「あれー、お頭、どうしたんだよ、そのケガ!」
 わざとらしい声に、シャンクスはふくれっ面になってそっぽを向く。――自分だって数日前には同じ目に遭っていたクセに――
 戦闘員のゴツい男は、ニヤニヤしたままお頭の耳もとに屈んで小さく囁いた。
「……その調子じゃあ、夜這いは失敗したみてェだなァ……。でも! おれは今はお頭のこと、応援してっからな!」
 ぽん、と肩をひとつ叩いて、行ってしまった。そこも痛いのだ、シャンクスは小さく呻く。
 どんな顔をしたらいいのか分からなくて、ひたすら朝食をかきこんだ。


 パレード 


 その男に限ったことではない。今やクルーたちの間には「皆でお頭を応援しよう」ムードが充満していた。
 具体的にアドバイスをする者、さりげなく二人きりにしてやろうと気を遣う者、黙って見守る者など、やり方はさまざまだが、皆、シャンクスにようやく訪れた初恋が実ればいいと願っていたのだ――たとえそれが、この島にいる間だけの――赤髪の海賊人生から見れば、ほんの淡い思い出にしかならないであろう、一瞬の恋だとしても。
 ところがそんな周りの思惑をよそに、シャンクスとの仲は一向に進展を見せなかった。といって、仲が悪くなったわけではない。そばに来たり話をしたりするとき、互いの心が近付いていることは確かに感じ取れていた。ただ、の方のガードが固いようで、なかなか二人きりになる機会はなかったし、キスをしたのもあのとき一度きりだった。
 シャンクスは夜になるときっとひとり船を抜け出し、のもとへ向かうのだが、彼女を守るトラップは来る日も来る日も容赦なく、不埒な侵入者を決して洞窟へ寄せ付けようとはしなかった。毎夜のように罠の種類や配置が変わる手の込みようで、どうにかたどり着けたとしても、すでに夜のとばりは闇深く辺りを覆い尽くし、を柔らかな眠りの中へ捕らえこんでいる。
 結果シャンクスが得るものといえば、全身の生キズくらいのものだった。
 そうしているうちに原石はどんどん掘り出され、の研究も順調で、日中の洞窟は活気と笑顔に溢れていた。夜は夜で、船の中、酒と唄で賑やかに連夜の大宴会が繰り広げられる。
 棚に綺麗な宝石がひとつまたひとつと増えるのを見るたび、本来嬉しいはずなのに、とてつもないもの悲しさがシャンクスの胸を襲うのだった。
 十分なほどの宝石が集まったら、出航しなくてはならない……当然だ。自分たちは海賊なのだし、自分は船長だ。この島での生活は確かに楽しいけれど、洞窟を掘るのが本業ではないのだ、決して。――これはかりそめ、長くはいられない――
 そんなことを考えると胸が痛いほど締め付けられて、苦しくて、そっとの方を見るのだが、彼女は作業に没頭していたり他の男たちと楽しそうに話し合ったりしていて、全然辛そうな素振りも見えない。
 その温度差が、ますます胸を苦しめる。
 恋なんて、苦しいばかりだ――クルーたちが酒の肴にしている話では、いつも楽しくて幸せそうだったのに――。

