は、夜叉とは思えないほど華奢で、おとなしい娘だった。
 夜叉姫に気に入られ、しばしばチェスの相手など務めていたのだが、風魔一族の出現により赤星の矢が放たれた後は、夜叉八将軍の連絡係のような役目も仰せつかった。
 たおやかで優しいが、血の気の多い男どもの注目を集めぬわけはなく−。
 今日も今日とて、八将軍の口には彼女の噂がのぼっていた。


 大切にしたい


「いじめてみたいよなー! 苦しむ顔を見てみたいもんだぜ、キェケケケ・・・!!」
 両手のヨーヨーをヒュンヒュンヒュンヒュン飛ばしまくって、凶悪な笑い声を響かせるハデな頭の男には、全員引き気味である。
 妖水の嗜好は少々・・・いやかなり変わっていて、もはや変態の域に達しているため、誰もついていけないのだった。
「このヨーヨーでを・・・ケケケッ・・・」
 これが彼なりの好意だというのが何より怖い。
「まぁ確かに、可愛いけどな」
「今のところ女にかまけているヒマはないが・・・、可愛いことは可愛い」
 仲の悪い八将軍の中で、唯一まっとうな友情を築いている白虎と紫炎が頷き合うのを、雷電はせせら笑い、
「お前ら全然見る目がないなー!!」
 と必要以上に大きな声で言い捨てた。
 夜叉姫しか眼中にない雷電はそうだろうな。皆は鼻で笑う。
「なっ何がおかしいんだ!!」
 真っ赤になってわめき散らす。その大声に眉根を寄せる闇鬼は、隣に扇を手にした奴が近付いてきたので、心もち体を斜めにして避けた。
 陽炎は構わず、白の扇を広げ、長身長髪の男に囁く。
「気の毒だな、見えなくて」
 ちっとも気の毒などとは思っていないであろう揶揄を、闇鬼は受け流した。
 気の毒なのはむしろ彼らの方だ。がどんなに良い子かは、視覚が閉ざされているからこそよく分かる。
 しかし、口にしたところで通じそうもない連中なので、闇鬼は黙していた。
「フン・・・。欲しけりゃ自分のものにすればいい」
 ボキボキ、黒獅子がこぶしの関節を鳴らす。
「それが夜叉だろ」
 陽炎だけがニヤリと笑い、いい加減女の話はお開きとなった。
 そうなると元々仲の良くない八将軍、あっという間にバラバラになってしまう。
 そんなだから、一言も発しなかった不知火が、途中で出て行ってしまったことに、誰も注意を払っていなかった。

「・・・は、何とかならんのか」
 苦虫をかみつぶしたような顔をして呟く武蔵の隣で、壬生は軽く肩を揺らす。
「何しろ姉上のお気に入りだからな」
 武蔵は腕を組みため息をついた。
 ただでさえチームワークの面でどうかと思われる八将軍だ。女などに引っかき回されたくはないというのに・・・。
のことくらいで、お前がそれほど思い悩むことはない」
「・・・確かに、他に考えるべきことがある、か」
 歩き出す武蔵に、壬生もついてゆく。
 誠士館の暗い廊下は、しんと静まった。

