次の朝、朝食の席に着こうとしたシャンクスは、昨夜に言い寄っていた男がなぜか全身包帯と絆創膏だらけで座っているのを見て首をかしげる。
「どうしたんだあいつ、何があったんだ?」
「……小鬼のトラップは、夜も休まず稼動してたってことだろ」
表情を変えもしないベン・ベックマンの言葉がまた謎で、ますますお頭の頭の中に「?」が増えた。
「よしメシ食ったらん家に行こう」
「早ェな」
「だって昨日、来てくれって言われたんだもんよ」
パレード 2
昨夜、は、あまり遅くならないうちに自分の洞窟の家に帰ると言った。
そのまま船に泊まって行けばいいと思ったが、「これでも嫁入り前の娘ですから」と冗談っぽく笑って席を立たれたので、シャンクスも彼女が男に迫られていた場面を思い出し、引き止めることはしなかった。
代わりに、ちゃんと家の近くまで送っていってあげたのだ。は自分の庭だから夜でも平気とケロッとしていたけれど、男としてはやはり送らせて欲しかった。
「この辺に立つと、確か尖った石が飛んで来るんだよな!」
をかばうようにして、腰の剣に手をかけると、背中からくすくす笑い声が聞こえた。
「……大丈夫。今は動かしてないから。もう、ここでいいわ」
「そ、そうか」
剣を収める。金属音が、澄み切った夜の大気に響く。
「船長さん、夜でも麦わら帽子被ってる」
小柄な、少年のような姿で、歯を見せて笑っている。本当にやんちゃな小鬼みたいだ。
「シャンクスでいいよ。これは、おれの大切な帽子なんだ」
赤いリボンの巻かれた麦わら帽子を脱いで、手に持つ。のメガネの奥の目が、微笑んでいた。
「――星、きれいだな。よく晴れてる」
帽子のつばがなくなったことで、視界が広がった。シャンクスは夜空を仰ぎ見る。
怖いくらいの星空、星々がこぼれ落ちてきそうだ。
「本当、きれい」
真似をして見上げるの顔を、そっと盗み見る。
小さな小さな島に、今は二人きりでこう、立ち尽くしているんだと、意識するごと強く脈打った。
果てしない星空に包まれれば、あまりにも小さな気持ちの動き。自分自身でも掴めぬまま、ただ、空を見上げていた――。
「……頭、お頭っ!」
「んっ」
気が付くと、誰かが目の前で手をひらひら振っている。
寝てもいないのに夢を見ていた気分なのが不思議で、シャンクスは目をこすった。
朝食を平らげると、シャンクスは早速の家に向かった。
あのケガだらけの戦闘要員をはじめ、一緒に行きたいと名乗りを上げる男どもは多数だったが、昨日のように大人数だと気を遣わすだろうからと、いつもの三人だけを伴ってきた。
「お頭ひとりで来いってことじゃなかったのか?」
というヤソップの言葉に、シャンクスは目をぱちくりさせた。
「……何それってタイマン? いやいや、ひとりで来いなんて言ってなかったぜ」
「何だよ、タイマンって」
皆、吹き出してしまう。
「おい、この辺、トラップがある場所だろ」
「大丈夫だよ。が、仕掛け切っとくって言ってたから……うわーっ!」
言ったそばから落とし穴に落ちている。
「おーいお頭ァ」
「生きてるかー」
今回、犠牲者は一人だけ。仲間たちは気楽に落とし穴を覗き込んだ。
「ごめんごめん。まだ仕掛けスイッチ、オフにしてなかったわ。こんな早く来てくれるって思ってなかったから」
「ホラやっぱり早かったんだよお頭」
ラッキー・ルウにつつかれて、でっかいバンソウコウをあちこちに貼ったシャンクスは頭をかく。
「出直そうか」
はからからと笑って首を振った。
「ううん、構わない。入って」
ドアを大きく開けて招じてくれる。
お頭は嬉々として足を踏み入れようとするが、他の三人は何か目配せをしつつ遠慮しているようだった。
「、おれたちは外で待ってた方がいいか?」
思い切ってヤソップが聞くと、はメガネの向こうの目を可愛く見開いた。
「どうして? せっかく来てくれたのに。どうぞ」
こだわりのない態度に、単なる気を回しすぎだと知り、ヤソップは肩を上げる仕草をする。ベックマンとルウは密かに笑っていた。
シャンクスはそんなことにも気付かず、早速と何か楽しそうに話しながら、洞窟の家の中に入っていった。
「実は私、嘘をついていたの」
おいしいお茶を飲みながら談笑し、一息ついたところで、突然のの告白。
シャンクスは返す言葉もなく、探るような目を向ける。
はそれでも微笑んで、身軽く立ち上がると、壁いっぱいの本棚の方へ歩いた。
「ちょっと、見てもらいたいものがあるんだけど」
