Secret of my heart
「、式の準備進んでる?」
獅子宮の手前でアイオリアに声をかけられ、はにっこり手を振る。彼氏・・・いや、婚約者のアイオロスのところに行く途中で、彼の弟に呼び止められるのは、いつものことだった。
そのままお茶をご馳走になり、ついつい話しこんでしまうこともしばしばで、そんなときには人馬宮からわざわざお迎えが来てくれる。
今日もそのコースかな? はステップを踏むような足取りで、最後の階段を上り切った。
「今からハネムーンの予定を立てるの。行きたいところばっかりで、なかなか決まらなくて困っているんだけどね」
困っている、なんて言いながらも、は幸福の輝きに満たされた顔をしていた。
その美しさ、眩しさに、アイオリアはそっと目をそらす。さりげなさを装い、いつものように、『寄ってく?』と誘った。
「じゃ、ちょっとだけ」
並んで歩く。の綺麗な髪が、陽の光を浴びてつややかな輪を作っている。
見ほれていたら、可愛い顔がこちらを見上げた。
「それにしても、アイオリアが弟になるなんて。ちょっと不思議な気持ちだけど、嬉しいな」
「・・・俺も、を姉さんと呼べるのは、嬉しいよ」
大きな喜びの中にいるは、アイオリアの胸に渦巻く気持ちなど全く知らない。浮き立つ心のまま弾んで歩いていたら、獅子宮入り口の段差につまづいてしまう。
「あっ」
「危ない」
とっさにアイオリアが支えてくれたおかげで、転ばずに済んだ。
逞しい腕に抱きかかえられている状況に、はドキッとときめいてしまった。
(やだ、あたしったら。弟になる人に対して)
不謹慎だわ、と一人で笑ってしまう。
「・・・?」
離して、くれない。
転びそうな人を助けたにしては不自然すぎるほどの時間が経っていたので、はさすがに顔を上げた。
愛する人によく似た顔が、すぐそばにある。
光そのもののようなきらめきを宿すブロンドも、明るい瞳も、日焼けした肌も、ほんとうにほんとうにそっくりで・・・。
改めて見たその姿に、心を奪われていたら、顔がぐんと近付いてきた。
「アイオ・・・」
名を、最後までは呼べなかった。
唇に、やわらかなぬくもりが、触れて・・・!?
「−や・・・っ!」
すぐに突き放したものの、感触は確かなもので、唇の上に生々しく留まっている。
信じられない−! こわばった表情で、弟になる男を見上げた。
「アイオリア・・・ふざけすぎよ・・・」
そうだ、冗談にしてしまえれば。
姉らしく、諭すようにしたつもりだったけれど、言葉はからからに乾いていた。
獅子座の黄金聖闘士は、苦しそうに、切なそうに、を見つめている。
「、俺・・・」
アイオリアから、いつもの太陽のような屈託のなさが消えている。追い詰められた者のように必死な様子で、に手を伸ばしかけた。
が一歩退ったので、右手は空に留まる。
「俺、君のことを・・・」
「やめてアイオリア!」
それ以上は言ってはいけない、聞いてはいけない!
「」
「やめて!」
耳をふさいだ。その強さに戸惑うアイオリアの脇を抜け、獅子宮を駆け抜けた。振り返りもせずに。
「・・・」
一人残されて、アイオリアは自分のむなしい右手に目を落とす。
あの身体に触れたとき、ずっと抱き続けていた気持ちを、止められなくなった。
彼女を苦しめることになるとか、兄に対して後ろめたいとか、そういうことは一切考えられなかった。
・・・キスを、した。
そんなことで自分が満足するわけではないと分かっていたのに。−事実、今は後悔ばかりが膨らんで、胸が押しつぶされそうだ。
だけど、止められなかった。
「・・・っ」
狂おしい想いは嵐さながら、アイオリアを責めさいなむ。
痛いほど拳を握って、立ち尽くした。
(アイオリアが・・・どうして・・・)
周りも見ずに三つの宮を走り抜け、人馬宮に駆け込む。
「おー、今日は早かったな」
こちらに背を向け座っていたアイオロスは、旅行のパンフレットを手に、振り返った。
「が昨日言っていたヨーロッパ一周ってのもいいけど、南の島も捨てがたい・・・っと」
バサバサッ。パンフレットが床に落ちた。
いきなり飛び込んできた恋人を、アイオロスはそれでも、しっかりと受け止めた。
胸の中でその大きな心を感じたら、は泣きたい気持ちになってしまって、しがみついた手に力を込める。
「?」
「アイオロス・・・お願い、強く抱いて。離さないで・・・」
