「待てよー、!」
 今日も今日とて――、
「やだやだー! 何で追いかけてくるのよ、変態ルフィー!」
 ゴーイングメリー号は、大騒ぎ。



 いつか花になる



「またあいつ、ちゃんを追いかけ回してやがる」
「幼馴染だもん、好きで好きでしょうがないのよ」
 苦々しげなコックと、微笑ましく見守る航海士の脇を、がばたばたと駆けてゆく。それを追ってぐんと伸びてきたゴムの腕を、サンジは蹴り飛ばしてやった。が、すぐにルフィが同じルートを走ってくる。
「何だよ、冷たいなー! 海に出たばっかのころは、いつもくっついてたじゃないか。樽に入ったときなんか、こう、ぎゅーっとさ!」
 全然懲りない船長が、走って迫る。誰かが助ける暇もなく、船首近くまで逃げたの身体にはびよーんと伸びたルフィの両腕が絡みついていた。
「こんなふうに!」
 ゴムが縮む力で、否応なく引き寄せられる。
 眩しいほど満面の笑顔の前で、は手足をじたばたさせ必死で逃げようともがいていた。
「それは、あのときは狭かったからよ! ルフィ、エッチなこと考えてるもん絶対!」
「考えてねえよ、好きだから近くにいてえだけだ!」
「そんなこと大声で言わないでよ、恥ずかしいよー」
 船全体に響いてる。
「……はたで聞いてる方が恥ずかしい……」
 ちょっと赤くなってるウソップと、真っ赤になってるチョッパー。ビビはころころ笑っている。
 そんな中、ゾロだけは顔色も変えずにひたすら修練を続けていた。
 いつもの光景であった。

 さてその夜、満ちた月も昇ってぼんやり照らされる海を眺めていたのもとへ、静かに麦わらの船長がやってきた。
「交代だ、お疲れさん」
「うん」
 すぐに行こうとするの手首が、がっちりと掴まれる。
「ちょっと、話さねぇか」
 月の下だからか、いつもと違うひそやかな声音と真面目な表情に、は逃げ出すタイミングを狂わされてしまった。

「おれと一緒に行くって言ってくれたから、てっきりエースよりおれを選んでくれたのかと思ってたのに……本当は違ったのか」
「……」
 幼い頃、兄弟の契りを交わした四人のうち、サボを失ってから、成長するにつれてそれぞれに芽生えた気持ち。隠し事の出来ない仲だから、エースとルフィはぶつかり合い、はそれに翻弄されるように、どっちつかずで揺れていた。
 三年前、エースが出航するとき、エースはを誘った。絶対に守ってやるから、一緒に行こうと。
 だがはそれを断り、ルフィと行くと告げたのだ。
「……あのときは、まだエースの足手まといにしかならなかったから。もっと強くなってからって思ったの」
 懐かしそうな表情をして、月を見上げるは美しく、ルフィの胸を打った。瞳が潤んでいるように見えるのは、夜を照らすには頼りない光のせいだろうか。
「エース、言ってたの。同じ海の上にいれば、いつか会えるときが来るって……」
 暗い海の向こうに何を見ているのか、夢の中のようにうっとりとして。
 端整な横顔のラインを、ルフィはいっしんに見つめながら問うた。
「エースを、好きなのか」
 はすぐには答えない。たっぷり逡巡して、挙句、自分の足元に目を落とし蚊の泣くような声を絞り出した。
「……分かんない……」
 固く握ったこぶしが震えている。そっと、ルフィは手を出して、の手を包み込むように握ってやった。
「私、こんな中途半端で……、ルフィに期待させちゃ悪いから……」
 それでも手を振りほどかれたりはしないことに、ルフィは安心していた。
「おれ、エースに負けたくねえ。そりゃ昔は勝てたことがなかったけど、今なら負けねぇよ」
「そーゆーことじゃないでしょ」
 ようやく顔を上げ、うっすら笑う。
 とてつもなく切ない衝動に襲われ、ルフィはの腕を強く引き、自分の腕の中に閉じ込めた。
「いや……こういうの、困る」
 戸惑いがちな抵抗が、何故か気に障った。征服してやりたい――いつにもなく残酷な気持ちになる。
、おれ、分かんねぇし、待てねぇ」
「ルフィ、いやだ」
 ばたばた暴れ出すのを押さえつけ、強引に、唇を奪った。

