冥界の光
「ラダマンティスさん、失礼します」
「か」
黒く大きな扉を、体重をかけて開き、中に入ってゆく。冥界三巨頭のひとり、ラダマンティスの執務室は重々しく広く、全て上質のものが揃っていた。
はサブデスクに座り、ノートパソコンを立ち上げる。
もともとは聖域にてこうした事務を執っていた。聖戦後、アテナと和平を結んだハーデスに請われ、一か月の間この冥界に出向しているのだ。
そして、今日で、期限の一か月が切れる・・・切れてしまう。
ここでこうして仕事をするのも、最後だ。
それを思うと、いつものように事務に集中出来ない。はそっと顔を上げ、部屋の主を盗み見た。
天猛星ワイバーンの冥闘士、ラダマンティス。
は、三巨頭の全員について仕事をしたのだが、他の二人・・・ミーノスとアイアコスはとても気さくで話しやすく、何くれとなく親切に接してくれていた。
それに比べると、ラダマンティスは口数も少なく、つっけんどんな口調や態度を取ることもしばしばだった。
最初はラダマンティスのところで仕事をする日が少し憂鬱だった。だけど、そっけなく見えて本当は優しいところを垣間見たときから、にとってラダマンティスこそが一番気になる存在となっていったのだ。
近頃は、彼と一緒の日を楽しみにしていたのに。もう、終わりになってしまうなんて・・・。
「おい、どうした」
「あっ、すみません」
慌てて画面に目を落とし、仕事を再開する。
「」
「はい」
仕事のことかと思い、緊張の面持ちで返事をする。
ラダマンティスは、自分の机の脇に立っていた。が顔を上げると、わずか目をそらす。
「何でしょう、ラダマンティスさん」
「・・・いや・・・」
今度は、はっきりと顔をそらし、
「今日でここの仕事も終わりだな。・・・嬉しいだろう、光のある地上へ帰れるんだからな」
どこか皮肉な口調に、は適当な返事を探せなかった。
ただ曖昧に首をかしげるしか出来ず、変な沈黙を招いてしまう。
「何でもない。続けてくれ」
「は、はい」
それきり二人はデスクに戻り、表面上仕事に没頭するのだった。
「ラダマンティスさん、短い間でしたが、色々とお世話になりました。ありがとうございました」
仕事も片付けも全て終えたは、型通りの礼を告げ、深々と頭を下げた。
「うむ。ご苦労だったな」
相変わらずの少ない言葉数に、期待しても無駄だと分かってはいるけれど、やはりがっかりしてしまう。
「それでは、失礼します」
もう一度お辞儀をして、背を向けた。
さっき、他の二人のところでも同じように挨拶をしたのだが、ミーノスもアイアコスも引き止めて言葉をかけてくれたものだ。
『今度、聖域まで会いに行ってもいいだろう?』と、アイアコスは笑顔で言ってくれたし、ミーノスには何と、『君のことを好きになってしまった』と、告白まで受けてしまった。
嬉しくはあったけれど、は丁重にお断りしてきたところだった。
その言葉が欲しいのは、申し訳ないけれど、ミーノスではなかったから。
(声を、かけてくれないかな・・・)
望みの薄いことと分かっていながらも、願わずにはいられない。
彼は、自分のことなど、何とも思っていないのだろう。
出来るだけゆっくりと、ドアに向かって歩いている自分が、滑稽で哀しい。
・・・もう、たどり着いてしまう・・・出口に。
ここから出てしまったら、おそらく二度とは会えない・・・。
やるせない気持ちでノブに手をかけたとき、背後にふわりと、空気の動きを感じた。
振り向くより先に、もうは、ラダマンティスの腕の中に閉じ込められていた。
「・・・あ・・・」
驚きが過ぎて硬直してしまう。
「・・・行くな」
頭の上から、声が降ってきた。命令し慣れた立場のはずなのに、どこか切ない、哀願にも似た調子で。
「ラダマンティスさん」
信じられない状況に、思考がついてゆけない。は呆然と彼の名を呼ぶことしか出来なかった。
体中がカーッと熱くなる。心臓のビートも高まって、どうにかなってしまいそう。
「すまん。これで最後だと思うと、どうしても、このまま行かせたくはなくて・・・」
しぼり出すような、苦しげな声だった。
感情を不器用に持て余しているだろうことが、ストレートに伝わってくる。
は、嬉しかった。
彼の腕を、熱く感じていた。心臓の音まで届きそうに、こんなに近い。初めてのディスタンスに、ときめく心が苦しいくらい。
「私も、ラダマンティスさんとこれきりお別れなんて、寂しいと思ってました・・・」
自分を囲っている腕が、ぴくりと動いた。
「・・・本当か・・・」
信じられない、といったように。
「はい」
「・・・迷惑だろうと、思っていた」
初めて、腕を緩められた。逃げられることはないと、安心したのだろう。
はその隙間で、ゆっくりと彼の顔を振り仰ぐ。自然に笑えたのは、願いが叶った喜びのためだ。ついで体ごと振り向いて、向かい合う形で見上げた。
