「じゃあねエース! ばいばーい!!」
「もう聞こえねえってお嬢」
「でもエース、まだ手を振ってくれてる」
「……やれやれ」
 舵を取りながら、ヤソップはため息をつく。
 のばら色の頬を見れば、一目瞭然だ。
 誰もが一度はかかる病……恋に、落ちたこと。



 シャングリラ <後編>



「お嬢さん、男といたことは皆には内緒にしとこう」
 すっかり島が見えなくなって、も少し落ち着いたころに言い出すと、お嬢さんはいきなり真っ赤になってぱたぱたし始めた。
「おっ男といたなんて! そんなんじゃないから! 別にエースとの間には、まだ何も……!」
「(……まだ、って)いやおれ何も言ってねぇけど。でもホラ、男と二人きりだったって知ったら、それだけでお頭は……分かるだろ?」
「うん……」
「お嬢が勝手に船を下りたってだけで十分取り乱してんだからよあの人は。とても海賊団の頭とは思えねェ」
 ヤソップにつられて、も少し笑う。目に浮かぶようだったのだ。
「そういや、海王類に襲われたって……それも内緒にしとこうな。海の怖さ、分かったろ」
「うん。私、少なくとももっと強くならなきゃダメね。骨身に染みたわ」
「それなら良かった。……おっと、あれは、おれたちの船じゃねェか?」
 額に手をかざして身を乗り出す。も同じ方向に目を向けたが、船らしき影は見えたものの判別はつかない。射撃の名手の目に敵うわけはなかった。
「やっぱりそうだ。お頭、じっとしてられなくて迎えに来たな」
「……大げさなんだから」
「まあお頭は、一人娘のあんたを猫っかわいがりしてるからな。仕方ねぇよ。覚悟しといた方がいいんじゃねぇか?」
 からかって笑うヤソップの前で、はげんなりとうなだれていた。

ーー! 心配させやがって!」
 船に乗り込むやいなや、先陣切って駆け寄ってきた船長にいきなり抱きしめられる。片腕一本だけで抱きしめられているのに、どうしても逃れられない。
ちょっと……苦し……」
 じたばたすると、ようやく少し緩めてくれた。
 見上げると自分と同じ赤い髪が、の視界に入る。それから左眼の辺りに走る三本の傷。
 この船が掲げる旗にも、同じように左眼にキズがあるドクロが描かれている。
 これは赤髪海賊団のレッド・フォース号。そしてを抱きしめているのが船長「赤髪のシャンクス」。
 の実父である。

「大丈夫か。海のバケモノに襲われなかったか? 見知らぬ男にからまれやしなかったか?」
 言っていることことごとくが的を射ているので、ドキッとする。それでもはぶるぶると首を振った。
「そ、そんなこと全然なかったわ。ね、ヤソップ」
「あ、ああ。見ての通りお嬢さんは無傷だし元気だし……」
「……そうか、そうだな……」
 じいっと全身を見回してくる。
 どうでもいいが、いい加減離して欲しい。皆も見ているし恥ずかしい。
「……、約束しろ。もう二度と黙って海に出たりしねぇとな」
 低い声で諭す、父の表情は厳しかった。
 本当に心配をかけてしまった――。
 は下向いて頷く。
「約束する。ごめんなさい、
「……分かればいいんだ」
 ぽんと頭に手を置いて、にーっと笑うと、シャンクスは顔を上げ声を張り上げた。
「よーし野郎共! が無事に帰ってきたぞ、宴だーー!!」
「おおーーーーッ!!!」
 船長の一声で、急に船が活気づく。
 結局は、宴会開始のダシにされてしまった。苦笑しながらも、いつもの雰囲気に心からほっとするだった。

