堕ちてゆく


(終わったー)
 トントン、と書類を揃えながら時計に目をやると、丑三つ時、もうこんな時間かと軽い驚きを覚えながらは立ち上がる。
 キラ捜査本部に残り、ホテルのスイートルームで作業をすることになってからというもの、睡眠時間はぐんと減った。だが自らの信念のもと働いているに、疲れを感じている暇はない。
 見回すと、他の捜査員たちは皆、床やソファにうずくまって仮眠を取っていた。はその間を縫うように歩く。
 ソファに変な格好で座り、別の書類を眺めている男のもとへ、整理し終えた資料を届けた。
「竜崎さん、こっち終わりました」
「早いですね。どうも」
 呟く調子で礼を言い、さっと受け取る。こちらを見もせずに。
 白の長袖にジーンズ、更に裸足というラフすぎる格好、全く手を加えていないような黒髪。加えて濃い隈と黒目がちな大きな瞳の、独特な風貌。仕草も喋り方も座り方も、どれ一つとっても「普通」であるところがない。
 これが切り札とまで言われた「L」かと、最初は戸惑ったものだ・・・もっとも今も、すっかり慣れたとは言いがたいが。
さん」
 名を呼ばれハッとする。Lの両膝や猫背を、ぼんやり眺めていたのだ。
「ひとつ話があるのですが」
 Lはテーブルいっぱいに広げたお菓子の中からマシュマロをつまみつつ、例の区切りを無視した喋り方でこう言った。
「あなたを抱いていいですか」

「・・・・」
 この人がどんな突拍子のないことを言い出そうと、今更驚かない自信があったのに。
 あまりにあんまりの内容に、は硬直してしまった。
(いけない、これしきで動揺していては)
 腕を組み、渋面を作る。
「どういう意味でしょうか」
「言葉通りベッドへ誘っているんです」
「・・・・」
 ストレートすぎだ。呆れも通り越してしまう。
「・・・性欲処理なら他を当たってください」
 誰か起きてくれないかなと見回すも、皆深い眠りの中にいるようで、ぴくとも動かない。
「恋愛感情があると言ったら?」
「あるんですか?」
 つい、イヤそうな声を出してしまった。
 恋とか愛とか言っていながら、まるで甘くない。第一、Lが、正面を向いて菓子を食べ続けているのだ。
「さあ分かりません」
 はもうこの辺で切り上げたかった。
 だが、冷めてしまったコーヒーのカップを持ち上げながら、Lがこちらを見たので、そのインパクトの強い瞳に呑まれ動けなくなってしまう。
さん、あなたは捜査員としても非常に優秀ですし女性としても魅力的です。近頃あなたを目で、追ってしまうんです」
 ・・・気付かなかった。いや、嘘八百に決まっている。
 からかっているのか、試しているのか。Lの表情や仕草から何か見取ろうとしても、徒労に終わった。
 再びマシュマロに手を出し、Lは上を向いてそれを口に放り込む。
「しかしあなたが私の近くにいる唯一の女性だから・・・というだけかもしれません。ハッキリ恋愛だとも言えない。いわゆる「たまってる」状態であるのも確か・・・。これが正直なところです」
 平淡に、普段捜査のことを話すときのように。
 ちらと目をくれ、最初と同じ言葉で結ぶ。
「抱いてもいいですか」
 そんな瞳で、決定を委ねるなんて。ズルい・・・困る。
 いっそ強引にしてくれたら、この人のせいにできるのに。
(・・・って、何考えてんの私!?)
 まるで容認・・・容認どころか、期待しているかのようではないか。
 気付いてハッとする。Lは薄く、笑っていた。
 ・・・見透かされている・・・?
 いきなり腕を引かれ、彼の膝元へ倒れ込む。
 間髪入れずに、キスされた。
 あまりの素早さに、どのリアクションも取れない。
 ただ甘い味がして、さっきLが口に運んでいたマシュマロだ・・・と思っただけだった。

