出立のとき



「行きたい行きたい! 私も絶ーッ対ッ、行きたいっっ!!」
 風魔屋敷に、キンキン声がこだまする。
 わずかに眉をひそめる竜魔の腕に、は取りすがった。
「ね、いいでしょあんちゃん。私も小次郎と行きたいの!」
 一族が仕える先は、遥か昔から北条家と決まっている。その北条家の依頼に、小次郎一人が派遣されることになったと聞いて、黙っていられるではない。
「バカ言うな、女は屋敷でじっとしてろ」
 たしなめたのは、竜魔ではなく兜丸だった。
「フーン! 今は女だってどんどん外で働く時代なんだからね。男女差別反対!」
 ベーッと舌を出す。あまりに子供じみた仕草に、兜丸は呆れ返り首を振った。
「小次郎はともかく、はやれないな」
「何よ劉鵬、私は小次郎より頼りないっていうの!?」
 体力は確かに劣るだろうが、忍びとしての総合的な能力で小次郎に引けを取るとは思えない。
 劉鵬は、そうではない、と辛抱強く告げた。はとりあえず、感情を静める。
 いつも劉鵬は自分のことを心配してくれている。それは分かる。分かるけれど、もう、庇護されるべき子供じゃない。
「私、役に立てるわ。一人前の忍びになるんだから」
「・・・またそれか」
 兜丸が眉間にシワを寄せる。
 歴史的に、女忍−くノ一は、情報収集や暗殺を請け負うことはあっても、敵と刃を交えるような戦いはしない。
 しかし、は史上初の「戦うくノ一」を目指していた。風魔の里に生を受けた者のさだめを全うし、兄弟たちと共に戦いたい・・・それがの望みだった。
「そんな甘くないんだぜ、
 いつものような軽さで、項羽も釘を刺す。
 兄弟たちの大半は、を男と同じような戦士に仕立てることには賛成していなかった。
 積極的に応援してくれているのは琳彪と麗羅だけだが、今この場には二人ともいない。分が悪いと見るや、はすがるように竜魔を見上げた。
「小次郎は目立ちたがり屋なんだから、おとなしく任務を遂行できるか怪しいものだわ。私がお目付け役で同行する! いいでしょ竜魔のあんちゃん!」
 当の小次郎が聞いたらますますこの場は騒がしくなったところだろうが、幸い小次郎も、出発の準備のため席を外していた。
 竜魔は、腕組みをほどかず小さなため息をつく。
「お前に目付け役など務まるものか」
 同じくらいやかましいクセに、と続く言葉に、はムクれるが、
「・・・だが、社会勉強のためにはいいかも知れんな」
 竜魔の声が少し優しくなったので、いっきにパッと明るい顔になる。
「え・・・おいおい竜魔」
「確かに、今回はスポーツでの学院再興が目的だ。危険もないだろう」
「さっすが霧風、同期の桜!」
 援護をしてくれた霧風に、調子付いたはビッと親指を立てて見せる。
「共学だから、女子の部活もあるだろうし・・・」
「じゃ行っていいのね! やったー!」
 竜魔の決定に、これ以上誰も口を挟めない。
「・・・最終的にはに甘いんだよな、竜魔も・・・」
「本当に、大丈夫だろうか・・・」
 尚、苦い顔の兜丸と、心配そうな劉鵬の前で、は大げさにバンザイすると、再び竜魔にしがみついた。
「頑張って完遂して、あんちゃんのお嫁さんにふさわしいってところを見せてあげるからね!」
「・・・行くなら早く支度しろ」
 熱い視線を完全に受け流し、竜魔はあっさりとを追いやった。
 はそれでも上機嫌、
「ハーイ! 風魔の、すぐに支度を始めまーっす!」
 弾んだ声で敬礼をして、自室へ引き上げて行く。忍びとも思えぬスキップの音が遠ざかっていった。
 そこで霧風も中座し、にわかに静寂が下りてくる。
「・・・にしても、竜魔すげーよな」
 項羽がニヤニヤしながら、茶をすすっている竜魔に切り出した。
「あれだけいつもにくっつかれて、「竜魔のあんちゃん、お嫁さんにしてぇ〜」って言われてんのに、表情も変えないんだもんな」
 のモノマネをする項羽に、笑い声やら「似てねぇ!」という声やらが上がる。
 湯飲みをいったん置いて、竜魔はぼそりと呟いた。
「子供のたわ言に、いちいち付き合ってはおれん」
「子供子供って言うが、もそろそろ結婚できる年だぞ」
 だから心配なんだ。劉鵬は付け加えた。
「ああ、俺だったらすぐにでもを嫁にしたいけどなー」
「俺も、同じく」
 項羽の発言に即追随した劉鵬に、皆の視線が集まる。
「・・・何だよ」
「劉鵬は、親父の心境なのかと思ってた」
 が幼いころから、何くれとなく世話をし、守り、常に心配ばかりしている劉鵬は、本当にの父親のようだった。
 そんな劉鵬を、近頃が煙たがっているようなのは、親離れして独り立ちをしたい気持ちの表れといったところだろうか。
 思わぬライバルの出現に、笑みも消えてしまった項羽に尚も注目をされ、劉鵬は、
「・・・妻にすれば、一生守ってやれるからな・・・」
 ぶっきらぼうに、答えた。
「そういうことなら、俺も立候補するぞ」
 兜丸まで手を上げる。だが今度は、項羽も笑い飛ばした。
「兜丸はに嫌われてるよな、確実に」
 一人前の忍びになりたいというの夢を、はなから否定してばかりなのだ、好かれているはずはない。
 皆も笑うが、兜丸だけは憮然としている。
には、兜丸の真意が届かないんだよ。お前、キツいから」
 劉鵬に言われ、ハイハイどーせ俺はキツいですよ、と、兜丸は立ち上がる。特に気分を害したわけではない、もう寝ようと思ったまでだ。
 劉鵬も共に出て行き、部屋には竜魔と項羽の二人だけになった。
「俺もそろそろ寝るとしよう」
 立ち上がりかけた竜魔に、項羽は勢いよくすり寄る。
 長兄の顔を覗き込むようにして、声を低めた。
「・・・なあ、が今度の仕事から戻ってきたら、俺、プロポーズしてもいい?」
 仕草にはいつものようにおふざけが滲んでいるが、眼は真剣そのもの。竜魔は逸らさず、
「勝手にすればいいだろう。そんなことに俺の許可は要らん」
 やはり表情も変えずに、ごく淡々と答えるのだった。
 項羽はニッと不敵に笑う。廊下に出て行く竜魔に、まとわりつくようにして歩きながら、念を押した。
「本ッ当に、いいんだな? 俺がを貰っても」
 含みと意味が、果たしてどこまで通じるものか。
「くどいな。俺に何を言わせたい?」
 声や背中に、いささかの変化もない。
 項羽は肩をすくめた。
「いや別に。・・・どうせの眼中には竜魔しかいないからな。俺、フラれるだろうけど」
 そこで項羽の気配は竜魔の背後から消えた。
 今度こそ一人になって、竜魔は空を見上げる。
 眼帯をしていない方の目に、十日余りの月が映り込んでいた。

