羽使いの項羽と、花使いのは、幼いころからじゃれ合ったり悪ふざけしたりの、仲の良い兄妹だった。
 夏は、木立の中に涼を求め、何時間も飽かず話し合い。
 冬は、雪で白一色の輝きをまとった里の中を、白い息吐きながら寄り添いそぞろ歩き。
 季節を越えるごと、強まる絆を嬉しく大切に抱いていた。
 言葉で確かめこそしなかったれど、近い将来夫婦になるだろうことは、本人たちも周りの兄弟たちも当然のように思っていた。

 白鳳学院での仕事のため、柳生屋敷に身を寄せるようになっても、二人の穏やかな関係は何ら変わることはなかったのだ。
 あの夜までは−。


 
約束の羽


 は、縁側に一人で座っていた。
 夜叉の不知火を相手に、超能力を使ったことで寝込んでしまった兄・竜魔を心配し、大腿にケガをしているのにも関わらず無鉄砲に動き回ろうとしている弟・小次郎を心配し−心配のしすぎで張りつめ切った神経を、しばしの間緩めていたのだ。
 いつの間にか項羽が隣にいたけれど、彼がそばにいるのは自分ひとりでいるのと同じくらい自然なことだったので、は気にせずぼーっとし続けていた。
、もう寝た方がいいんじゃないか」
「・・・そうね」
 青が目に留まり、少しはっとした。項羽の手にしている羽の、鮮やかなこと。
 青や赤の−項羽が自分の羽を手すさびにするのは、癖のようなものだった。
 そのまま顔を上げると、項羽の優しい瞳にぶつかる。
「竜魔の兄貴の容態は安定してるし、小次郎のことは俺に任せろよ。心配いらないからさ」
「・・・うん」
 の目も、笑みに細められた。
「項羽は何でも分かるのね」
「そりゃあ、のことなら」
 心地良くて、あったかい。すっかり溶けた心で、は項羽にちょっとだけもたれかかった。
 しばしそのまま、庭の空気が一段闇に沈むまで。
 やがて、指先でくるくるともてあそんでいた青羽を、項羽は手首のスナップを利かせ素早く手放した。
 羽は、真っ直ぐな青い軌跡で夜を裂き、向こうの木の幹に突き刺さる。
 ただその行方を見届けていたは、耳もとに軽い吐息を感じてびくんとした。

 唇が触れそうなくらい近くで名を呼ばれ、力が抜けるような、胸がずきずきするような、変な気分になる。
 そこに吹き込まれた、甘い声−。
「・・・これから、の部屋に行っても、いい?」
「−−−」
 さっと上体を引き、目を見開く。の頬が一瞬にして赤く染まった。
 微笑みを絶やさぬ項羽の前で、ふるふると頭を振ってみせる。
「・・・ダメっ」
 付き合っているも同然とはいえ、二人の間は清らかだった。
 けじめのなさを嫌う性質は共通していたから、兄弟たちの前などでベタベタしないこと、正式な夫婦となるまでは交渉を持たないことは、口にするまでもない不文律だったのだ。
 が拒むのも、当然のことだった。
「・・・ゴメン、冗談だよ」
 ぽん、と頭に手を載せられる。
 冗談なんかじゃないのは分かっていたけれど、冗談にしたいのだということも分かったので、は小さく笑い、その場を収めたのだった。

 こんなことになるなら、あのとき項羽に身を任せてしまえば良かった。
 失ってから、幾度は後悔したことだろう。
 項羽、それに琳彪と、犠牲を出しながらも、白鳳学院での任務はまだ終わっていない。
 表面上は気丈に明るく振舞いながらも、一人になると決まって深いため息を吐く毎日だった。
 過ぎ去ってしまったことを、いくら想ってもせんないことと分かってはいても、時間をあの夜に巻き戻し、項羽の言葉を再現しては実際とは異なる返事をして受け入れることを、ひとり頭の中で繰り返してしまう。
(本当に、好きだったわ、項羽・・・)
 その言葉すら、伝えてはいなかった。
 項羽が遺した青羽を、胸に押し当て、は泣いた。
 涙は流さなかったけれど、確かに、泣いていた。
・・・)
 同じ顔の弟は、いたたまれぬ思いで、そっと見守っていた。

