「ワノ国では今夜祭りなんだと! おれたちも参加するぜー! カーニバル!」
 何だか大はしゃぎの赤髪の船長。
 わけが分からないまま「ユカタ」というこの国の衣装を着せられた副船長は、タバコをふかしがてらため息をついた。



 恋花火



 夜になってワノ国に上陸した赤髪海賊団の面々は、早速祭りの会場に向かった。
 闇の中にぽう、ぽうと光る提灯が吊るされ、行き交う笑顔の人々はほとんどが浴衣姿、そして道の両脇には、さまざまの小さな出店が軒を連ねている。
「いい匂いだなー」
「おれハラ減った! あれうまそう!」
 男たちは好き勝手に散り散りになっていく。
「しかし、湿度が高いな。空気がまとわりつくみてェだ」
 シャンクスはうちわで胸元をぱたぱたあおぐ。
「……そのせいか、全体の雰囲気もしっとりしてる気がする。今まで見てきた色んな国の祭りとは、またずい分趣が違うな」
 派手な衣装に身を包んだり、大声で唄ったり踊ったり、はたまた戦ったり。祭りといえばそんなのを思い浮かべるのだが、ワノ国のそれは人ごみでもどこか幽玄で、静けさすら感じてしまうのだった。
「ワビサビってもんだろ」
「何だそれ、難しい言葉知ってんなベックマン。……いやしかし、ワノ国の女の子って可愛いな。何かこう、しとやかな感じで……」
 ふらふら〜〜っと、若い女の子の一団に引き寄せられて行ってしまう。
 お頭には、いつものことだ。ベックマンが見るともなしに見ていると、もう、女の子たちと話が弾んでいるようだ。シャンクスはその外見と人懐っこい性格から、今の年齢でもよくモテる。多分今夜は帰ってこないだろう。
 適当に見て回ったら船に戻ろうと、ベックマンは一人、先に進んだ。

 コップに入った酒を買って、境内の裏に腰掛けちびちびとやっていたら、向こうの木の陰に人影があるのに気付く。
 これまた浴衣姿の……女性だ。じろじろ見るつもりはなかったが、視線に気付いたのか彼女は顔を上げた。
 ベックマンは煙草に火を点ける。
「……そんなところで、何をしているんだ」
 境内の裏は雑木林になっている。人影もなく真っ暗で、女性が一人でいるのに相応しい場所とは言えない。それに、彼女がどうしてか消え入りそうに儚げに見えて、声をかけずにはいられなかった。
 女性はこちらをじっと見て、躊躇するような素振りをしたが、おずおずと近付いてきた。
 祭りの明かりが届く距離まで出てくると、彼女の全身がようやくつまびらかになる。さっきお頭が声をかけていた女の子たちよりは年かさの、美しい女性だった。紺地に大輪の花が咲いた浴衣に、紫色の帯を締めて、黒髪は結い上げかんざしを挿している。そして、深い黒い瞳は潤み、涙のあとを感じさせた。
「……お隣、いいですか」
「ああ」
 隣と言っても間を空けて座り、うつむく。間が持てず、ベックマンは煙草の煙を吐いた。
「……祭りだってのに、ずい分浮かねェな。一人なのかい?」
「……一人、のつもりじゃなかったんですけど……さっき、フラれちゃって……」
 自嘲か強がりか、フフッと笑って、目元をハンカチでぬぐう。ベックマンが視線を宙にさまよわせているうちに、手に持った酒のコップがいきなり横取りされた。
「……飲ませて」
 あっという間にぐびぐびあおってしまう。
 この国の地酒で、結構度数は高い。一気に飲んでいい代物ではないだろうが、ベックマンは敢えて止めなかった。フラれたばかりなのだという、飲みたい気持ちはよく分かる。
「……はあッ!」
 空になったコップを置く。熱い息が零れた。
「……何よ……結婚の約束もしてたのに……!」
「……縁がなかったんだろう。そんな奴と結婚しなくて良かったって、後で思うさ……」
「……そうかしら」
 早くもアルコールは全身を駆け巡っているのだろう。こちらを見る目が据わっている。ベックマンは軽く頷いて見せた。
「あんたほど器量が良けりゃ、もっといい男が見つかる」
 あながち根拠のない慰めではない。酒が回って上気した頬と潤んでとろんとした瞳は、どんな男でもそそられる色っぽさに満ちていた。
「……ありがとう。あなたは、どこの人?」
「おれは、旅の者だ。今日ワノ国に来たばかりだ」
 海賊などと名乗る必要はない。簡単に答えると、相手は少し驚いたふうだった。
「あら、あまり馴染んでたから、地元の人かと思ったわ」
 ようやく微笑んでくれる。可憐な笑みだった。
「私は、。よければ案内がてら、気晴らしに付き合って下さらない?」
 黒い瞳が、ガラスみたいだ。吸い込まれそうな心地で、ベックマンは頷いていた。

