「あっ流れ星!」
「何っどこだよ」
「もう消えちゃった」
「ちっ、見逃したじゃん。願い事するんだったのによ」
「私も願い事し損なっちゃった。じゃあ、ずっと一緒の方角を見てようよ。それで流れ星見たら、一緒にお願いするの」
「よし」




 wants 4



「ねえ、カンクロウはどんなお願いしたの?」
「願い事ってのは口に出しちまっちゃダメじゃん。……でも、お前と同じだったらいいって思うけどな」
「……そう?」
 隣を歩くカンクロウを見上げながら、は照れ笑いをする。少しくすぐったかったのだ。
 でも、あのとき、長い尾を引いて強烈に流れた星に二人かけた願いが、もしぴったり重なっていたら……本当に素敵。
 そんなことを思いながら、一緒に旅館へと戻った。
 ずっと繋いでいた手を離したのは、例のおばあさんが出迎えてきたからだ。
「星きれいでしたでしょ? いやいやそれにしても、遅かったですねぇ。二人きりでイイ感じだったんでしょうねぇ〜?」
 身を乗り出す勢いで根掘り葉掘り聞きたがるおばあさんに閉口して、逃げるように部屋へ駆け込む。ところが、ふすまを開けた途端目に飛び込んだ光景に、もカンクロウも固まってしまった。
 出掛けているときに敷いていてくれたのだろう、畳の上に堂々と延べられた一組の……そう、たった一組の、布団。
 枕だけが二つ、ぴったりとくっついて並んでいる。
(こっこれはっ……)
 二人は真っ赤になって顔を逸らした。旅館側の手違いで一緒の部屋になってしまっただけでも戸惑っているのに、これはあんまり生々しすぎる。
 どちらが言い出すともなく部屋に上がり、押入れを開け、黙々としかし見事なコンビネーションでもう一組の布団を敷き始めた。元の布団は部屋の端まで離し、枕を一つ新しい布団の方に持ってくると、ようやく少しほっとする。
「ま、全く、あのバーサンの仕業に決まってんじゃん。勝手なことしやがってよ」
 わざと乱暴に言い捨てながら背を向け、カンクロウは自分の荷物をごそごそやり始めた。
「風呂……、な、温泉に行こう。外にずっといたから、体冷えてるじゃん」
「うん。そうだね」
 不自然に引き離された二組の布団を改めて見やると、何故か笑いたくなってきた。たまらず緩んだ頬を隠すように、も自分のカバンの方に膝をついた。

