レモンの飴玉
風魔の里には、今日も涼しい風が吹いている。
同い年の兄弟が修行をサボっているのを目ざとく見つけ、わざと音を立てて目の前に飛び降りてやった。
「・・・なんだ、かよ」
一瞬の緊張の後、すぐにふてくされたような顔になる。幼なじみ同士、飾ったり取り繕ったりする必要がないゆえの態度だった。
「小次郎、あたしイイモノ持ってるんだ。ホラ」
懐から飴玉をひとつだけ取り出して、見せびらかすように振ると、とたんに小次郎の目が輝いた。
「いいな、うまそーだな」
単純すぎて、笑えてくる。
「くれよ!」
「ヤーダ!」
こんなかっこうのからかいの種、そう簡単に渡せるわけはない。
「ひとつしかないもん、あたしのよ!」
本当はもうひとつ、隠し持っている。後でちゃんとあげるつもりだ。もちろん、小次郎で十二分に遊んでからの話だが。
「いいじゃねーか、よこせよ!」
「やだってば!」
胸元にかばうのを、後ろから抱きつくようにして奪おうとする。いつもの子供同士のじゃれ合いにすぎなかった。・・・ここまでは。
「食べちゃおーっと」
ぱくっ。あっという間に黄色の飴玉は、の口の中に放り込まれていた。
あーっ! という声も出せず、口をあんぐりさせる小次郎の前で、わざとおいしそうに食べてみせる。おおげさにほっぺを膨らましてみたり、舌を鳴らしてみたり。
「うーん、レモン味! おーいーしーっ!」
と、小次郎の顔が目の前に近付いてきたので、目をぱちくりさせる。
それは完全な油断となった。
「いただきっ!」
ただ、おいしそうな飴が欲しかった。だから小次郎は、躊躇せずの口に食いつき、舌で探って、奪い取ろうとした。
・・・それだけ、だったのに。
あたかも、電気が走ったかのように。一瞬で小次郎は麻痺させられた。
唇で触れたの唇は、何とも柔らかく、いい匂いがして・・・。
「・・・や・・・っ」
弱い抵抗にあい、思わず離す。飴のことなどすっかり忘れていた。
小次郎は、の色づいた頬と黒目がちの大きな瞳を見つめた。潤んではいたが、そこに非難の色はなく、今まで見たことのないような艶をたたえている。
驚いて尚も見つめ、立ち尽くす小次郎を、も見ていた。
自分の背を少しだけだが追い抜いて、いつの間にこんなに逞しくなったのだろう。日に焼けて黒い肌とやんちゃそうな面立ちが、今日はやけに頼もしく見える。
ふたりは、ほとんどはじめて知った。
一緒に育ってきた兄弟は、男だったのだと−女だったのだと。
意志を確かめ合おうともせず、何の疑問もさしはさまぬまま、ただ吸い寄せられるように、もう一度唇を合わせた。
が舌で押しやった飴玉を受け入れ、口の中に転がす。そしてまたに返してやる。
小次郎から受け取った飴は、やけに熱かったけれど、すぐに自分の体温に馴染んでしまった。
甘酸っぱいレモン味が、体の隅々までを痺れさせた。
体に、小次郎の両腕が回されるのを感じて知っても、驚きはしない。むしろしっかりと支えてくれるかいなを、好ましく思った。
まるでとろけて崩れてしまいそうだから・・・そう、この口の中の飴みたいに。
何度かいたずらに飴玉をやり取りしているうち、やがて息苦しくなり、二人はようやく離れた。
小さくなったレモンの飴は、の口に残されていた。おいしいけれど、何故だか酸っぱさが増した気がする。ちりちりと痛いような感じ。
罪の味だ。はそう直感した。
「怒られるね、こんなこと」
「言わなきゃわかんねーよ」
ぶっきらぼうなのは、照れ隠しだとすぐに分かる。
小次郎は、いつものやんちゃ坊主の顔に戻って、の頭をぽんと叩いた。
「オレとの秘密な」
「・・・うん」
仕草はいつもと変わらないのに、小次郎から感じた男らしさはやっぱり消えなくて。の胸をいつまでも躍らせる。
「・・・おっと、あんちゃんが呼んでらァ。じゃーな」
ザッと風の中に消えてゆく。
「飴、うまかった。サンキュ」
なんておどけたように言い添えて。
「小次郎ったら」
風の名残を指の先に集めて、その手を自分の胸に当ててみた。
ほてるように熱っぽい。
小さな罪と秘密が、甘酸っぱさを伴って、いずれこの胸をいっぱいにするのだろう。
そうしてその時、“女”になる。
そういった仕掛けを、おぼろげではあるが、は理解し始めていた。
懐に入れていたもう一つの飴玉に、指が触れる。
(今度は、これもあげよう)
秘密を重ねよう。レモンの飴玉で。
・あとがき・
ドリーム100題の第一弾となりました。
ほとんど突発で思いついて、すぐに書きたくなったネタです。本当は違うのを書く予定だったんだけど(笑)。
久しぶりの風小次! 風小次初ドリーム。
ちゃんは風魔の里に生まれた女の子で、小次郎と同い年。一緒に育ってきました。
そんな幼なじみの二人が、お互いを意識するという、これまたベーシックなおはなしです。
「飴玉」というお題を出されて、口移し、と連想する辺りも我ながら単純。
ありきたりって好きさ。こういうキスって秘密の匂いがしてちょっと後ろめたくて、だからこそドキドキしちゃうんだね。
まさに初恋、ファーストキスはレモンの味。
ところで飴玉のことを「あめっこ」というのは、こっちの方言なんだろうか。いつも使っている言葉って、方言なのか標準語なのか区別がつかなくなることがある。小次郎の声ってアフロディーテと同じなんだよねー。
風小次のオリジナル小説ではオリジナル設定のくノ一をたくさん出していましたが、ちゃんはくノ一なのか何なのか謎です。お好きな立場でお読みください(笑)。ちなみにCHARAの歌にも「レモンキャンディ」というのがありますな。
これはこれで、また別の小説に使おう。
H15.7.18
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