 そこから、堕ちてゆく。

 ベッドルームの扉はぴたりと閉ざされ、ひそやかにその行為が始まろうとしていた。
「私にこうして抱かれることを想像していませんでしたか」
「いえ全然」
「・・・それは残念です」
 服を少しずつ開いてゆく手。自分の上にある体と、目の前で動く黒のボサボサ髪・・・。
「私は、想像していましたよ」
 わずか上げたLの顔を見て、嫌悪を覚える。キラを追い詰めるため皆で協力し捜査している中、そんな目を向けられていたなんて・・・。
 気味が悪かった。
 彼と働くうち、頭の良さと手腕に感心し、また人間的にもいいところがあるかも・・・と感じ始めてはいた。
 だが、男として意識したことは、ただの一度もない。普通の人間のようにも感じられないというのに、どうしてそんなふうに思えたろう。
 いわんや想像なんて。
 だから今、Lが自分でシャツを脱ぎ捨てるのを視界にとらえ、骨だけのような上半身にゾッとした。同時には、こんな状況になっていることに、今更ながら疑問と後悔を感じずにはいられなかった。
「わっ私、やっぱりやめます」
 自分に向けられる目で、Lは理解していた。「あなたのことなんて好きでも何でもないし、肉体的にも全く魅力を感じない」・・・そう、言われていることを。
 がり、と親指の爪を噛む。
 愛してくれる女性など、いないのかも知れない。抱かれたいと思う女性も。
「・・・やめるなんて言わないでください」
 いきなり強く腕を掴むと、唇を奪った。逃れようとする体を力ずくでベッドに押し付け、口腔内へ無理に舌を割り込ませる。
(ん・・・んんッ・・・)
 舌を絡め、隅々まで這わせ、なぞり・・・。
 手管を尽くして、その気を呼び起こさせる。体の奥に潜む甘さを、引き出すように。
 初めは抵抗していたの両腕から、徐々に力が抜けてゆくのを感じ取っていた。他でもない自分のキスがもたらした推移なのだと、その自意識に愉悦がこみ上げてくる。
「ん・・・はぁぁ・・・」
 唇を離したとたん、こぼれるセクシーな声。目はもう、欲している・・・それ以上のものを。
「やめません、よね。私もほら・・・」
 ジーンズと下着を下ろすと、とっくに膨張している男のものを見せ付ける。
「すご・・・い・・・、竜崎さんの・・・」
 乱れた息でうっとりと、はそれを見つめた。
 Lの意外なほど巧みなテクニックと立派なモノを目の当たりにして、期待してしまっていること、否定はできない。
「触ってみます?」
 言われるまま手を伸ばす。まるで吸い寄せられるように身を起こし、求められてもいないのに口に含んだ。
(硬くて・・・おっきい・・・)
 これが体の中に入ってきたら・・・。
 初めて想像をした。体中がゾクゾクしてくる。
 狂わされる・・・きっと。
 気がつくと夢中で舌を使い、舐め上げ、吸っていた。
「・・・さんそんなにしたら・・・」
 彼の身体がこわばるのを知覚し、唇を離そうとした瞬間、頭を押さえつけられた。苦しい。顔を上げ逃れようとすると、また押し付けられる。
(んん・・・ん・・・)
 強制的に頭を動かし、その刺激で自らを高めている・・・。
 にとっては吐き気がするわ涙が出るわ、屈辱以外の何ものでもない。
「・・・はあッ・・・く・・・」
 Lは控えめな声を洩らしながら、自分勝手にのぼりつめようとしている。
「いく・・・」
 いやいやと離れようとするの頭を掴み、びく、びくと体を震わした。
 突然口の中に大量に流れ込んできた液体に、は思わずむせ込んでしまう。
「げほ・・・げほっ」
 白いものがだらっとこぼれ、シーツを汚す。Lは呆然と、あるいは恍惚として、の唇端から垂れる自分の体液を眺めていた。
 は手の甲で口もとをぬぐいながら、Lをねめつける。
「何すんのよッ・・・」
「あなたの口の中が良かったものですから」
 悪びれる様子もない。
 はムッとしたままベッドを下り、洗面所へ行ってしまった。
 ついさっきの感触を思い出し、Lはひとり笑う。彼女の中は、どんなだろう。

「出したから満足でしょ。だいたい竜崎さん、早すぎ。もう私行くわ」
「すぐ復活します。お返しにさんにも・・・」
 もう行く、と口では言いながらなかなか立ち去ろうとしないの腕を引き、ベッドのきれいな部分に横たえる。
 全身にキスをしながら少しずつ下へ移動してゆき、たどり着くと脚を押し広げてそこに顔をうずめた。
「やっ・・・あ」
 いきなり強く吸われ、激しく舌を使われて体中で反応してしまう。
 Lは一度顔を上げ、
さん、あまり大きな声を出すと他の人たちに知れてしまいます。もっとも私はそれでも構いませんが」
 平淡な調子でそんなことを言うから、真っ赤になってしまう。
「いやっ・・・」
 まぶたの裏に、夜神局長を始め皆の顔が浮かんだ。
 こんなことを知られたら、仕事に対する姿勢を疑われてしまう。
「もう・・・やめ・・・あッ・・・!」
 ちゅっ・・・じゅるっ・・・。
 わざと大きな音を立てて啜っている。こんなに溢れていると言われているようで、顔から火が出そうだ。
「は・・・あ、あんっ・・・」
 大きな声を出さないようにしたいのに。
「やあああん」
 止められない・・・。
 Lは少しも緩めず、舌だけで追い詰めてゆく。感じるポイントを的確に探り当て、強くまた弱く、責め続けるのだった。
「あっ・・・いやっ竜崎さん・・・や・・・」
 頭の中が白くなって・・・。
「ああ・・・っ!」

