さくさく、さく。
小さな足跡を雪に残しても、ひっきりない北風によってすぐに消されてしまう。
その風に、深い赤の外套がひらひら翻る。お手製のキルト袋を胸に抱き持ったは、軽い足取りで木々の間を進んでいた。
と、頭上に影がさす。
(曇ってきたかしら?)
もともと陽の光の遠いアスガルドではあるが、厚い雲でも広がってきたのだろうか。
は顔を上げたが、雲ではなく人の姿だと分かると、とたんに破顔した。
「トール!」
ずっと見上げるほどの巨人も、笑い返してくれた。
トールといえば、北欧神話においても神々随一の豪傑として高名だが、このトールも神闘士のひとりで、ガンマ星フェクダの神闘衣とミョルニルハンマーという強力な武器とを持っている。
「こんにちはトール」
一礼して、また顔を上に傾ける。なんといってもトールは大きい。顔を見て話そうと思えば、首が痛くなるほどだ。
「どこへ行くんだ」
疲れさせては可哀想だとでも思ったか、トールはわざわざしゃがみこんでくれた。まるで小さな子供に対するようだけれど、それでも目線はトールの方が高い。
「ちょっと習い事に。トールは?」
「聞くことでもないだろう。俺は狩人だからな」
トールの腰には狩りに使う槌が差してある。は微かに眉をひそめた。
「もしかして、また王宮の森で狩りをするの? 禁止されているのに」
「お前までそんなことを言うのか。所詮はも城の人間だな」
トールは元々、王族が嫌いだった。その日をしのぐので精一杯の生活をしているのだ、城でのうのうと暮らしている(ように見える)ヒルダたちを崇める気などさらさらなかった。
そんな彼が神闘士として仕えることを決めたのは、ヒルダ様の小宇宙に初めて間近で触れたとき、その優しさに感動したからだ、と、だけにこっそり打ち明けてくれたことがあった。
それでもやっぱり、嫌悪は残っているのだろうか。そして、その気持ちは官女である自分にも向かっているのだろうか・・・。そう思うと悲しくなって、胸につんとくる。
「別にを責めるつもりじゃないんだから、そんな顔をしないでくれ」
泣きそうなを見て、トールは両てのひらを前に向けた。
強(こわ)いヒゲをたくわえたトールも、には弱いようだ。
「ただ、食っていかなきゃならないんだからな」
その言葉は、とりなしではなく、真剣で重かった。は頷く。
彼は生活のために狩りをし、近隣の人たちにまで分けてあげているということを、もちゃんと知っていた。
「一緒に来ないか? 狩りをしたことないんだろう」
思ってもみない誘いに、はどぎまぎする。
「でも私・・・、そういうのは苦手で・・・」
貴族たちが慰みにする狩猟も、誘われても一度も見に行ったことがなかった。動物が殺されるところなんて、とても見ていられない。
のおそれを見透かして、トールは多少の苛立ちを覚えた。
「他の命を屠るのは残酷だと思うか? でも生きていくってそういうことだぞ。第一、お前だって、毎日城で肉やら魚やら食べているんだろう」
トールが言うことを、頭では理解できる。確かに毎日、食事をしている。その命を直接奪うのは人任せで。
だけど・・・。
何も答えられず、しゅんと頭を下げてしまう。
つい感情のまま口にしてしまったが、厳しすぎたかと思い直し、トールは笑顔を作った。
「まったくは箱入り娘だな。兄貴に甘えすぎなんじゃないのか」
「は関係ないじゃない」
軽く口をとがらせながらも、ぽっと赤くなっている。まるで恋人の話をしたかのように反応するんだから、羨ましいほどだ。
「みたいな妹なら、甘やかしてしまう気持ちも分かるけどな」
「えっ何、トール」
「なっ何でもない・・・」
ほんの独り言を聞き返されて、今度はトールの方が慌ててしまう。
首をかしげるに、トールの左腕が差し出された。
「きついことを言って悪かった。お詫びでもないけど、送っていってやるよ」
に対して甘くなってしまうのは、彼女の兄に限ったことではないらしい。
「ありがとう」
その体躯に見合った大きな腕に、ちょこんと腰掛ける。トールには背中を向ける格好だ。
そのままトールが立ち上がると、目線がぐーんと高くなった。思わず笑い声がこぼれる。
「じゃあ行くぞ」
ゆら、ゆら、トールが歩を進めるごと大きく揺れる。怖がりのだけれど、こんな高い場所でも心地よいほどだった。
いつもと違う位置で、冷たい風も新鮮に感じる。何より預けた背中が温かいから。
