献血ハプニング
聖域には、月に一度、献血車がやってくる。
血など有り余っているような男たちばかりだ、献血希望者は引き切らない。
雑兵や聖闘士たち大勢から採血を終えると、献血車は決まって最後に十二宮へ来るのだった。
「さぁて、血を抜いてもらうか」
アルデバランが張り切って一番乗りしている。
「一か月に一回、抜いてもらうと、スッキリするんだよな」
「俺、今回で50回目だ。何かもらえるぞ」
アイオリアとミロは献血手帳を見せ合って盛り上がっている。
ムウも、皆と一緒に献血をしようと白羊宮から下りて行ったが、そこに知った女性の顔を見かけた。
「」
十二宮掃除係を仕事としているは、声をかけられ、顔を上げた。
憧れのムウの前で、赤くなってしまう。
「あなたも献血をしませんか?」
「えっ、でも・・・」
見回すと屈強な黄金聖闘士ばかり、こんな中で献血なんて。
だけれど。
「献血をすると、ボランティアになるばかりか、自分の健康管理にも役立ちますよ。それに、献血手帳を持っていれば、いざ自分に輸血が必要となったときにも便利です」
と、ムウ特有の優雅な微笑みで勧められては、首を横に振るのは難しい。
結局、ぽ〜っとして、ムウの後ろに並ぶだった。
「も献血をするのか」
「その細っこい体で大丈夫かよ」
アフロディーテやデスマスクに、心配そう、あるいはからかわれるように言われるが、は大丈夫、と笑ってみせた。
実は献血をするのは初めてだが、みんなやっていることだし、何より好きな人の真後ろに立っている・・・これは思ってもみない幸運だったから、は内心はしゃいでいた。
献血車に乗り込むと、まずは血液の検査と血圧測定から始まる。
「さん、A型ですね」
「はい」
左腕から少し血を抜かれ、血液型を特定された。その後は血圧の測定だ。
「うーん、ギリギリだけど、まあいいでしょう」
血圧が低いのはいつものことだった。200ml献血OK、ということになり、いよいよ奥へと進む。
スタッフの女性が三人ほど立ち働いている中、アルデバランとムウが採血の最中だった。狭い車の中で、人口密度が異様に高い。
「400といわず、500でも1000でも遠慮なく採ってくれ」
気前の良いことを言うアルデバランは、ベッドに横たわらず、椅子に座ったまま腕を出している。その巨体がベッドに納まり切れなかったのだろうと察し、はちょっと笑ってしまった。
「ん、なんだ」
「い、いえ・・・」
「こちらへどうぞ」
白衣の女性に示されたベッドへ横たわる。右腕にチクリと針を刺された。
の位置から、ちょうどムウの姿が見える。白い腕を差し出して、ムウは献血する姿さえも優美だった。
ドキドキ心拍数が上がってしまう。
針が刺さっている自分の腕を見たくはないから、はムウの方ばかりを見ていた。
この仕事をしていて、黄金聖闘士のみんなと仲良くなれたが、彼は別格だった。
こうして見ているだけでも、ドキドキして・・・ホントに、ドキドキする。
頭がボ〜ッとして、・・・何か、おかしい。おまけに息苦しくなってきた。
深呼吸をして、どうにか落ち着こうとする。
(血を採っているんだもの・・・少しくらい気分が悪くなっても仕方ないよね)
200採れるまで頑張ろう。また深く息を吸う。
そのうちに、アルデバランもムウも採血を終えてしまった。二人は後方の椅子に移動して、何か話をしながら休憩をしている。
代わりに、ミロとアイオリアが車に乗り込んできて、献血を始めた。
「、大丈夫か? 顔が青いぞ」
アイオリアに問われ、弱く笑ってみせる。
酸素を求め、息を深く吸って、吐く。本当はかなりクラクラしていた。
もうさすがにまずいかも・・・と思ったとき、
「はい、終わりですよ。お疲れ様でした」
針を抜かれた。
(・・・助かったー)
