近ごろどうも調子が狂う。
 気が付くとぼんやりしていたり、好きなギャンプルにも身が入らない。
 一番ひどいのは、昼休み間近のこの時間。時計を見たり、辺りを見回したり、そわそわしてしまって、仕事が手に付かない。
 こんなことでは、いかん。
 ガレーラカンパニーの1番ドック艤装・マスト職職長ともあろう自分が――。



 ハレンチ女と不器用男



 パウリーには元凶が分かっていた。
 いつも昼休みになると何かしら差し入れを持ってやってくるこの女……
「今日は唐揚げを作ってみたの。皆さんどうぞ!」
「ウォー、うまそー!」
「いただきまーす、ちゃん!」
 が来ると、野郎ばかりの中にぱっと花が咲いたように華やかになる。
 はアイスバーグの新秘書に応募したが、残念ながら選に漏れてしまった娘だ。が、それが縁で、ガレーラカンパニーに立ち入るようになった。
 本来関係者以外は立ち入り禁止のはずだが、いつの間にやら関係者になっていたかのごとく、誰も咎める者もない。
 それどころか、彼女はいつも大人気だった。
ちゃん、ここ座れよ」
「ずりーぞ! こっちだこっち!」
「ごめん、ちょっと待ってね」
 引く手あまたの中、男たちに軽く手を振り、パウリーの方に真っ直ぐ向かってくる。
「パウリー、唐揚げ食べた?」
「お、おう。それより、今日もまたそんな短いスカートを穿いてきやがって……ここは男の職場だって何度言えば分かるんだ」
 直視できずに顔を逸らすパウリーの隣に、頓着せずに腰を下ろす。膝も腿もますますあらわになるため、パウリーは更に目のやり場に困り、そっぽを向いてしまった。
「パウリー、今度食事でも奢ってよ」
「金がねェよ」
 唐揚げを頬張る。花嫁修業中というの手料理は皆にも大好評で、本当においしい。パウリーはよくよくかみ締め、味わっていた。
 隣では大仰なため息をこぼしている。
「ギャンブルやめたら? 借金がある男のとこなんて、誰もお嫁さん来ないよ」
「うるせー、おれの生き方に文句をつけるな! ハレンチな女に何が分かるってんだ!」
「……ハイハイ」
 呆れたようには立ち上がり、向こうで手招きしている別の奴らのところへ移動してしまった。
 パウリーの胸が痛くなる。唐揚げが詰まったかと胸を叩いてみたが、治らない。
 どうも、おかしい。元凶は分かるが原因が分からない。
 何かの病気、なのだろうか。

「ンマー、おれに相談って、そのことか」
「忙しいとこすいません」
「いや、予定は全部キャンセルしたから忙しくはない」
「……相変わらずですね」
 さすがのパウリーも苦笑する。アイスバーグ市長の破天荒ぶりは健在だ。
「……とにかく、昼休みが近くなったり、を見たり、が来なかったり、あとは他の奴らと話したりしてるのを見ると、ここが苦しくなって……」
 自分の胸を指し示してみせる。
「……と話すとそっけなくなっちまうし……ギャンブルも最近全然楽しくない。おかしいんですよ。医者に行った方がいいすかね」
 ガレーラカンパニーの社長であり、ここウォーターセブンの市長でもあるアイスバーグは、何だか困り果てたような、また、奇妙な生物でも見るような目つきでパウリーを見やっていた。
「医者じゃ治せんだろう。お前それが何なのか、分からないのか本当に」
 こんなに分かりやすい症状はないと思うのだが。パウリーのキョトンとした目にぶつかって、アイスバーグは額に手を添える。
「……男だけの中で生きてきたせいか? それにしても……」
「アイスバーグさん、おれ、どうすりゃいいんですか。医者もダメだと……」
 でかいなりのくせに、情けない声を出して。
 アイスバーグはつい笑ってしまう。
「ンマー、世話の焼ける奴だ」

