「小次郎、いつまで寝てんの! 朝ごはんだよー!」
 勢いよく戸を開けたものの、弟の布団はもぬけのカラ。
『・・・ハッ! ハッ!・・・』
 意識を傾けてみると、小次郎の気合いの声と素振りの音とがくっきり聞こえてくる。
「ハッ! ハァッ!」
 は手にしていたおたまを思わず取り落とした。目を見開き口を半開きにして、庭の方向を顧みる。
(・・・あの小次郎が、朝から稽古なんて・・・。雨が降るわ)
 の予感は、ものの数分後に見事的中した。


 抱き続ける(前編)


 にわか雨が通り過ぎ、皆が朝食を済ませてしまっても、小次郎の声はやまない。
「とりゃー!」
 バキッ!
「そりゃー!」
 バキッ!
 今度は蔵から木刀をありったけ持ち出し、石の灯篭に向かって振るい始めた。当然、歯が立つわけはなく、木刀は片っ端から折れてゆく。
「うりゃぁーー!」
 それでも何度も立ち向かう小次郎を、は門の位置から見守っていた。
 里にいたときにはサボリの天才だった小次郎の、変わりようが嬉しくて、がむしゃらなひたむきさが眩しくて。
(頑張れ、小次郎)
 綺麗な花を胸に抱き、微笑んで見つめる。
(項羽や琳彪のためにも・・・)
 花の匂いが立ちのぼる。今はもう風と物語の中にしかいない二人のことを思うと、決まって胸が苦しくなる。
 だけど。
 墓を作るのも語り継ぐのも、悪いとは思わないけれど、こうしているのが一番小次郎には似合うかな。
 ・・・そんなふうに考えているうち、再び笑みが浮かんできた。
「あいつ、何をしているんだ」
「あ、霧風」
 例のごとく音もなく隣に立った同期に、は無防備な笑顔を向けた。
「朝からずーっとお稽古よ。石灯籠をまっぷたつにするまでやるんだって」
 高揚した気持ちが、そのまま弾む声になる。
 だけど霧風は、斜に見る調子で、
「バカな奴だ」
 なんて冷たく言い放つものだから、多少誇らしい気持ちまで持っていたはガックリきてしまった。
「応援してあげようよ。あの子があんなにやる気を出すなんて、初めてじゃない」
「木刀で石灯籠が割れるはずがない」
 相も変わらずのクールさに、負けず更にも言い募ろうとしたところ、もう一人の忍びが出現して二人に笑いかけた。
「強くなろうと必死なんだ。いいことじゃないか」
「劉鵬!」
 思わぬ味方を得たとばかりに、は満面の笑顔で劉鵬の右腕に飛びつく。妹を見下ろす劉鵬の満更でもない様子に、霧風はため息混じりの苦言を吐いた。
「・・・お前は小次郎に甘すぎる」
 劉鵬は磊落な調子で受ける。
「相変わらず辛口だなぁ。少しはあいつのことを認めてやったらどうだ」
「そうよ。劉鵬が甘いというより、霧風が厳しすぎるんだわ」
 今までも折に触れ感じていた。確かに小次郎は風魔の忍びとして未熟な部分が多いけれど、霧風の態度はあまりに冷たいのではないかと。
「・・・昔の自分を見るようで、つらいか?」
 劉鵬の、にわかに抑えたトーンでの一言に、は一瞬で反撃の気を殺がれた。そっと霧風を振り仰いでみるが、整った顔立ちに浮かぶ表情に変化はない。
 まだからめたままの劉鵬の腕から、ぬくもりを感じつつ、は目先を足元に落とす。
 −三年前のことだ。敵に囲まれた劉鵬と霧風を救うために、竜魔は左眼を失ってしまった。
 そして引き換えのように手に入れた超能力は、竜魔の命を蝕んでゆく諸刃の剣−。
 あのとき、は竜魔の痛々しい傷跡に悲しむばかりだった。
 劉鵬が朗らかにふるまい回りに気を使うようになったのも、霧風が一人前になるのと同時に人を遠ざけるようになったのも、その事件以降の変化だったように思う。
「今の小次郎は、あのころのお前とそっくりだ」
 霧風は、今も苦しんでいるのだ。
「あのまま突っ走れば、お前と同じ過ちを犯し苦しむことになるのかも知れない。その辛さをあいつには味あわせたくないから、お前は・・・」
 最後まで聞かず、霧風はふいと門に背を向けてしまう。
「どこへ行く」
 劉鵬も向き直ったので、自然との手はほどかれた。
「少し体を動かしてくる」
「俺も付き合うぜ」
「勝手にしろ」
 背を向けたままの霧風に、それでも笑んで、劉鵬は後を追う。
 は黙って見送った。
 三年前のあのとき、同じ場所で同じ立場にいた劉鵬と霧風。二人の間には、二人にしか分からないことがあるのだろう。
 しかし、霧風がいくら兄弟との関わりを避けようとしても、周りから放っておかれはしないというのは、にとって嬉しいことだった。
「どりゃー!」
 バキッ!
 何本目かの被害者となった木刀を地に叩きつけ、小次郎は「ちーくしょー!」と悔しそうに吠えている。
 は屋敷に向かって歩み始めた。
 霧風のように体を動かしたい気持ちもあるが、洗濯もたまっているし、昼食の仕込みもしておきたい。
(私ってば、主婦みたい)
 自分で笑いながら、小次郎に「頑張ってね」と小さく声をかける。
 集中している小次郎には届かなかったか、いらえはなかった。