 そんなもやもやとしたシャンクスの上に、ある日、と二人きりで出かけるという望外のチャンスが降って来た。
 ビジュレル本島に買出しに行くというに、
、お頭も連れて行けよ!」
「そうそう、荷物持ちに重宝だぜェ〜」
 とクルーたちが麦わら赤髪の船長を差し出したのだ。
 ドキドキしながら進み出ると、が微笑みながら頷いてくれたから。もっと、ドキドキした。
 そういうわけで二人は手漕ぎのボートで本島に向かっている。今日もよく晴れ、海は穏やかそのものだった。との会話も弾み、シャンクスはこのところの胸の痛みも忘れ、喜びとときめきに心浮かれていた。
「今日くらいオシャレして来れば良かったのに」
 少しは期待したのだが、は普段と変わらぬ格好にハンチング帽を被っている。これでは街に出ても男の子同士にしか見えないだろう。少なからずがっかりしているシャンクスに、は笑ってみせる。
「街中では尚更、こんな格好の方が安全よ。……女の子らしい格好は、二人きりのときに、って言ったでしょ」
 後半の言葉は、声を潜めるように……海の上で、誰もいないのに……少し前屈みになって、メガネの上からの上目遣いが艶めいている。
 思わずシャンクスも身を乗り出したところが、狙いがバレたのか乱暴に押し返された。
「こらっ。ちゃんと漕いでよ」
「……ちぇっ」
 キスをしたかったのに。

 ビジュレルの中心街は今日も賑わっている。そんな中、と二人でお喋りしたりふざけ合ったりしながら道の両脇に並ぶさまざまな店を巡るのは、楽しいことだった。
「次は何買うんだ?」
「そうね、そろそろお昼だから、どっかでご飯にしよう」
 荷物を全部引き受けているシャンクスは、の深めに被っている帽子を見下ろして、にこにことした。
「何かこれって、デートみたいだよな」
「あはは。男同士だけどね」
 笑い飛ばして、それからちょっと目を上げて。
「でも、私も、そんな気分。……楽しいね」
「……」
 いちいち弱い。こっそり自分だけに見せてくれる、この笑顔。電気石の瞳に。
「――!?」
 ハッとして顔を上げる。を守るように前に出たのは、ほとんど反射的な行動だった。
「どうしたの、シャンクス」
 緊張が伝わっているのか、背後のの声も硬い。シャンクスは油断なく辺りを見回していた。
「いや、誰かに見られているような気が……」
 行き交う人々も店員たちも、変わらぬ笑顔と活気に溢れ、目を走らせても不審な影などは見えない。シャンクスは力を緩めた。
「……気のせいか」
「船長さんはいつも気を張っているのね。ここは平和な島よ」
 和ますように明るい声を出し、は先に立って歩き出す。
「お腹が空いたね。何食べようか……シャンクスは好き嫌いなかったよね」
「ああ、おれは何でも食うぞ!」
 気を取り直し、に追いつく。二人で帽子の下、笑い合った。秘密の合図みたいに。

 と向かい合って食べたランチは、今までのどんな食事よりも楽しかった。正直味は覚えていないけれど、いっぱい話したし、いっぱい笑った。
 そして改めて実感した――のことが大好きだということ、そしても……少なくとも、好意を持ってくれているだろうことを。
 二人きりで出かけるなんてこんな機会は、きっと最初で最後だろう。今日のうちに、今日は絶対……。
(キ……キス、したい……!!)
 忘れられない、あの全身を駆け巡った微弱な電気と、女の子の唇の柔らかさ。あれをもう一度味わいたくて、毎夜無慈悲な罠たちに挑んでいるといっても過言ではない。
 もちろん、その先のことも……したいけど……。
 もやもや、というか、むらむら、としていたら、いきなりが自分の背後に隠れるようにしたので、不審に思って肩越しに振り向く。
 は帽子のつばをつまむようにして、更に目深に被り下を向いている。明らかに何かから隠れているようだ。
 わけが分からないシャンクスが前を見ると、ズラリと黒服の男がこちらに向かって歩いてきているので二度驚いた。その中心には、洒落た服を身に着けた、細身の若い男。おぼっちゃんがボディガードを引き連れて練り歩いているといったところか。
 金持ち男はシャンクスとすれ違ったと思うと、いきなりの腕を掴み、帽子を取り上げてしまった。
「……やっぱり、……こんなところで会えるとは」
「……カルセドニー……!」
「?」
 知り合いらしいが、の様子からすると、会って嬉しい相手ではなさそうだ。シャンクスは彼女を背にかばい、カルセドニーとかいう金髪の男をにらみつけた。
 おぼっちゃんは、シャンクスより背が高い。見下ろして鼻で笑う。
「……誰だいこのみすぼらしいなりの男は。、君もひどい格好だ、プラティーナ家の令嬢には相応しくないな」
 プラティーナ家の令嬢。聞きなれない単語に耳を疑い、再び振り向く。ミルクティ色の髪をあらわにしたは、こわばった表情で男を見上げている。
「……どうしてあなたがここにいるの」
「たまたま滞在してたんだ、友人の別荘を借りてね……。さっき見掛けて、まさかとは思ったが、本当に君だとは……」
 さっきの視線だ。シャンクスは拳を握る。――やっぱり見られてたんだ。
 カルセドニーはシャンクスをきれいに無視して、に手を差し出した。
「君をディナーに招待しよう」
「――お断りするわ。見ての通り、友達と一緒なの」
「友達……ねェ、友達は選んだ方がいい、。自分を貶めることになりかねないからな」
 じろじろと全身を眺め回されて、シャンクスはムッとする。いけすかない男だ。
「まァいいさ、お友達も一緒に招待するよ……婚約者が招待しているんだ、そう邪険にするものじゃない」
(……婚約者……っ!?)
 思ってもみない単語に、足元が急にがらがら崩れ落ちる心地だった。