「ふふ……金魚、こんなに取れちゃった」
 赤や黒の小さな金魚が水と一緒に入った小さな袋を掲げて、ご機嫌。そんなの片手にはわたあめが握られている。
 少しは元気を取り戻してくれたことにベックマンもほっとして、せっかくなのでワノ国のお祭りをと一緒に楽しもうという気持ちになっていた。
「あ、あのぬいぐるみ……」
「ん?」
 が指差す方を見ると、射的の看板の下に、大きな白クマのぬいぐるみが置いてある。
「欲しいのか?」
 少し笑いを含んだ声に、は反駁した。
「私じゃなくて妹が、あんなの好きだから」
「ふーん、妹がいるのか。やっぱり別嬪かな?」
 ちょっとからかうように言いながら、射的の店に歩いていき金を払う。
 銃身や弾を一通り確かめてから狙いを定め、見事一発で白クマを仕留めてしまった。
「すごーい!」
 隣で手を叩いて大はしゃぎするに、悪い気がするわけはない。ヤソップにはかなわないが、このくらいの距離なら百発百中だ。ベックマンは残りの弾も全て景品に命中させ、テキ屋のあんちゃんを泣かせていた。

「うふふ、大猟、大猟」
 山ほどの小物を抱えてほくほく顔の、とりあえず失恋の痛みは忘れてくれただろうか。
 二人は人ごみの中でどちらからともなく手を繋ぎ、そのまま、何となく最初の境内裏に戻っていた。
 そしてまた腰を下ろすが、今度は距離が近い。袖と袖が擦りあうほど自然に寄り添っていた。
 いい匂いが鼻をくすぐる。香水だろうか。黒い艶やかな髪、ちらりと覗く白いうなじ……艶っぽいとは、このことを言うのだろう。先ほどまでの子供のようなはしゃぎようとは打って変わって、しっとりと大人の色香をまとったがそこにいるのだった。
 胸が疼く。あまりに近い距離なので、気取られるのではと、吐く息にすら気を遣ってしまう。
 そのとき。
 目の前に閃光が走った。無意識に身構えかけたとき、ドン! ドン! と大きな音が胸を打つ。
「……花火か」
 見上げた空に、大輪の光の花が咲いて流れて消えてゆく。
「綺麗」
 そう言い見上げるの横顔が、赤に黄色に照らされるのを、いつしか見とれていた。
 そのうちに、黒い瞳が再び潤んでくるのに気付いた。水晶のような粒が転がり落ちる前に、唇で受け止めていた。吸うとしょっぱい味がする。
 次の花火が上がり、ぱっと照らされたの、驚いたような顔。
 優しく肩を抱いて、今度はその半開きの唇に、口づけた。
 ドン、と打ち上げ音が、胸を貫く。
 抵抗しない華奢な体をもう少し強く引き寄せて、いつしか溺れるように、激しく熱いキスを浴びせていた。

 一時の慰めに過ぎない、互いにとって。
 そんなことは分かり切っている……子供じゃあない、言葉は要らなかった。
 いかがわしい裏通りに入り込んで、怪しげな看板の連れ込み宿に入る。フスマを閉めると、タタミの部屋に直にフトンが敷かれてあった。
 ワノ国のそうした様式や名称は知っているのだが、他では見ない独特の文化だと思う。それに、畳に置かれたブタの形の置物は何だろう。変わった匂いのする煙が出ているので、よく見ると中に緑色の渦巻状のものが入っている。端に火が点けられていて、そこから煙が出ているのだ。
 ベックマンがためつすがめつブタを見ていると、後からお風呂に行ったが、音もなく近付いてきて、傍らに正座をする。この宿に備え付けられていたのもやはり浴衣で、白地のそれをさっぱりと身につけていた。ブタのことなんて忘れてしまい、石鹸の清潔な匂いに誘われるように、手を差し伸べ胸の中に導くと、ゆっくりとキスを味わう……さっきよりも濃厚に、時間をかけて。
 浴衣のあわせを乱すと、ひどく官能的で、もう大人の余裕なんて言っていられなかった。
「……
 布団に押し倒す。帯をほどくのがもどかしい。
 触れ合う肌にワノ国の夏独特の湿気がまとわりついて、不快ではあったが、吸い付くような柔肌には昂ぶった。
「……あ、そんなに、しないで……」
「いいから、委ねろ」
 柔らかな体のどこでもくまなく口付け、味わい尽くして、互いに限界になるまで焦らしながら――。
「……私、もう……」
「もう……? 何だ、……」
 意地悪をしたくなる。黒い瞳を濡らしてやりたくて。悲しみよりは幾分ましだろうから。
「……もう、がまん、できないの……」
 ほどいた黒髪が枕に乱れる。
 ベックマンは身を伏せるようにしてそれに口付け、耳もとにも口付けた。
「……欲しいのか?」
 恥じらいながら頷く仕草が、可愛い。可愛いと思いながらも、もう少し、いじめてやりたい。
「ちゃんと言わないと」
「……欲しいの……」
 消え入りそうな声に、静かに笑って応じる。
「ワノ国の女はおしとやかなのかと思ってたが……ずい分、淫らだ」
 わざとからかって、はしたなく濡れた場所に指を沈め、音を聞かせてやった。
「お願い……」
 重ねてねだる、その表情がたまらない。こっちも限界だ。
 脚を開かせ、自らで貫く。
 声を上げ、苦しそうに顔を歪めるにキスをし、更に強く、突いた。
「……っあ、あ……!」
 ぎりと爪を立てられても、緩めない。
 何度も何度も、突き上げて貪る。
 腕の中で嬌声を上げ、果ててしまうまで。

