ここはグランドラインのとある冬島。「赤髪のシャンクス」率いる赤髪海賊団は、雪の降り積もる島で、昼間だというのに宴の準備に忙しかった。
「酒は十分に準備しておけよ!」
「へいお頭」
運びこまれた樽の数をお頭自ら点検している。
「ところでオイ、主役がいねェじゃねーか。はどうした」
ソワソワしている赤い髪の船長に、タバコの煙を吐いてから副船長が答えてやった。
「お嬢さんならまだ船だ。ヤソップが残ってやってる」
「ったく、今日はのための誕生パーティだってのに」
この船長は、実の娘であるをことのほか溺愛しているのだ。
副船長ベックマンは少し笑う。
「めかしてんだろ。お嬢さんも十七歳か、近頃ますます女らしくなってきたな」
「あっお前を狙ってんな」
「狙うかよ。もっとも若い連中は、こぞってお嬢さんに気に入られようとしているようだがな」
「……見つけ次第おれに教えろ。一人ずつひねりつぶす」
目つきが怖い。
「冗談には聞こえねぇな」
「冗談じゃないからな」
船長と副船長が殺気漂う会話をしているところに、手下の一人が走りこんできた。
「お頭、お頭に挨拶してえって男が一人乗り込んできやしたが……どうしやす!?」
「……挨拶ぅ?」
怒ったまま顔を上げたので、手下は身をすくめた。
セレブレイト<前編>
現れたのは、ごく若い男だった。黒髪に橙色の帽子を被り、そばかすだらけの頬に笑みを浮かべている。いい面構えだと感心しながら、シャンクスは右手で剣を握った。
「おれに、挨拶……?」
「いや……そういう意味じゃねェんだ!!」
両手を広げ敵意のないことをアピールしつつ、男は、スペード海賊団の船長でエースという名だと名乗った。
「弟が命の恩人だって、あんたの話ばっかりするんで、一度会って礼をと……!!」
エースが弟と呼ぶ人物の名を聞くと、シャンクスは一気に破顔した。
「ルフィの……!? ヘェ……! 兄弟なんていたのか。そうかよく来たなー、話を聞かせてくれ」
剣など投げ捨てて、エースを自分の近くに座らせ、
「宴だァーー!!」
いつものように号令をかけると、早速賑やかに酒が回されてゆく。
本来の主役が不在のまま、宴会は開始された。
「あら、もうみんな始めてたのね」
「……お嬢さん!」
「お嬢さんだ……!」
姫君の登場に、どよめきが起こる。
それもそのはず、今日のは純白のドレスの上にこれまた白い毛皮のボレロをまとい、赤い髪をカールさせて、薄化粧まで施している。まばゆいほどの美しさに、辺りは一瞬で華やぐほどだった。
普段とは打って変わって女らしい姿をした船長の愛娘に、若いクルーたちは熱狂した。
「お嬢さん……美しい〜」
「おれやっぱり告っちゃおうかな……」
「よせよせ、お頭に半殺しにされるぞ」
若い男たちが騒ぐ中を、ヤソップを伴って奥へ進んでゆく。さすが船長の娘だけあって、堂々とした態度だ。
「おお、遅かったじゃねェか。お、見違えたな。珍しい客が来てるぞ。ルフィ、覚えてるだろ。あいつの兄貴なんだってよ!」
「ルフィの……?」
父の隣に座を占めている、その客を見て、は息を呑んだ。
向こうも動きを止め、目を見開いている。
「あっ、あいつは……」
の背後でヤソップが呟いた。
続いて、二人の声が重なる。
「エース!?」
「!?」
驚きのあまり、それ以上の声も出ない。
「なんだお前たち、知り合いか?」
シャンクスは不思議そうに二人の顔を見比べていた。
「ははァ……お前だったんだなエース、おれの可愛い娘をたぶらかしたのは」
「えっ、ちょっと、たぶらかしただなんて」
父には何も話していないはずなのに。は思わずヤソップの顔を見る。一年以上前、イーストブルーでエースに出会い、一日中デートをした。そのことを知っているのは、迎えに来てくれたヤソップだけだからだ。
だがヤソップは、「おれは何も言ってない」というように首と手をぶるぶる左右に振ってみせた。
その様子を見て取り、シャンクスは鼻先で笑う。
「父親なめんな。が以前、おれに黙って船を下りたとき、何かあったってことはすぐ分かった。その後も、時々新聞を熱心に見ていただろ」
意地悪く言って顔を覗き込んでくる父の前で、はみるみる赤くなる。
エースへの想いは、離れていても薄れるどころかますます強くなっていた。エースが新聞に載れば、穴が開くほど眺め、こっそり切り抜いて肌身離さず持っていたりもしていた。
「おれも知ってるぜ。結構このグランドラインで暴れてるそうじゃねェか。ロギアの能力者、七武海への誘いも断ったとか……。まさかと会ったことがあるとはな」
父は相変わらず笑顔だが、瞳の奥に潜む狂気をは見逃さない。
