一週間、柔道部に在籍していた劉鵬が、夜叉の黒獅子と雌雄を決するため、二人きりでの試合に臨んだとき。
小次郎と一緒に、もひそかに覗き見ていた。
自分でもびっくりするくらいドキドキいっている胸を、押さえながら。
青春したっていいじゃない
「私も青春、してみたいなー」
二人っきりの帰り道、の呟きは、すっかり暗くなった住宅街ではよく通った。
言うまでもなく、さっきの部室における会話の流れでの言葉だ。
小次郎の、
「俺たちも忍びとして生まれてなかったら、青春、してたのかな」
という問いに対し、劉鵬は「分からない」としながらも、
「彼らのような普通の人々の、ごく普通の青春を陰ながら守ってゆく。それが俺たち忍びの使命だ」
と告げたのだった。
劉鵬は何も言わず、ただ微笑んで隣を歩いている。
街灯を追い越すにつれ、劉鵬の横顔の上に陰影がなめらかに移動するのを、はじっと見上げていた。
妹として、ずっと一緒にいたはずなのに・・・。
兄が別の人のように見えて、胸がぎゅっと締め付けられる。
「劉鵬、私・・・」
苦しさをどうにかしたかったから、言葉として外に出そうとは試みていた。
「私、この一週間、劉鵬を見ていて、初めて感じたの。・・・今もだけど、ドキドキして呼吸困難で、でも幸せで・・・」
同じ年頃の柔道部員たちと汗を流す姿、忍びの術には頼らないパワーの解放、そして今日の、黒獅子との真正面からのぶつかり合い・・・。
今まで見たことのない劉鵬の姿に接するうち、の中にある想いが芽生え、どんどん変化し大きくなっていったのだった。
「・・・これってきっと、恋だよ・・・」
まじめくさった物言いに、劉鵬の歩調が初めて乱れた。
街灯から外れた場所だったけれど、少し険しい表情をしているのは見て取れる。
「恋も、青春だよねー」
それでもの言葉は止まらなかったものだから。
「」
やや厳しく遮って、劉鵬はを見下ろした。
「そんなことを軽々しく言うもんじゃないぞ」
叱るときのいつもの調子で、きっぱりと言ってやったつもりなのに。は少しも怯まない。
「どうして? 忍びだから?」
つっかかってくる妹に、劉鵬は少し困り顔をする。
恋なんて言われて、その上、夜闇を透かすようにふたつの瞳で見上げられると・・・。
胸の内が、ざわめく。
あるいは全力を出し切ったスポーツの余韻が、別の高揚感にたやすく結びついてしまったせいか。
・・・表出してしまいそうなのが、怖かった。・・・ずっと秘めていた、想いなのに・・・。
「別に、いいじゃない」
見透かされたようで、ビクリとする。
そんな劉鵬の袖口を、はきゅっと掴んだ。
「忍び同士なら、問題ナシだよ」
「そういうことじゃないだろ」
「そういうことだと思うよ」
良子ちゃんに悪いかなと、ちょっとだけ思ったけれど、はようやく自覚した自分の気持ちを諦めるつもりはなかった。逃すことなく、そのまま劉鵬に伝えたかったのだ。
「青春したって、いいじゃない?」
「・・・良くない」
ぶっきらぼうに返答しながらも、困惑しているのはの目にも明らかだった。
握った袖口もふりほどかれはしないから、は微笑んで、もう少し接近してみた。
「離れろ」
「どーして? こんな夜道ではぐれたりしたら、さらわれちゃう」
「はぐれやしないし、くノ一をさらえる人間はいない」
そうこうしているうちに柳生屋敷に到着し、ニコニコと劉鵬にくっついていると、くっつかれて心底困り顔の劉鵬は、揃って門をくぐった。
「劉鵬」
くいと袖を引いて立ち止まる。つられて足を止めた劉鵬に、は正面から思い切り抱きついた。
「コ、コラッ、・・・ダメだ」
「どーして? いつもこんな感じじゃない」
確かに、幼いころから抱きついたりのスキンシップは多かった。小次郎が腿を突き抜かれたあのときも、夜叉から逃げてきたを今のように抱き止めてやったものだが・・・。
「でも・・・」
心はグラついている。向こうから抱きつかれて、強固に断るのは難しい。
そればかりか、こちらを見上げているの瞳は、不思議な輝きを帯びて劉鵬の胸を直に貫いた。