「・・・もう、イッちゃったじゃないですか」
 気をやってグッタリした身体に指を滑らせ、Lは変わらぬ調子で囁く。
「人のこと言えませんよさん」
 立腹するも反論できないに、Lは徐々に激しい愛撫を展開していった。
「ですが想像以上に淫らな体をしていて・・・私ごのみです。普段とのギャップがいいですね」
 どんな想像をしていたんだろうかこの人。
「変態・・・」
「・・・そう言いながら、離れられなくなるんです」
「誰が・・・ッあ」
 今度は指を挿入され、意志と反した甘い声をこぼしてしまう。
「ここは・・・?」
 熱く湿った部分に長い指を沈める。襞のある粘膜がこんなに細い指ですら、放すまいと吸い付いてくる。くいと関節を曲げ、探りながら刺激を与えると、の体からいい反応が返ってきた。
「ここ・・・ですか」
「やっ・・・何・・・」
「こうされたこと、ないですか・・・」
 押し付けるようにしながら、擦る。
 少し緩急をつけてやると、今度は声で正直に応えてくれた。
「あー・・・あ、んっ・・・」
「いいんですね・・・」
 弄ぶだけ弄ぶと、いっきに引き抜いてしまう。
 濡れた中指を、舌を出し舐める・・・ぺちゃぺちゃ音まで立てて。そんな浅ましさにすら、はどうしようもなく疼いてしまう。
「今度潮吹かせてあげます。そんな経験ないでしょう?」
 そう言って、また自分の指をぺろり舐め回す。飴みたいに。
「さてさん」
 サイドテーブルから何かを−避妊具だ−取り出し、やおら袋を破った。
 無表情でそれを取り付けるLを横目で見ながら、何故この部屋に避妊の準備があるのかと思うと、またあの嫌悪感に襲われる。
 Lは歯噛みするの上に来て、髪や肩をゆるく愛撫し始めた。
「どんな体位がお好みですか」
 目が合った。
 顔つきにさかったところや下品さはまるでなく、むしろいつもとまるで変わらないのだが、それがかえって淫靡さを感じさせ・・・、引き込まれ、堕とされる・・・。
 戻れないこと、分かっているのに。
「あなたの口から聞かせてください」
 何て男。
 にらんだところで蜜がからんでいては反抗にもならず。負けて目を逸らした。
「・・・このままでいいから・・・来て・・・」
「違うでしょうさん」
 少し、笑ったようだ。
 なぶるように体をなぞりながら、
「お願いの仕方はそうじゃないですよね」
「・・・!」
 カッとなった頬にLの黒髪がふわと触れる。思わず目をつぶると、耳元に吹き込まれた。
「・・・欲しいって言うんですよ、くださいと」
「・・・・」
 何かの、魔力のように・・・。
「欲しい・・・の、竜崎さん・・・」
 何の抵抗もなく、口から滑り出た。
 彼のうなじに手を添えて。
「・・・ください・・・」
 自分で自分を、貶める言葉が・・・。

「ひっ・・・! やっ、あうっ、あん・・・」
 体の中心までを抉るように、強く何度も突かれて、そのたび声が喉から押し出される。
 の小さな膣内で、男がその本能を表出させ暴れて・・・。
 耐え切れないほどの圧迫は、最大の快楽に結びつき、ただやみくもな運動を受けているだけなのに、またすぐに、達してしまいそうになる。
・・・さん・・・、とても、いいです・・・もう・・・」
「あぁ・・・竜崎さん、私も・・・」
 受け入れるのみならず、自ら強くしがみつき、はLに喜んで抱かれ、その腕の中二度目の絶頂を迎えた。
 今までに感じたことのない悦楽の名残りに浸るの、まだ痙攣も止まらない体に、Lは再び手をかけた。
「・・・竜崎さん、もう十分・・・」
「何を言ってるんですか」
 自分の方へ引き寄せ、熱を留める肌に唇をつける。
「これからが本番なんですよさん」
 愉悦に歪む唇に、心底おののいた−。