「」
服の端を引く。
「ん?」
「エースを殴ったりしないで。別に付き合ってるわけじゃないし、私が一方的にファンなだけだから」
シャンクスはきょとんとしてから、大声で笑った。
「ハッハッ……何心配してんだ。エースは客だぞ、危害を与えるわけがないだろ。そんなことより楽しく飲もうぜ。今日はお前の誕生日なんだ! エースも祝ってやってくれよ」
「、誕生日なのか」
「うん。十七歳よ」
「……おめでとう」
掲げられたグラスに、もグラスを合わせる。視線が絡んで、二人は同時に笑顔になった。
「さァ野郎共! どんどんやるぞ! 酒もつまみも、切らさねぇように持って来い!」
「おおーッ!!」
冬島はいっきに賑やかさを増す。
男たちは陽気に飲んでは歌い騒ぎ、エースとシャンクスとは、ルフィの話などで大いに盛り上がった。
雪に覆われた冬島に、夕陽が照りつける。昼から始まった宴会の勢いは衰えることを知らず、スペード海賊団のクルーたちも交えて、夜まで楽しく続きそうだ。
そんな中こっそり抜け出し、エースはと二人きりになることが出来た。
「ずっと、おれのこと見ててくれたんだな」
「迷惑だった?」
「まさか! 嬉しかったよ。がおれを忘れないでいてくれたんだって。……また会えるなんて、本当に……」
運命だ。
その一言は口には出来ない。何だか女々しいようで、気恥ずかしかった。
その代わり、エースはもう心に決めていた。
はさっき父親であるシャンクスに言ったのだ、「別に付き合っているわけじゃない」と。あのとき内心ショックだった。
今日会えたのが運命なら、との関係をはっきりとさせ、揺るぎない形で固定しておきたかった。
「、ますます綺麗になったな」
「今日は誕生日だから特別。ママがこのドレスとコートと化粧品をプレゼントしてくれたの」
よく見て、というように両手を広げて見せるから、エースも改めての全身を眺めた。
服も背景も白い中で、きちっと巻かれた赤い髪と唇のルージュがドキッとするほど鮮やかに映える。以前より明らかに女性らしくなった体に、白い服が本当によく似合っていた。
「……雪の精みたいだ」
「……ありがとう」
照れて笑う。以前のままの輝く笑顔に、エースの心臓の鼓動が早まる。
「……」
その早鐘のような心臓に右手を当て、そっと、左手を差し出した。
「おれの彼女になってくれねェか」
「……エース」
は大きく息を吐いた。白い吐息が消え切らぬうちに、迷わず手を重ねる。
「本当に……? 私、喜んで……」
冷たい手だった。思わず握り締め、そしてそのまま、身体ごとを抱きしめた。
「夢みてェだ……でも本当にいいのか。おれは海賊だ、お前に何もやれねぇ。そばにいることすらも、してやれねぇのに……」
は小さく笑ったようだった。両腕を伸ばしてエースの首にからめ、見上げて微笑む。
「私も海賊よ。愛に何も求めやしない。ただこの広い海の上で、あなたが私を想ってくれていればいい……私もあなたを想っているから」
「……」
胸にいっぱい注がれた、熱い気持ちに押されるように、強く強く抱きしめ、そして、口づけた。
ルフィやサボと兄弟になったのは、盃を交わしたからだったけれど、これはと恋人同士になるための儀式なのだと、神聖に感じていた。
「エース、背が伸びたのね」
「ああ。それにおれの体は火になった」
手のひらに小さな炎を出現させてみせる。の上気した笑顔が照らし出された。
「ロギア……。でも、泳げなくなっちゃったわね。あんなに泳ぎが得意だったのに」
二人きりの楽園を思い出す。あのときエースは本当に上手な泳ぎを披露してくれた。
「……そうだな」
火を引っ込めて、温かいままと手を繋ぐ。
「でもこの力があれば、もっともっと名を上げることが出来る。名声を得て、お前が自慢できるような男になるからな」
「私もあれからずい分腕を上げたのよ。今なら海王類なんて一撃よ。……私ももっと強くなるわね。自慢の彼女になるように」
「お前それ何か方向性間違ってねーか」
「えっ……そう?」
笑い合う。笑い声が絶えたタイミングで、もう一度、キスを交わす。
唇を離しても、白い吐息が混じり合っていた。
シャンクスの提案で、エースは今夜レッド・フォース号に泊まっていくことになった。
は部屋にまだ父の姿がないのをいいことに、こっそり客室に出向きドアをノックしてみる。
「お、、来てくれたのか」
エースも喜んで、中へ入れてくれた。
はさっきの格好からコートを脱いだ姿だ。ふわふわのボレロ型コートの中は優美なドレープを描く純白のドレスで、胸元や耳もと、手首には見事な海色の宝石があしらわれたアクセサリーが輝きを放っている。