「……!?」
 確かに触れた、熱い唇。は固まってしまう。頭の中が真っ白だ。
 ぎこちなく、触れ続けるだけのキスは、いつまで続いたか分からない。が力一杯はねのけなければ。
「……いや、ルフィいや!」
 それでも腕の中からは逃れられない。いつの間にこんなに力の強い男になったのだろうと、改めて思う。
 息苦しくて、心臓が激しく鼓動していた。
 月の下、麦わら帽子の下、ルフィの眼は真っ直ぐにを射抜いている。
、おれのことは? 好きじゃねぇの?」
「……ムリヤリこんなことをするような人、きらい……」
「……」
 素直なルフィの、傷ついた表情を見て、きらいは言い過ぎたかなと後悔する。
 だがが何か言うのを待たず、ルフィは両手を離し、背を向けると帽子に手をかけながらすとんと腰を下ろしてしまった。
「悪かった。でも、おれ、が欲しいんだ」
「……私、もう戻る……」
 逃げるように、その場を後にした。
 震えながら振り返ると、月の影になったルフィの後ろ姿は、ひどく寂しそうに見えた。
 は自分の唇に指で触れてみる。熱がまだ悩ましく残っていた。

 それが、前触れだったかのように。
 ルフィとは、次の日に、兄エースと出会った。

 エースはルフィを助け、それから船まで来ると弟に一枚の紙切れを渡し、仲間たちに挨拶をした。
 ルフィの兄とは思えぬ礼儀正しさに皆が驚いたり感心したりしている中、はエースに申し出た。二人きりで話がしたい、と。
 ルフィは激しく抵抗して、を隠そうとしたけれど、他のクルーたちの協力のおかげで何とかラウンジで二人きりになることが出来た。
 三年ぶりに会うエースはぐんと逞しく男らしくなっていて、こうしてそばにいるだけでドキドキしてしまう。
、べっぴんさんになったじゃねーか。ルフィと仲良くやってるようで安心したよ」
「仲良くって……一応言っておくけど、私別にルフィと付き合ってるわけじゃないんだから」
 誤解されては困る。の言葉には力がこもっていた。
「ヘェ、そうなのか?」
 エースは心底意外といった表情をして、椅子を引き出し掛けた。
「でもさっきのルフィ、完全におれに嫉妬してたぜ。相当お前のこと好きだってことだァ。応えてやれよ!」
「……」
 何の作為もない笑顔が、の胸に刺さる。――本気でそんなこと言ってるの……!?
「エースのバカぁ!」
 勢いに任せて飛びつくと、椅子がガタンと鳴る。エースはおっと、と言いながら、それでもしっかりと抱き止めてくれた。
「私あのとき、本当はエースと行きたかったの! でもまだ早いって、エースの足手まといになるって思って……我慢してたのよ! 同じ海にいればいつかは会えるって、エースが言ってたから……!」
「…………、ああそうか…………」
 大きな温かい手のひらを、背中に感じた。ゆっくりと撫でながら、エースは何か言うべき言葉を選んでいるようだった。
 エースの鍛えられた体にしがみついて、炎のくすぶるような彼の匂いに包まれ、はじっと待っている。
「お前が、おれと来るのを拒んだあのときに、決まってしまってたのかも知れねぇな……」
「……エース」
 残酷な言葉だった。それを限りなく優しく、追慕すら滲ませてエースは言うのだ。
 は思わず顔を上げる。すっかり大人の男になったエースの、慈しむような瞳に、ぶつかった。
「おれじゃだめだ、。おれじゃお前を幸せにはしてやれねぇんだよ」
 己の身の上を、己が今なさなければならないことを、エースは想う。
 そこにどうしてもを入れてやれないことは、彼にとっても本当は悔しく切ないことだった。
「お前が幸せなら、おれも嬉しいんだ。だからお前はルフィのそばにいろよ……なァ」
「……」
 兄と呼び、いつしか初恋の相手となっていた大切な人が、今、こんなにも遠く感じる。
 の心ははたと凪いで、波ひとつない中に、何かがすとんと落ちてきた。
 小さいけれどあたたかな、ひとつの想い。
 は知っていた。これを大切に抱いていれば、いつか枯れない思い出の花と咲くことを。
 今はちょっと、痛いけれど――。
「エース、それなら最後に、キスしてくれる?」
 昨夜ルフィに強引に奪われたキスを、相殺するつもりだった。そうして新しく始めようとして、はねだったのだ。
 エースは無言での身体を抱き上げ、自分の膝に座らせると、覆い被さるようにして唇に唇を重ねた。
 予想外に激しく深いキスに驚いて、反射的に逃げようとするも、しっかり抱きかかえられていて敵わない。
 めちゃくちゃに口腔内を蹂躙され、それだけではない、胸を乱暴に揉まれまでして、そんな経験のないは気が遠くなりそうだった。
 長い時間の後、ようやく解放されて、大きく息をつく。目の前のエースをぼんやり見ていたら、急に我に返った。
「こ、ここまでしてなんて言わなかったのに……」
 涙目でにらみ上げる。
 ようやっとエースの腕から逃れ、ふらついてテーブルにもたれかかる。体中の血の巡りが良すぎて、顔なんてきっと真っ赤だ。
「あァ……ひどい男なんだァおれは。ま、続きはルフィにしてもらえよ」
 オレンジ色のテンガロンハットを上から押さえつけるような仕草をしたエースの表情を、見て取ることは出来なかった。
 はそっと、涙をぬぐった。