 今日も、遅くなってしまった。
 クラスメイトたちのように部活で、というのではなく、夜叉姫のお相手という仕事のためなのだが、にとってそれは全く苦ではなかった。
 夜叉一族に生まれた身としては、夜叉姫や壬生攻介、それに八将軍のそばに仕えられるなど、望外のことなのだから。・・・のように、特に抜きん出た能力を有しているわけでもない忍びにとっては、尚のこと。
「・・・あれ」
 カバンをさぐり、携帯電話がないことに気付く。
 夜叉姫の部屋だろうかと戻りかけた階段下に、大柄な影が待ち受けていた。
「・・・忘れ物だ」
 金色の髪をした男が、首を少し傾けるようにして立っている。
 ストラップをつまんでぶら下げているのは、の見慣れた携帯だった。
「黒獅子様・・・私の携帯、拾ってくれてたんですか」
 黒獅子は黙って右手を突き出す。の鼻先で、携帯がゆらゆらした。
「・・・すみません」
 手を出して取ろうとした瞬間に、素早く引っ込め、虚をつかれたの利き手を掴み上げる。
 声を出すいとまもあらばこそ、の小柄な身体は、壁に押し付けられていた。
「何を・・・」
 瞳が揺れたのは、怯えよりは単純な驚きのため。
 興味深げに覗き込む黒獅子だったが、それ以上のリアクションを見込めないと見て取ると、近付いて体を密着させ、耳に囁き込んだ。
「・・・欲しいものを手に入れる。それだけのことだ・・・」
「・・・・」
 とて夜叉の一族、渡り合えはしないまでも、隙を誘ってどうにか逃げ出すくらいは出来そうなものだった。
 しかし、は躊躇していた。黒獅子に・・・八将軍のひとりに刃向かって良いものかと。
 黙ったままの娘から、腕の拘束を外し、代わりに正面から抱き寄せた。
 気立ての良いに、興味を持った。多少強引にでも、自分のものにできれば・・・と。
・・・」
「・・・・」
 迫られさすがに身を引こうとするも、背後が壁のため、ままならない。
 それに、逆らえばどうなるか分からない。何しろ相手は夜叉最強の八将軍。こっちは夜叉姫に特別に仕えているとはいえ、身分を言えば下忍のそのまた下くらいのものなのだから−。
 ・・・でも・・・。
 唇が触れそうになるその寸前、の心が急にゆらいだ。
 奥底に、ひそかに抱き続けている、想いがある。
 立場よりも大切にしたい、尊い気持ちが・・・。
「やっやめてください黒獅子様!」
 暴れ出すのを押さえ込もうとする。黒獅子にとって赤子の手をひねるよりたやすいことだった。
「いや・・・」
 顔をそむけたところで、逃れられやしない。
「・・・こんなところで、何をしてるんだ?」
 どこか艶めいた男の声が、割って入る。
 も黒獅子も、ハッとしてそちらを向いた。
「合意の上というなら野暮だろうが、そうも見えないねぇ?」
 もう一人の八将軍が、扇を手にして、余裕の笑みを浮かべていた。

「・・・すみません陽炎様、ありがとうございました」
 さすがにバツが悪かったか、黒獅子は携帯を返してさっさと行ってしまった。
 危ういところを助けてくれた陽炎の、送って行くという申し出を、はありがたく受けた。
 夜の校舎はしんとして、昼間とはまるで別の場所のよう。気味が悪い、なんて言ったら、夜叉のくせにと笑われるだろうか。
「まったく君は無防備だな」
「・・・すみません」
 返す言葉もなく、後について長い廊下を渡ってゆく。と、いきなり陽炎は振り向いた。
「本当に、無防備すぎる」
「−−−!」
 あっという間に手近な教室に連れ込まれ、気付いたときには床に押し倒されていた。
「・・・それに、相手は選ぶべきだ」
「陽炎様っ・・・」
 手の中の獲物を、陽炎は実に楽しげに見やる。
 異性として気になるというよりは、皆が欲しがっている存在を先に自分のものにしたいという気持ちの方が強かった。常に他人よりも優位に立っていたいのだ。
「・・・・」
 値踏みされているような視線に耐え切れず、は顔を逸らす。・・・が、折り畳んだ扇を頬に当てられ、元のように正面を向かされてしまった。
「そっぽを向くなんて・・・、礼がなってないな」
 怯えた表情も、陽炎に愉悦を運ぶだけ。
「声を出すなよ」
 頬に当てた鉄扇はそのままに、空いた手で体に触れようとする。
「陽炎様っ・・・」
 さっきよりも素早く強く、拒否の気持ちが点滅し、はいきなり陽炎の顔に向け目つぶしの薬粉を投げつけた。
「・・・うっ!」
「お許しを陽炎様!」
 力一杯体をはねのけ、拘束から抜け出し、全速力で逃げる。
 教室の中で陽炎が何か叫んでいたが、聞いている余裕はなかった。

 も忍びの端くれであるから、息こそ切らさないが、無我夢中で駆けた末にたどり着いた場所を改めて見回し、ハッとした。
 別棟の、ここはボクシング部の練習場。中に明かりはついていないが、人の気配を感じる。
 の胸が、今までにないほど高鳴り始める。
 黒獅子に押さえつけられても、陽炎に押し倒されても、ダッシュで駆けてすら、こんなにドキドキはしなかったのに。
 引き寄せられるように、重いドアを開けた。
 明るい色の髪をした男が、暗闇の中で拳をふるっている、その後ろ姿を、見た。