「・・・・・・!」
止められない衝動というものが、本当にあるということを、劉鵬は初めて知った。
を抱きしめてしまった直後に。
「・・・・」
すぐに離せば、なかったことにも出来たろうに。
腕の中の小さな身体、その柔らかさに、覚えず夢中になってしまい、腕にはますます力が加わる。
止められないのが青春なのかな−。
片隅で、そんなことを思っていた。
「・・・劉鵬・・・」
いつまでも抱きしめられているばかりでは、じれったくて。は顔を上げるとガクランの胸の辺りをぐいと引っ張った。
伝わっているのは確かなのに、劉鵬はまだ二の足を踏んでいる。生真面目というのか、堅いというのか。
自分が動かない限り、どうにもならないみたい。そう悟ったは、劉鵬の首ったまに両腕でぶら下がるようにし、やや強引に屈ませた。
もっと触れたい。知らなかったものを、知ってみたい。
素直な欲と、挑発を楽しむいたずら心が、を大胆にさせているようで。
近付いた耳元に、囁いた。
「・・・キスしてよ」
夜の空気が、吐息のような声にいつもと違うしっとりとした響きを与え、劉鵬の思考・・・ためらいだとか忍びとしてのあり方に縛られる気持ちだとか・・・を、麻痺させる。
甘い麻薬みたいに。
−こんなとき竜魔なら、何が何でもつっぱねるんだろうな−
なぜかそんなことを頭の隅で考えながら、体を屈めるようにして、の花のような唇に自分の唇を、重ねた。
ついばむように軽く、ちゅっちゅっ、とキスをした後、劉鵬はゆっくりと、笑いかけた。
彼の笑顔が何より好きなも、微笑む。
そうしたら、ふと真顔になって、
「・・・責任は取るよ」
「責任って」
は思わず吹き出してしまう。
「そんな大ごとにしなくても・・・。私の方から、何ていうの、誘ったような感じだし・・・」
「・・・いや・・・」
それ以上言わせないとでもいうように、強く抱きしめた。
「ずっと、好きだったから・・・」
「・・・劉鵬・・・」
ぴったりくっついて、彼をいっぱい感じて、は幸せな表情で目を閉じた。
誰もいない夜の庭で、二つの影は、いつまでも離れなかった。
−忍びだって、青春してもいいよね−
「お前らさぁー、昨日何してたの?」
いつものようにつまみ食いしにやって来た小次郎に、フライ返しを手にしたまま振り返る。
「コラ、朝ごはんの時間まで待ちなさいっての!」
容赦なく手を払い落とすが、小次郎のニヤニヤは止まらない。好奇心もあらわに、に接近してくる。
「昨日の帰り、ずい分遅かったじゃん? 二人っきりで何してんのかな〜って、ウワサしてたんだぜー」
「え・・・」
兄弟の間でそんな噂になっていたとは・・・。その光景を想像し、思わず遠い目になるが、気を取り直しては不敵に小次郎を見返した。
「青春、してたのよ」
「・・・へぇ〜」
小次郎は、きらきらした目を細めて、笑った。
それは嬉しそうに、深く、笑ったのだった。
それから後。
「劉鵬〜」
二人きりになるとすり寄ってくるので、劉鵬は嬉しいような困ったような・・・でも結局抱きしめたい気持ちには勝てずに、両腕の中にを閉じ込めるのだった。
それからきっとねだられ、ちゅっ、と口づけをしてあげる。
何度目になっても慣れなくて、どぎまぎするけれど、キスするたびにもっともっと好きになってゆくのを、感じていた。
END
・あとがき・
劉鵬は素敵。「忍び、青春す」の巻を見て、ますます好きになりました。
前に書いた劉鵬ドリームは、キスシーンがなかったので、是非キスを書きたくて考えたおはなしです。
舗道でキスの予定だったのに、劉鵬がなかなか動いてくれなくて、屋敷に戻ってからちゃんが積極的に誘って、ようやく・・・という感じに。
ホント真面目なんだから。
ちゅっちゅっ、っていうキスが似合いそうだなと勝手に思っています。
そして、前にも書いたけど、私は劉鵬の笑顔が大好きです。
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