 次の日。
「わァーん! ハチに刺されちゃったよォー!」
「何ィーッ! どこで刺されたんだ小桃、案内しろ。俺が全滅させてやらァ!」
 小桃の泣き声を聞くや木刀引っ掴んで駆け出して行った小次郎を、やれやれ出発の日だったのに騒がしいこと、と見送っていたは、いきなり背後から抱きつかれて飛び上がる。
「びっびっくりした、劉鵬・・・」
、考え直さんか。やはり小次郎と二人だけってのは不安だ。俺もついて行こうか・・・」
 立派な体格してオロオロした声を出すんだから、おかしいやら、ちょっぴりうっとうしいやら。
「少しはのことを信じてやれよ、劉鵬」
「いいなー、ちゃん。学校での仕事なんて楽しそう。僕が行きたかったなー」
「霧風、麗羅」
 何とか劉鵬の腕から抜け出し、霧風に微笑を向けた。それからは、麗羅のぷーんと膨らんだままのほっぺをつっついてやる。
「お土産持ってきてあげるから」
「ホント!?」
 単純にも可愛い笑顔を見せる弟を、はぐりぐりとなでくり回す。
「・・・ま、里にいるのが一番だって、分かることになるだろうけど」
 ここに来てもまだそんなことを言っている兜丸を、項羽がいたずらっぽく見上げた。昨夜の男同士の会話を示唆したのだ。
 兜丸は無言のまま項羽にヘッドロックをかけ、項羽も負けじと反撃する。
 ドタバタとプロレスごっこが始まったのを尻目に、竜魔がに歩み寄った。