 任務とはいえ、姫子や蘭子と心通わせ、楽しいこともあった日々だったが、それも終焉を迎えた。
 兄弟たちと共に風魔の里に戻ったの心は、しかし穏やかといえたものではなかった。
 出発する前と同じ故郷では、もはやない・・・項羽が、いない。
 それなのに、里のどこもかしこも、項羽との思い出だらけなのだ。
 一緒に歩いた森、崖も滝、夏に遊んだ川。
 一人きりたたずんでいると、いつも間近にあった気配を息遣いを感じた。思わず辺りを見回し、幻覚と知って落胆する。
 そして直後に、己のもろさが腹立たしくなるのだが、やはり別の日には同じことを繰り返しているのだった。
 そのたびには思わずにいられなかった。
 やはり彼のものになっていれば・・・と。

 項羽は知っていたのだ、もう二度と会えないことを。
 だからあの夜、を求めた。
 しかしまた、彼の優しい心根は、に強いることをしなかった。
 天才で優しい、項羽。
 愛しさに胸が張り裂けそうになる。

「なあ、はやっぱり、兄さんじゃなきゃだめなのか?」
 あるとき小龍が、ためらいがちにこう言ってきた。
「俺じゃ、代わりにもなれないのかな」
 は散りそこなった山桜から目を離さず、唇に微かな笑みを浮かべる。
「項羽と間違えられるのを嫌っていたのは、あなた自身じゃないの、小龍」
 まるでこのまま風景に溶け込んでゆきそうな儚さは、小龍を切なくさせる。
「私は、項羽のことだけ想ってる」
・・・」
 小龍は下ろした手を、ぎゅっと握りこんだ。
 手を伸ばしても、には触れることすらできないことを、知った。

 そうして季節は移り変わり−。
 あれだけを辛くさせた森や川が、今度は徐々に、を癒してくれていた。
 項羽はここにいる。一緒にいる。気のせいなんかじゃなくて。
 は項羽に寄り添いながら、自分たちは間違っていなかったことに、思い至っていた。
 肉体の繋がりが絆じゃない。むしろ、そんな不純なものがあったなら、こんなにも鮮やかな自然の中で、大好きな人を一途に想って生きていくことなんて出来なかっただろう。
 は、道ともいえぬ道に立ち、この場所での項羽とのことを思い出していた。

『今日も稽古に行くんだな』
 木の上にいるのが好きだった項羽は、あのときも、このブナの大木の枝に腰掛けて、こちらを見下ろしていた。
 木刀を手にしたは見上げて、木漏れ日に顔をしかめる。
 ついさっきまでは項羽と楽しく時を分け合っていたのに、琳彪に稽古をつけてもらう時刻になったとたん、はあっさりと彼のそばを離れた。
 また後でね、と罪のかけらもなく笑って。
 何か気に障りでもしたのか、項羽の声は僅かに尖っていた。もっとも、表情はよくは見て取れない。
『なぁに?』
 何か言いたそうな様子に気付き、はのんびりと問い返す。
『・・・が、俺以外の奴と二人きりになるんだなぁ、って』
 調子はいつもの軽さを取り戻していたけれど、そこにこめられているのは単純な嫉妬だった。
 はふんわり笑う。
『じゃあ、阻止すればいいわ。何なら力ずくで』
 力ずくで止められる。例えば、白い羽に閉じ込められて。
 そうされることを想像すると、の身体には甘美な震えが小さく走るのだった。
 だが項羽は首を振る。
『そうもできない。俺は、自分のやりたいことに一生懸命なが、好きだから』
『項羽・・・』