「・・・・!?」
 いやな、感じがする・・・。
 は洗濯をしていた手を止め、顔を上げる。
 不穏な予感に早まる鼓動を、押さえ込むように深く息をしてから、庭に出た。
「・・・何・・・?」
 まず目を奪われたのは、黄金色の輝き。
 一見して普通の木刀ではないと分かる、黄金の長刀を手にした男・・・長い黒髪も、紫色の制服も、照り返しを受けて不思議に揺らいでいる。
「壬生攻介・・・」
 しつこいくらい何度も小次郎につっかかってくる夜叉が、まさかこの柳生屋敷にまで乗り込んでくるとは。
 そして壬生の足元には、小次郎がうずくまっていた。には背を向けているが、ケガでも負ったか腹を押さえ、ひどく苦しそうな息遣いをしている。
「終わりだ小次郎。黄金剣の露と消えるがいい」
 壬生が長刀−その名も黄金剣−を振りかざす。小次郎のもとには得物がない。
 危ない・・・!
「小次郎ーッ!!」
 は夢中で、地面に落ちている木刀を引っ掴むと、弟に向けて投げた。木刀は回転しながら宙を飛び、小次郎の差し伸ばした右手に収まった。まるで吸い寄せられるかのように。
 その瞬間、
 ガッ・・・!
 力がぶつかり弾けた波動に、思わずは目を逸らす。
「−こいつはすげぇ。俺の体に、どんどん力が流れ込んでくる!」
 驚きのこもった、しかし力強い声に、ようやく顔を上げて見ると、小次郎は今が投げてやった木刀を掲げ上げて立ち、畏敬に似た眼差しを注いでいるのだった。
 の目にも、刀身からみなぎる力が見えるよう。小次郎が言うように、持つ者にまで影響を与えるほどの剣なのだろうか。地面に無造作に転がっていた木刀が・・・?
「その木刀は・・・」
 攻介も驚きを隠せない。とどめを刺そうと振り下ろした剣−それも、こちらはただの木刀などではない。夜叉の秘刀、黄金剣だというのに−を、やすやすとはじき返されるとは。
−聖剣の力に抗し得るのは、やはり、同じ聖剣・・・?−
「・・・まさか・・・」
「そうだ。それこそ、わが柳生一族が代々守護してきた聖剣、風林火山だ」
 女性の凛とした声に振り向くと、蘭子が竜魔と一緒に立っているのだった。
「蘭子おねーさま・・・竜魔のあんちゃん!」
 小次郎が手にしているのが伝説の聖剣だという言葉にも驚いたが、それよりもは、蘭子と竜魔が連れ立ってこの場に現れたことが気になってしょうがない。
 今まで二人きりだったのだろうか・・・どこで何をしていたんだろう・・・。
 考え出すと、気が気ではなくなる。
「運のいい奴だ。偶然とはいえ、風林火山を持ち出していたとはな」
 蘭子の独白に近い呟きに対し、竜魔も同じように呟く。
「いや・・・偶然じゃないかもしれんぞ」
 は己のたなごころに目を落とした。
 空手で膝をついていた小次郎。そこに今しも振り下ろされんとしていた、壬生攻介の黄金剣。
 弟のピンチに、無我夢中で一番手近にあった木刀を投げたけれど・・・、それすらも、偶然ではなかったのだとすれば。