揺れ動く気持ちを、どうかしっかり繋ぎ止めて。
アイオロスは黙って、背に回した腕できつく抱きしめた。
彼女がいつもの彼女ではないことは明らかだけれど、言わないなら何も聞かない。ただ、今望んでいることだけをしてあげよう。
がして欲しいことなら、どんなことだってすると、決めているのだから。
「ごめんね、アイオロス」
ベッドの中で腕を伸ばし、一番大好きな人に、からめた。
何も聞かず、ただいつもの情熱で、たくさん愛してくれたことが嬉しかった。
全部忘れるくらいに激しく−。
「いいよ」
包み込むように、抱き寄せてくれる。
その優しさが、かえっての胸に痛い。
痛いのは、アイオリアにキスされた事実そのものよりも。
それを、ほんの・・・、ほんの少しだけれども、喜んでしまっている、自分の心。
そして、それらひっくるめて全てを、目の前の婚約者に言えないという心苦しさが。
今まで、何でも話し、伝え、相談してきたのに。
まして夫となる人に、言えないことがあるなんて。
「疲れているなら、このまま眠ってもいいよ」
「アイオロス・・・」
黄金色の小宇宙が、癒しとなる。
「・・・大好き。あなただけが」
「俺も愛しているよ、」
唇への温かなキスが、の覚えている最後だった。
いつしか誘われ、夢の中へと・・・。
(悲しい内容のドラマでも見たのかな。ゆっくりお休み)
傍らでそっと髪に触れ、眠りの番をするアイオロスだった。
「随分と生真面目なんだな。は」
まるで珍しいものを見るような目をミロに向けられ、困惑してしまう。
一眠りしたら夕方近くなったので、ハネムーンの計画はまた明日にすることにして、は人馬宮を出た。
送っていくというアイオロスを、仕事が忙しいでしょうからと断ったのは、一人で帰りたかったからだ。
そして隣の天蠍宮まで下りてきたとき、ミロにつかまったのだった。
ミロはさっき全てを拒むような様子で走っていたも目撃していた。何かあったことに気付いていたから、さりげなく声をかけた。
は足を止め、簡単に話をした。アイオロスに、言えないことがあるのだ、と。
もちろん、弟のアイオリアにキスをされた、なんてことまでは言えないが。
はミロが口の堅い人であることを知っているし、アイオロスに恋をしたときから色々と彼には相談に乗ってもらっていたこともあって、こんな話も出来たのだった。
「生真面目って・・・」
「ああ、ゴメンゴメン。恋人同士でも、夫婦でだって、何でもかんでもあけっぴろげじゃなくてもいいと俺は思うからさ。今まで何でも全部言ってきたってのは、スゴイなと思って」
ミロは決して、自分の考えを押し付けるような言い方はしない。それもには心地よい。
「いいんじゃないのか、言えないことがあったって」
「そうかな」
今、話をしただけで、心はだいぶ軽くなっていた。ミロは、腕組みして壁にもたれたポーズのまま、に含みのある笑みを向ける。
「秘密を持つのは、悪いことじゃないと思う。むしろ秘密の一つくらいあった方が、ミステリアスで魅力的な人妻、じゃないかな?」
いきなり『人妻』なんて言われると、何だかあやしく気恥ずかしい。
「ひ、人妻なんて・・・」
「ニヤけてるぞ」
指摘されて、慌てて下を向く。その様子にミロは軽く笑い声を洩らして、缶のジュースを一口含んだ。
「秘密は秘密として、ずっと心に秘めておけばいいさ。誰だって人には言えないことの一つや二つ、あるんだから」
誰だって、とミロは言った。
「ミロにもあるの?」
「まぁな」
いたずら心で聞いたのに、余裕で笑っている。
こうやって気軽に付き合ってくれる割には、心の奥までは踏み込ませない。アイオロスとはまるで正反対のタイプだ。
「ありがと、ミロ」
は元気に立ち上がる。どうやら吹っ切れたらしいことに、ミロも安堵した。
が悩み、苦しんでいるところなんて見たくはないのだから。
「ところで」
「なに?」
顔を上げたら、ミロがぐっと接近してきていた。
青い瞳に、ドキリとする。
「せっかくだから、もう一つ秘密を作らないか? 俺と君とで」
腰に手を回され、背後の壁に押し付けられそうになる。
一連の動作のあまりのなめらかさに、はとっさの反応が出来なかった。
「今、この場で・・・」
息がかかるくらい、近付いて・・・。
「・・・うっ!」
思い切りひじてつを食らい、ミロは大げさにお腹を押さえた。
「ミロとの秘密なんて、いらないよ。じゃーね!」