 さすが湯の国だけあって、温泉は広々として気持ちが良かった。空いている部屋がないという割にはお風呂がほぼ貸しきり状態なのがいささか不思議だったが、冷えた身体が芯から温まるのを実感すれば、そんなことはどうでも良くなる。
 浴衣姿で部屋に戻った二人は、ジュースとお菓子をテーブルに広げ、準備万端でお喋りを始めた。
 日常のこと、今までのこと、将来のこと。
 いつも電話でしかコミュニケーションが取れない分、互いに顔を合わせて直接話せるのが嬉しく、話の種はいつ尽きるとも知れない。
 気が付けば日付も改まり、徹夜の覚悟も決めたとき、ふっと会話が途切れる瞬間が訪れた。
「……
 お菓子の広がったテーブル越しに、カンクロウがじっとこちらを見ている。
「ちょっとこっちに来ねえか。せっかくだから、もっと……、スキンシップしてえじゃん?」
「……ん……」
 少し大人びた笑みに誘われるように立ち上がり、まるで吸い寄せられるみたいに、カンクロウの腕の中へと納まってしまう。
 強く強く、壊れるくらいに抱きしめられて、全部を吸い取られるような口付けに、気が遠くなりかけた。
 長い時間が過ぎたようだった。
 目を開けて、はいつの間にやら布団の上、仰向けになっていることに気が付く。そしてその自分の体の上に跨るようにして、カンクロウがのしかかろうとしているではないか。
「何よ、重い……カンクロウ」
 息苦しくて、あえぐ。
お前……」
 大きな手のひらが目の前を通ったと思ったら、髪をかきやられる。
 そうして、耳もとまで顔を寄せてきて、カンクロウはかすれた声で囁くのだ。
「何が欲しい……? やるって言ったじゃん」
「えっそれって、あの傀儡じゃないの?」
 目を丸くしたら、カンクロウは吹き出した。息が耳にかかって、くすぐったい。
「あれはオマケじゃん。……なぁ、オレ……オレよぉ……」
「え……?」
 切ない声が震えている。何か様子がおかしい。
 一瞬ぶつかった視線、その瞳のはらんだ狂気に、は本能で怯えた。
「カンクロウちょ……」
 声は唇を塞がれ、呑み込まれる。同時にものすごい力で両手首を布団に押し付けられ、組み伏せられた。
 何が何だか分からないの呆然とした顔を、必死の形相のカンクロウが覗き込む。
「いいじゃん、オレのこと好きだろ、な!?」
 浴衣の胸元を乱暴に乱され、初めては自分が何を求められているのかをはっきり悟った。
 目が覚めた心地で、両腕を精一杯突っ張り、男を遠ざけようとする。
「やめて、やめてよ私こんなのイヤだ!」
 暴れるも、敵いっこないのは自明の理。
 もうダメだ、力でねじ伏せられてしまうんだと思うと、言いようもなく悔しくて、哀しかった。
 もはや抵抗も出来ず、ぐったりとしたを不審に思ったか、カンクロウが頭を上げた。
「……
 何かに気付かされ驚いたように、いきなり離れたから、急に呼吸が楽になる。
「オレ……最低じゃん」
 独白のように呟いて、カンクロウはのっそり立ち上がった。
「ちょっと頭冷やしてくる。オレのこと許せねえなら、締め出してもいいからよ……」
 沈んだトーンで言い残して、ベランダへ出てゆくのを見送るつもりでもないが、は自分の腕で上半身を支えるようにして起き上がった。胸元をかき合わせると、激しい鼓動が指先に触れる。
 息を整えながら、ガラス越しに様子を窺うと、カンクロウはこちらに背を向けてベランダにもたれていたが、その肩が可哀想なくらいにガックリ落ち込んでいる。
 さっきは本当に怖かった。 カンクロウのことを怖いと思ったのは初めてだし、怖いと思ってしまったこと事態が恐ろしかった。
 だけど、結局はやめてくれたのだから。それは、最終的にはちゃんと大切にしてくれているということなのだから。
 許せないとか締め出すとか、そんなことは思わない。
 カンクロウがここに戻ってきたら、全部、元通りにしよう。
 ひとつ深く息を吐くと、は浴衣を整えながら立ち上がった。冷たいものが欲しくて、部屋に備え付けの冷蔵庫を開ける。
 ミネラルウォーターの瓶を取り出し、一気にあおった。

許してくれるかな)
 理性を失うというのがどういうものか、初めて本当に理解した――実際に体験することによって。
 をあんなに怯えさせて、それでようやく我に返ったなんて情けない。
 普通の青少年ならともかく、忍なのだから。情欲に流されるようではまだまだ一流とは言えない。
 カンクロウは、自らの大きなたなごころをじっと見た。
 この手で、力ずくで思いを遂げるのはたやすいのだと知った。それはそうだ、体力も体格もより優に勝っている。
 でも――。
 ずっと下向けていた目線をようやく上げた。
 旅館の周りには森が黒々と広がっていて、そのもっと上方には今もなお星々が、雲にも月にも邪魔されることなく輝きを競っていた。
 凍てつくような大気をゆっくり深く吸い込んで、胸をいっぱいにする。
 ひとつ身震いをすると、ひときわ大きな星を見つめる。ただ一人で見る星は、怖くてひどく寒々しかった。
(いつか、が望んでくれるのを待つ……)
 それも、今許してくれるのならの話だが。
 カンクロウは振り向き、そろそろと戸に手を伸ばした。
 さして力を入れずともカラカラと開いたもので、心底ほっとしながら部屋に戻る。
、さっきは本当に悪かったな。もう絶対……」
 言葉が詰まってしまったのは――そこに、信じがたい光景を見たから。
「ルンルン〜ララララ〜♪」
 ごきげんに鼻歌など歌いながら、軽やかなステップを踏んでいると、それに引きずられてなすがままの、傀儡――。