「良かったー! がエースと行っちまうんじゃないかと思って、気が気じゃなかったー」
「……行けるわけないじゃない。エースは急いでたんだし」
「そーかそーか、そーだよな! うーん腹減った!」
 安心したとたん、すぐこれだ。も思わず笑ってしまう。
――結局、いつでもそばにいてくれるのは――
 海賊王になる男の、天真爛漫な笑顔を見上げる。
 そばで輝く太陽が眩しくて、目を眇めると、鼻の奥がつんとした。

 そんな二人がようやく結ばれたのは、その二年後。サウザンドサニー号の地下で、ひっそりと。
、もっとこっちに来いよ」
「くすぐったい、ルフィ」
 暗い中身を寄せ合って、くすくす笑い合う。子供みたいに。
 戯れのキスは徐々に熱を帯びて、互いを探り合ううち激しさを増す。
 ルフィとこんなキスを交わすのは初めてじゃないけれど――本当は、その度思い出している。あの、大好きだった人がくれた、最初で最後の、キスを――。
 今、好きな人と触れ合う喜びに包まれていても、それは決して隠されはしない。
 ルフィと何度キスを交わしても、今からするように、体を重ねてさえも。
 そして必ず、痛みと甘さとを呼び起こさせるのだ。
「悪ィな、こんなとこで」
「ううん、大丈夫だよ」
 上気した頬を寄せる。心臓の鼓動を伝え合うくらいに密着すれば、胸がいっぱいに満たされる。
 あのときのままの恋心、その貴さと痛みを抱いたままで、ルフィを愛することを決めていた。ただしこれは、の永遠の秘密だ。
 秘密の罪はそれ自体罰だけど、多分ルフィは許してくれる。許すという自覚もないままに。
 海のような広い心で。
「どうしたんだよ、
「何が?」
「悲しそうだぞお前。なんか、泣きそうだ」
 体中に触れていた手をいったん止めて、さっきのように穏やかに抱き直してくれる。そうしてじっと、顔を覗き込んできて。
「いやだったら、別に今じゃなくてもいいんだ」
 優しさに触れたら、の方が止められなくなる。
「……ううん」
 自分から口付けて、接近した。
「今がいい……嬉しいときだって泣くのよ」
「そーか。ならいいけど」
 いつもの笑顔にほっとする。
 肌を晒すのは少し恥ずかしかったけれど、直に触れ合って体温を分け合うのは嬉しいことだった。
「ルフィ……」
「んー?」
「……大好きだよ」
「おれも、だいすきだー!」
 ぎゅうぎゅう、ほっぺにほっぺをくっつけられ、は思わず声を出して笑う。
「ずーっと好きだったんだからな! ずーっと、とこんなことしたかったんだ!」
「ルフィったら」
 そうして体のあちこちに、キスを散らされて、笑い声はだんだんに、艶めいた喘ぎ声に変わってゆく。

 ゆっくり、時間をかけて、ようやく一つになれたとき、やはりはエースのことを想った。恋に溺れる中で、ほんの少しの時間ではあったけれど。
(エース……私、幸せだよ……)
 今、花開いて。





                                                             END



       ・あとがき・


ルフィも好きです。ルフィはほんと素直で真っ直ぐだから、好きなら好きって相手や周りを構わず迫って来そう。そんなラブラブな話を書こうかとも思ったんですが、勉強のためあちこちのサイトさんを見て回ったときにそういう可愛いお話をたくさん読ませてもらったので、こんなに素敵な話があるなら、今から私が書かなくてもいいかな。なんて気持ちになってしまいました。
エースも好きだから三角関係とか、真面目でちょっと切ない感じとか、色々考えてこんな話に。
甘切ないっていうんですかね……。





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