「で、それでね、国境のとこで別れたの。今度会うときには、私絶対、中忍になってるんだ!」
「……」
ウキウキイキイキと、一泊旅行の顛末を語り終えた親友に、水を差しては悪い。とは思いつつも。
「……それだけ?」
白け切った表情と声を、押し殺すことがどうしても出来ないテンテンだった。
wants 5
「えっ」
「えっ、じゃないわよ。せっかく同じ部屋になって、星見て気分盛り上げて……、挙句何もなかったって、どーゆーコトよっ!?」
彼氏との旅行から帰ってきたというので、早速土産話でもとの部屋を訪れたテンテン。彼女の話しぶりにどんどん期待を高められていったのに、最後食らったのは盛大な肩すかしだ。
詰め寄らんとする、その怒りは本気だった。
「だって、つい寝ちゃったんだもん」
「もう〜、つまり、あんたはまだお子ちゃまってことね!」
からかうような調子になったので、もへへへ、と笑いで返す。
「そうよ。だから、そーゆーのまだ早いのよっ」
カンクロウは、その気になってたみたいだけど……とは言えない、さすがに。
いかに親友といえど、伏せるべき部分はわきまえて話したつもりだ。
それに、襲われたときの恐怖と同時に、確かに感じた胸の疼きは、自分だけの秘密にしておきたかった。
「それはともかく、これ……、本当にプレゼントってくれたの? 言っちゃなんだけど、ちょっと気味悪くない?」
テンテンはテーブルの上にあごを乗っけて、首を傾ける。そこにはまんまるの目をした傀儡人形が座っているのだった。あたかもおしゃべりに参加しているかのように、ちゃっかりとテーブルの一辺を占領して。
その不気味さにテンテンは眉をひそめるが、は構わずにここにしている。
「うん。カンジュロウっていうの。彼がくれたものだもん、何だって嬉しいのよ」
「はあ〜ごちそう様」
彼が彼ならも。お似合いカップルだ。
「それに、ほら」
が右手の人さし指を動かしてみせると、カンジュロウも右手を上げた。
テンテンは驚いて目を凝らす。
細いチャクラの糸が、一本、の指先から伸びていて、それが傀儡を動かしているのだと知った。
は照れ笑いをして、糸を外す。人形の手がガタンと床に落ち、テンテンをびくりとさせた。
「今はまだこれくらいしか出来ないけど、練習してみようと思うの」
「ってあんた、傀儡使いになるわけ、今から?」
カンクロウとが並んで、それぞれのカラクリを操るさまを脳裏に浮かべ、妙な顔をする。夫婦漫才にしか見えない。
だがは笑って否定した。
「まさか。カンクロウも物心付く前から人形を操る練習をして、傀儡師になったって言ってたもん。今から本格的に目指すのは無理だよ」
物心付く前からは嘘っぽいとテンテンは思った。
「……ただ、何かのヒントになりそうな気がして。新しい術を編み出せないかなって」
「なるほど。のオリジナル術が出来るかもね。それで、次の……」
「「中忍試験突破を目指す!!」」
二つの声が凛と重なり、笑みを誘う。いつしか瞳も輝き始めた。
「よし。これ以上からいい話も聞けそうもないし、何かじっとしていたくなくなったわ」
テンテンに続いて、も勢い良く立ち上がる。
「私も! 外に行こうか」
「いつもの場所まで、どっちが早いか競走よ!」
「あっズルイっ!」
窓からひらりと出て行ったテンテンを、即座に追う。
部屋に一人残されたカンジュロウは、何となしに寂しそうだった。
「お帰りカンクロウ」
「旅行はどうだった」
「……なんだよテマリ、わざわざ我愛羅まで連れてきて、オレのお出迎えか?」
それにしては荷物を持ってくれる気配もなく、テマリは何故かニヤッとして背中を押してくる。
「さあ早く家に戻って、茶でも飲みながらゆっくり話を聞かせてもらうぞ」
「えっ別に話すこと何もないじゃん……」
気にせずずんずん押してゆく姉の勢いに引きつつも、我愛羅も黙って後についていった。
「何ッ何もしてないだと!? 嘘をつけ!!」
「うっ嘘じゃねぇよ。つーか何で姉貴にそんなこと言わなきゃなんねーんだよ」
「うるさい。いいか、とのことはお前だけの問題じゃないんだ。ええい饅頭食ってる場合か!?」
弟の食べかけ温泉饅頭(お土産)を取り上げる。カンクロウは口を尖らせ、恨めしそうに見ているが、それどころじゃない。
「何で手を出さなかったんだ、チャンスだっただろ、同じ部屋だったんだから!」
興奮してまくし立ててから、しまったと口を押さえる。時すでに遅く、カンクロウはハッとし、次に疑いの目を向けてきた。
「ちょっと待てよ。何で同じ部屋とか知ってんだよ。オレそんなこと言ってないじゃん」
「い、いや……饅頭食うか?」
「いらねーよ。……そうかどうもおかしいと思ってたんだけどよ……姉貴が手ェ回してたんだな!?」
道理で、あの旅館のおばあさんの態度といい、満室という割には空いている様子だったことといい……。
仕組まれていたのだ。
一組の布団が思い浮かんで、頭にカーッと血が昇る。を怯えさせてしまったのも、後先なしに押し倒してしまったのも、この姉のせいだったとは!
