夜露を払いながら、ここまで歩いてきた。今から彼氏に会うというのに、浮き立つ心はまるでない。

 呼ばれ、仏頂面を上向けると、月を背にして彼が立っていた。



 スクラッチ



「ひとりなんて、珍しいじゃない、キバ」
 声がやけに硬く響いたのは、夜の清澄な空気のせいだけではない。
 お供のワンコを連れていない彼氏は、少し歩み寄ってくる。つんつんした短髪のシルエットに過ぎなかった輪郭の中に、怒り出したいような、それでいてどこかおそれるような表情が見て取れた。
 は確信する。キバが自分を呼び出した理由は、きっと……。
、なんであいつと……なんかと二人で歩いてたんだよ!?」
 ストレートすぎる言葉で迫ってくる。
 やはり見られていたのかと、は顔をしかめるが、すぐに開き直った。
「誘われたからデートしただけよ。最近私たちケンカばっかりだし、もうヤになってきたからさ」
「な……ッ」
 こぶしを握り、今にも掴みかかってきそうにカッとして。キバの感情の動きは、手に取るように分かる。
 こんな単純さと直情型の性格を、最初は可愛いと思って付き合っていたけれど。
「ちょうどいいわ。私たち、ちょっと距離を置かない?」
「……何だよそれ……オレよりがいいのかよ」
「そういうわけじゃないけど……」
 キバがぎりと切歯すると、鋭い犬歯がのぞけて、はひるむ。
「――嫌だッ!」
 しじまを切り裂く大声に驚き、見開いたの目に、急に影がさす。獣が後ろ足で地を蹴って、月の光を遮るように、に飛びかかってきたのだ。
「――」
 ともども地面に倒れ込み、あっという間に組み敷かれる。前足が、の肩口を地に縫い付けた。
「嫌だ……それくらいなら……」
 獣が口を利いた。頬の赤い印をぼんやり眺めていたら、布を引き裂く音が短く響き、同時に胸元が冷たい風に晒される。は身震いをした。
「何を、するつもりなのよ、キバ……」
 声も少し震えた。対して、キバの声には少しの迷いもない。
の体に、一生消えない傷をつけてやる。それで、オレだけのものにするんだ!」
 月を背にしたキバの表情は、再び判別不能になっていた。ただおもむろに掲げ上げた右手の爪が、不気味に光った。
 は顔をそらす。
「あんたの、そういうところが、イヤなのよ」
 思いつきだけで行動する。自分勝手で幼稚、子供過ぎる。
 第一、とて忍、体の傷などもとより恐れてはいない。そんなもので繋ぎ止めておけるなどと、本気で思っているのだろうか。
「うるさい! はオレのものだ、誰にも渡すもんか!!」
 鋭い爪が、月の光を弾く。斜めに振り下ろされたそれは風を切る音を立て、あらわになったの胸元に、あっという間に三つの赤い筋を描いた。