 奇妙な眺めだった。
 楽しそうに畳の上を跳ね回るたび、浴衣がはだけてなまめかしいのに、社交ダンスよろしく指を組み合わせ寄り添っている相手は、今日プレゼントに持ってきたカラクリなのだから。
 しかも、誰に操られるでもない傀儡は、文字通り魂のないただの人形に過ぎず、憐れにも関節をカクカクいわせながらのけぞっての乱暴な扱いに耐えているのだった。
(……)
 呆然としながらも、ほぼ反射的に指先にチャクラ糸を作ったのは、傀儡師のさがだったのだろう。
 そのとき、のあやしい足取りが人形の足に引っかかって、共々倒れこみそうになるのを見た。
「危ねーじゃん!」
 間一髪、の方にチャクラの糸を巻きつけ、自分の方に強く引く。
 カラクリは床に崩れたが、の身体はカンクロウの両腕にすっぽり納まった。
「何やってんだよお前」
 ベランダに出ていた数分のうちに、何が起きたというのか。
「……らあってぇ〜、カンクロウいないし、つまんないし。しょーがないから、カンジュロウとおどってたのー」
「カンジュロウって……ってかお前、酒クサっ!」
 せっかくあげたのに、早くも惨めな姿のカンジュロウ(と彼女は名付けたのだろう)から視線を動かすと、テーブルの上に転がる透明な空き瓶が目に留まった。
 カンクロウはそれで全てを理解する。冷蔵庫の酒を飲んでしまったのだ、多分、ミネラルウォーターか何かと間違えて。
 それにしても。
「……酒グセ悪すぎじゃん」
 辟易したように背けかけた顔を、左右から固定される。が両手のひらで挟み込んできたのだ。
 熱っぽい、とろんとした目で見上げてはアルコールがらみの息を吹きかけてくる。
 最初こそ酔っ払いに呆れていたカンクロウだが、すぐに目が離せなくなった。
 上気した頬にうるんだ瞳、半開きの唇、そして少し目線を下げれば、乱れた浴衣の胸元――全てが扇情的で、その上は大胆にも接近してきて、今度は首ったまに両腕をからめてきた。
「……ねぇ、カンクロウ……」
 酔っ払いの呂律すら色っぽく聞こえる。の瞳の中に自分の顔が映っているのを、カンクロウは不思議な気持ちで眺めていた。
「私の欲しいモノ……、教えてあげる」
「え?」
「やだー、さっきカンクロウが聞いてきたじゃない!」
 ケラケラ笑って、胸の辺りを平手で叩いてくる。結構痛い。
「……の欲しいものって」
 瞳が妖しく光った、ような気がした。
 そして唇がなまめかしく動き、少し低い声を紡ぎ出す。
「……貴方……」
「……っ」
 その一言は、カンクロウの身体を貫いて、魂ごとを熱く揺さぶった。
「貴方が欲しいの……、カンクロウ……」
 尚も繰り返して、しなだれかかってくる。
 幾度も触れた柔らかい身体が、封じたはずの衝動をたやすく呼び戻そうとする。
 さっきあれほど反省したばかりなのに。自嘲しながらも、の方から迫ってきたのだからと自分に言い訳をしてしまう。
(そーだよ、がいいなら、問題ないじゃん)
 酔っ払いという要素は無視して。

「……うん」
「オレもが欲しい」
「うん……いいよ、来て……」
 酒のからんだ声、アルコールとの混じった匂い、滑らかな肌の感触。そんなものが全て混じり合って、タガが簡単に吹っ飛び、自分も酔っ払ったみたいに溺れてをかき抱く。
 ふと力が抜けたの体を、今度こそと布団に横たえた。
っ……」
 可愛いその唇からこぼれるのは甘い吐息……などではなく。
「……くーっ……」
 ――寝息。
(ね、寝てるっ!?)
 思わず顔を起こしたカンクロウは、床に倒れたままのカンジュロウと目が合ってしまい、なぜかひどく居心地の悪い思いをした。

「ったく、いいところでよぉ」
 酒のせいで眠くなったんだろう。もっとも、酔いでもしなきゃ迫っても来なかったろうし。
 でも、酔ったときに出る言葉こそ本音なんだと、大人たちが話しているのを聞いたことがあるから、満更でもなくの寝顔を見守っているカンクロウだった。
(やっぱり、今のオレごときがをどうこうしようってのが間違いだったんじゃん)
 自分の意志があれほどもろいものだとは知らなかった。今となれば、恥ずかしいやら腹立たしいやら。
「将来の話すんのも、お前を抱くのも、少なくとも上忍になってから、な」
 自らに言い聞かせるように呟くも、の無防備な寝顔に口もとはほころぶ。
 そっと近付いて、枕元に右手をつくと、もっと近寄って。
 静かな寝息をこぼす小さな唇に、キスを落とした。
 慣れない酒の味に顔をしかめる。ふと床に倒れたままのカンジュロウが気になって、立ち上がった。
 傀儡を片付け、少し考えてから、離れていた布団をのとくっつけた。
 別に何をするつもりでもない。せっかくの夜だから、出来るだけ近くにいたいだけだ。
 布団にもぐりこんで、顔を横に向けると、大好きな彼女の寝顔がそこにある。それだけで胸はいっぱいで、満足だった。
(部屋一緒で、やっぱラッキーだったじゃん)
 幸せな気持ちで、今日のことを思い起こす。
 久し振りに会った、部屋一緒でもいいよと言ったときのはにかんだ表情。プレゼントしたカラクリを喜んでくれて――。一緒に食べた夕食、満天の星空に描いた夢――流れ星――。
 ふっと映像が途切れる瞬間があって、眠りに引き込まれかけていることを自覚する。
 続きからもう一度、と想っても、どうしても上手く流れなくて、いつしか深い闇にも似た眠りの中へと入り込んでゆくのだった。