「ハイッ!」
 麗羅をいじくっていた手を離し、直立不動で竜魔を見上げる。
「一応、確認しておくが、お前は小次郎の任務についていくという立場だ。出しゃばるんじゃないぞ」
「ハイッ」
 見本のような良い返事をして、その声に聞き入っている。
 竜魔は尚も注意を与えた。
「俺もお前を風魔の戦士にするつもりはない。これはお前の最初で最後の遠征だと覚えておけ」
「え・・・」
 はあからさまに落胆の表情を見せた。竜魔は腕組みをする。
「返事」
「・・・ハイ・・・。・・・えーと、つまり、この仕事終わったら、あんちゃんのお嫁になってかいがいしく主婦をやれということですね・・・」
 のかなり独りよがりな解釈は、竜魔のひとにらみであっけなく立ち消えた。
「・・・・」
 項羽も劉鵬も兜丸も、それぞれの感慨でもってに視線を注ぐのだが、当人はまったく気付かない。ただ竜魔だけを一心に見上げている・・・いつものように。
(まぁいいわ。今回の務めを立派に果たせたら、あんちゃんも戦士にはしないなんて考えを変えてくれるかも)
 前向きともいえるが、やはり竜魔の言葉をちゃんと聞いていない。
「いいか、危険なことには首を突っ込むな。何かあったらすぐに知らせろ」
「・・・あんちゃん・・・」
 胸の前で手を組む、のポーズはまさしく「恋する乙女」。竜魔を見上げる目がキラキラしている。
「そんなに私のことを・・・」
 そこで、ぬっ、と劉鵬が出てきて、の頭に手を置いた。
「何かあれば、一瞬で駆けつけるからな!」
「俺もっ!」
「気をつけて行ってきてね、ちゃん」
 ドヤドヤ密集してきた兄弟たちに、は等しく笑顔を返す。
「ありがとう、みんな!」
 とても、嬉しかった。

「じゃーちょっくら行ってくらァ」
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、小次郎ちゃん、姉ちゃん!」
 小桃が先頭で大きく手を振る後ろで、他の兄弟たちも見送ってくれている。劉鵬はちょっと泣きそうだ。
 北条家の使いでやってきた柳生蘭子について、小次郎もも元気いっぱいで風魔の里を後にした。
「エヘヘ・・・。一度でいいから、女子高生をやってみたかったんだ」
「それが狙いだったのかよ、
 自分ひとり、ということだったのに、いつの間にかがついてくることになっていたのが、小次郎は腑に落ちなかった。だが、今のの一言で変に納得したように、両手を頭の後ろに組んだ。
「白鳳学院かぁー。可愛い子、いるかな」
「竜魔のあんちゃんよりカッコいい男子なんて、いるかな。いないだろーなー」
(・・・本当に大丈夫なのか、コイツらで・・・)
 蘭子はひとり、頭痛のする額を押さえていた。

 小次郎とが、白鳳学院に、風を連れてゆく。



                                                           END




  ・あとがき・

愛されてます、ちゃん。
マンガではとてもそういうベタベタな感じにはなりそうになかったけど、実写ドラマ版を見たらこんなドリームも違和感ないんじゃないかと思えて、一気に書き上げてしまいました。みんな仲いいんだもの。
ちゃん争奪戦ですね。逆ハーは基本でしょう。でもちゃんの本命は、あくまで竜魔。なぜって私が竜魔を好きだから(笑)。
風魔の里に他のくノ一はいないのか、というのは、柳生屋敷には蘭子さん一人だけなのか、と同じくらいのミステリー。

風魔のくノ一を書くのは久し振りで、楽しいですね。
今までは風魔で書くときは、和風の感じを大事にして、カタカナ語を封印したり少しかための文体にしたりしていたんだけど、ドラマベースではそういう縛りも一切なしです。ドラマの現代風アレンジは本当に面白い。

「風連」第一作です。
でも、話の流れに沿って連載していくのではなく、書きたい場面を拾って書く、という形でいきたいと思います。





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