 は未成年なので、ジュースを飲みながらおつまみでお腹を満たすと、いい頃合で席を立った。
お嬢、もう行くのかい?」
 皆の輪から外れてひとりタバコをふかしていたベックマンに声をかけられ、近寄っていく。
「うん。お腹もいっぱいだし、今日はもう寝るわ」
 一日いっぱい遊んだ疲れに全身襲われている。だがそれは心地良い疲労感だった。
「あんたが無事で良かったよ。大方、お頭の過干渉に嫌気がさしたんだろうが」
 図星だ。彼は全部分かっている。
「それだけ愛されてんだ、幸せなこった。……あまり心配かけるなよ、お頭にも、おれたちにもな」
「うん。軽率だった。皆にも心配かけてしまって、ごめんなさい」
 素直に頭を下げた。
「……」
 髪の赤は、今は夜闇に沈んでいる。だが、お嬢さんのこのきらきらとした生気はどうしたことか。
 じっと見つめて、ベックマンはふと笑う。
「お嬢さん」
「なあに?」
「……海で何か、見つけたかな?」
 タバコの煙の向こうで、一瞬で赤くなる。
「見つけた……かも。でもには言わないでね!」
 ひらりと身を返して走って行ってしまう。
 誰が言うものかそんな面倒のタネを、と心の内で呟き、笑っているベン・ベックマンを残して。

 シャワーを浴び着替えて、ベッドに入っても、なかなか眠れない。体はこんなに疲れているのに。
 暗くした室内で、目の前に、また目を閉じればまぶたの裏に、浮かぶはエースの姿ばかり。
 楽しかったデート。エースの笑顔。話す声。そして……、キス。
 ドキドキする、心臓もこめかみも。こんなじゃ眠れない。
 そのとき、ドアが勢い良く開いた。
「おーい、寝たのかー」
 酔っ払いが来た。はたぬき寝入りを決め込む。
 相手は気にせずベッドに潜り込んできて、後ろからの首元をくすぐってきた。
「……やだやめてよ、!」
 思わず振り返る。
「起きてんじゃねェか」
「酒臭いっ! もう私と同じ部屋はイヤ!」
 この船に乗ったその日から、の寝床は父親と同じベッドだった。ずっと父と離れていたはさして抵抗もなかったが、いかんせん宴好きの船長、酒臭い日もしばしばで閉口してしまう。
「そうは言ってもな、船の中は野郎だらけだ。一人寝なんて危なくてさせられねェよ」
 要するに心配性なのだ。それが嬉しくもあるが、一方で息が詰まる。今日の家出(船出?)もそれが原因だというのに。
「自分の仲間を信じてないの?」
「それとこれとは別の話だ。男はな、いい女の前では理性を忘れるんだ。お前はママに似て美人だからな、用心しろよ」
「……十八歳で私を作ったが言うのって、説得力があるっていうのか、ないっていうのか……」
 一矢報いたつもりだが、父は少しもひるまない。
「おれは本気だったから、いいんだ」
 十八歳で父がたまたま母のいる島に立ち寄ったとき、海賊に憧れていた母と見事に恋に落ち、そして自分は生まれた。
 は母の元で育ったから、海にいる父にはほとんど会ったことはなかった。小さいころフーシャ村というところに連れて行ってもらい、何日か滞在したのが、一番長く一緒にいた記憶だ。
 そういえばあのとき、友達になって一緒に遊んだ男の子――ルフィという名だった――彼は今ごろどうしているだろう。父に憧れていて、海賊になるって言っていたけど。
 海賊オタクだった母は、娘を海賊にすることを生きがいとし、に海賊の英才教育を施した。航海術、護身術、サバイバル術、医学等々、海で必要なあらゆる知識と基礎的な戦闘術を叩き込んだ。
 その上に母は密かに特殊な石の研究をし、のためにいくつかの発明品を作ってくれた。海の上を自由に駆け巡ることのできるブーツは、その一つだ。
 そして十五歳を迎えたひとり娘を、父のもとへ……海へと、送り出したのである。
 何度も聞き、そして話した。そんな話を今夜も繰り返す。何度でも話したいのだ。
 自分が父と母に愛されて生まれ、そして今も愛されていることを実感できて、温かい気持ちになるから。
 時々うっとうしくて酒臭いけど、やっぱりシャンクスはの自慢の父だし、大好きだった。
「……私も、本気だったら……」
「ん……?」
 少し眠い声で問う。実際は半分夢の中だ。
「私も本気で誰かを好きになったら、どうする?」
 自分の声なのにどこか遠くから聞こえてくるよう。
 隣で父は身じろぎをした。自分以外の体温を感じるのは心地良いと、はいつも思う。父は体温が高いのか、いつもベッドの中はぽかぽかしていた。
「……そうだな」
 重々しい声で、真剣に考えているらしい。そのうちの肩を、大きな手のひらが包み込んだ。
「……お前の選んだ男なら、一発殴って許してやるかな」
 何だか冗談ではない迫力が滲んでいる。
 赤髪の一発なら、間違いなく命がなくなる。
(エース大丈夫かな……)
 父に張り合えるくらい強くなってもらわなくては。
 そして自分も、強くならなくてはならない。
、明日からもっと私を鍛えて。の剣技を教えて」
「……うんお前が望むなら、そりゃいいけど」
 いきなりの勢いに、父はちょっと面食らったようだ。
「お前は十分強いよ。この船にいる限りは危険な目には遭わせないから、大丈夫だ」
「……」
 それじゃダメなの。すんででそう口にしてしまうところを、はのみこんだ。
 こうしているのは確かに心地良いけれど、いつもいつまでも父のそばにいられるわけじゃない。
 現にもうすでに一つ、秘密を持ってしまっているのだから。
 ぐうぐう……隣からいびきが聞こえ始めた。も、そっと目を閉じる。
 やっぱりエース以外のことは浮かばない。
 目を引くオレンジ色の帽子とか、そばかすとか、笑顔とか。泳ぎも魚とりも上手なこと。海王類にもひるまない強靭な心と逞しい身体。
 本当に本当に、素敵な人だった。
(また、会えればいいけど)
 会えなくてむしろ当然、なにせ二人は海賊だ。敵同士になるかも知れないし、明日にはどちらかが命を失うのかも知れない。
 それでなくても、海は広すぎる――。
 だが、会えないということは、実はにとって大した問題ではなかった。
 遠く離れていても愛を育んでいけることを、よく知っているからだ。
 今日のデート、二人の楽園。
 きっと一生、忘れない。