 別荘へ向かう途中、カルセドニーは聞きもしないことをぺらぺらと喋り続けていた。
 自分もも、ゴア王国高町に住む貴族なのだということ。親同士が決めた婚約者なのにも関わらず、学校を卒業してからのの居場所を知らされないのを不満に思っていたこと、が二十歳になったら、結婚式を挙げる約束になっていること――。
 シャンクスにはよく分からない話だった。ただひとつ分かったのは、二十歳になったら実家に戻らなくてはいけないのだと、寂しそうに語っていたの胸のうちだけだった。
「……親同士が決めたって、じゃあお前、のこと好きじゃねェのかよ!」
 急に噛み付かんばかりの勢いで迫ってきた赤い髪の男に、カルセドニーはあからさまに表情を歪めた。まるで汚いものを見るような目で、麦わら帽子を見下ろす。
「全く野卑な男だ……大体君は何者なんだ、本当にの友人なのか?」
「――おれはっ」
 蔑むような目に挑発された気分だった。普段ならそんなの気にしない。だけど、今、の前で、彼女の婚約者だというこの男に見下されることだけはどうしても我慢ならなかった。
「シャンクス」
 何かを察したが制しようとするも遅く、赤髪の船長ははっきりと名乗った。
「おれは、海賊だ!」