休んで行くように言われて車の後ろに行くと、アルデバランは自分が幅を取っていることに恐縮するように、下りていってしまった。
思いがけなくムウの隣に座ることになって、嬉しい。けど、まだ気分はすぐれない。
何を話そうか、と思っていたら、何だかふわあっと、気持ちが飛んでしまった。
(なんか・・・、きもちいい〜)
ふーっと、周りが、白くなる。
「?」
いきなり自分の膝の上に倒れこんできた小さな身体を、ムウはしっかり抱きとめた。
「」
「どうした、大丈夫か?」
ミロとアイオリアが叫ぶが、針が刺さっているので動けない。
「大丈夫です」
ムウは落ち着き払って、を抱き上げると、そのまま白羊宮へと連れて行った。
「はっ、ムウの奴、をお持ち帰りしやがった!」
ミロは思わず追おうとしたが、
「動かないでください!」
白衣の女性に押さえつけられ、かなわなかった。
薄く漂っていた意識が、ピントが合うようにハッキリとして、はようやく目を開けた。
「気が付きましたか?」
「ム、ムウ様・・・」
「飲み物を持ってきましょう」
ムウは一度その場を去った。ほどなく、グラスを手に戻ってくる。
その間に、は、ここが白羊宮であること、そして自分は献血をして気を失ってしまったことを思い出し、ひとりで身悶えしていた。
(ムウ様が、私をここに連れて来て、休ませてくれたの・・・)
恥ずかしくて顔から火が出そうだけれど、その途中のことを全然覚えていないのが、惜しかったりして・・・。
「気分はどうです?」
「あ、大丈夫です・・・」
実際、どこも悪いところはない。差し出された氷入りの飲み物を素直に口に運ぶ。冷たくて、気持ちがいい。
「すみません、ご迷惑をおかけして、私・・・」
よく考えれば、大変におそれ多いことだ。黄金聖闘士に・・・それもムウに、介抱してもらうなんて!
「いいのですよ」
ムウは温かく声をかけ、の向かいに座った。
「でも、無理をしてはいけませんよ。勧めた私も悪かったですが」
「いっいいえ、ムウ様は全然悪くないです!」
決めたのは自分だ、責任があるとしたら全部自分自身にある。
「・・・でも」
グラスを置いて、は肩をすくめる仕草をする。
「献血手帳、もらえなかったな・・・。血が必要なとき、どうしよう」
もちろんただの冗談だった。だけれど、ムウのグリーンの瞳が、まっすぐこちらに向けられていることに気付いて、ドキリとした。
「そのときには」
ばんそうこうの貼ってある腕を示し、ムウは柔らかく笑う。
「私の血を差し上げますよ。と同じ、A型ですから」
ムウが言うと、まるきり冗談にも聞こえなくて。
「そっそんな、恐れ多すぎます! 黄金の血ですもの!」
黄金聖闘士の血を輸血なんてされたら、どうなってしまうだろう。いっきに小宇宙が高まって、いきなり『聖闘士』になったりして。
「同じ、人間の血ですよ」
現に、今日献血した血は、一般の人に使われることになるのだから。
「どちらにしろ、もうこれからは献血はしない方がいいでしょうね」
「そうですね・・・またこんなふうになっちゃったら困るし」
本当は、嬉しいハプニングだったのだけれど・・・と心の中だけで付け加える。そうしたら、ムウは目をちょっと上げて、
「私にとっては、少し、嬉しかったんですけどね」
と、囁いた。
聞こえるか聞こえないかくらいの声は、の耳には半ば空耳のように届いたもので、聞き直そうとしたところが、
「随分大勢で、いらっしゃったようです」
わずか眉宇をひそめてムウが言ったので、タイミングを失ってしまった。
「おーい」
「よかった、無事か」
ムウの言った通り、黄金のみんながどやどやと白羊宮に入り込んできた。
「騒々しいですね」
呆れ顔の主を押しのけるように、カノンがの方へ身を乗り出してくる。
「どうやら貞操は守られているようだ。良かった良かった」
「ムウにさらわれたときは、どうなるものかと思ったぞ。誰も止めないんだもんな」
