星明りの港で、彼女はひとり、竪琴を爪弾いていた。



 愛の夢



 酒瓶を手に楽しく歩いていたヨーキは、波音に絡み合い湿った大気を震わす美しい調べに足を止める。何しろ彼は大の音楽好き、楽器の音を前に素通りは出来ないタチだった。
 マイナー調の切ないメロディに、そのまま聞きほれる。
 同時に見ほれていた。
 木箱に腰掛けて、海に向かい小型の竪琴をかき鳴らす、彼女の横顔に。

「もう一曲、聞かせてくれよ」
 曲が終わったタイミングで、驚かさぬよう小さな声で頼んでみる。
 彼女はこちらの存在には気付いていなかったようで、肩を震わし、びっくりというよりは不思議そうな表情で振り向いた。
 ヨーキはにこにこして、促す。
 少しだけ頷いて、彼女は演奏を始めた。先ほどのとは違う曲だが、やはり、調べは物悲しい。
 綺麗な瞳にも、光るものがあるのを、見つけた。

「何だってそんなに哀しい曲ばかりを奏でるんだい」
 彼女が腰掛けている木箱の隣にあぐらをかいて、気安く話しかけてみる。娘は竪琴を抱いた手元を見るような目つきで、ぽつりと呟いた。
「私、明日、結婚させられるの……」
 それが望んだ結婚ではないことは明らかだ。ヨーキは眉をひそめる。
「なんだ、政略結婚とかか?」
 こんな可愛い子を。
「……うち、いっぱい借金できちゃって、お金持ちの旦那さんが私を五人目のお嫁にする代わりに、家に援助してくれるって……」
「それで娘を差し出すのか。なんつー親だよ」
「……私、いやなの! あんなデブでハゲのおっさんなんて……あ、あなたみたいにカッコいい人ならともかく……」
「ぬははははは!」
 高らかに笑う。単純に嬉しかったのだ。
「じゃあ、おれの女になるか!?」
 ちょっと体を寄せて言ってみる。さすがに驚いた顔をしている女の子を下から見上げて、もう一度笑い声を上げた。
「おれはなー、海賊船の船長なんだ! おれの船への乗船条件は、音楽が好きなこと!」
 竪琴に目をやる。お前は資格十分だと。
「そんなエロオヤジとっとと捨てて、海で自由にやろうぜ。お前、名前は?」
「……
「よーし!」
 ぱん、と自分の膝をひとつ叩いてから、立ち上がる。
「おれはヨーキ。ルンバー海賊団の船長、キャラコのヨーキってんだ。おれたちの船は、明日の正午にここを出る……もしその気があるなら来いよ。連れて行ってやるから!」
 ぬはははは……と上機嫌な笑い声を残して、自称海賊の船長は去っていった。
 酔っ払いのたわごとか、本気だとしても、海賊なんて……。
 明日の正午は、結婚式の真っ最中だ――。
 は竪琴を握り締め、自分の明日に突如現れた突拍子もない選択肢について、さまざま思いをこらしていた。

「ヨホホホー、ヨーキ船長、そろそろ出航しましょう!」
「ちょっと待てよブルック」
 バイオリンを構えて出航の唄を唄う気満々のブルックをとどめ、ヨーキは港の端から端まで目を走らせていた。
「どうしたー、出航はまだか?」
「何か探してるのか、船長」
 クルーたちがどやどや集まってくる。
 そのとき、こちらに向かって真っ白いひらひらしたものが近付いてくるのを、皆が見た。
 ヨーキの目が輝く。
ー!」
 大きく手を振った。
 海賊たちはどよめく。純白のウエディングドレスを着た娘が、竪琴を抱えて走ってきたのだ。

「そういうわけで、今日からもおれたちルンバー海賊団の一員だ!」
「ひゃっほー!」
「かわいー!」
「早速、さん歓迎の曲を!」
「おお! 皆、楽器を取れー! も一緒にやるぞ!」
「はい!」
 竪琴の弦が真上からの太陽に照らされ、七色に光る。
 そしてヨーキは、の笑顔を初めて見た。
 輝くような、この笑顔を見たかったのだ――。
 得がたいものを得た、その気持ちが演奏を浮き立たせる。
 皆の心も同じらしく、いつも以上に賑やかな音色が、船全体を包み込んだ。