 思えば、好きという言葉をはっきりと聞いたのは、あれが最初で最後だった。
(それなら、私は、前を向いて生きていこう)
 項羽はいつもそばにいてくれる。
 彼の好きな自分でいよう。
 青い羽を胸に、歩き出そうとしたそのとき。
 頭の上から、白いひとひらが舞い降りてきた。
「・・・?」
 続いて、もうひとひら。
 また・・・何枚も、白い羽。無数に降り注ぎ、の視界を奪ってゆく。
 こんな幻なら、幾度も見せられた。
 それでも見上げてしまう。奇しくもそれは、あのときのブナの枝だった。
 そこに、あるはずのない人影を見て、の心臓はぎゅっと縮んだ。
 ・・・とうとう、こんな幻影まで見るようになってしまったのだろうか・・・。
 だって、そこにいるのは小龍じゃない。
 一度だって間違えたことなど、ない。
 白い羽の向こうで、項羽が、笑っていた。

「俺だよ、
 身軽に飛び降り、羽の乱れ散る大地を踏みしめる足を、は凝視していた。−幽霊じゃないことは確かみたい。・・・じゃあいつもの幻? それとも、夢・・・?
「・・・死にはしなかったけど、結構な重症でさ。記憶も飛んでて・・・あ、コレ皆には秘密な。・・・それで、戻るのが遅くなっちまって」
 言い訳じみた言葉を遠慮がちに重ねるだけで、一歩も近寄ってはくれない。
 焦れては、自分から思い切り項羽にとびついた。
 確かな手ごたえに、本当なんだと実感する。
「項羽の悪フザケの中で、一番ヒドい・・・!」
「ゴメンな・・・。でも、もし俺のこと、死んだと思って忘れてたなら・・・」
 そして、他の男に心が移ったというのなら。
 項羽は、それ以上何も言葉に出来なかった。
 ぎゅうっと、強く強くしがみつかれて。
「そんなこと言ってないで、離さないでよ。項羽は天才で・・・、優しすぎるんだよ・・・!」
 天才ゆえに、全てのことを読み取ってしまう。
 それなのに、自分の気持ちを抑えてしまうのは、優しすぎるから。
「・・・そういうところが、好きなんだけど」
「・・・・・・」
 ようやく抱きしめ返してくれた、その腕の力強さと優しさに、めくるめく思いで目を閉じた。
「ありがとうな」
「・・・うん」
 伝わる体温と鼓動。生きている、確かに。
「私・・・、貴方のものになっても、いいよ」
 頬を染め、それでも言葉はすっと出た。
 項羽の返事は、頭の上に優しく降ってきた。
「ああ、嬉しいよ。でももう焦らない。・・・まだ時間はあるんだから」
 生きているのだ。
 ゆっくり育んできた愛が、実を結ぶまで・・・それまで、このまま・・・。
 は静かに身を離すと、手に持っていた青い羽を項羽に差し出した。
 微笑んで項羽は受け取り、そのとき二人の手指が触れ合った。

 深い森、木立の中で、項羽とはいつまでも見つめ合っていた。
 幼いころからの形のない約束と、これからの約束を、二つながら大切に確かめ合うように。






      END




 ・あとがき・

またまた久し振りです。
甘々なの書きたいって、ずっと思ってたのと、このジャンルでは告白モノが多いので、「最初から恋人同士」パターンを書きたいなということで。
それを項羽で書きたくて考えたお話です。
項羽が彼氏だったら・・・いいなぁ・・・。優しいし天才だし、悪フザケ大好きだけど、結構大人だもんね。

項羽だけは「実は生きていました」でもいける死に方だったので、やってみました。
しかし、当初もくんろんだほどには甘々にはなりませんでしたね・・・。やっぱり忍びだし、自制ききそうだなぁと思ったりしてね。

また他の人で「最初から恋人同士」ドリームを書いてみたいですね。やっぱり劉鵬? 麗羅なんかだと本当に甘々に書ける気もする。

実は平成22年初ドリームですね。




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