様の準備が出来ました」
 メイドに導かれ、部屋に踏み入れたのは赤いヒール。ミニドレスも赤で、身体に程よくフィットする仕立てが女性らしい体のラインを描き出している。すっかり整えられた髪には、美しい髪飾りをつけた、光り輝くほどに美しい令嬢がそこに立っていた。
 あれほど見たいと願っていたの女の子らしい姿に、シャンクスは見とれる……上半身をロープでぐるぐる巻きに縛られ、檻に入れられた格好で。
 海賊だと告げた途端、この扱いだ。ヒョロヒョロしたおぼっちゃんとのサシでの勝負なら絶対に負けやしないのだが、屈強なボディガードによってたかって迫られてはひとたまりもない。縛り上げられ、そのままこの豪奢な別荘へのご招待となったのだ。
 ちなみに麦わら帽子もない。この建物に入るときに落としてしまった。
「美しい……。私の妻になる女に相応しい美しさだ」
 キザ男がキザな仕草で手を差し出す。は心配そうな目をこちらに向けてくれた――もちろん、黒縁メガネも外している――が、カルセドニーは有無を言わさず彼女を抱き寄せた。
「てめーに触るな! 嫌がってんのが分からねェのかよ!」
 カッとなって叫んでも、手も足も出せない。
 は首を振る仕草でシャンクスを止めようとしていたが、カルセドニーの冷たい目がシャンクスに向けられているのに気付いて、ぴくり体を震わす。
「フン……口も塞いでおくべきだったかな。まァいい。、席に……。今夜の前菜は、海賊の処刑だ」
「――待って、彼のことは見逃して……!」
 必死に言い募ろうとするを半ば強引に席に着かせ、後ろから彼女の両肩に手を置くと、ぐっと顔を近付ける。接近しすぎだ――シャンクスはギリギリ歯噛みする。
「どうして海賊なんかをかばうんだ? 奴らは無法者だ、野放しにしておけないだろう」
「でも……」
 普段のとは別人のようだ。しとやかで、声までも弱々しい。無論、服装が違うせいもあるだろうが……それともこれが、本当の彼女なのだろうか。鉄格子を隔て、何だかが遠く感じる。処刑なんかよりも、そちらの方がシャンクスには辛くて悲しいことだった。
 と、ガチャンと音がしたので横を向く。いつの間にか来ていた黒服ボディガードが、檻の錠を外したのだ。
「――!?」
 檻が開いたと思ったら、もう一人……いや、もう一匹の客が入れられる。縛られているこの状況では、とても歓迎できた客ではない。
「グルルルル……!」
 腹に響くような声で唸りながら、ぺた、ぺたと近寄ってくる。凶悪に光る目、でかい口からは鋭い歯をのぞかせヨダレを垂らしている――ワニだ。なぜか頭にバナナが生えている、変だけど明らかに腹を空かせた、危険な猛獣だ。
 外から檻が閉められる。カルセドニーが悪趣味な笑みを浮かべているのを視界の端に捕らえた。
「ふふふ……バナナワニだ……そいつはまだ赤ん坊だから小さいが、相当凶暴だぞ」
「……くっ……」
「シャンクス……! お願いやめてカルセドニー、何でも言うことを聞くから、あの人だけは……!」
「何でも……?」
 背後から腕を回し、の頬に触れる、その手つきがどことなくいやらしい。
「じゃあ今夜、ここに泊まっていってくれるかい……?」
「……!」
 求められているのは婚前交渉……!? だが、躊躇などは一瞬のこと、は真っ直ぐな想いのままに、婚約者を見上げ、頷いて見せた。どうせいずれはこの男のものなのだ……。
「そうか、そんなにまでしてあんな海賊のことを……だがもう遅いようだ」
「シャンクス!」
 バナナワニが物凄い咆哮と共にシャンクスに突進する。青ざめるの前で、赤髪の海賊は狭い檻の中、間一髪避けた。
「……畜生!」
 もどかしげに肩を揺するが、縄は緩みそうにない。せめて腕が使えなければ、とても逃げ切れない……やられてしまう。
「……シャンクス!」
 食卓からナイフを取り、抜き身のままをは投げた。肉を切り分けるための鋭いナイフはうまい具合に縄に刺さり、切れ目を作った。
、お前……」
「……」
「まさか本気であの男と……」
 見ると海賊は何とか縄を外し、ナイフを手にバナナワニと渡り合おうとしている。
 カルセドニーは鼻先で笑い、必死に檻の様子を見守っている未来の妻を見下ろした。
「フン……下衆な相手に惹かれるのは、血なのか……?」
「……!」
「分かってるのか? せっかくのプラティーナ家の名が落ちたのは、お前の父親が使用人風情を妻に選んだせいだ……」
「やめて! 私はともかく、お父さまやお母さまのことを……」
「やめろーー!!」
 風を切って飛んできたナイフが、カルセドニーの頬をかすって壁に突き刺さる。
「てめェ、婚約者だとか言いながら、を傷つけやがって……! 許さねェぞ!」