 はすぐにルンバー海賊団に馴染んだ。台所仕事や洗濯などを手伝い、皆と笑い、音楽を奏で歌った。
 ことにブルックの伴奏で歌う歌は素晴らしく、皆うっとり聞きほれ、リクエスト合戦が始まるのだった。
「綺麗な歌声ですねさん。ところで今日のパンツ見せていただいても……」
「見せませんっ!」
 こんなやり取りももはや日常となっている。
 もちろんは普通の女子なので、戦闘は出来ない。敵襲などがあれば、船室の一番奥に隠れてじっとしていた。怖くて仕方なかったけれど、勝ちどきが上がるときっと一番に船長が迎えに来てくれた。
 そして、口々に唄い出すのだ……勝利の唄を。
 海の上は広くて、わくわくするようなことが山ほどあり、そして何より、自由だった。

 ある夜眠れずに、甲板に出て心の赴くままに竪琴をかき鳴らしていると、酒の瓶を手にした船長がいつの間にかそばにいた。あの、初めて会った港のときのように。
「お前の弾くのも、楽しそうな曲ばかりになったな。初めて会ったときは、あんなに哀しい曲を奏でてたのに」
「音楽は心を映すもの……」
「さっきの曲は何ていうんだ?」
「即興よ。……これはどう?」
 白く細い指が弦の上を自在に動き、ひとつの旋律を浮かび上げる。ヨーキは笑顔になった。一番好きな「ビンクスの酒」だ。ただしハープ用に美しくアレンジされていて、星空と酒によく似合った。
 上機嫌で、ハミングを重ねる。
「お前は天才だな」
 フル演奏の後に心からほめて、瓶をあおる。
 はうつむいて、手すさびのように弦をぽつ、ぽつと弾いた。ただそれだけでも、澄んだ響きを伴って、しっとりとした夜のとばりに吸い込まれてゆく。
「……ヨーキ船長」
「ん、どうした?」
 元気がないように見える。もしかして今ごろホームシックか? と心配するヨーキの耳に届いたのは、ひそやかな囁きだった。
「どうして、ヨーキ船長は、私に手を出さないの……?」
 すでに乗船して数週経つ。こんなふうに二人きりで竪琴を聴かせたり、一緒に唄ったり話をしたりする機会も幾度となく持った。
 船長はいつも優しいまなざしを注いでくれるけれど、キスはおろか手すら握ってもくれない。
 じれったくてしびれを切らし、とうとうの方から言ってしまった。
「手を、出されたいのか?」
 ニヤニヤしている。酔っているのだろうか。は少々ムッとした。
「おれの女になるか、って言ったわ。それとも忘れた? 酔っ払ってた?」
 期待していた自分がばかみたいで、みじめになってくる。
 の苛立ちと怒りに触れ、ヨーキは軽く驚いた。一瞬真顔になり、ふっと、緩む。包み込むような笑顔になった。
「確かに、酔った勢いもあったけど、嘘じゃねェ……。おれはお前に一目惚れだったんだからな。もちろん今も、ずっと惚れてるさ」
「じゃあ、何で……」
「お前の気持ちが分からねェ……。イヤだってのに何かしたら、お前を悲しませた奴らと同じになっちまうだろ」
「……ヨーキ船長」
 は自分の失策に今ようやく気付いた。なんてこと……気持ちをちゃんと伝えていなかったなんて。
「……」
 言葉は出せなかった。だからは竪琴に指を滑らせた。
 言葉より伝わる方法を知っている。
 甘い旋律が、竪琴からの唇からこぼれる。
 それはヨーキも耳にしたことのある、世界的にポピュラーなラブソングだった。
 情熱的な愛の唄を、自分だけを見つめて、自分のためだけに、歌ってくれている。
 二人の頭上で、星がゆっくり巡っていた。
「……愛してる」
 最後の歌詞は、半ば囁くように。
 竪琴の弦がまだ震えているうちに、ヨーキ船長の唇がの唇に重ねられた。
「……おれの部屋に、来るか?」
 優しい声、待ち望んでいた言葉に、ただ頷く。
 子供みたいな仕草と思ったか、船長はいつものように、笑った。
「ぬはははは……じゃあ、行くか!」
 肩を抱かれる。これではまるで、普段の宴会のノリだ。
 でも嬉しくて、は自分から思い切り抱きついた。