「・・・いらないとまで言わなくても」
それでも、元気そうな後ろ姿を見送れば、笑顔になるミロだった。
「」
姿を見せないかと思った。
だけれど、獅子宮に入ってすぐに声をかけられたもので、はどんな顔をすればよいものか、分からなかった。
「・・・アイオリア」
アイオリアは、反応を待つように少し黙っていた。あるいは彼自身もどうすればよいのか惑っていたのかも知れない。
からどのリアクションも引き出せないので、アイオリアはついに重い口を開く。
「さっきは、ごめん。俺、を困らせるつもりは、ないから・・・」
自分の中の、さまざまな気持ちを、どうにか押し込めようとしている。実直なアイオリアに、それは難しいことだった。
にはその苦しさが伝わっていたのだから。
だけれど、どうにもできない。
「・・・気に、しないで」
何でもないように笑う他には、何も出来ない。
それでもの笑顔に誘われて、アイオリアも微笑を見せた。
「あれがとう、『ねえさん』」
それは、お互いにとっての、救いだった。
次の日、人馬宮に赴くと、フィアンセは旅行のパンフレットではなく、ビデオを手にして待っていた。
「面白いのをいっぱい借りてきたんだ。一緒に見よう」
わけが分からないでいるを座らせ、ビデオをセットする。
軽快な音楽が流れ、コメディ映画が始まった。
「元気出せよ、」
肩を抱き寄せられて、優しく優しく囁かれ、はやっと合点がいった。
彼なりに、慰め元気付けようとしてくれているのだ。
「・・・アイオロス」
嬉しさと愛しさあふれて、抱きしめずにはいられない。
彼の腕の中にすっぽりとおさまり、めくるめくキスの中で、この人と結婚できるなんて本当に幸せだと感じた。
アイオリアのことを考えると、切ないような、本当はちょっと嬉しいような、申し訳ないような、複雑な気持ちになるけれど。
秘密を抱いたまま、この人の妻になろう。
きっと、世界で一番、幸せな、花嫁さんに。
・あとがき・
この前、温泉に入りに行ったとき、車の中で思いついたネタです。
「アイオロスとアイオリアがヒロインを取り合う」というのはちょっと考えていたんだけど、そういう流れから出来た話。
アイオロスの彼女だけど、アイオリアにも惚れられている・・・これはオイシイぞ、ドリームとしてはかなりイイぞ! と一人でドキドキしていたものですが、いざ書いてみると、アイオリアがなんかかわいそうなことになってしまいました。
アイオロスと結婚しても、何となくアヤシイ感じのちゃん&アイオリア・・・とかだったら、ドキドキですね。
でも不倫にはしたくないな。不倫ネタは書きたくないから。アイオロスは、ちゃんが悲しいドラマでも見て、それで気持ちを乱したんだと思い込んでます。何も疑ってません。
多分、今までもそういうことがあったんでしょう。
「火の星座」って、「単純」というイメージがあるんだよね。そしてアイオリアもアイオロスも、火の星座なんだよね。
射手座のキーワードとしては、「スピーディ」というのが一番に思い浮かびます。「浮気者」ってのもあるけど(笑)、アイオロスに限ってはそんなことないでしょう。
このドリームでは、アイオロスの大らかな優しさがポイントとなっております。
アイオロス兄ちゃんみたいな人がフィアンセなんていいね、ちゃん。そういえばネット上では(同人界でも?)「ロス」とか「リア」と略すのが一般的になっていますが、自分の中で定着してないので私は採用してません。
いや、そういう呼び方が嫌いとかいうわけではないんですよ。今回、ミロにも相談相手として登場してもらいました。
彼ってなんかオールマイティなキャラ。気軽に出せますね。
「秘密」といえば蠍座の領域なので、自然にミロの役目だなと思ったの。
秘密は守り通してこその秘密。例え恋人同士でも、夫婦でも、秘密は秘密として持っていてもいいと私も思います。
その代わり、決して、おくびにも出さないで!
え? かづなが夫に言えないこと? ・・・ふふふ、ありますよ、そりゃ(笑)。タイトルは日本語にしたかったんだけど、どう考えても倉木麻衣のこの歌タイトルがピッタリだったのでそのままもらいました。
倉木麻衣のファンというわけではないんですが、名探偵コナンのエンディングに使われていたので知っていたという曲です。
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