 ハッとして、は顔を上げる。
 風林火山の力強い存在感に、息を呑んだ。直に手にしているわけでもないのに、どんどん神経が昂ぶってゆく。
 聖剣が、単なる伝説に留まらなかったという事実を、理屈ではなく肌で知らしめられた瞬間だった。
「へっ・・だとしたら、これで勝負は五分と五分」
 最も強く感じているのは、無論、小次郎だろう。
「いくぜ壬生、決着をつけてやる!」
 力強く言い放つと、剣先に向かい厚みを増すという見るからに重そうな木刀を、ものともせずに掲げた。
「のぞむところだ。黄金剣の真の力、見せてやる」
 壬生も黄金剣を抜き、下段に構える。
「たあーっ!」
 地を蹴り、剣と剣がぶつかり合った瞬間、風が吹き荒れ、光線が走った。
 中心にいる二人の姿がよく見えなくなるほどの、力の渦が巻き起こっている。
「小次郎!」
「さがれ蘭子!」
 前に出ようとした蘭子を、竜魔が鋭く制する。はギクリとして竜魔たちの方を見た。
 またさっきの気持ちが起こり、鼓動が強くなる。・・・そんな場合ではないと、分かってはいるのに。
 そのとき、激しい光が目を刺し、爆音が耳をつんざいた。
 小次郎と壬生の戦い・・・風林火山と黄金剣の激突が、大爆発を呼んだのだ。
 とっさに顔をガードした肘を下げると、蘭子も同じポーズをしていた。
「・・・何が起こったんだ」
「さあ・・・」
 呆然としている蘭子と共に、砂煙の向こうを透かす。
 そこに、戦っていた男たちの姿はなかった。
 そればかりではない。今までそばにいたはずの竜魔も消えてしまっていた。
「竜魔? 小次郎・・・」
「危ない!」
 よろめきながら歩を進めた蘭子を、今度はが止める。蘭子も驚き、足を引いた。
 二人が消えたあとの地面には、クレーターのような巨大な穴が出現していたのだ。
 柳生家が守護してきた聖剣の力の、これはほんの片鱗なのだろうが、蘭子を戦慄させるには十分だった。
「一体・・・どこに」
 それでも小次郎たちを心配して、蘭子は周りを見回している。は近くに寄り、背の高い蘭子を見上げた。
「下手に動かず、ここでじっとしていた方がいいわ」
「しかし・・・」
「忍び同士の戦い・・・ましてや聖剣を使っているんだから、とばっちりを食らうかも知れない」
 一般人であり、個人的にも大好きな蘭子を危険にさらすわけにはいかなかった。
 は感じ取ってもいたのだ・・・もう一人、最強の男の、出現を。
「・・・・・・」
 ザザザ・・・木々が不穏にざわめき、同時、閃光が空を裂く。
「これは・・・」
 蘭子も目にし、そして知った。再び、強大な力と力がぶつかり合っている。
 小次郎か、それとも、竜魔が・・・?
 考えているうち、もう走り出していた。
「あっ待って!」
 も慌てて後を追う。
 危ないと忠告したのに。
 蘭子らしからぬ、考えなしの行動に、少し驚いていた。