背を向けて何か操作をすると、ガコン! と音がして、大きな本棚の中央部分が動いた。地下に吸い込まれるかのように、沈んでいったのだ。
そしてぽっかり空いたそこには、暗闇の空間が広がっている。
海賊たちがただ呆然と見守る先、は慣れた風に本棚をくぐった。隠し部屋だと気付いた瞬間、シャンクスは目をキラキラさせて立ち上がる。男の子にはたまらないのだ、隠し部屋とか、秘密の部屋とかの類が。
「入っていいの?」
「うん」
の手によって明かりが点けられる。
「うわ……」
シャンクスの口からこぼれたのは、ため息混じりの感嘆だった。
洞窟の中は、カラフルなきらめきに溢れていた。
「私がしている研究というのは、石なのよ。ここに財宝なんてないって言ったけど、あれは嘘。ここは宝石の原石が、山ほど埋まっている島」
「そうか、の嘘って、それだったのか」
シャンクスはどこかうっとりとした目をしている。
「良かった。もっとすげぇ嘘かと思った」
「すげぇ嘘って。本物の小鬼でした、とか?」
くすくす笑い合う声も、反響する。さっきまでいた居住区とは打って変わって、こちらは洞窟そのままのスペースで、机や本棚が並び、大きな作業台には顕微鏡や、何かよく分からない機械器具が所狭しと置かれている。
中でも最も目を引く素晴らしさなのは、作業スペースの横にしつらえられた棚で、色や形や大きさもさまざまの宝石が、ずらりと陳列されているのだった。
淡いピンク、深い海のブルー。外のトラップにも使われていた、燃えるような赤の火石やの瞳にそっくりの電気石もある。
「……きれいだな」
「きれいなだけじゃなくて、中には不思議な力を持った石もある。私はそれを解き明かしたくて……もうあまり時間はないんだけどね……」
寂しげに笑う。二十歳のリミットに触れるとき、はいつも寂しそうだった。
どうして好きに生きないのかと、シャンクスはもどかしく思うが、家を簡単に捨てられないの葛藤も分かるような気がするから、何も言えない。
「ところで、副船長さんたちはどうして入ってこないの?」
「そうだな。遠慮するガラでもないのにな」
二人きりだということに今更気付いて、シャンクスはぎくしゃくと入り口に戻り、ベックマンたちを呼ぶ。
「お邪魔なんじゃないかと思ってよ」
「何言ってんだよ」
男たちが揃ったところで、は宝石の棚に歩み寄ると、淡い青のきれいに磨かれた石を持ち、シャンクスに差し出した。
「これ、あげる。全部はダメだけど、いくつか持って行って。売れば結構いい値がつくはずだから」
「……」
大きさはのこぶしほどもある。傷ひとつなく美しい輝きを放つ宝石は、確かに高く売れはするだろう。しかし。
「なんで、こんな大切なものを、おれたちに?」
「だって海賊するにはお金が要るでしょ。私は海賊が大好きだから、私が掘り出して磨いたこの石がシャンクスたちの資金になるなら、本当に嬉しいの」
淡い海色に照らされたは、夢見るように微笑む。
「どちらにしろ、家に戻るときには持って行けないから。シャンクスにあげる。あなたたちは、私が生まれて初めて会った海賊だもの……きっともう二度と、海賊に会えるチャンスなんてない。……だから」
あの寂しさを滲ませて、切実さは胸に染み入る。
だけどそれでも、シャンクスは手を出して受け取ることは出来なかった。
「お頭が欲しいのは、宝なんかじゃねェもんなァ」
ヤソップが、からかうでもなくやけにしんみりと言うから、余計にこみ上げてきてしまう。
「……、自分で掘り出したって言ったな」
ベックマンがいきなり口を出したので、みんな軽く驚いた。
「……ええ」
「どこを掘ったんだ?」
さすがに人の家なので、煙草は遠慮している。そのためどこか物足りなさそうなベックマンだった。
は水色の石をいったんもとの位置に戻すと、更に奥に歩いていく。
「この洞窟は、掘れば掘るほど色んな種類の石が出てくるの。すごいのよ」
楽しそうに話す。本当に石が好きなのだろう。は突き当たりの岩壁に触れた。
「ここを地道に掘っていってるのよ」
といってもただの岩壁にしか見えない。ここに宝石が埋まっているなんて信じられないほどだ。
ベックマンは手を触れたりしながら何かを考えているふうだったが、やがてとお頭の方を振り向いた。
「こういうのはどうだ……おれたちがここを掘って宝石を見つけて、分け前をもらうってのは」
「いいんじゃねェか? お頭はノンビリしてるが、うちはホントは財政難なんだからな」
