一日の仕事を終えたが家に帰ると、庭で行き倒れているおじいさんを見つけた。
honey
死んでいるのかと思ったら、「何か食べ物を……」と弱々しく呟いたので、家の中に入れて食事を出してあげた。
「……いや助かったよ。ありがとう、お嬢さん」
お礼を言いながらちゃっかりおかわりをしている。
白髪にメガネの老人だけれど、何て強い眼をした人だろう。は背筋がぞくりとするのを感じた。恐怖と背中合わせの、高揚感だ。
「あの、良かったらお風呂もどうぞ。泊まって行ってもいいよ、私一人暮らしだし、遠慮はいらないから」
「すまないな。ではお言葉に甘えよう」
ニコリと笑うと、顔中にさらにしわが寄る。なんだか、可愛い。
はもう、このレイさんというおじいさんのことが気に入っていた。
「レイさん、背中流してあげるー」
バスタオル一枚だけを巻いた格好でお風呂場の戸を開けると、ちょうど体を洗っていたレイさんはさすがに驚いた顔をして振り向いた。
「いや、そんなことはしてもらわなくても……」
「いいからいいから」
強引に泡だらけのタオルを奪い取って、背中をこすり始める。
おじいさんなのに、広い背中は無駄なところがひとつもなく締まっており、体中に古傷があった。
のような平凡な女子にだって一目で分かる。この人がただ者ではないこと。
「レイさんって、何者なの?」
「ん、ああ、この傷か……若いころは無茶をしたものだ」
「そうみたいね」
詳しいことを話してくれるつもりはないらしい。はシャワーを出して、石鹸の泡を洗い流してあげた。ほれぼれするような逞しい肉体に、心拍が上がる。
「私もこのまま一緒にお風呂入っちゃお」
「それは困るな……」
と口では言っていても、本気で拒んでいないことは分かった。
「ねぇ、レイさん……私と、……しない?」
湯船の中、向かい合わせの形で浸かって、ちょっとのぼせ気味。
湯気の向こうで、レイさんは目を伏せるようにして笑う。
「フフ……私ではキミのような若いお嬢さんを満足させられはしないよ」
「満足なんてしなくても……」
「まぁ、こっちに来なさい」
手招きされてすいっと近寄れば、体の向きを反転させられて、後ろから軽く腕を回される。
「……これくらいで、我慢してもらおうかな」
「レイさん、これじゃますます蛇の生殺しといいましょうか……」
点いてしまった欲望の火を、どうしてくれるのか。
「キミには恋人がいるんだろ? 彼氏に悪いからな」
「……」
部屋の棚に並んだペアのカップや洗面所の歯ブラシ……痕跡だらけだ。言い当てられても不思議はない。
「……ケンカ、しちゃって」
「早く仲直りするんだな」
低く優しい声が、お風呂場特有のエコーを帯びて、の心に染みる。
抱きしめるというには弱い、そっと添えられた逞しい腕に、もう少し、体を委ねてみた。
「……ドキドキする」
「湯当たりしたかな」
「そんなこと言って」
ちょっと口を尖らせて、後ろにいる人の顔を見ようと振り仰いだら、不意打ちで唇にキスされた。
「……大サービスだ」
間近で囁かれて、もうこのまま、お湯に溶けてしまいそうなほど、蕩けた。
「世話になったね。またどこかで会ったら、この恩を返させてもらうよ」
「もっと泊まっていってもいいのに」
「変な噂が立ったりしたら困るだろう。彼氏とも仲直りしなきゃならないんだし……何より私の理性がもたないからな」
「え?」
最後の一言はよく聞き取れなかった。
「いや、こっちのことだ。じゃあ達者でな」
太陽の下、立ち去ろうとするのを、抱きつくことで引き止める。
「最後にもう一度、キスして」
子供みたいにねだったら、困ったように笑ってみせる。メガネの奥の瞳が、優しく細められていた。
「大サービスは一度だけだから、おしまいだよ」
「……けち」
「幸せになりなさい。キミのような女性がいつまでも一人暮らしをしているものじゃない」
そう言って、そっとおでこにキスを落としてくれた。
そして謎の老人、レイさんは、笑って手を振り行ってしまった。
後ろ姿を、見えなくなるまで見送って。
彼氏に連絡するのは、もう少し後にしようとは思う。
すぐにだと、どうしても比べてしまって、彼氏とまたケンカしてしまいそうだから。
END
・あとがき・
レイリーもかっこいいね。シブい。若いころより今の方がかっこよさ増してると思う。
どこか飄々として、女好き、ギャンブル好き? でも紳士。こんなおじいさんがいたら、年齢越えて惚れちゃうかも!
シャッキーさんいわく、女のところを渡り歩いているようですが、実際はどんな感じだったんだろう。
レイリーもちゃんのことは特別に気に入っちゃったので、かえって手も出せず長居も出来なかった、ということで。
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