「竜魔!」
 駆けつけた場所で起こっていたのは、超能力戦士の激突だった。
「来るな蘭子! これは俺達の戦いだ!」
「・・・竜魔のあんちゃん」
 戦いのフィールドは空中、敵は、夜叉の飛鳥武蔵。
(あんちゃん・・・そんなに力を使ったら・・・)
 心配で仕方ないのに、には何も出来ない。
「竜魔!」
「来るな!」
「ダメ、蘭子おねーさま!」
 尚も前に出ようとする蘭子を抑える役に徹するほかなかった。

 伝説とされていた聖剣が、この時代によみがえった。
 小次郎が手にした風林火山だけではない。壬生攻介の黄金剣も、夜叉が持っていた聖剣だったという。
 二本の聖剣がぶつかり合った、その場面に立ち会うとは・・・。
『この黄金剣にふさわしいのは、武蔵、お前ではない。この壬生攻介だ。覚えておけ』
 そう言い置いて聖剣もろとも姿を消した壬生を追うように、武蔵も去り、勝負は預けられた。
 直後に竜魔は倒れ、今も寝込んでいる。やはり超能力を使い過ぎたのだ。
 分かっていたけれど、止められなかった。
 誰が竜魔を止められるだろう・・・。
『来るな、蘭子!』
 竜魔の声が、耳の奥に残っている。
 他者に対してあんなに必死な竜魔を、初めて見た。
 もしかして、やっぱり、蘭子と竜魔は・・・。
「おいッ」
 そもそも、二人揃って登場してくる前は、どこで何をしていたのか・・・。
「おいってば、どこまで巻くつもりなんだよッ!」
 小次郎の怒号にハッと我に返る。
 黄金剣が腹に刻んだ切り傷を手当てしていたのに、いつの間にか胸の方まで包帯を巻いてしまっていた。
「・・・あ、ゴメン」
 考えごとをしていたせいだ。
 さすがに恥じながら、しゅるしゅると白い包帯を巻き戻してゆく。小次郎は口を尖らせて尚も毒づいていたが、
「ハイOK」
 きれいに巻き終えた包帯の上から傷口をポンと叩いてやると、うぎゃあっと悲鳴をあげ、あとは黙った。

「・・・竜魔のあんちゃん、大丈夫なのか」
「ん・・・」
 同じ能力を持つ戦士・・・サイキックソルジャーを相手に、あれほどの戦いを繰り広げたのだ。並みのダメージでは済まないだろうこと、容易に想像できる。
 蘭子が寝込んでいる竜魔のそばを離れず、劉鵬や霧風から色々話を聞いていたことも、の心を更に沈ませるのだった。
「それにしても・・・、聖剣が本当にあるなんて」
「ああ」
 上半身包帯のみの姿で、おもむろに立ち上がると、小次郎は柱に立てかけていた風林火山を手に取った。
「前に、竜魔のあんちゃんから聖剣の話を聞いたわよね。ただのおとぎ話みたいなものかと思ってたけど・・・」
「みんなで好き勝手な想像して、盛り上がったよな」
 小次郎はこちらに背を向けていたけれど、そのときのことを思い出して、も笑った。
 竜魔が、総帥から聞いた話だと言って伝え聞かせてくれたとき、兄弟たちは聖剣の形状や能力など、それぞれ捏造し披露し合っては感心したりこき下ろしたり笑い転げたりしたものだった。
 それがまさか実在していて、しかも二本のうち一本が目の前にあるなんて。
 いまだに夢を見ているような心地のだった。
「聖剣、風林火山。これを使いこなすことができれば・・・」
 小次郎はもっとはっきりとした手応えを感じているのに違いない。ふいと真顔になり、己が手の中にある聖剣を見下ろした。
 最強の剣を、本当の意味で自分のものにすることができたなら。
 壬生や武蔵や黄金剣に、渡り合える。
 夜叉対風魔の戦いにけりをつけ、姫子に笑顔を運べもするだろう。
 すでに失ってしまった兄弟たちの命も、無駄にはならないことになる・・・。
 強い想いと願いが、決意として、胸に根を下ろしたとき、小次郎はゆっくりと顔を上げた。
 真っ直ぐ前を見つめる瞳に映るのは、兄弟の面影か、ささやかに描く希望や未来か・・・。
「見ていてくれ、項羽、琳彪。俺はもっと強くなる。強くなって、この戦いを絶対に終わらせてみせる」
 小次郎の背中に、今までにない頼もしさと男らしさが滲んでいる。は感慨をもって、その背と風林火山とを眺めていた。
 一種荘厳な気持ちでいながら、泣きそうでもあり、それでいて気持ちのはやるような・・・。とてもひとくくりにはできない感情を、持て余す。
「小次郎・・・」
 ただ、望みの成就を願うばかりだった。






                                                  つづく




 ・あとがき・

「よみがえる聖剣伝説」まるまる一話分を書きました。
DVDを再生してセリフを起こしてゆくのは手間ですが、書いておきたいところだったので。
ドラマ見ているうち、風林火山をそうとは知らず小次郎に投げてやるのと、小次郎のお腹に包帯を巻いてあげるのはちゃんの役目だなって自然に思っていました。
竜魔と蘭子さんの間に何かを感じ取るちゃんですが、これは竜魔を演じていたがっくん自身が「あんなに「蘭子、来るなー!」って言ってたのは、竜魔も満更じゃなかったからだと思う。あんなに声張ったの初めてだもん」というようなことを言っていたところから。
演じている本人の解釈を採用しよう!ということで。
ちょっとそういう気持ちがお互いあるってことを、竜魔命!のちゃんは感じ取っちゃったのね。
ラストの小次郎、背中がカッコいい。ここは是非書きたかった。
更に続きます。



 抱き続ける(後編)



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