スウィート・ショコラーテ
「、ほら、今日のはゴディバのショコラだよ」
宝石箱のように、お菓子の箱を開けてみせると、の目がきらきらと輝いた。
「わぁおいしそう! 食べていい?」
「もちろんさ」
綺麗に並んだ高級チョコレートをわくわくと眺め、迷ったあげくハート型のミルクチョコレートを選び取る。
ぱくっ、と頬ばると、は文字通りとろけるような笑顔になった。
「おいしい!」
「よかった」
の喜ぶ顔を見るのが、バレンタインの幸せだった。
だから、おいしいと評判のチョコレートを世界中から取り寄せては、毎日こうしてに贈っているのだった。
「私、チョコレートが世界で一番好き!」
ああ、チョコレートになりたい。
無邪気に笑うは、こんな自分の気持ちに気付いてくれているのだろうか・・・。
それを考えると、バレンタインは切ない気持ちになるのだが、
「バレンタインも一緒に食べようよ。はい、あーん」
とチョコレートを口もとに持ってこられると、やはり嬉しくて、顔がゆるんでしまうのだった。
口の中いっぱいに、甘い味が広がる。バレンタインとは、にっこり顔を見合わせた。
死者の国であるこの冥界で、ここだけがスウィートスポットと化していた。
「・・・」
「なあにバレンタイン」
吸い込まれそうな瞳で上目遣いをされて、バレンタインはドキドキしてしまう。
今日こそ言おうと、心を決めてきたのに。早くもくじけそうだ。
「・・・実は、私は・・・」
「うん」
「私は、君のことを・・・」
「ー!」
計ったようなタイミングで、背後からぬっと人が顔を出した。
「元気か、」
「またチョコレートばっかり食べて、太るぞ」
三人の冥闘士が、ちやほやとを取り囲む。
「クイーン、ゴードン、シルフィード・・・」
バレンタインはガックリして、同僚で悪友の三人をにらみつけた。
いつもいつも、こうして邪魔される。
「、今度、地上に遊びに行こうよ。二人きりでさ」
バレンタインの気持ちを知りつつ、わざとこんなことを言ったりするのだ。
「え、どうしようかな」
シルフィードのデートのお誘いに、もまんざらでもなさそうだ。バレンタインは気が気ではない。
次には、クイーンがの顔を覗き込む。
「こんなチョコレートより、もっといいものご馳走するよ。私の部屋に来ないか?」
「うーん、あたしの質問に答えてくれたらね」
「何?」
「クイーンって男なの? 女なの?」
それは、バレンタインも他の二人も気になっていることだった。
クイーンはしかし、少しも動じず、
「それは教えられないな」
と中性的な声であしらうのだった。
「なんだ。じゃ、行かない」
「そっか、残念」
「じゃあ、またなー」
に手を振り、バレンタインには目配せをして、ゴードンたちは立ち去っていった。
いつもならばここで告白する気などそがれてしまっているところだが、今日は違う。バレンタインの決心は固かった。
改めて向き直り、、と名を呼ぶ。
「わ・・・私は、君のことを」
勢いに任せて。
「す、好きなんだ」
言った。
とうとう、言ってしまった。
バレンタインの中で、時間が止まってしまったような、感覚。
恐る恐る、反応をうかがう。
は、食べかけのチョコレートを危うく落としかけたが、ゆっくり、バレンタインの方を向いて、そして、花のように笑った。
「・・・嬉しい」
「え、えっ」
どぎまぎしてしまう。
「あたしも、バレンタインのこと、好きだから・・・」
恥じらって、手もとの箱に目を落とす。その仕草がたまらなく可愛らしい。
天にも昇る気持ちで、バレンタインはを見つめていた。
「じゃあ、私と付き合ってくれるか?」
「喜んで」
「・・・ありがとう」
いきなり抱きしめたりしたら、驚くだろうか。
ためらう右手は、結局、の左肩に置くことしか出来なかった。
バレンタインが顔を近づけると、はそっと目を閉じた。許しをくれるように。
「・・・」
ごく軽いキスなのに、唇が触れた瞬間、心のしんまで痺れた。
「チョコレートの、味がするね」
チョコよりも、甘い甘い・・・。
夢見ごこちで、彼の胸に身を寄せる。
「バレンタイン・・・」
チョコの匂いの息が弾んで、少し色っぽい。
まだまだ子供のようなものだと思っていたのに・・・のうるんだ瞳は、扇情的ですらあった。
腕の中のちいさなぬくもりを、夢中でかき抱くうち、バレンタインの中でタガが外れた。
の身体を引き寄せ、膝の上に座らせる。首を傾け、再びキスをしようとした。
「バレンタイン!!」
「−!!?」
怒りの満ち満ちた小宇宙と、鋭い男の声が、バレンタインの下心いっぱいの行為をすっぱりと中断させた。