外にいたときとはまた違う雰囲気に、エースはしばし言葉も忘れた。
「……こんな綺麗な子がおれの彼女なんて、信じられねーな」
ようやくそう言って微笑むと、椅子を勧める。
狭い船室に椅子は一脚しかない。エースはベッドを椅子代わりに腰掛け、少し前屈みになる格好でを見つめた。
「おれさ、今考えていたんだけど……」
真剣なトーンの声に、の背筋は自然に伸びる。エースは口ごもり、少しの間迷ってから、口を開いた。
「やっぱり今話さなきゃダメだから、話すよ。……これ聞いておれと付き合えないっていうなら、それも仕方ないから、正直に言ってくれ」
「……?」
何やら深刻な話のようだ。は頷いてみせた。
「話してみて。何でも聞くから」
もう恋人同士なのだ、何であろうと受け止める覚悟は出来ていた。
エースは目を逸らし、両手で額を押さえるような格好で、話し始めた。
「おれの父親のことなんだけど」
かすれた声で、呟くように。
「口にしたくねェんだけど、一度だけ言う……おれの父親は、ゴールド・ロジャーだ」
「――!」
ゴールド・ロジャー……海賊はもちろん、一般人にもあまねく名が轟く、海賊王。
目の前にいるエースが、その息子……ロジャーに子供がいたなんて。
さまざま浮かぶ言葉は、ただの頭の中を通り過ぎてゆく。
「おれは鬼の子だ。もしかしたら誰かを好きになる資格なんて、おれには……」
「エース」
衣擦れの音を立て、静かに立ち上がる。
今にも震え出しそうなエースの体を、は抱きしめた。
「エースはエースだもの……関係ないわ」
「」
ようやく顔を上げてくれた。はすぐ隣に腰掛けて、エースの手を握ってあげる。
「強いていえば、私のが昔見習いのころ、ロジャーさんの船に乗っていたんだって」
「……そうなのか」
「でもだからって、どうってことないわ」
手から手へ、ぬくもりが伝わるように。
微笑みが、苦い思いを少しでも消してくれるように。
「エース、私、あなたのことが好き」
「……おれ、お前を好きでいていいんだな……」
は頷く。明らかに肩の荷が下りたというように、エースは深く息を吐いた。
「この話は、誰にも言わないでくれるか。お前の親父さんにも」
「分かった。約束する」
またひとつ、秘密が出来てしまった。
恋をすることは秘密を持つことなのかも知れない。だけどこれは大切な約束、自分の胸だけにおさめておくことを、心に決めた。
「……」
こっちから握っていたはずの手が、いつの間にかエースの大きな手のひらに包まれている。
顔を上げたら、もうエースの吐息が触れた。は目を閉じる。
夜に部屋で交わすキスは、今までのものとは違っていた。
深く探られ、全てを吸い尽くされるような、激しく熱い、キスだった。
「……エース……こんなのどこで覚えたの……」
もう体に力が入らない。くったりとなって、エースの腕に身を委ねていた。
「実践するのは初めてだ」
ニッと笑っているのが、何かを企んでいるような。
「もっと実践したいことがあるんだけどよ」
「……それって……」
彼氏彼女が夜に個室で、しかもベッドの上。
「だって、こんな時間にひとりでおれのとこに来てくれたってことは……こうなること、分かってたんだろ?」
ゆっくりと、でも抵抗できない強さでもって、ベッドに横たえられる。
「全部おれのものにしてェんだ……優しくするから……、いいだろ?」
くらくらしながら、ようやっとは頷く。
エースの言う通り、こうなることは分かっていた……それどころか、望んでいたのかも知れない。
寝転んだ格好で抱きしめられて、今までで一番、近くいることをじんわりと感じながら。
これから始まることへの期待と不安に、気が遠くなりかけた。
つづく
・あとがき・
シャンクスの娘でエースの恋人、第二弾。
GWだというのにどこにも出掛けずに、ひたすら引きこもって書いていた私って……。
今回は再会→正式に付き合う。という話です。
娘可愛さにシャンクスがいきなりエースに斬りかかる、なんて展開も考えたんですが、さすがにそれはボツにしました。
あと、ちゃんととエースが宴会の余興に手合わせするというのも考えた(お互いの強さを確かめるために)。これもボツ。
結局甘いだけになってしまいましたが、甘くて結構、恋人ドリームですから!
ちゃんにはちょっとオシャレしてもらいました(だからちゃんとエースが手合わせするのはボツになったんだけど)。
いいところで続いちゃいます〜。
セレブレイト<後編>
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