「あのとき思い切って結婚式から逃げ出して、良かった」
 むき出しになった腕を、船長の体に絡ませる。ヨーキは密着して、たくさん口づけをくれた。
「この船に乗らなかったら、あのオヤジとこんなことしなきゃならなかったんだもん……気持ち悪い」
「こんなことって、どんなことだよ? 言ってみろよ」
「えーっ意地悪っ!」
「ぬはははは……こんなことか?」
「やだーっ!」
 戯れの延長みたいに愛を交わして、その実どんどん深くまで溺れてる。
 もっともっととねだれば、慌てんなとなだめられて。
 それでも貪欲なのは船長も同じだから、行為は激しさを増しエスカレートしてゆく。
 朝まで、続く。

「ヨホホホ〜、ヨーキ船長、朝ですよ〜」
 いつものように大音量にて起こそうと、傍若無人に船長室のドアを開けたブルックが、船長の腕に抱かれてすやすや寝息を立てているを見つけた瞬間、
「あ、私、見なかったことに」
 静かに、出て行ったのだった。

 その日は、船についてくる可愛い赤ちゃんクジラを見つけた。
 群れからはぐれたらしいそのクジラに、ラブーンという名前をつけてあげたのもで、いつしかラブーンはルンバー海賊団にとって大切な仲間になっていた。
 グランドラインに入る前に双子岬で別れたが、ずっと仲間だから、いつか再会するのを楽しみにしていた。

 ヨーキ船長が、未知のウイルスに感染したことを皆が知ったとき、すでにも発病していた。当然だ、はいつも船長の一番近くにいたのだから。
「……ヨーキ船長……」
 もうこの船には感染者しか残っていない。ブルックたち健康なクルーとは船長が一番好きなあの唄を唄ってもらいながら別れ、一か八かグランドラインから脱出しようと、カームベルトへ向かっていた。
 愛する船長の隣に横たわり、はその手を握る。
「……こんなことになるなんてね……。でも私、本当は嬉しいの……あなたと運命を共に出来ることが……」
 咳込んでしまい、それ以上言を継げない。
 はそれでも幸せだった。
 戦闘のとき、たったひとり暗い部屋に身をひそめながら、いつもいつも不安だったのだ。皆が死んで、ひとりぼっちになったらどうしよう、大好きな船長を、今失ってしまったらどうしよう、と。
 その恐怖を思えば、こうして同じ病に臥して同じ運命を待てるのは、望外の喜びといえた。
 もっとも、彼にとっては、グランドラインからの脱落は無念の一言以外にないのだろうけれど――。
「…………」
 咳をしながら、ゆっくりとゆっくりと体を横向けて、ヨーキはずい分弱くなった力でを抱擁した。
「……そうだなお前と一緒なら……悪くねェよ……愛してる……」
「うん……私も、愛してるよ……」
 ゆっくりと口づける。互いの発熱のせいで、ひどく熱い。燃えて溶けてしまいそうで、意識が遠のきかけた。
「……もう……、唄えねェな……」
「……ヨーキ船長……」