 目覚めると朝で、はすでに自分の浴衣を着かけていた。
 ベックマンも着せてもらい、最後に軽いキスを交わす。
「これっきり、なのよね?」
「ああ、そうだ」
 嘘は言えない。期待などかけらも持たせるわけにはいかなかった。
 腕の中で、は黙って微笑んでいる。可憐な花のように。
 そしてこの恋は花火のように、一瞬で燃え尽き消えてしまうのだ――今までと同じように。
「……」
 そう思うと急に名残惜しくなって、衝動的にの体を抱きしめた。
 こんなときに言うべき言葉を知らない。ただ長いこと、無言で抱きしめ、小さな体の体温と息遣いとをじかに感じていた。

 秘められた小部屋から新しい太陽の下へ出てゆくときには、いつも気後れを感じる。前の晩の淫らさと、一夜だけの儚さやずるさを白日の下暴かれ晒されるようで、気まずいからだ。
 を従えるようにして連れ込み宿を出た瞬間、隣の同じような建物から出てきたカップルの男の方と目が合って、ベックマンは思わずうろたえた。その、隻腕赤髪の男に、いやというほど見覚えがあったからだ。
「おおベン、びっくりした。奇遇だな」
 こんな場所ではバッタリ会っても知らないフリをし合うのがマナーだと思うのだが。破天荒な我らがお頭は、いつもと同じ能天気な笑顔を浮かべて近寄ってくる。
「ちょうどよかった、あのさ……」
「……お姉ちゃん!」
「え?」
 次に叫んだのはシャンクスの連れの若い女だ。の方を指差して、口もとを押さえている。
 はといえば、真っ赤な顔をしてベックマンの背中に隠れようとしていた。
「えー何、フィアンセとデートのはずじゃなかったの?」
「ち、ちょっとその話は後で……それより何なの、その浴衣!」
「そーなんだよ。おれもこの子も、浴衣自分じゃ着れなくてさ……ちょうどいいとこで会ったよ、直してくれねェか?」
 これまた気まずいであろう姉妹の間に、またもや意に介さないシャンクスが割って入る。よく見ると確かに二人の着付けはひどいものだった。
「ま、全くもぉ……」
「あっお姉ちゃん、そのぬいぐるみ!」
「ぬいぐるみはあと!」
 さっさと、慣れた手つきで直してゆく。
 妹がぬいぐるみ好きというのは本当らしく、なすがままにされながらも大きな白クマにきらきらした目を向けている。
 と、その妹の首筋や胸元に赤い跡が散らばっているのを見つけ、ベックマンはため息をつきながらお頭の襟元を引っ張った。
「……何をあんな目立つところに印付けてんだ……あんな若い娘に」
 小さな声で咎めるも、
「だって付けて欲しいってせがまれたんだもんよ」
 お頭はまるで悪びれない。それどころか自身の体にも印を散らされている有様だ。
「示しがつかねェな全く! 船に戻ったらすぐ、それ全部隠れる服を着ろ」
「ハイネック着ろってのか?」
「そうだ」
 ぶつくさ文句を言うお頭の浴衣の、あっちを引っ張りこっちを締めて、何とか格好がつくまでに直してやり、ふと見ると、も妹に対して何か小言めいたことを言って聞かせているのだった。
 ベックマンはふと口もとを緩ませる。……きっと、フラれたという奴よりもいい男に出会えるだろう。
 そのとき、この夏の花火のような恋を、果たして覚えてくれているだろうか。
 そんなことを考えながら、朝日の眩しさに目を細め、まだ女の子たちにちょっかいを出したがっているシャンクスを促して、船に向かった。







                                                             END





 ・あとがき・

リクエストありがとうございました。「ワノ国で浴衣美人とのひと夏の恋」いかがでしょう。捧げさせていただきます。
大人の男が素敵、ということで、シャンクスかベックマンでのリクエストでしたが、まだベックマン夢を書いたことがなかったので、今回は副船長で。そして副船長視点で書いてみました。
リクエストには大人度がありませんでしたので、勝手に濡れ場まで書いてしまいましたが、嫌でしたらすみません。

シャンクスはちょっと女好きな感じになってしまいましたが、そんなふうにあっけらかんと楽しむのも彼らしいかと思いまして。若い女の子掴まえちゃってね。もしかしたらそんなシャンクス側も書くかも知れません。
ちゃんと妹ちゃんは、ちょっと年の離れた姉妹という感覚で書きました。

射的のところとか蚊取り線香の辺りは、「テルマエ・ロマエ」の感じで。このマンガも好き。映画見てきちゃった。

ワノ国、そのうち本編に出てくるんですかね。もっと昔の日本の感じなのかも知れない。みんなが着物着てるような。






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