「さらったなんて人聞き悪いですよ、ミロ」
「体の方は大丈夫なのか、」
本当の意味で心配してくれているのは、このアルデバランだけなのかも知れない・・・。
「何だ、ここは客に茶も出さねぇのかよ」
ちゃっかりの隣に座り込んで脚を組み、催促する。デスマスクの図々しさに、ムウは怒りを通り越して呆れていた。
「ここには、以外にお客と呼べる人間はいないと思うんですけど」
「チッ、シケてんな」
勝手にのジュースを奪い取って飲み始める。
「せっかくもいることだし、宴会でも始めるか」
年長者らしからぬアイオロスの提案に、更に最年長者らしくもなく童虎が同調する。
「一働きした後じゃし、喉が渇いたからな」
「一働きって、献血しただけじゃないですか」
「261才の体にはこたえるわい。そうじゃ、シオンも呼んでくるとしよう」
18才のくせに都合よく年寄りのフリをし、童虎は身軽に出て行った。どこがこたえているというのか。
「じゃ俺、酒持ってこよ」
「この間のが残ってたな・・・」
主のゆるしもないままに、着々と宴会の準備が進められてゆく。
も何かしなければと立ち上がりかけたが、
「は休んでろ」
「そうだ、そこに座ってろ」
みんなに一斉に止められ、結局、お人形のように座っているだけになったのだった。
「まったく、困った人たちですね」
セリフほどには困っていない。ムウの苦笑からそれが分かった。
「二人きりを邪魔されて残念ですね」
「そうですね」
答えてしまってからハッとする。
あまりにさらっと言われたから、ついさらっと返事をしてしまった。
口から出てしまった言葉は、引っ込められない。・・・誘導尋問だったのか?
そーっと見ると、ムウは満足そうに微笑んでいる。ちょっと意地悪な笑みに見えてしまうのは、気のせいだろうか。
「・・・ムウ様・・・」
「はい?」
「・・・何でもありません・・・」
下を向いてしまうだった。
「酒持ってきたぞー」
「よし始めるか。さあ」
紙コップを握らされ、酒をとぷとぷと注がれる。
「酔いつぶれたら、今度は磨羯宮に連れていってやるからな」
「磨羯宮なんて遠すぎる。双児宮に行こう。なっ」
下心だらけのシュラとカノンに囲まれて、は怖くて飲めない。
「・・・安心してください。また私が介抱しますから」
ムウが、にだけ聞こえるように、そう囁いた。
は顔を上げ、ムウに笑顔を返すと、コップに口をつける。
また、ハプニングが起こればいいな、なんて思いながら。
・あとがき・
初のムウドリーム。
ムウドリームについては全然ネタがなかったのですが、この前、職場の近くに献血車がやってきたときに思いついたおはなしです。お相手を誰にしようかはとっさに浮かばなかったけど、やはり献血といえばムウだろう、ということで(笑)。血圧が低く、いつもギリギリと言われ、具合が悪くなりつつも「こういうものだ」と献血をしていたのは私です。後に、「それは献血をやめたほうがいい」と言われたので、それ以降やってません。自分でもヤバイと思ったので・・・。
献血の後にふらーっと私の膝に倒れてきたのは、一緒に献血をした友達。「なんか気持ちよくなっちゃって・・・」と言っていたのでそのまま使わせてもらいました。ムウって何かつかみどころがないというか。自分の中でキャラが固まっていない人の一人です。いつも敬語なので誰かに似ている・・・と思ったらパプワのドクター高松でしたね。そういえばハーデス編のムウ様の声はドクター高松ですものね(笑)。
高校時代の同級生がムウ様ファンだったことを思い出しました。他のキャラもいっぱい出してみましたー。黄金の宴会、楽しそうだな。
H15.7.13
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