一目惚れ(前編)


 風を連れて、初めて山を降りた小次郎とは、それぞれの胸を期待に膨らませ、いよいよ白鳳学院に到着した。
 風格ある校舎のたたずまいを塀越しに仰ぎ、は両手を胸の前に握る。
「あれが白鳳学院・・・。私の楽しい女子高生ライフの舞台ね!」
 小次郎は小次郎で、目を輝かせ指関節をコキコキ鳴らしている。
「よっしゃー、いっちょひと暴れしてやっか!」
 先を歩いていた蘭子は、軽く額を押さえた。
「任せていいのだろうか、こいつらに・・・」
 半人前と、お目付け役という名目のくノ一。
 命がけで中央アルプスの山奥まで行って、風魔の里から連れて来たのがこんなコンビだとは・・・。
(姫子さまに、何とご報告すればいいのか・・・)
 一度アスファルトに落としてから上げた蘭子の目に、不穏な光景が映った。同じものを見た小次郎が、わざとこう尋ねる。
「おい、蘭子とやら。ここは白鳳か、誠士館か。どっちなんだ?」
「・・・もちろん、わが母校、白鳳学院さ。しかし・・・」
 歴史を誇る名門、白鳳学院。その正門に、紫色の長ランを身に着けた不良どもが三人ほど幅をきかせているのだ。それだけではない、嫌がる女生徒を二人、拘束して・・・しかもそのうちの一人は、幼いころから仕えてきている、大切な、姫・・・。
 蘭子の右手が素早く動き、懐から得物を取り出した。
「私がいない間に、ここまで荒れているとは・・・!」
 ヒュンッ!
 黒いムチがうなり、ショートヘアの女生徒を掴まえていた男の顔面を直撃する。その隙に、女の子は無事逃げ出した。
「・・・カッコイー!!」
 の瞳に、きらりん、星が弾ける。
 初めて会ったときから、背が高く黒髪も麗しい蘭子のことを憧れの目で見ていたが、ムチを自在に操る技と強さと凛々しさを目の当たりにした今この瞬間、は心を・・・いや、魂までも、奪われた。
 もう一人、未だ腕をひねり上げられている髪の長い少女が、蘭子の名を叫ぶ。
「蘭子さん!」
「柳生蘭子、ただいま戻りました」
 蘭子はムチをもう一振りするが、誠士館のチンピラは手にしていた木刀に巻きつけることでその威力を奪った。
「それでは、その方が風魔の・・・」
 少女が小次郎の方に目を向けた、そのとき。
「・・・はうあっ!」
 あまりにも唐突な奇声が、の奪われっぱなしだった魂を呼び覚ました。
 思わず振り向いて、目前に迫るピンク色に驚き身を引く。
「メ・・・メルヘンだなぁ〜」
「・・・えっ」
 その辺にハートが飛び交っている。小次郎の目までハートになっていたので、はもう一段引いてしまう。
 その目線を辿って今一度振り返ると、それはならず者にか細い腕を掴み上げられている美少女にぶつかった。
 それでようやく、も理解した。
 小次郎のしまりのない顔に目を戻したは、口をぽかーんと開けていた。
(忍びが一般人に・・・惚れちゃってるよ・・・)
 しかもこの分かりやすい感情の表出。忍びらしからぬというよりも、普通の人間すら超えている。
 が呆けて見ているうちに、小次郎は突然、夢から覚めたかのように表情を引き締め、ずいと蘭子の前に出た。
「なに邪魔してるんだよ小次郎」
 ムチをビュンビュンふるっていた蘭子は、不快そうに小次郎を見下ろすが、小次郎は恋した相手から目を決して逸らさない。
 も黙ってはおられず、小次郎の袖を引いた。
「ちょっと小次郎、せっかく今から蘭子おねーさまがムチをふるおうってときに、邪魔しないでよ!」
「・・・おねーさまって・・・」
 の剣幕と勝手な呼び方に違和感を覚えるが、
「あのメルヘンちゃんは誰?」
 小次郎に真顔で聞かれ、蘭子にとってメルヘンは意味不明だったが律儀に答えてやった。
「白鳳の総長代理、北条姫子さまだよ」
「・・・そうか、姫子さま・・・」
「あっ小次郎!」
 風のように走り出した小次郎が、攻撃をしかけ、そのまま空中戦に突入してしまうのを、はうっかり止め忘れた。
 大勢の生徒たちの前で、目立ってはいけないと分かっていたのに。
(・・・ありゃ・・・やっちゃった)
 一目惚れの、せいだ。