 ナイフを投げた左手でカルセドニーを指差し、啖呵を切るが、バナナワニに食いつかれ慌てて檻の中を逃げ回る。
 カルセドニーは血の滲む頬に触れ、騒々しい赤髪の男を睨みつけた。
「よくも私の顔に傷を……しかしお前も馬鹿な男だ、せっかくの武器をなくしたな」
「うるせー! 心配しなくても、おれは死なねェ! を連れて帰んだからな!」
「威勢だけはいいんだな……もうだいぶケガを負っているじゃないか」
「このケガは今負ったやつじゃねーーッ!!」
 夜這いに失敗し続けた結果だ。とは言えないが。
「フッ……」
 見せ付けるかのように、の肩を抱き寄せ――彼女の行動を制限する意味もあるのだろう――、檻の中で暴れるバナナワニと、紙一重で逃げ回っている海賊とを眺めやる。
「犯罪人が……貴族の娘をたぶらかすとは、ますますここで死んでもらわんとな」
 手の中の細い肩が震えているのが気に入らず、もっと強く抱き寄せた。
、お前は誰のものだ……?」
 顎に指をかけ上向かせ、顔を近付ける。
「私、は……」
「海賊とは知らず、だまされただけだろう? 私の目を見て言ってごらん……プラティーナ・。お前の夫は誰だい?」
 打って変わって優しげに囁くが、それはペットに対する甘さだった。
 檻の中で猛獣を避けながらも二人の様子を気にしていたシャンクスは、打ち破らんと大声を出す。
、そんな奴の言うこと聞くなよ!」
「グルルルル……!!」
「てめーこのワニ、来るなら来い!」
 とはいえ現状では逃げるのが精一杯、もし何時間もこのままだとさすがに体力が心配だ。
「シャンクス――!」
 は突然、婚約者の体を思い切り突き飛ばして走り、檻に取り付いた。
よせ離れろ、危ねェ!」
「だって――だってシャンクス!」
 檻には錠が下ろされていて、外からも内からも開けられない。それでもガタガタと、鉄格子を揺り動かす。何度も、必死になって。
「馬鹿な娘だ……助けられるわけがないのに」
 家を離れるから身持ちが悪くなるのだ、本来こんな女を嫁になど貰えないが、あの美貌を諦めるのはもったいない。一度くらいの過ちなら、許してやろう……。
 富裕層ならではの鷹揚さなのか、カルセドニーはひとり椅子に腰を下ろし、くつろいだ体勢でワイングラスを手にした。まるでショウでも見物するように。
 バナナワニは近付いてきたに気付き、そっちの方がうまそうだとでも思ったか、ぐるりと向きを変えた。咆哮と共に大口開けて迫る。
「離れろ!」
 バリバリッ! ものすごい音を立て、猛獣の丈夫過ぎる歯は鉄格子を噛み砕いた。
!」
 ワニの背を踏みつけ、一足飛びに檻を出る。再び口を開けたバナナワニの前で腰を抜かしているを抱き上げると壁際に座らせ、かばうようにその前に立った。
「ひッ……! だっ誰かァ……!」
 おぼっちゃんも慌てるが、やはり腰が抜けたらしく椅子から動けない。まさか檻が壊されるとは思っていなかったのだろう。みっともなく震えた声で助けを呼ぶが、誰も来やしない。
「……」
 打ち乱れた赤い髪の下の、ふたつの目が、猛獣を睨み据える。
「グル……」
 こんなワニなんて怖くはない。怖いのは、を傷つけることだけだ。絶対に絶対に、守る……!
「近付くな……ッ!」
 張りつめた空気に、びりっと亀裂が入る感覚。バナナワニはいきなり白目を剥き泡吹いて、倒れてしまった。
(……!? これって……)
 前にオーロ・ジャクソン号で見習いだったとき、副船長に教えてもらったことがある。結局自在に使えるようにはならなかったが、今、無差別にではなくバナナワニだけを気絶させることが出来たということは……。
「くっ……、おい! 誰か! 早く来てくれ!!」
 カルセドニーが廊下に向かって呼びかける。シャンクスは身構えた。今この状態で、大勢のボディガードたちを相手にするのはさすがに厳しいか……。
「お呼びかい、おぼっちゃまよ」
 ドアの外から突き出たのは銃口で、カルセドニーの額にピタリと当てられる。その銃、そして声に覚えのあるシャンクスの表情が輝いた。
「……! お前ら!」
「遅いから迎えに来たぜ、お頭、
 再び腰を抜かしたカルセドニーを押しのけて、くわえタバコのベン・ベックマンが部屋に入ってくる。
「ひ、ひいッ、誰か……!」
「誰も来ねェよ。全員眠ってもらってるからな」
 ヤソップが楽しげに笑う。
「ほいお頭、落し物」
 ラッキー・ルウが麦わら帽子を被せてくれた。これが居場所の目印になってくれたのだろう。シャンクスは嬉しくなって、左手で帽子を押さえつけると、にいっと笑う。そのままでの方を向くと、彼女も同じく、にいっと笑い返してくれた。

