愛しの幽霊


 風魔の里は、山の奥のそのまた奥にひっそりと存在している。ゆえに夏の盛りとて、熱帯夜になどなりえない。
 だから日が落ちて大分経つ今時分になって、外に出てきた姉を、小次郎は多少奇異に感じていた。
 驚かしてやれと木の上に潜み、通りかかったところに逆さ吊りの格好で顔を出す。さながらコウモリのように。
「なんだ、小次郎か」
 特に感慨も持たず通り過ぎるの後ろを、なんだはないだろ、と口を尖らしついてゆく。
「どこ行くんだよ、こんな夜中に。オバケやらユーレイやらうじゃうじゃしてるぜ」
 うらめしや〜なんてステレオタイプな幽霊の真似に、小さく笑いをこぼすも、はクールに答えた。
「物の怪の類は、闇を恐れる人間の心が作り上げた幻像に過ぎないわ」
 忍びは闇を遠ざけるどころか、それを自分のものとしないと生き残れない。
 忍びの里で、オバケだのユーレイだの、笑止千万といったところだ。
「・・・でも・・・」
 ふと歩を緩め、は真っ直ぐ前を見据えた。
「・・・死んでいったみんなの幽霊になら、逢いたいわね・・・」
 ざーっと吹いてきた風が、の黒髪を揺らす。
 その横顔に漂う物憂さに、小次郎は胸を衝かれた想いで立ち止まった。
 少し、表情を歪めてから、姉の儚い背中に向け意識した明るさで声を投げかける。
「幽霊に会っても腰抜かすなよ。早目に帰って寝ろよな!」
「・・・了解」
 振り向きはしないが肩越しに振られた手に安堵して、小次郎はその場から姿を消した。
 あとには緩やかな風だけが残り、の全身を包み込むように、吹きつけた。

 そぞろ歩きの心算だったのに、気が付けばいつもの場所にたたずんでいた。
 北条の姫様からの依頼を受け、山を降りる以前に、毎日鍛錬をしていた地。
 木刀による傷のいくつも刻まれた杉の木を見つめ、物思いにふける。
 と、その少し奥に、何かぼんやりと光るものを見つけた。
 不審に思い、歩を進める。恐怖心などかけらもない。
 青白い光は、人の姿をしているようだった。幻のように、不思議で不確かだった。
「・・・・・!?」
 すぐそばまで近付いて、息が詰まる。
 すっかり人型の輪郭となると同時に、光は薄れ、ガクランを着た男の姿となったのだ。
 を見つめ微笑んでいる−よく知っている人。
 でも今は、失ったはずの人−
「・・・琳彪!」
 叫びが、木々の間をこだました。

「よぉ」
 懐かしい声、ごく短い挨拶も、彼らしい。
「ど・・・して・・・」
 夢か幻か・・・だって琳彪は、死んだはず。夜叉の白虎に討たれ、動かなくなった彼を、確かに見たのだから。
 そのときの情景を思い浮かべながら、穴の開くほど見つめていると、琳彪はちょっと照れくさそうに笑った。
「世間じゃ盆だ。魂が帰ってくる日だからな」
 風魔らしからぬ単語に、は目を丸くする。
 お盆や魂・・・もちろん知識としては知っているが、墓すらない忍びの里には、そのような意識や習慣は一切ないのだ。
 とはいえ目の前の現実を認めぬわけにはいかない。はいささか混乱していた。
「・・・お前のことが心配でな。この世への未練ってヤツよ・・・で、化けて出てみた」
 肩をひょいと上げる。冗談交じりの口調が、かえって切ない。おかげでの感情は、枷を外されたように急に溢れた。
「琳彪・・・私・・・」
 夢でも幻でも、幽霊でもいい。
 もう一度会えたなら、絶対に伝えたい言葉があった。
「・・・好きだったの・・・」
 ふわり胸に抱いた、薄紫色の花。
 琳彪は少し驚いたような顔をした。
「私、琳彪のこと、好きだったの・・・亡くしてから気付いた・・・もっと早く気付いて、言えれば良かったのに・・・!」
「・・・!」
 強く、琳彪の腕に抱きしめられ、薄紫色の花弁が舞い広がる。
 の昂ぶった気持ちも少し抑えられ、
−幽霊でも、触れるんだぁ・・・−
 などとちょっとズレたことを考えたりしていた。