「……バカね……こんなのが一生残るわけないじゃないの」
 キバの爪は、の表皮を軽く引っかいたに過ぎない。血もうっすらと滲んだ程度、数日で跡形もなく治ってしまうだろう。
 それでもキバは、自身のつけたかき傷をまじまじと見つめていた。の白い胸元に、鮮やかに刻まれた三つの赤い傷跡を、月の下で、魅入られたかのように。
 やがて吸い寄せられるように顔を近付け、一番上の傷に、舌でそっと触れてきた。
「……やっ!」
 反射的に体が跳ねる。
「何してんのよ、やめてよ!」
 首を振って抗議するも、聞いてくれない。それどころか本格的に舐め始めた。ぺちゃ、と音まで立てて、端からゆっくり、本当にゆっくりと、赤い爪跡をなぞってゆく。
 まるで犬そのものの仕草に、いつしかも反抗の芽を摘まれ、なすがままに体の力を抜いてしまう。
 ざらついた舌先が浅い傷に触れるたび、ぴりっと軽い刺激を感じる。まるで電気のようなそれは、にとって決して不快なものではなかった。
 それどころか、惜しむようにちろちろと、夢中になって舐めているキバの姿に、ちょっと感動すら覚えたものだ。
――結局のところ、彼のことが好きで、多分離れられやしない――
 その自覚が訪れた瞬間、体の芯が鈍く疼く。
 未知の扉が開かれそうな予感におののき、は急に身じろぎをした。
「もう……っ、やめて、キバ……」
 息が上がって、ねばっこく甘さを引きずるような声……己のものとも思えず、咳を払う。
「もう分かったから……他の人の誘いに乗ったりしないから!」
 そこまで言うと、ようやくキバは顔を上げた。
 最初はきょとんとしていたけれど、人間の言葉がようやく届いたか、にっと笑う。
「ホントか、
 子供のように無防備な笑みに、は拍子抜けの心地。変に疼いていたのは自分だけなんて、恥ずかしい。
はオレのものだよな?」
「私はモノじゃないけどね」
 わざとそっけなく言い放ち、キバの手を借りて半身起こす。キバが脱いで差し出してくれた上着に袖を通し、胸元をかき合わせていると、早速彼が異常接近してきた。
 地べたに手をついた四つんばいの格好で、顔を寄せて。何だかシッポまで見える。ブンブンちぎれんばかりに振っているのだ。
「証拠に、の方からキスくれよ」
 そう言うキバの双眸が、夜の中できらり光っている。ちょっと怖くて、でも神秘的に見えた。
「……仕方ないなぁ」
 そっと首を傾けて、キバの唇にキスをする。触れるだけのキスだけど、たっぷり時間を置いてから離してあげると、うっとりしながら喜んでくれた。
「へへ……はオレのもん!」
 がばっとしがみついてきた、その拍子に、柔肌の傷が改めて目に入ったのか、今度はしおらしく、ごめんな、と謝り出した。
「引っかいたりして……オレどうかしてたんだ」
 も自分の胸元を見下ろして、口を尖らす。
「治るまで毎晩、さっきみたいに舐めてくれたら、許す」
「えっ」
 一瞬面食らったキバだったが、が前言を悔やむより早く、大喜びで頷いた。
「それって毎晩会えるってことだよな! ……でもそんなことしてると、オレ我慢できなくなって、を襲っちゃうかもな」
 わざと軽くしたのが見え見えの言葉に、ああキバも同じなんだと知った。だけど、安堵はわざとそっけなさに紛らわしてしまう。
「変なことしようとしたら、許さないからねっ」
 寸止めのドキドキを、まだ楽しんでいたい。
 あの扉を開けるのは、いつだって出来るから。それなら今しか味わえない蜜を堪能したかった。
 もっともキバは同じ気持ちではないようで、あからさまに不満げな顔をしていたけれど。

 その日から、夜になると、はキバとこっそり会うようになった。
 陽の光の下では今まで通り、赤丸も交えて笑い転げたり走り回ったりしているのに、夜になるやこうして、ひそやかな月光からも隠れるように、内緒の儀式が始まるのだ。
 徐々に欠けてゆく月の下で、キバはそっと胸元を開き、眺める。
 そして長い時間をかけて、うやうやしく舌を這わせてゆくのだった。
(もっと深く、傷付けてくれたら良かったのに)
 ほぼ完治に近い三筋の生傷に、はため息を吹きかける。
(それとももう一回、爪で引っかいてもらおうかなぁ……)
 そんな思考に、自分の獣っぽい部分を知る。
 奇妙に甘い秘密をキバと共有していることに、これ以上ない官能を覚えていた。
 きっともう、離れられない――。
「キバ……」
 吐息混じりに名を呼ぶと、ようやく顔を上げて小首をかしげる。
 子供みたいな仕草をする恋人に愛しさが募って、両手を差し伸ばしきつく抱きしめた。
「……好きよ」
 夜の粒子を抱き込んで、囁きはこの上なく艶めく。
 ゆっくり鼻を近付けてきて、嗅いでから、キバはの柔らかな唇を吸う。
「オレも好き……ずっと好き、だけだ……」
 そうして固く抱きしめ合う二人、月の下で、ひとつの影となる。




                                                             END



       ・あとがき・


カンクロウ夢「wants」を書いている最中に、いきなり思いついたネタです。あっという間に書き上げてしまいました。
久し振りだったな、こんなふうに「降って来た」のは。いつも待ち望んではいるんですけどね。

体の傷を舐めるという、昔同人誌にそんなネタがあって、結構お気に入りでした。
ドリームでも私はよく体の傷ネタを使っちゃいます。
ヒロイン側の傷、というのは珍しいパターンではありますが……やっぱり女の子には可哀想だもんね。
後先考えないキバだから、ついカッとなって傷付けちゃって、その血の鮮やかさに野性が目覚めて舐めてしまったという感じ。

キバ結構好きです。アニメ見てても登場すると嬉しくなってしまう。可愛いよね。
また書きたいですね。





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