「婚約者にあんなことして、の立場、まずくなる、よな……?」
「私を半ばムリヤリ連れて行って、泊まっていけなんて言ったんだから、まずいのは向こうも同じよ。それに、これで婚約破棄されたら願ったりだわ」
 はからからと笑っているが、貴族の世界には、自分には思いもよらぬ縛りやしがらみがあるのだろう。どちらにせよ、自分たちはもう明日にでも出航しなければならない。海賊船を停泊させておいて、カルセドニーにここがバレたらまずいからだ。
 ただ、今は、考えるのをやめることにした。何しろ帰りのボートに二人きり、おまけにすっかり夜で、見上げると満天の星空という、願ってもないシチュエーションなのだから。
「……すごく似合ってる、それ」
「あいつに着せられた服だけどね」
「でも、似合ってる……」
 夜闇の中ぽうっと浮かび上がる赤いドレスは、肩もデコルテもあらわで、今までで一番露出度の高いの姿にたまらなくドキドキさせられる。
 はシャンクスの熱い視線に照れたか、首をすくめるようにして笑った。
「……びっくりしたでしょ、こんなのが貴族の娘なんて」
「いや、ベンが言ってたんだ、は育ちがいいって。どんな格好をしてても、育ちってのは隠せないんだって……。おれ、が貴族の娘でも、やっぱり好きだ。やっぱりきみが、欲しい……」
 キスが欲しいんだ。今すぐに。
「シャンクス……」
 顔が近付く。これ以上ない雰囲気とタイミング。……なのに。
「頑張れ! お頭!」
「今だ! チュウしろ!」
「……お前ら……」
 せっかくの気分をそがれて、げんなりと見上げる。隣にぴったりと付いている船の上から、クルーたちが口々に声援を飛ばしているのだ。もちろん、シャンクスにとっては邪魔でしかない。ちなみに、二人の周囲が明るいのもクルーたちが気を利かせ(?)て照らしてくれているお蔭だ。
(こんなんじゃ……キス出来ねェーーー!!)
 お頭の、もんもんとした心の叫びが、夜の大海原に吸い込まれていくのだった。

 それから更に夜は深まって、月も高く昇ったころ、赤髪に麦わら帽子の青年は、ひとり、洞窟のドアを見上げていた。
 ものごとを成し遂げた達成感に、その拳は震えている。今日もいくつかの新しい傷を増やしたが、そんなのはどうでも良かった。
 ついに、来た。ここに至ってもやはり情け容赦のないトラップを乗り越えて、しかもまだ早い時間に、のもとへ辿り着けたのだ。
 出航は明日と決定していた。もう後はないという背水の陣が功を奏したのか、自分でも信じられないほどの集中力と超人的なスピードが発揮された……。それもこれも、ただひとつの目的のため。
……)
 恋の、成就のため。
 シャンクスは扉をノックした。
 反応を待つ時間は、永遠のようだった。








                                                             つづく





 



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