 とエースは、こんなふうにして海の上出会った。
 それぞれが赤髪のひとり娘、海賊王のひとり息子である事実は、今は互いに知らぬまま――。







                                                             END





    ・あとがき・

連載、というか連作用に作ってみた設定です。
そもそも私は「誰かの妹で誰かの恋人」というのが好きで、昔からよく作っていたので、今回も大好きなキャラでそれをやろうと思い、シャンクスの妹でエースの恋人、もしくはエースの妹でシャンクスの恋人、というのを最初は考えたんですが、いかんせん年の差が……。
まぁね、最近は年の差婚もクローズアップされているし、いいっちゃいいんだけど。
今回は同じくらいの年でと考えたので、シャンクスがうんと若いころの娘、ということにしました。
シャンクス譲りの赤い髪、箱入り娘だけど最近ちょっと反抗中。そんなちゃんが偶然エースに出会うところまでを書いてみました。
エースちょっとチャラいかな。本当の彼はもっと硬派だと思います。
父親であるシャンクスに可愛がられるところも是非書きたかった。

一応、頭の中では続きもぼちぼち考えているんだけど、エースが死ぬところも書くことになります。夢としては本当は書きたくないけれど、一方でエースが亡くなったのは事実なので。
まぁ、その事件が起こる前に、ちゃんとエースは数回会う機会があるので、順を追って書きたいとは思ってますが。

モチベーションが上がれば勢い良く書けると思うので、もしちょっとでも「続きを読みたい」という方がいらしたら、是非WEB拍手か投票所で、コメントくださいませ。
お待ちしてます……切実に。




続き→ セレブレイト<前編>




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