 その後、総長室にて、今回の依頼主である北条姫子と、風魔の里からつかわされてきた二人は改めて挨拶を交わした。
「本当にありがとうございました。風魔の・・・」
「小次郎と、こっちは
 蘭子が名を伝えると、ストレートの髪を指でかき上げながら、姫子は二人ににっこり微笑みかける。
「小次郎さんに、さんですね」
「あ、いや、さんづけはいいっす。小次郎で」
「私も呼び捨ての方が・・・。って呼んでください」
「分かりました。小次郎、
 すぐに呼んでくれる、姫子の素直さと可愛らしさには、小次郎のみならずまでもが思わずぽうっとしてしまう。
「姫子ちゃん」
「姫ちゃん」
 ガンッ! 蘭子のムチの柄が、小次郎の頭に直撃した。
「・・・ってーなー! 何すんだよドブス!」
 頭頂部を両手で押さえて振り向く小次郎の肩を、が掴む。
「ちょっと小次郎、蘭子おねーさまに対してその言い方は何よ!?」
「さっきも気になったが、何だそのおねーさまっていうのは」
 軽く眉をひそめるが、はニコニコしているだけなので力が抜けた。蘭子は矛先を小次郎に向け、怒鳴りつける。
「姫子さまを軽々しく呼ぶな!」
「いーじゃん。ねー姫子ちゃん」
「はい小次郎。その方が親しみが持てます」
「とにかく!」
 ムチが床を打ち、ピシッと鋭い音を立てる。小次郎は片脚上げて避けていた。
「誠士館の汚いやり口は、うちの正門で堂々と狼藉をはたらくまでになった!」
 怒りもあらわに言い募る蘭子とは対照的に、胸の前で手を組んで姫子は小次郎を見上げる。
「私の育ったこの学院を、何とか救う方法はないのでしょうか。亡くなった私の祖父が、何かあったときは風魔の一族を頼れと言っていました」
 500年以上も前から、風魔は北条家に仕えてきた。いわば主君である北条家の末裔に頼られては、応えぬわけにはいくまい。
「そこで、小次郎に助けていただきたく」
 ・・・いや、500年も何も関係ない。このまなざしの前では・・・。
「モチのロンすけ! あいつらをバッタバッタとなぎ倒して・・・」
 ガンッ!
 再び蘭子に頭を殴られ、小次郎の調子よく回っていた口が止まる。
「ケンカさせに来たんじゃないよ! うちはスポーツの名門校だ。次のサッカー部の試合にまずは助っ人として参加してもらい、関東大会進出を決めたいのだ」
「えーサッカーやんの!? アイツらぶったおしたらいいじゃん」
 ゴンッ!
「馬鹿野郎。忍びが目立ってどうすんだよ」
 さっきからムチの柄で殴られっぱなしの小次郎はふてくされるが、
「小次郎、どうか人前で忍びの技を見せるのはやめてください。生徒がびっくりします。できれば風魔の存在は・・・」
「はい分かりました。オイラは忍びです。人目につかず、姫を秘密裏に成功に導くのが忍者の仕事であります」
 姫子に柔らかな声で言われると、ぴっと直立不動で立派に答えるのだった。
 その様子に、は笑みをこぼす。
 一目惚れした相手に尽くす、相手のために一生懸命になる。
 忍びとしてはどうかと思われるだろうけど、そんな動機があってもいいかも知れない−。




                                                  つづく




  一目惚れ(後編)




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