
「守り抜くためには生き抜かなければならん。姫子さまとお前自身の保身を第一に考えろ。戦うのは俺たちの仕事だ、心得ておけ」
「・・・はい」
 長兄の命を厳粛に受け、深々と頭を垂れる。
「分かりましたあんちゃん。・・・では明日も早いし、休ませてもらいます。霧風もおやすみなさ〜い」
「・・・ああ」
 軽く手を振る茶目っ気を最後に見せて、足取りも軽く去ってゆく。
 やはり、竜魔にはかなわない。そう思いながら、霧風も無言で自室に戻った。

「・・・それでね、あとは小龍と琳彪が遅れて来るんだけど、小龍は項羽の双子の弟で同じ羽使いで、琳彪は私によく稽古をつけてくれた人なの」
 朝早くから台所に立って、は蘭子に兄弟たちの紹介(の独断と偏見による)をしながらありあわせのものでおかずを作っていた。
 柳生蘭子の素晴らしいムチさばきを見た瞬間から、はメロメロで、おねーさまと呼んではまとわりついている日々である。
「ふーん。個性豊かな面々だねぇ」
 蘭子も、そんなをうっとうしがることもなく、妹でもできたかのように親しくしてくれていた。
「うん。イケメン揃いだしねっ。でも一番はやっぱり竜魔のあんちゃんだけど〜」
「ハイハイ」
 もうそれは幾度となく聞いた。よほど好きなんだ・・・あの眼帯をしたリーダー格の男のことが。
「それにしても、急だったから、ご飯がこれしかないよ。足りないよね・・・」
「大丈夫、忍びだから」
「忍びだってお腹は減るだろう」
「忍びは一般の人とは違うんです」
 それにしたって人間であることに変わりはないのに、と蘭子が言う前に、はフライパンとおたまを手に台所を飛び出して行った。
 ガンガンガンという音、「朝よ、起きてー!」という威勢のいい声が響き渡る。
「やれやれ・・・この屋敷も、ずい分賑やかになったものだわ」
 それに、は姫子の護衛を任されたそうだから、姫子と自分の周りも騒がしくなりそう。
 腕組みをしながらも、蘭子は微笑んでいた。

 兄弟たちで囲む食卓、ひとつ席が空いている。
「小次郎だけは起こさないでおいたわ」
「ああ、休ませておいた方がいいだろう」
「それにしても、の起きろコールは容赦ないよなー」
 大騒音の余韻に痛む頭を抱えている項羽に、は一回目ですぐ起きないのが悪いのよ、とやり返す。
、悪いが小次郎が起きる前に、あいつの木刀を持ち出してきてくれ」
「えっ木刀を? はーい」
 竜魔の真意は分からないけれど、席に着く前に、は言われた通り小次郎の部屋に忍び込んだ。
「お邪魔〜・・・」
 こそっと入ると、小次郎はグースカ能天気に寝ている。
 布団からはみ出ている腿の、血の滲む包帯を見て、は自分の痛みのように顔をしかめた。
 兜丸の言った通り、心臓を外したとはいえ、武蔵の打ち込みは敵ながら正確無比のものだった。
 しかし小次郎のこと、こんな脚でも、目覚めたら何をやらかすか分かったものじゃない。この弟は、昔から無鉄砲なんだから・・・。
(・・・そっか、だから、これ・・・)
 腕に抱えた赤樫の木刀に目を落とす。
(さっすが竜魔のあんちゃん)
 にんまりとしていたら、急に小次郎がうめき始めた。
「うう・・・武蔵ィ・・・」
 歯を食いしばり眉間に皺を寄せ、汗までかいて。
 うなされている。
「小次郎・・・」
 あの悪夢を見ていることは明らかだった。
 可哀想ではあるが、もうすぐに目を覚ますかも知れない。
 は木刀を手に、素早く小次郎の部屋を出た。

「まァ、が私の護衛を?」
「はい。もちろん蘭子おねーさまがいるから、姫ちゃんの身は安全だとは思うんだけど、何しろ相手は忍びなので」
「心強いわ。よろしくネ」
 きゅっと手を握られ、女同士ながらデレデレしてしまう。
 しかしは視線を感じて表情を引き締める。見回すと、総長の椅子の背後に飾られているバカでかい写真−姫子の祖父−の視線だった。
(びっくりしたー)
「小次郎のお友達も来てくれたそうだし、これで安心ね」
「お友達・・・ええまぁ」
 兄弟ですが。
「それより姫ちゃん、今度、渋谷に遊びに行こうよ。せっかくだから行ってみたいんだ〜」
「そんな場合じゃないだろ」
 蘭子が冷静に口を挟む。この娘も若干、お調子者の血が流れているように見える。
 しかし、姫子は笑って頷いた。
「そうですね、そんな機会も作りましょう」
「ヤッター!」
 バンザイするを見て、蘭子も仕方ないな、と苦笑いをしたものだった。





                                              END




 ・あとがき・

このシリーズを考えているときから、「ちゃんが竜魔に飛びつこうとして軌道を変えられ、劉鵬に抱きとめられる」「夜叉に捕まる」という得点板裏のシーンは思い浮かべていました。

時系列には逆行していますが、私が夜叉の皆さんもだんだん好きになってきたので、今回は夜叉八将軍たちが登場するこの話を書いてみました。
ほんと、最初は風魔にばっかり目がいっていて、誠士館のシーンになるとろくに見てもいなかったんだけど、今はみんなが好きです。
蘭子さんや姫子ちゃんも書きたかったから、良かった。

当初、ちゃんがどういう理由で夜叉対風魔の戦いにからんだのか考えてなかったんだけど、姫子ちゃんの護衛を竜魔に命じられる、って思いついたらストンとおさまった。
ちゃんとみんなの想いや願いを慮った上での、竜魔の決定だったのね。

項羽や小次郎のセリフに、ちょっと原作のセリフも取り入れてみました。

渋谷に遊びに行く話も書けたらいいですね(私が一度しか渋谷に行ったことないんだけど(笑))。





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