後ろ上に顔を傾けて、子供のように笑うと、トールも目を合わせて微笑んでくれた。
「この世には色んなことがある・・・俺にとっても、誰にとっても、分からないことだらけだ」
トールの低い声が、不意にこぼれ落ちてくる。半ば眠たくなっていたは、はっと目の焦点を合わせた。
「。お前は、よく見て、知っていった方がいい。怖がらずに」
「でも私は、今のままで幸せだもの・・・」
未知のものは恐ろしい。楽しく暮らせているのだから、それでいいと思えていた。例え狭い世界でも。
偽りない言葉に、トールはふっと笑う。仕方ないといったように。
に、自分の言いたいことは伝わらないのかもしれない。
彼女の望み通り、この小さなアスガルドで守られながら生きていくのが良いことなのか、それとも別の生き方があるのか。分からないけれど。
ただ一つはっきりしているのは、の幸福を望んでいるということで、そんな気持ちにトールは自分で驚くのだった。
こんなにも他人のことを気にかけたことは、今までなかったから。
歩幅が全然違うから、目的地まであっという間だ。ほどなく、小さな家が見えてくる。
「ありがとうトール」
静かに地面に下ろされ、振り返ると微笑む。ふわり広がるコートは、まるで雪の中に咲いた赤い花のよう。
その愛らしさはまるで不意打ちで、トールはらしくもなく照れてしまうのだった。
「何てことないさ、これくらい」
「こんなこと言うの、変かも知れないけど・・・狩り、頑張ってね」
「ああ」
手を振り返し、赤いコートを見送った。
自分が微笑んでいることに、トールは気付く。これから狩りに行くというときに、こんな顔をしているなんて。
「不思議な娘だな」
腰の槌に軽く手をかけ、歩き出す。
トールの巨躯が、森の奥へと消えていった。
・あとがき・
本編突入、といった感じですね。
やはり説明的な文章よりは、キャラとのからみの方が書いていて楽しいです。ノッてきました。
しかしのっけのキャラがトールというのはどうでしょう。アスガルドキャラでもそれぞれファンの方いらっしゃると思いますが、「トール大好き! トール一番!」という人は残念ながら見たことがありませんので、萌えとしてはイマイチでしょうか?(笑)
私も本当のことを言えば「イマイチか?」と思っていた(ヒドイ)のですが、書いているうちに結構いい感じになってきました。
最初の予定では、トールが最初の登場ではなかったのですよ。でも色々考えているうちにちょっと変更になり、それに合わせて登場順も変わり・・・彼が最初になりました。
別にアニメでアスガルドに乗り込んでからの最初の敵だったから、というわけではないです。キャラの登場は順不同ですので、お楽しみに。さて、トールですが。彼は厳しいところがあると思うんですよね。厳しいというか、現実的というか。「ヒルダ様なんてそんなもの崇めていてメシが食えるか」のようなことを言っていたので。
特に生きることについて厳しそうだな〜。ということで、こんな話になりました。
私も常々思っているんですけどね。生きるというのは他の命を奪うということで、でも自ら手を下さず、スーパーからパック入りの肉や魚を買って食べているんだな、私って・・・と。
屠殺場なんてとても直視できないですよ! でも食べているんだよ!
・・・ドリームであまりこういったリアルな問題を書きたくはないので、さらっと通り過ぎさせましたけど。
まあ結局、トールもちゃんには甘々だということで。
ちょっとアルデバランの「いつの日も」とかぶっている。かぶっているのは分かっているのですが、大きい人にはつい、乗りたくなります(乗り物か・・・)。しかし以前、トールドリーム短編で一本書きましたが、またトールでドリームを書くことがあるなんて思ってもみませんでした(再びヒドイ)。
別に嫌いなキャラではないんですが、その、ドリームとして書きやすいキャラでもないですから・・・。
でもこうして再び書くことが出来て、それだけでも長編を始めた甲斐があったと思えます。未知の世界におそれを抱いている、まだ少女らしいちゃん。
その純真さが可愛いのですが、はてさてそのままでいられるものでしょうか?本文短いのにあとがき長いですね。でもあとがきを書くのが好きなんです、私。
キャラ語りもできて一石二鳥かも。
H16.11.6
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||