「お前のことが心配で化けて出たって、さっき言ったけどよ。本当のところは違うんだ・・・」
 依然舞い散る花の中、甘美な匂いに包まれて、腕の力はいささかも緩められない。
 今や目を閉じなすがままのは、耳もとで囁かれる琳彪の、切なげに熱を抑えた声音を聞いていた。
「お前の気持ちを知りたかった・・・俺の気持ちを、伝えたかった。こうやって、お前を抱きたかった・・・!」
「・・・琳彪・・・」
 自分の心臓はこんなにもドキドキ響いているのに、相手の鼓動は聞こえない。体温も感じない。
 ちょうど夢の中のように。
 それでも、伝えられなかった想いを伝えられたことが嬉しくて幸せで、もぎゅっと、しがみついた。
・・・好きだ・・・」
 少し緩めて、身じろぎつつ軽く屈む。
 そっと落とす、口づけ。
 夜の中無数に舞う、薄紫の花びら。

−一度だけでも、お前にキスしたかった−
 もう、思い残すことはない。

「琳彪・・・行っちゃうの?」
「幽霊だからな。この世からは消えるさ」
 足元から少しずつ薄くなり、消えかけているのを見て、はたまらず、今一度抱きついた。
「そばにいてくれたら、いいのに」
 せっかく想い通じたのに。
 とてそれが無理な相談だと、承知していた。昔のように、兄に対し甘え駄々をこねているのに過ぎない。
 琳彪も兄らしく優しく受け止め、笑みを向ける。
「そばにいるだろ、いつも。お前の夢が叶うように、俺はずっと、応援しているからな」
 里に吹く風になって。
「それと、いつかお前は他のヤツのものになるけど・・・」
「そんなこと・・・」
 絶対ない! と言いかけるを制し、琳彪は我慢強く少し寂しげに、言い諭した。
「今は確かに、こんなこと言っても受け入れられないだろうけどな。・・・でも、これだけ覚えておけ」
 眼差しは優しく、抱きしめる力は強い。
「お前は俺を想ったまま・・・その気持ちを持ったままで、誰かを好きになっていいんだ・・・」
 それが最後の教え。
「じゃあな」
 兄であり師であり、初めて好きになった人は、あっさりと消えていった。
「・・・琳彪・・・」
 は、こっそりと泣いた。

 にも、琳彪の言葉の意味を真に理解出来る日が来るのだが・・・、それはまだまだ、もっと先の話。

「ちょっと小次郎、どこ行くのよこんな夜中に」
 数日後、今度はあべこべに、小次郎がにつかまった。
「幽霊出るわよ」
「ヘッ、幽霊なんていないって言ったの、だろ。闇を怖がる心が作り出したんだろ」
「・・・そうね・・・」
 予想通りの反撃に苦笑し、は夜空を見上げる。
 まだらな雲が薄く広がり、ところどころに星が瞬くのが見えた。
「・・・でも、強く想う心も、幽霊を作り出すんだわ・・・」
 しっとりと深みをたたえた声と、うるんだ瞳に、小次郎は一瞬目を奪われた。
 彼なりに何かを悟ったのか、単なる直感か。ニッと笑って歩き出す。
「じゃ俺も、幽霊に会ってくらぁ」
 弾む足取りで遠くなってゆく後ろ姿を見送り、はくすぐったい気持ちになって笑んだ。
「小次郎ったら」
 そしていつも吹く風に身を委ね、まぶたを閉じる。
 大好きな人が、そばにいてくれることを、全身で感じていた。



      END




 ・あとがき・

今年は本当に涼しい夏でした。
でも一つくらいは夏らしい話を書きたくて。
海水浴やらプールやら考えたんですが、やはり暑くないから乗らなくて。
じゃキャンプ? お祭り? 花火? 肝試し?
お盆だから、幽霊かな・・・。
という感じで、できたおはなしです。
項羽でも麗羅でも兜丸でも良かったんだけど、しばらく書いてない気がする琳彪をお相手に。
こういう、死んだ好きな人の幽霊に会う話は、今までにも何本か書いてます。
星矢のアイオロスとか、デスノのLとか(未完ですが)。古くはオリキャラ小説を書いていたころのシュラ(星矢)とか、珍しいところでは項羽・小龍の両親の話とかで。
で、全部同じようなテーマで同じような話(笑)。
好きなんですよこーゆーパターン。
でも、幽霊でもいいから会いたいって思うよね、きっと。
大好きな人なら。





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