 が中に入っていっても、変わらない様子で修練を重ねていた不知火だが、当然その存在に気付かぬはずはなく。
 一区切りつけると、壁際のベンチ端に腰かけた。
 一言も言葉はなかったけれど、拒まれてはいないこと、伝わっていたから。は安心して、ベンチの反対端にちょこんと座った。
 不知火の方を盗み見る。やや前屈みになり、首にかけたタオルで汗を拭いている姿に、またときめいた。
 ・・・数日前に、偶然このボクシング場を覗いたときから・・・。
 そのときも闇の中、一人きり汗を流していた不知火のことが心にひっかかり、気になって気になって仕方なかった。
 襲われかけたとき、頭に浮かんだのは彼のことだったし、それがなければ今ごろ黒獅子か陽炎の手に落ちていたかも知れない。
 その想像に、そら寒いものが走り、は自分を抱くようにしてぶるっと身体を震わせた。
「・・・どうした」
 滅多に自分から口を利くことのない人だから、ただ一言にすらびくっ、ドキッとしてしまう。
 動揺がそのまま伝わっているのは明らかだった。
 不知火は床を眺めるような目つきのまま、ぼそりと言う。
「何かあったのか」

 先ほどの出来事をありていに話すうち、不知火の双眸には強い光が満ちてゆく。それは激しい怒りだったのだが、恐怖にとらわれているは気付かない。
「八将軍のこと、悪くは言えないけど・・・あんなことされるなんて、私・・・」
「・・・それなのにまた、八将軍と二人きりでいるのか」
「・・・・・」
 確かに不知火も、誰もが実力を認める夜叉八将軍のひとり。そして今は夜、誰もいない別棟に、二人きり・・・。
「不知火様は・・・、大丈夫だと思ってるから・・・」
「・・・なめてんのか」
「すみません」
 叱られたと思いうなだれる様子に、不知火はひそかにため息を吐く。
 そうして立ち上がると、無言でのすぐ隣に移動した。
「・・・こんなふうに思うのは俺は初めてだし、何て言えばいいのか分からないんだが・・・」
 唐突に話し出した不知火に、の反応は追いつかない。
 こんなに近くにいることもパニックだし、彼がこれほど長く話すのも、聞いたことがなかったから・・・。
「俺は他の連中とは違う。お前が嫌がることはしたくないし、何かあれば守りたいとも・・・」
 怒りは黒獅子や陽炎にというよりも、守ってやれなかった自分自身に向けられていた。
「・・・なんて言うんだ・・・、大切にしたい・・・お前のことを」
 ズキンと胸に響いた。は顔を上げて横を見る。同じくこちらを向いた不知火と、ずい分近くで目が合った。
 オレンジ色の髪、目が覚めるほど白い肌、鋭い眼光−。
「・・・嬉しい、不知火様・・・」
 ようやく微笑みを見せたの愛しさに、不知火は思わず肩に手を回し抱き寄せる。
「・・・「様」は、いらない」
 大切な気持ちを重ね合わせるように、優しく、口づけた。

「・・・チッ・・・」
「不知火の奴、何も言わないクセに、持っていきやがった」
「何で俺じゃダメで、不知火ならいいんだ。気に食わねぇ」
「相手は選べと、せっかく教えてやったのに・・・」
「何を言っても負け犬の遠吠えだ」
「だーから、お前らは見る目がねえってんだよ!!」
「キェーッケケケケケ!!」
 仲間意識という言葉を知らぬ連中に、このときばかりはちょっとした共通意識が芽生えたようだった。
「・・・ま、何にしても、これで落ち着くだろう」
「いや、余計ケンカのもとではないか? これは・・・」
 ボクシング場の表に群がるデバガメ集団を、壬生と武蔵も遠くから眺めていたのだった。

 そんな外の騒ぎなど知らぬは、不知火の腕の心地良さに、身を委ねる。
 不知火は無論皆の存在に気付いてたが、は自分のものだと知らしめるために、あえて知らんふりを決め込んでいた。
(今度に何かしようとしたら、タダじゃおかねぇ・・・)
 見せ付けるように、もう一度キスをした。







                                                    END




 ・あとがき・

夜叉逆ハー気味不知火落ちということで。
ひそかに雷電→夜叉姫も書けて嬉しかったりします。あと闇鬼びいきです私。
不知火の人はボクシングをやっているということなので、不知火にもボクシング場でトレーニングしてもらったらいいかなぁと。
下書きは手書きなので、不知火って書くたびに心の中で「ふちか」と言っていました。まあドカベンの岩鬼くんも、白新の不知火守くんを「ふちか」と呼んでいたような。関係ないけど。

夜叉全員を書けて楽しかった。あ、夜叉姫の登場がなかった。
またこういう賑やかな話を書きたいですね。



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