「それじゃあ、ね」
「ああ」
 夢のような時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。
 冷蔵庫のミネラルウォーターを飲んだ後の記憶がすっかり抜け落ちてしまっているのが不覚だけれど、いくら聞いてもカンクロウはニヤニヤして、「別にただ寝てしまっただけじゃん。疲れてたんだろ」と言うだけだった。
 目が覚めたらもう朝で、何とすぐそばに、彼氏の豪快な寝顔があった。びっくりしたけれど、嬉しくなって、目が覚めるまでずーっと飽きずに眺めていた。
『是非また来てくださいねぇ。今度は新婚旅行かねぇ、ふぇっふぇっふぇっ』
 とおなじみの笑い方で見送ってくれた旅館のおばあさんに、苦笑しながら手を振って、二人で過ごせる残り少ない時間を惜しみながらこの国境まで来た。
 湯の国と火の国の境、ここが二人の分かれ道だ。
 カンクロウが、それまで背負っていたぐるぐる巻きのカンジュロウを、の背に移してくれて、それから木漏れ日の中、二人は向かい合う。
 風に木の葉が揺らされて、さわさわさわさわ音立てる。
 故郷の懐かしい匂いの中、は目の前の彼氏を見上げた。
 彼らしい笑顔――ちょっと皮肉っぽくも見える――が、今までの彼と重なる。
 中忍試験で初めて顔を合わせたときの。突然呼び出して、付き合ってくれと言ってきたとき。初めてのデートと、二度目のデート。
 いつ会っても、カンクロウは以前のカンクロウとは違っていた。いつも前より強く、技と自信とを身につけていて、ついでに背も伸びていた。
 次に会うときには、どんな風になっているのだろう。
 今別れ際に、自然と心に浮かんだ想いは、自分で予想していた切なさや寂しさとは違うものだった。
 無論、またしばらく会えなくなるのは寂しいけれど、それを超えた期待が胸を高鳴らせる。不安といえば、そんなカンクロウに置いていかれることこそ不安だった。
 負けてはいられない。次に会うときには、カンクロウを驚かしてやらなくては。例えばこの背のカンジュロウを自在に操れるようになっていたら、カンクロウはどんな顔をするだろう。
 想像しかけて、可笑しくなる。
「何笑ってんだよ」
「ううん。……楽しい旅行だったなあって」
 ちょっとずらして答えると、カンクロウは満足げに頷いた。
「おお。これを機にホレ直せよ」
「そんな、今更どうにもならないくらいホレちゃってるんだけど」
「バカ、もっとだよ」
 カンジュロウごと抱き寄せられ、ドキッとする。
 この二日間で、一体何回こんなふうに胸を高鳴らせただろう。
「もっとオレにホレろ……ホレろ!」
 冗談めかして呪文みたいに、耳もとで繰り返すから、つい吹き出してしまうけど、それもすぐに止められた。
 木々に差し込む光の中、二人は強く求め合うままに、口づけた。







                                                             つづく



       ・あとがき・


とっても時間がかかっちゃいました。
今ごろ24年初ドリームですねー。

結局二人の間には何もなく。でもこんな感じがいいと思います。流されちゃうのは簡単だけど、そこは忍だし。何よりカンクロウには、ちゃんを大事にしてもらいたいし。
寸止めも好き。
リクエストにあった、「お酒に弱いヒロインが酔った勢いで大胆になって焦るカンクロウのお話」というのをちょっと入れさせてもらいました。
リクエストくださった方、ありがとうございました♪





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