「フザケんじゃねーー!! 余計なことしやがってェーーー!!」
我知らず叩き付けたこぶしが、テーブルの上派手な音を立てて、お茶をひっくり返してしまう。
さすがのテマリも、椅子ごと後ずさった。
「い、いや悪かった、ごめん……」
「テマリも悪気があったわけじゃない」
「我愛羅も、知ってたんならなんで止めねえんだよ!」
兄はカンカンだが、弟はいつものように冷静沈着。
「いや、に確実に姉さんになってもらうためだと言われたものだから……そんなに怒るとは思わなかった。すまない」
「……」
素直に頭を下げられて、とりあえず気を静める。我愛羅もを慕っているんだと思えば、悪い気はしなかった。
「それにしても、何でそんなことを」
「がお前に愛想尽かす前に、既成事実を作ってしまえば……と思ったんだ」
「だから何でオレがフラれること前提なんだいつも! それに、そんな勝手な理由でを危険に晒すなんて、を何だと思ってんだよ!!」
「……カンクロウ」
心打たれるものがあったか、テマリは手を自分の胸元に添える。そして大きく頷いた。
「お前は本当にのことを大切に思ってるんだな……私が悪かったよ。そうだよな、あのいたいけなを、野獣の檻に放り込むようなマネをしてしまって……」
「野獣は言い過ぎじゃん」
仮にも実の弟だ。
「まあでも、同じ部屋で良かったこともあったんだろ? ん? ん?」
肘でつつかれて赤くなり、顔をそらす。弟のそんな様子は肯定以外の何ものでもなく、テマリを満足げに微笑ませた。
「何だ、結局謝る必要もないんじゃないか」
我愛羅にまで言われて、腹立たしいやら照れくさいやら。
饅頭を奪い返して口の中に放り込んだら、不覚にもむせてしまった。
「お先に失礼しまーす」
「お疲れさま。ちゃん、この後任務なんだって? 大丈夫?」
心配げなイルカ先生に、は笑みで返す。
「平気です。行って来ます」
ひらりと、あっという間に出て行ってしまった。
今日の任務も自ら志願したとのこと、ハードだろうに、疲れた様子も見せない。
「充実してるなあ、ちゃん」
微笑みと同時にこぼれる独白。そんなイルカ先生の背後では、例の若い先生が、がっくり肩を落としている。
「なんか、もう完全に、高嶺の花って感じ……」
この間の休暇後から、ますます輝いて見えるに、もはや誘おうという勇気すら摘まれてしまったのだった。
木々に潜んで機を見てる。目に付くのは、見事な月――満月は明日だが、煌々と夜闇を照らし出す亮月を見上げ、は知らず、口もとを緩めていた。
遠く離れているけれど、彼も今、同じ月の下にいる。同じ夜空を見上げてる。
そう思うだけで、心は満たされるようだった。
「、集中しろ」
隣にいるネジに囁かれ、気を引き締める。今夜の任務は、ガイ班の助っ人だ。
「もうすぐだからな」
身構え、合図を待つ。
張りつめた緊張感の中で、クナイを握り直した。
――私、頑張るからね。貴方に置いていかれないように――
「あー疲れたー」
任務を終えてようやく部屋に戻り、カンクロウはいつもの癖で電話機を見てしまう。
しかしは留守のはず。今夜の任務は、もしかしたら朝までかかるかも知れないと言っていた。
(も頑張ってんじゃん)
水筒に残っていた水をあおりながら、窓辺に近付く。
空を見上げると、あの夜にはなかった月の眩しさに、想いの輪郭をつまびらかにされるような気がして、胸が息苦しくなる。
――お前が欲しいものが、オレと一緒だって分かったから、もう平気じゃん――
それぞれの目標に精一杯向かっていけば、いずれ未来に道は交わる。
遠い月を眺め、カンクロウはそう確信していた。
END
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