「……ヨーキ……起きて……あなた……」
 ふっと目を開ける。あのときよりずっと年を取ったの、優しい顔が目の前にあった。
 庭でひなたぼっこをしながら、ついうとうとしていたらしい。
「……夢を、見ていたよ……ずっと昔の……」
 あれから50年は経ったが、記憶は今も鮮明に、つい昨日のことのように脳裏に思い浮かぶ。
「船の夢ね?」
 も懐かしむような目をした。
 カームベルトを越えることが出来たのは、本当に奇跡。ワクチンがある島に流れ着いたのも、また奇跡。
 ヨーキの両脚だけはウイルスにやられすでに手遅れで、車椅子の生活を余儀なくされたものの、何とか一命は取り留めた。
 二人は流れ着いた島にそのまま住み着くことに決め、すぐに結婚式を挙げたのだった。
 ラブーンに会いに行きたかったが、この体では諦めざるを得なかった。海賊としての夢も断たれ、ほぞを噛んだが、それも年月が経つうち妻や子供に囲まれた穏やかな生活の中で薄れていった。
「ね、あなた、これ見て」
 が持ってきたのは新聞だった。ヨーキは眼鏡をかけ、新聞を近付けたり遠ざけたりしながら眺める。今話題の麦わらの一味の記事だ。写真があり、そこにアフロのガイコツが写っている。奇妙だがすぐに分かった。
「……ブルックか……?」
「そうよブルックよ。あの人、ヨミヨミの実を食べてたじゃない」
「ガイコツで蘇ったっていうのか……!? ぬはははは……」
 昔から変わらぬ笑い声。心から愉快そうに笑って、ヨーキは飽かず新聞を眺めた。おそらくブルックも、想像を超えるような痛みと悲しみを経験したのだろうが、写真からは今幸せであることが伝わってくる。
「ブルックはラブーンに会ったかな……? それにしても、またこうやって消息を知ることができるとは……、……」
「はい……」
「生きていて、良かったな、本当に……!」
「……ヨーキ船長」
 わざと船長、と呼び、微笑み返す。
 お互いの目には、涙が光っていた。
「おじいちゃーん、おばあちゃーん!」
 そこに小さい子、大きい子、何人かの子供たちが駆けてくる。孫やひ孫たちだ、手に手に楽器を持っている。
「お父さん、お母さん、今日も子供たちが演奏会やりたいって……」
 息子や娘たちも遅れてやってきた。
 ヨーキの家の庭はかっこうのステージ、皆はそれぞれ楽器を構える。
「今日もおじいちゃんの一番好きな唄からやるよ!」
 そして賑やかに、演奏と唄が始まった。
 懐かしい唄、いつも唄っていた唄、大好きな唄。
 目を閉じると、そこにはブルックがいて、ラブーンがいて、みんながいて、若かりし日のがいた。
 宴のとき、戦いの後、嵐の中で。仲間たちと肩を組み、大声で唄った――。
 ふうっと意識が遠のく感覚があって、目を開ける。眩しい芝生の上に子供たちがてんでに散らばり、ひとつの曲を演奏していた。どの顔も楽しそうに笑っている。
 ああ、夢だったんだな。そう思いながらも、また、過去と現在をゆらゆらと、行ったり来たり。
 どちらが夢でどちらが現(うつつ)でも同じこと。昔から耳に馴染んだ曲が、記憶を繋げる。
 辛いこともずい分あったが、幸せな一生だったと言える。
 変わらない気持ちが、今も温かく心を満たしているから。
 そっとそっと重ねられる手、お互いにしわだらけだけど、伝え合うぬくもりは昔と同じ。
「……、お前を愛してる……初めて会ったときから、ずっと……」
 大音量の演奏の中で、小さな声が届いたかどうか――。
 だけどは、優しく優しく、笑ってくれた。

 みんなが奏でる音楽が、響き渡る。
 広く、海に届くように。
 高く、空に届くように。









                                                             END





       ・あとがき・


友達から借りてワンピースを読んでいるんですが、50巻見てビックリしました。こんなカッコいい人がいるなんて!
私の中ではワンピースで一番の男前。正統派イケメン! ルンバー海賊団の、ヨーキ船長!
性格もいいしね。音楽を愛する、名前の通り陽気な男。右目の下とあごの模様は謎だけど……何アレ、「ヨーキ」の「ヨ」?
とにかくもう、50巻即買いでした。
で頭の中でもうドリームが出来上がっちゃって(私は病気なんじゃないだろうか)、ばーっと書いちゃいました。
船に乗せてやるよ、なんて、海賊ドリームでは王道の展開のような気がします。
ルンバー海賊団は楽しそうですよね。最後は悲しいけど……。
病気になってグランドライン離脱となったヨーキは辛かったろうけど、その後のことは描かれていないから、運よく生き残って後は平凡に暮らしました、なんてこんな話があってもいいよね。
まぁ80代くらいかな? レイリーより年上のおじーさんだ。でもヨーキならおじいさんになってもステキだと思う。
ヒロインがおばあさんになっちゃうドリームってのもどうかな、と思うのですが……幸せだからいいことにしてやってください。

ところでキャラコって、布地ですよね。実際にそういう通り名の海賊もいたようだけど、ルンバー海賊団の船長なのに何で音楽に関係する通り名じゃないの? って思ってしまいました。あと、旗も何で音楽っぽくないの?

またヨーキ船長が書ければいいなと思います。





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