 翌日。
「アイスバーグさん、用事って何ですか」
 呼び出されたので応接室に入るが、当のアイスバーグさんがいない。その代わり、ソファには一人の女の子が座っていた。
!?」
「……パウリー」
 も目を見開いて、立ち上がった。今日もミニスカートからすらりと伸びる脚が眩しい。
「お、お前またそんな格好を……それより、アイスバーグさんは……」
「分かんない。私もアイスバーグさんに呼ばれて来たんだけど」
「お前も……?」
 部屋の中を見回すが、しかいない。つまり、二人きり……。
「……」
 急に頭に血が昇り、焦ってパウリーはドアに手をかけた。ところが開かない。
「!? 鍵が……」
 閉じ込められたのだろうか、と二人きりで。
「……!!」
 気が動転してしまい、とにかくと葉巻に火をつける。
 は顔をしかめ、右手をぱたぱたさせた。
「密室でタバコはやめてよ」
「お前こそハレンチな格好はいい加減やめろ……いやよく考えれば今はいいか。他の野郎がいないから」
「?」
 は不思議そうな顔をしたが、同時にパウリーも首をひねっていた。
 以前の、カリファや海賊の女に対するのとは、違う気持ちだということに気付いたのだ。カリファたちのは本当に見せられて困っていたのだが、の場合は他の男に見られるのがイヤだったのだと。
 こうして二人しかいないと……、むしろ、見たいかも知れない。
「何チラ見してるのよ」
「みっ見てねェっ」
 葉巻からスパスパと煙を吐くと、はまたソファに腰を下ろし、軽く息をついた。
「……パウリーは、私のこと嫌い? 何だかいつも怒ってるみたい」
「おっお前がハレンチだからだ」
 の方を見ることが出来ない。本当は見たいのに……いや見たいわけじゃないが……。
 パウリーがモヤモヤしていると、はとんでもない発言をした。
「……ハレンチって言われたくて、こういう短いの穿いてるんだよ」
「何だお前ヘンタイなのか!?」
 思わずの方を向いてしまった。急にはそらせず、また脚をじっと見るわけにもいかないので、仕方なく顔の辺りに視線をさまよわす。
 のほっぺの辺りはピンク色になっていた。なぜか下を向いてもじもじしている。
「だって、少なくとも、声をかけてもらえるから……。パウリーに声をかけてもらいたくて、私……」
「……」
 どういう意味だ、どういう意味だ!?
 脳みそフル回転させて解読したいのに、全く回らない。あまりの空回りっぷりに目が回りそうだ。
「だって……だって私、あなたのことが……」
 の唇が動いているのを、ただ見ていた。内容は頭に入ってこない。上目遣いの目が、やけに可愛い。
「パウリーのことが……」
「ンマー! 待て!」
 いきなりドアが開き、呼び出した張本人の登場に、二人ともドアの方に注目する。
「アイスバーグさん!?」
 言おうとした言葉の続きが宙に浮き、は口をぱくぱくさせている。
 アイスバーグは部屋の中につかつか進み入り、突然パウリーを叱り飛ばした。
「黙って聞いていれば、お前は何をしているんだ! 女の方から言わせるとは何事だ!?」
「……聞いていたんですかアイスバーグさん……」
 よく見ればドアに鍵はついていない。まさかさっきは、アイスバーグが外から押さえて開かないようにしていたのだろうか。その姿を想像するとちょっと笑えるが。
 は恥ずかしさとちょっぴり恨めしさの混じった顔で、何も分かっていないパウリーは何も分かっていないような顔で、それぞれ社長を市長を見ている。
 多少は決まり悪さがあるのか、アイスバーグは咳払いをした。
「ンマー何だ、お前たちのことが心配でな、あんまりじれったくて……」
「そっそれでわざわざ、こんなことを……」
 はますます赤くなる。パウリーと二人きりになるチャンスを作ってくれたのだと分かったからだ。多忙なアイスバーグさんが、自分たちのために。
 ドアの外から盗み聞きをしていたのはどうかと思うが。
「パウリー! お前の気持ちをちゃんと言え」
「おれの気持ち……?」
「そうだ。お前のへの正直な気持ちを伝えろ。それが一番大切だ」
「えーと……」
 厳しいアイスバーグと、はにかんでいるとを交互に見て、パウリーは必死で考えた。
 今の、に対する、正直な気持ち……。
 ふっと、いつも持っているロープに気付く。手に握り、の方を向いた。
、おれ……」
「う、うん……」
 手にしっくり馴染むロープを見下ろし、またの方に顔を上げる。
「お前をロープで縛ってしまいたい気持ちだ」
 ……その場が、凍りついた。
「えーっ!?」
「ンマーそれじゃダメだろ……」
 もアイスバーグも、頭を抱える。
 ロープを両手にぴんと張って持ち、仁王立ちのパウリーも、さすがにハッとしたようだ。
 職人気質のなせる業か、不器用にもほどがある。