バレンタインは飛び上がってから離れ、地にひざまづく。
「お兄ちゃん!」
対照的に嬉々として、は兄のもとへと走った。
「おまえ、妹とここで何をしていたのだ?」
「は・・・ラ・・・ラダマンティス様・・・」
冥界三巨頭のひとり、ラダマンティスは、ものすごい形相で部下をにらみ下ろしていた。
そう、は、ラダマンティスの実妹なのである。
直属の上司の妹に懸想してしまったことは、バレンタイン最大の悩みであった。
ラダマンティスが、妹を溺愛していることを知っていたし、自分は彼に絶対の忠誠を誓っているのだから。
だが、やはり、への想いはそれらの迷いを凌駕した。
ようやく告白までこぎつけ、想いが通じ合ったというのに・・・。
「さっさと行け!」
「は、も、申し訳ありません!!」
バレンタインは半泣きになりながら逃げ去っていった。
「フン。油断もスキもない」
苦々しげにつぶやく兄を、は見上げる。
「お兄ちゃん、バレンタインは、いい人よ」
「男を簡単に信用するんじゃない。いつも言っているだろう」
冥闘士は男だらけだ。いわば狼の群れの中に、か弱い子羊が放たれているようなものだ。妹を可愛がっているラダマンティスの心配が尽きることはなかった。
次の日、バレンタインはいつものようにのもとを訪ねたが、は部屋から出て来てはくれなかった。
「どうしたんだ、」
昨日のことで、嫌われてしまったのだろうか。
「ごめんね・・・。お兄ちゃんが、もうバレンタインに会っちゃダメって・・・」
バレンタインはホッと胸を撫で下ろす。嫌われたわけではなかった。
それにしても、やっかいな存在だ。尊敬する上司を、こんなふうに思いたくはないのだが、こと恋に関する限り、ハッキリいって目の上のタンコブだった。
「、今日は最高級のガトーショコラを持ってきたんだよ。一緒に食べよう」
「・・・本当?」
カチャリ、とドアが開き、が明るい顔を覗かせた。
「ガトーショコラ、大好き!」
兄の言いつけは、チョコレートの誘惑にあっさり負けたらしい。
「おいしい!」
「うん。おいしいな」
いつもの場所で、いつも以上の甘い味を分かち合う。
恋人にはなれたけれど、しばらくは今までと変わらぬ関係が続きそうだ。
「いつもありがとう、バレンタイン」
の笑顔を見れば、それでもいいかなと思える。
甘い幸せに、包まれるから。
「ね、今度、地上に連れていってね」
「いいよ」
「やった。二人で、おいしいチョコレートパフェを食べようよ」
甘え上手のに、バレンタインが向ける笑顔もやっぱり甘い。
手を出しかけて、バレンタインは、辺りをきょろきょろ見回した。
悪友トリオも、目の上のタンコブもいないことを確かめてから、をそっと抱きしめる。
チョコレート味の、キスを交わした。
ふたりは、世界で一番、甘い恋人同士−。
・あとがき・
突発です。バレンタインドリームを書くことになろうとは、思ってもみなかった。
特別に好きなキャラというわけでもないんだけど。
ただ、アダルトじゃなくて、甘い甘い話を書きたいな〜と思ったのと、私がこの世で一番好きな食べ物はチョコレートだ、ということで、こんな話を思いつきました。スウィート・ショコラーテってどんな技なんだろう。なんか可愛すぎるネーミングです。
クイーンの性別については、私は全く疑問を持ったことはなかったのですが、結構ネット上では話題になっていることなので、ちょっと入れてみました。ちゃんは幼い感じになっちゃったね。ラダマンティス23才、バレンタイン20才だから、ハイティーンかな。
最初はちゃんを、ラダマンティスではなく、アイアコスの妹にしようと思っていたの。アイアコスラブだから。
でも、直属の上司にした方が面白そうだなと思ったので、ラダマンティスに変更しました。
こんなパターンで、アイアコスはいつも出番をラダマンティスに持って行かれるよね。
今度、是非アイアコスのドリームも書きたいです。バレンタインのドリームを書いたなんて私くらいのものだろう、と思っていたら、某サイトさんにバレンタインドリームがあるのを今日発見しました。とても面白い話でした。
バレンタインが真面目ないい人でねぇ。素敵だなぁと思ったものですよ。
ああ、あんなバレンタインにすればよかった。などと思ったり(笑)。バレンタイン、絶対的な忠誠を誓っているラダマンティスの信用、落としまくってますね。
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