ラッキー・ルウが即座に同意した。
「そうだな。男手がこれだけあるんだ、たくさん掘り出せるだろし、そうすればは掘る時間が省けて研究に回せるな!」
シャンクスの表情も明るくなった。
「それに、この島に滞在する時間が延びるってことだよな、正当な理由で!」
ヤソップはシャンクスを見てニヤニヤしている。
「どうだ、」
「……もしみんなが良ければだけど……、私もその案、大賛成!」
喜びに輝く電気石の瞳に、シャンクスはほっとしていた。
やっぱりには、笑顔が一番よく似合う。
この決定は、お頭の口から乗組員全員に伝えられ、男たちは宝が手に入ると狂喜乱舞、早速午後から宝探しが始まった。
最初はどれが宝石か分からずに力任せ闇雲に掘り進んでいたが、に教えてもらいながらコツを掴むと、次々に原石を掘り当ててゆく。
「見ろよ、紫色の石だぜ、こりゃ高いぜ!」
「いやいや、おれの方が大きいぞ」
やりがいのある作業に、皆いきいきと楽しそうだ。机に向かい何かを書きつけながら、も時々手を休め海賊たちの賑やかな様子を見つめては、幸せそうな笑みを浮かべる。
そのを見つめるシャンクスも同じように幸せになり、そんなお頭を見て、クルーたちはニヤニヤするのだった。
この日から、昼は洞窟で原石を掘り出し、夜には船に戻りも交えて連日宴会という楽しい日々が始まった。
そんな中で、シャンクスとの気持ちが徐々に近付いていったのも、自然ななりゆきと言えただろう。
ある日、一日の作業を終えた男たちは、今日の宴会の準備をすると言って船に引き上げたが、船長だけはまだ洞窟の中に残っていた。
の手による宝石の研磨作業を眺めるのに飽きなかったからだ。
ごつごつとした原石が、機械にかけられて磨がれると、透明になり見違えたように美しく輝く。まるで魔法のようだった。
「すげぇな。ここにある宝石も、元は全部こんな原石だったんだな」
「うん。石は磨かなきゃ光らないのよ」
磨きたての紫色の石を大切に持って行って、棚のコレクションに加える。
「今日の作業はおしまい! みんなのところに行こう」
朗らかにこちらを振り向く、電気の瞳に捕らえられて、シャンクスは動けない。動きたくない。まだ野郎共のところになんて行きたくはない。
もっとと一緒にいたい、二人でいたいと――これまでにない強い想いに襲われていた。
「……」
それでも戸惑いはあって、ゆっくりと彼女に向き合う。癖もそのままのミルクティ色の髪、黒縁メガネ、体の線を出さない男物の洋服……初めて会った日から変わらない格好の、海賊好きで石好きな、ひとつ年上の女の子……。
原石と同じだ。きっと、磨けば光る。
「たまには、女の子っぽい格好して見せてくれねェか?」
不意をつかれたかのように、は固まった。え、というように目を見開き、少し頬を赤らめる。
「いや、はその……、可愛いから、ちゃんとした格好をすれば、きっと……」
どぎまぎする。船長らしくもなく。
は目を細めた。
「シャンクスにだけなら、見せてもいいけど……」
「じ、じゃあさ、今夜、トラップ止めておいてくれよ」
「……だめ」
あっさり断られて、勢いで言ってしまったことを後悔する。同時に、自分が想うほどには気持ちがないのかとがっかりした。
「……海賊でしょ」
は微笑み、自分からシャンクスに近付くと、どこか挑発的に下から見上げる。
「欲しいなら、取りにおいでよ」
「――」
殴られたみたいな気分だ。心臓がドンと音立てる。
シャンクスは両手を持ち上げる。少し震えた。の黒縁メガネに手を添え、それを外してしまう。
裸眼を初めて見る。黄緑色の宝石がふたつ、潤むような光をたたえてこちらを見上げていた。
「……取りに行く」
どんな財宝よりも、欲しいものがある。
「……あんまり遅い時間になると、寝ちゃうから開けてあげないわよ」
そう言って笑う、男の子っぽい感じではなく、色っぽく。
は背伸びをしながら腕を伸ばし、シャンクスの麦わら帽子を取った。さらりとこぼれた赤い髪に少しだけ触れてみる。
あとに続く言葉はなく。
シャンクスはメガネを持っていない方の手をの背に添え、少し、身を屈める。
は麦わら帽子を両手で胸に抱いて、背伸びをやめた。
ひんやりとした洞窟の中、宝石の輝きに照らされて、二人はゆっくりと、唇を重ねた。
つづく
パレード 3
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