 それでもどういうわけか、には伝わったようで――。
 あくる日から、お昼には二人きりで、手作りの弁当を食べるようになった。
「ギャンブルはやめて、給料を計画的な返済に充てること。あと仕事には集中してね。そうじゃないと、お弁当ナシだからね」
「分かった。うまい」
 豪華なおかずを頬張って、笑顔を見せる。は長めのスカートかズボンを穿くようになったので、今や目のやり場に困ることもないのだった。
「なァ、
「何?」
 腹ペコパウリーのために握った特製巨大おにぎりにかぶりつきながら、笑顔のままで彼は言う。
「今度おれだけに、前みたいな短いスカート見せろよ」
「え……明日穿いてこようか?」
「それじゃダメだ、他の男にも見られちまう。おれだけにだ。そうだ、おれの家に来いよ」
 パウリーは一人暮らしだ。は身構えてしまう。
「そ、そういうのは、まだ早いんじゃない?」
「? 何がだよ」
 本気で無垢だから、恥じらったり期待したりしてしまうこっちが、先走っているかのようで恥ずかしくなる。
 実はまだ指一本も触れていない奥手っぷりなのに。
「私のこと、そのロープで縛らないの?」
 ちょっと、仕掛けてみる。
「いやあれはものの例えだ。あのとき、正直な気持ちを言えっていうから……、なんか、これで縛っておれのそばに置いておきたいって急に思ってよ」
「……」
 こういうことをさらっと言うんだから、ズルイ。
 彼には勝てない……ずっと好きだった。昼休みに差し入れ持って通っていたのも、ただパウリーだけが目当てだったのだから。
「……でもお前がそうしたいって言うなら、今度家でハレンチな格好をしてくれたときに縛ってやってもいいぞ!」
 何故か偉そうに言い放つ。
「イヤ、別に、して欲しいって言ってないでしょ」
 ほとんど変態発言だ。……それを聞いてちょっとドキドキしてしまったのも確かだけれど。
 などと思っていたら、口もとにパウリーの視線を感じる。
「おい、めしつぶついてるぞ」
 そう言うや、の二の腕を引き寄せると、ごはんつぶを取ってくれた……パウリー自身の、口で。
(あ……)
 唇の位置を唇でさぐって、今度は本当のキスを。
 あまりの不意打ちにの息は止まりそうになる。心音が高くなり、息苦しいが、キスの最中なので静かに呼吸を続けた。
 いつしか強く抱き合って、求め合うように長い口づけをしていた。
「……パウリー……」
 ようやく離れたら、甘い吐息がこぼれた。
「……悪ィ」
 照れ隠しなのか、の体を軽く押しやるようにして、葉巻に火をつける。
「……いいの」
 すっかり空っぽになった弁当箱を片付けながら、の心は幸せな恋の色に満たされてゆく。
 葉巻をくわえているパウリーの、これまた照れ隠しか、ムッとしたような横顔を見つめる。
 いつも頭につけているゴーグルとか、職人の鍛えられた体とか。
 改めて、パウリーは素敵だなと浸ってしまった。
「私……、パウリーの家にお邪魔しようかな……」
 思い切って言ってみると、ぱっと顔を輝かせる。
「お、短いスカート見せてくれるんだな。じゃあ週末な」
「う、うん……」
 何か起こるのか、何もなく肩すかしか。
 週末まできっと、ドキドキしっぱなしだ。







                                                             END





  ・あとがき・

パウリーです。拍手コメントにてパウリーを、というネタをいただいたので早速書いてみました。くださった方ありがとうございました! 貴女様に捧げます、いかがでしたでしょうか。

パウリーはカッコイイですね。スモーカーみたいで。私スモーカーも好きなんです。
女の子が短いスカートを穿いているだけであんな反応だから、絶対におくてだろうと。だけど油断していると結構ドキッとするような言動をして、彼女をときめかせるんじゃないかな。という妄想で書いてみました。
こういうまだまだほのかな話も大好き。
週末……何が起きるんでしょうね。続きを書くのも面白そうです。






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