「ラダマンティスさんこそ、いつもそっけないから、私のことなんて何とも思ってないのかと・・・」
「どうしたらいいか、分からなかっただけだ。意識しすぎて」
そう、言いながら、まだためらっている。きっと今背中で、彼の両手は迷っている。
にはそれが分かったから、思い切って自分から飛び込んだ。
「・・・・・・」
そっと、やがてぎゅっと、抱きしめられる。抱擁は心地よくて、は目を閉じた。
「ここにいて欲しい。そばにいてくれないか」
「・・・・」
もちろん、出来るならそうしたい。だけれど、とっさのこと、は返す言葉を持たなかった。
「・・・やっぱり無理なことだな」
自嘲の笑みをこぼして、髪を撫でてくる。大きな手でぎこちなく撫でられるのは、悪い気持ちではなかった。
「だがこの冥界と聖域では、遠すぎる。おまえがいない毎日なんて、考えられん。光ないこの国で、おまえが俺の光だから・・・」
「・・・ラダマンティス」
はじめて、呼び捨てにした。
見上げる先で、ラダマンティスは急に照れて目をそらした。
「似合わないな、こんなこと言っても。・・・笑っていいぞ、自分でも変だと思っている」
「い、いえ」
正直、意外ではあった。風流な耳は持ち合わせていない、とも言っていたし、普段の様子からも、とてもそんなことを言うタイプには見えなかったから。
だけど、だからこそ、言葉の切実さ、真実味が染みてくる。
「分かってる。こんな陰気な場所は、のような娘には好まれないよな」
自分自身に言い聞かせるような、ため息交じりの声を聞き、は即座に首を左右に振った。
「そんなことない! どんな場所だって、私はあなたといたいもの!」
光だ、と、言ってくれた。
自分にそれが可能であるなら、照らしてあげたい。暖めてあげたい。
強く求める気持ちなら、同じなのだから。
「・・・ありがとう」
ラダマンティスは、かすかに笑って、身をかがめた。
そして、ごく軽いキスをくれた。
約束というほど確かじゃない。もちろん、拘束なんかにはほど遠い。
だけれどそれが、今の彼には精一杯のところだった。
数日後−。
新たに執務補佐を迎えることとなった、と紹介された人物を見て、ラダマンティスは目を疑った。
「・・・来ちゃった」
「・・・」
少しはにかむように笑っている、その姿は夢まぼろしではない。
「アテナにお願いして、こっちで働けるようにしてもらったの。・・・どうしたの?」
あまりに薄いリアクションに、不満げな顔をしてみせる。
「いや・・・」
と、ようやくラダマンティスは声を発した。少し震える声と、口をおさえる仕草が、内心の動揺を物語っている。
「本当に、来てくれるとは・・・」
「そばに、いたいから」
今、部屋には二人きり。
は、優しい眼差しで見上げた。確認のつもりで。
それでも身じろぎひとつしないラダマンティスに焦れて、ぴたり寄り添う。
彼の前では、いつにもなく大胆になれるだった。
「いいでしょ?」
抱き寄せてくれる強い力が、返事だった。
思うさまキスを交わし、飽かず長く抱き合って、自分にとって大切な存在を、感じ合っていた。
光に、なれるなら。
いつでも、いつまでも、そばにいてあげる。
・あとがき・
初の冥闘士ドリームです。
最初は、アイアコスのドリームを考えていたの。アイアコス大好きだから。
で、こういう話が浮かんだんだけど、ど〜もこれはアイアコスじゃないなあ、と。私の中でアイアコスは、ちょっとおしゃべりで元気なにーさんなので。
むしろラダマンティス。と思って、そのままラダマンティスドリームにシフトしてみました。
いやーしかし、ラダマンティス、喋ってくれない動いてくれない。結果、ちゃんに少し積極的になってもらいました。「こんな陰気な場所は好まれないだろう」というセリフは、「マンガギリシア神話」でハデスが言っていたのをヒントにしました。
里中満智子さんのマンガなんだけど、この中のハデスが非常に私好みでホレました! 星矢のハーデスよりスキだったりします。
ハデス(ハーデス)は蠍座の守護神なので、蠍座の私としては気になる神です。ギリシア神話で、他の神ほどやたらめったら浮気しなかったところとか、ペルセフォネをいちずに求めたところなんかがお気に入り。ペルセフォネをさらっていく話は私の憧れです(笑)。
余談ですが、ジャンプで星矢を読んでいたとき、ルネが瞬を見て「あなた様は!」などと驚いていたシーンを読んで、私は「瞬はペルセフォネ(ハデスの妻)のそっくりさんに違いない!」とやたら確信していました。女性キャラ(ペルセフォネ)がまた登場かな、とほくほくしていたのですが・・・全然違いましたね(笑)。まさかそのまんま、ハーデスだったとは。今まで、最初から恋人設定のドリームが多かった中で、珍しく告白のストーリィです。しかもミーノスやアイアコスにもモテてます。
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