 闇の時間が引き延ばされ・・・何度も、何度も、迎え入れ・・・。
 そのたびに堕ちて・・・・堕ちてゆく・・・。

「もう一度・・・さん・・・」
「もうやめて、勘弁して・・・体、壊れちゃう・・・」
「私はまだまだ満足できません」
「いやあ・・・・っ・・・」

 堕ちてゆく・・・。

「・・・気に入りましたさん。また楽しみましょう」
 ようやく解放されたころ、には、カーテンの向こう白々と明けてきた空を知覚する力も残されていなかった。
 対しLは軽々とベッドを下り、身支度を整える。
 袖を通したシャツの裾を引き下げながら、を顧みた。飽かず愛した身体は、こちらに背を向けたままぴくりとも動かない。
「しばらく休んでいてください。皆さんにはうまく言っておきます」
 ぺたぺた歩き、ドアノブにかけた右手に、最後の呟きを落とす。
「貴女に・・・本気になりそうです、さん」
 ぱたん・・・。
 遠ざかってゆく気配に耳をそばだて、は大きく嘆息した。
(冗談・・・じゃないッ・・・誰が・・・誰があんたなんか・・・)
 ふりほどこうとしても、逃れられない。
 そこだけはっきりと耳に心に届いた、Lの声から。
−貴女に本気になりそうです−
 頭の中、ぐるぐる回って・・・、いつしか眠りへ引き込まれてゆく。

「竜崎、は」
「仮眠を取ってもらっています。彼女には夜通し頑張ってもらいましたから」
 極限まで甘くしたコーヒーを啜りながら、何食わぬ顔で告げる。
 総一郎はそうか、と頷いた。
「彼女は優秀で頑張り屋だからな。しかし女性であることだし・・・差別をするつもりではないが・・・、とにかく、あまり無理はさせないでくれ」
「はい分かっています」
 角砂糖をもう一つ、ポチャン。
「体を壊されたりしたら、困りますからね・・・」
 起伏も何もない、例の調子で呟きながら、今まで見たこともないような顔をしてLが笑ったことに、気付いた者は誰一人いなかった。



                                                             END



       ・あとがき・


パプワからのセルフパクリでLに言わせたくなったセリフ。
「あなたを抱いていいですか」
最初はいつものように恋人設定にしようと考えていました。もうそういう関係であるのに、わざわざそれを言うシチュエーションを書きたかったんですよ。ルーザーが自分の罪に気付いた後、アクアに「おまえを抱いてもいいかな」と言ったように。
でもふと気付くと、Lドリームって恋人設定ばっかり。妹夢「不機嫌」を別にすると、恋人以外はわずかに「アバンギャルドなところてんボーイ」「Slowly」のみ。
たまには恋人じゃない設定にしようかな、という気まぐれを起こしたときから、当初意図したものからズレてゆきました。
Lミサにしようかとも考えたのですが。
別に好きでもないのに、誘われてついつい・・・。ということは、そばで働いている人。映画では女性の捜査員がいたよね、大して目立たなかったけど。
ということで、女性の捜査員で、最後までLを好きとも思わず抱かれてしまうドリームにしよう! と決定。
愛がないから、裏に持ってきました。そしたら気が楽になり(?)、あれも入れよう、こんなセリフも言わせようと膨らんでいきました。
そして今回は、松ケンLのイメージで。

私は、ドリームではその話ごとに、設定はもちろん性格なども多少変えてもいいくらいに考えていますが、Lに関して言えば、どんな話でも変えられない部分があります。それは「テクニシャン&絶倫」というところです!
ええ裏だからこんな大声で言ってますが。
エッチがうまくて強いLじゃなきゃ!
・・・あくまで私が書くとき、ですが。

Lは、映画だと松ケンだからああですが、実際にいたらもう少し気味の悪い男なんじゃないかと思います。
頭がいいことは認めても、すぐに好きになったり抱かれたいと思ったりは、しないかも・・・。
そんな感じにちゃんを描いてみました。
ま、「いやよいやよも好きのうち」ふうになりましたけどね。

どうやらLはちゃんへの執着を増したようで・・・しつこいですから彼。
むしろ大変なのはこれからです。
頑張ってちゃん。






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