小次郎とは、務めの間、蘭子の自宅に厄介になることになっていた。
「うわぁ立派なお屋敷!」
「古いだけだよ」
 目を輝かせるに、蘭子は謙遜するが、雑木林の奥にひそやかに、しかしいかめしく門を構えた柳生邸は、風魔の里を思わせる、ほっとできるような屋敷だった。


 
一目惚れ(後編)



「さあ、晩ご飯ですよー!」
「やったー! 腹ペコだぜ」
「悪いね、
「いいえ! お世話になるんだから、これくらい当然です」
 笑顔を絶やさず、はおかずやおひつを運ぶ。
「いただきます」
 三人は、手を合わせ箸を持った。
 が張り切って一人で手がけた夕食に箸をつけ、蘭子は目を見張る。魚はふっくらと焼け、煮物もおみおつけも、いい味付けだ。
「おいしい。なかなかの腕前だわね」
「エヘヘ・・・。里ではいつもやってたから」
の数少ない特技だよな」
「あんたは食べなくてよし」
 お膳を引っ張ってやると、小次郎もやっきになって引っ張り返した。
 は蘭子に向き直り、手のひらで自分の胸元をぽんと叩いてみせる。
「食事の仕度はこれから任せて! 他にも出来ることがあれば、小次郎にやらせますから!」
「はぁ? 何で俺なんだよ」
 面倒臭そうに口を尖らす小次郎を、はキッとにらみつけた。
「当然でしょ、私ら忍びなのよ。本来なら野宿が当然のところを、こうして立派なお屋敷に寝泊りさせてもらえるんだから。・・・しかも蘭子おねーさまと一つ屋根の下・・・ってことはお風呂で背中流しっこしたりなんかして・・・」
「何言ってんのお前」
 冷静につっこまれて、途中から違う方向にヒートアップしてしまったことにはたと気付いたは、咳払いをする。
「・・・あんたたち、仲いいんだね」
 くすっと笑う蘭子の前で、小次郎とは「まさか、そんなことはない」とでも言いたげに顔をしかめる。
「デキの悪い弟で、困っているんだから」
「こっちこそ、女らしさのまるでない姉ちゃんには振り回されっぱなしだぜ。・・・女はやっぱりメルヘンじゃないとよ」
 鼻の下を伸ばす小次郎に、舌を出してみせる。
「なーにがメルヘンよ。あんたと姫ちゃんじゃ、不釣合いもいいとこだってのよ」
「何だとー、姫子は俺の力を必要としてんだからな!」
「あんたのじゃなくて、風魔の力でしょーが」
 喧々諤々、始まった姉弟を見て、やっぱり蘭子は笑っていた。

「小次郎、ちょっと」
 小次郎が使わせてもらえることになった部屋の戸を開けると、ちょうど弟はパジャマに着替えるところで、パンツ一丁という格好だった。
「・・・エッチ!」
 冗談っぽくしなを作る小次郎に笑ってみせ、しかしは構わず戸を閉め、畳の上に膝を折った。
 小次郎も全く気にするふうもなく、悠々と着替えを終えると、布団の上にあぐらをかく。
「用事なら手短にな。明日は試合だから、早く寝ねーと」
「いい心がけね」
 明日行われるサッカー試合の助っ人が、小次郎の初仕事なのだ。・・・ただし、女子のサッカー部なのだが・・・。
「・・・気付いたでしょ」
 は声を低めた。
「誠士館には忍びが・・・しかも夜叉がついているわ」
 真剣なまなざしにつられるように、小次郎も真顔になる。
 も小次郎も、その目に焼きつけていた。今日、白鳳学院の正門にいた男たち、ただのヤンキーに見えた奴らの長ラン裏に刺繍された般若の面。
 見間違えようもない、500年以上も戦いの歴史を重ねてきた、宿敵夜叉の紋章・・・!
 知らず、こぶしを強く握りこんでいることに気付き、は静かに息を吐いた。
「・・・あんちゃんたちに、知らせなきゃ」
「何だよ大ゲサだな」
 小次郎は笑い飛ばそうとするが、は一向に緊張を解こうとしない。
「だって、よりによって夜叉よ。竜魔のあんちゃんに・・・」
「お前はいっつも竜魔のあんちゃんだな!」
 半ばからかうように、でも少し腹立たしげに言い放ち、小次郎は心もち身を乗り出すようにする。
「昼間の活躍見たろー? 夜叉だろうが何だろうが、俺一人で十分だ。何人来ようが、返り討ちだぜ!」
 木刀を振り回すマネでのオーバーアクションアピールをしてみせるも、は一向に浮かぬ顔をしている。
「あんなの、下忍じゃないのさ」
「次は一番強えの出してくんだろ。そいつぶっ倒せば終わりじゃねーか!」
 木の上で、文字通り高見の見物を決め込んでいた誠士館の男に、ことづけておいたのだ。次は一番ケンカの強い奴を連れてこい、と。
「でも・・・」
「いいから、余計なことはするな。これは俺の仕事なんだからな!」
 強く念押され、は思わず言葉を失った。
 半人前だの、忍びに向かないだの、バカだの。さんざん言われていた小次郎の、これは初陣なのだ。
 現在の主君である北条姫子さまを一目見た瞬間、モチベーションはぐんと上がった。
 兄弟の力など借りず、自分一人でやってのける、自分にはその力があるんだ、と。
 しかし、には、独りよがりの思い上がりだとしか感じられない。即刻、里の兄たちに知らせるべきなのだとも。
 だけど、小次郎の揺るがぬ意思を宿した瞳の、強い光の前で何も言えず、
「ホラホラ、も早く寝た方がいいぜ。明日もうまいメシよろしくなっ」
 いつもの調子で追い出されるまま、小次郎の部屋を辞した。
 長い廊下を音も立てずに渡りながら、外に目を向ける。
 夜の庭はしんとして、何か得体の知れないものを抱き込んでいるかのよう・・・。
「・・・・・」
 子供じみた単純な恐怖心を恥じ、打ち消すように頭を振った。あとは前だけを見て廊下を渡り切る。
 とりあえず、小次郎の気持ちも汲んで、明日の女子サッカーの試合が終わるまでは、様子を見よう。
 その中で、万が一小次郎の生命が脅かされるようなことがあれば・・・。
(私も・・・、戦う)
 手にピンク色の花を握り、そっと目を伏せる。
 夜叉を相手に命がけで戦うことを思っただけで、の全身は奮い立ち、気がはやった。
 本当は、自分自身も望んでいる。
 戦いたい。戦って手柄を上げたら、認めてもらえる・・・。
 胸の鼓動と武者震いを鎮めるように、息を吐き切る。
 ピンクの花はしまい、自分にあてがわれた部屋に入った。
 廊下と庭は静けさを取り戻し、月のない空には、たくさんの星が瞬いていた。




                                              END




あとがき

前から話の流れは考えていたんですが、今ようやく書けました。ドラマ第一話のおはなし。
小次郎は姫子ちゃんに、ちゃんは蘭子さんに一目惚れということで。
これがなけりゃ、風小次の話も始まらなかったわけよね。
恋が原動力って、なんかいいなぁ。

まだ小次郎もちゃんも、「俺が」「私が」の気持ちが強すぎたころ。
小次郎はそれがしばらく続いていたけどね。

女子サッカー部の話も、いつか書いてみたいと思います。




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