森を抜けたところの小さな家から、美妙な音色がこぼれくる。
ポロロン、ポロロンと、珠のようなその中に、注意深い者ならば二人の旋律を聞き分けることが可能だろう。
窓辺に腰掛けて、ミーメは竪琴をかき鳴らしていた。
午後の陽光がごく柔らかく差し込む中で、目を伏せた横顔も、繊細な指先も、ぴんと張られた弦も、まるで絵になる美しさ。琴の音が、更に麗しさを添える。
「、君の番だよ」
呼ばれてはっとする。見とれてしまっていた。
は下を向いた。椅子に座った彼女の手にも、ミーメと同じような小型の竪琴がある。
ミーメの音色を頭の中に残したままで爪弾いてみるが、まだまだの演奏はたどたどしいものだった。
ミーメはエータ星ベネトナーシュの神闘士だ。綺麗な面立ちなのにどこか憂いをたたえていて、あまり自分から喋るタイプではなかった。
最初はもあまり話をできなかったけれど、彼が竪琴を弾くのを聴いたとき、心が波立った。竪琴という楽器そのものにも興味を惹かれたけれど、何よりその素晴らしい音色に・・・テクニックを越えて心に直接触れてくるような演奏に、感動した。
思い切って「竪琴を習いたい」と申し入れた。冷たくあしらわれるかも、とドキドキしているに、ミーメは「いいよ」と答えてくれた。
そのときの、静かだけれど優しい微笑みが、忘れられない。
レッスンが終わると、は竪琴を手提げ袋にそっとしまった。
竪琴は、ミーメが昔使っていたものを譲ってくれたので、弦を張り直し、専用の袋を手作りして、大切に扱っている。
お金を少しずつ貯めて、新しい竪琴を手に入れるのがの夢だった。そのころまでに、自在に弾けるようになっていたい。
「だいぶ上達したね、は」
「ミーメの教え方が上手だもの、そのおかげだわ」
「いや。君には素質があるよ」
確かには小さいころから音楽に親しんでおり、ピアノや歌をほめられ育ってきた。
しかし、これだけの腕を持つ演奏家に「素質がある」なんて言われると、くすぐったいような得意なような気持ちになって、つい、頬がゆるんでしまう。
「そんなこと・・・その気になっちゃうわ」
「その気になっていいんだよ」
くすっと笑って、ミーメは自分の竪琴を再び膝の上に乗せた。
「楽器は、「次の音はFで、次はCで・・・」なんて頭で考えて弾くものじゃない。心にメロディがあれば、自然に指が動くものさ」
軽く指を滑らす。それだけでミーメの竪琴は、天上のコードを響かせる。
「初めて聴いたときからそうだったんだけど、ミーメの演奏を聴くと、ここが不思議なくらい震えるの」
自分の胸を押さえる仕草で、は言った。
「心の琴線に触れる、って、このことなんだわ」
文字通りだけれど、「心の琴線」とは、美しい表現だとも思う。
「それは、光栄なことに思うよ。私の音楽が君の心を動かしたなら」
ミーメは穏やかな表情で、手すさびのように弾いていた琴を持ち直した。やや強くはじくと、その音はの一番好きなメロディを織り上げてゆく。
ストリンガーレクイエム・・・初めて耳にしたのも、この曲だった。
いつ聴いてもうっとりする。は目を閉じ、美しい世界に身をゆだねた。
いつもひとりで、演奏してきた。野の動物たちを別にすれば、自分の音楽に耳を傾けてくれる人はいなかったから。
今は違う。音を楽しむ素晴らしい時間を、共有できる相手がいる。
が、竪琴を教えてほしい、と言ってくれた日のことを忘れない。きれいな瞳に、心惹かれたことを。
感謝と、それ以上の想いを音に乗せて、ミーメは演奏を続けた。
寄り添ってくれる気持ちを、感じていた。
ミーメが、どうしてこの家に一人暮らしをしているのか、詳しいことを知らない。自分から話してくれないことを、が尋ねるなんてできなかった。
ただ、両親を亡くし、養父に育てられたらしい、ということを、兄から聞いた。
「寂しくない?」
前に、少し思い切って聞いてみたら、ミーメは口もとで微笑んだ。
「私にはこれがあったから・・・いつでも」
竪琴に目を落とす。そして、静かな調子でこう続けた。
「、いつも心に歌を持っていて。たった一曲でもいい。それがどれほど支えになるか」
厳しい生活を強いられるこの地にあるからこそ、いつも心に音楽を。
は頷いた。ミーメの言うことが、とてもよく分かったから。
「一緒にやろう」
「ええ」
誘われて、自分の腕前を考えると少しだけ気後れしたけれど、は再び自分の竪琴を取り出し、音の流れに参加してみる。
自分でもびっくりするくらい、滑らかに入り込むことができた。個々の音にとらわれるのではなく、豊かに流れるメロディに、心を傾けて。
心地よくかけ合う旋律を全身で感じると、知らずふわり笑っていた。
そんなを見て、ミーメも満たされた気持ちで微笑んだ。
森を抜けたところの小さな家に、優しく重なり合う琴の音が、流れつづけていた。
・あとがき・
二番目の登場はミーメです。
何度も書いておりますが、リアルタイム時に一緒に聖闘士星矢で遊んでいた私のイトコが星矢の中で二番目に好きなキャラがこのミーメでして、当時は私の小説によく登場したものです。
その影響で、神闘士では私の中で二番目に好きなキャラ。
何だか二番目づくし。
ミーメといえば竪琴なので、ちゃんがミーメから竪琴を習っているというお話にしました。
ちゃんの趣味&特技その一が、音楽なんですね。
私自身は特に音楽をやっていたこともなく、楽譜もロクに読めないくらいなんですが、歌を歌うことなら誰でもできるでしょう? 上手下手は別にしても、歌や音楽というのは大切なものだと思うんです。
苦しいときは、歌を忘れていることがある。
何かイヤなことがあったら大声で歌ったり、好きな曲を聴いたり。それで楽になることが多いんですよね。
いつも心に歌を。
私もそう思っています。ミーメの竪琴は武器でもあって、人を傷つけたり苦しめたりといったことも出来るんですよね。
そこも引っかかったんですけど、今回そういったことには一切触れたくなかったので、きれいに無視してしまいました。
それから、養父フォルケルとのことなんかも、あまり深くは触れてません。
ヌルいんです、この長編。とことんまで。ちゃんはピアノを習っていたりして、結構、お嬢様ですね。
ちなみに私は、かつて星矢を見て竪琴に憧れ、母に「ハープを習いたい」と言ってみたことがあります。「何言ってんの」と一蹴されました(笑)。
ハープのCDは買って聴いていたなあ。本当、きれいな音なんですよね。
それから、イトコはピアノを習っていたので、「ストリンガーレクイエム」と「アベルのテーマ」に簡単な伴奏をつけて弾いていたの。私も教えてもらって、よくキーボードで弾いていたものです。
H16.11.18
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||