柔道部の助っ人として、総長が連れてきた劉鵬くんと、は知り合って。
 その後も顔を合わせると言葉を交わし、会話を弾ませるようになっていた。
 もうはトキメキとドキドキを自覚していたから、天にも昇る心地とはこのことだと思った。
「今度の日曜日、もし予定なかったら、一緒にどこか遊びに行かないか?」
 と、劉鵬に誘われたときに。


 
風の誘い


「劉鵬、今日ちゃんとデートなんだろ?」
 朝食の席で唐突に言われたとき、味噌汁を吹きそうになったが、劉鵬は何とか平常心を保ちつつ目を上げた。
 小次郎はニヤニヤと好奇心もあらわに、食卓に身を乗り出している。
 劉鵬は表情変えず、茶碗を重ねて手を合わせた。
「ごちそうさまでした。・・・出かけてくる」
「その格好で行くのか?」
 そそくさと立ち上がった劉鵬に声をかけたのは、蘭子だった。
 劉鵬は苦笑いを浮かべる。
「これしかない」
 文字通りの一張羅だ。
「なーなー、告白すんの?」
 あからさまな迷惑顔も意に介さず、小次郎はしつこく食い下がる。
 口にこそ出さないが、小龍も興味津々、蘭子は尚も「ガクランでデートか・・・」などと呟いている。
 霧風は俺には関係ないと涼しい顔。竜魔は完全に見守る体勢だ。
 いつもと違う雰囲気の食卓を見回して、劉鵬はため息をついた。
「お前はしたのか? 告白を」
 同じ問いをそのまま返してやると、とたんに小次郎はニヤニヤデレデレし始めたので、その隙に退散する。バカは単純だから扱いやすい。
(・・・告白か・・・)
 そのまま柳生屋敷を出て、デート日和の空を見上げた。
 真冬の大気は痛いほど透明で、全て景色を鮮明に引き立てる。
 美しいものだ。
(告白なんて・・・出来るわけない)
 今回の任務は完了した。明後日には、この地を去るのだ。
 を誘ったのは、ずい分迷った末のことだ。
 せめて小さな思い出でもと。
 そうして、姿を消す。何も告げることなく、風は風らしく。


(ちょっと早く着きそう)
 はやる気持ちのまま待ち合わせの場所に駆けたのだが、既に彼は来ていた。
 いつもと変わらぬガクラン、背の高い立ち姿は周りとは一線を画しているようにには見えた。
 そこだけ色が鮮やかで、清清しい風が吹き抜けているかのように。
「劉鵬くん!」
 明るい声で元気良く飛び込んでゆくと、彼はこちらを見て、少し驚いた表情になった。
 そうして改めての全身を見て、ふわーっと、顔全体に笑みを広げたのだった。
ちゃん、早かったね。・・・すごく可愛い」
 真正面で可愛いなんて言われて、は舞い上がった。しかもこんなに素敵な笑顔。
 デートに誘われた日から、試行錯誤の末決定した服のコーディネート、ちょっとだけしてみたお化粧、念入りにブローを施したヘア。それらが、早くも功を奏したのだ。頑張って本当に良かった。
「劉鵬くんの方こそ早かったじゃない。どこ行く?」
「俺はこの辺不案内だから、ちゃんに任せるよ」
「そう?」
 劉鵬が学校のときと全く同じ格好であることについて、は一瞬あら、と思っただけで、さほど気にはしなかった。
 男の子ってこんなものかも知れないし、何よりは劉鵬のガクラン姿が好きだったから(柔道着もいいんだけど)。
「カラオケ? 映画? 遊園地もいいね。どうしよう」
「そうだなぁ」
 二人は並んで歩き出す。
 少しの緊張をお喋りに紛らわしてみたら、自然にはしゃぐことができた。


 こうして二人は楽しいデートの時間を過ごした。
 学校にいるときとは違う面を見せ合えたと思うし、ちょっとステップアップしたかも・・・。
 というのがの独りよがりな妄想ではないと確信したのは、冬の気短な太陽が早々に姿を隠してしまっても、「じゃあそろそろ・・・」という言葉が出なかったからだ。
 連れ立って歩いているうちに、高台の公園に着いた。舗道のきらびやかなイルミネーションを見下ろせることに、柵から身を乗り出さんばかりに大喜びする。
 素直で屈託のないのそんな様子を、劉鵬はただ微笑んで見守っていた。
 空が漆黒に呑み込まれてゆくのにつれて、心にも抑えがたい切なさが広がっていたのに。
 それを隠しながらの、笑顔だった。
 このままこの瞬間を胸に封じ込めて、明後日、里へ帰る。
 そしてそれを抱いたまま、決して長くはないであろう一生を、終える。
 持ってはいけない恋心を持ってしまった忍びとして、ベストな道だと信じていた−今の、今までは。

 突然の呼び捨てに、は少しびくんとして、顔を上げた。
 きらきらと美しい光たちから転じて見た劉鵬の顔は、普段のように微笑んではいたけれど、なぜか辛そうな、切羽詰ったような陰がある。
「今日はその・・・、付き合ってくれて、ありがとう」
「うん。楽しかったね」
 不思議に思いながらは笑う、その笑顔が劉鵬の背中を押す。
「俺、実は、ちゃんに・・・」
でいいよ。私も劉鵬って呼んじゃうから」
 ちょっと、赤くなっていたかも知れない。けれど劉鵬は、笑みを返してくれた。
「じゃあ、に、言いたいことが二つあるんだけど」
「言いたいことって・・・」
 ますます赤くなる。夜の公園という絶好のシチュエーションでこれは、もしかして・・・。
「でも、事情があって今は言えない」
「あら」
 思わずつんのめってしまった。何てはぐらかし。
「もしも、が忘れなかったら」
「?」
 見上げると劉鵬は、何か眩しいものでも見るように目をすがめて、笑みの浮かぶ口元から、小さく言葉を紡いだのだった。
「三年後、この時刻にこの場所で・・・」
 風が吹いて。
 が一瞬閉じた目を開いたとき、もうそこには誰もいなかった。
 夢だったかのように。

 暗くなったら急に別れがたくなった、なんて、子供じみたことだ。
 それに、あんな言葉ひとつ、約束にすらなりはしない。
 は自分のことなどすぐに忘れて、いわゆる普通の男と恋をするだろう。
 そして忍びである自分の三年後は、もはや物語の中にしか存在しない運命かも知れない。それは、には決して語られることのない物語だ。
 それでも。
 満天の星空を見上げ、劉鵬は白い息を吐く。
 −それでも、もし万が一があるのなら、賭けてみたい気持ちになっていたんだ−。


 風は吹いて、吹き続け、時も巡る。


 三年という月日は、にとって決して短くはなかった。
 進学して本格的に化粧もおしゃれも覚え、友達の輪も広がって、何人かの男の子に告白もされた。
 だけどは、誰とも友達以上の関係になることはなかった。
 心の中の大切な存在を越える人なんて、現れなかったから。

 あの日、風のように自分の目の前からいなくなってしまった人。
 言いたいこととは、一体何だったのだろう。

 そして今日も、イルミネーションを見下ろせる公園には、風が吹いている。
 彼は、去っていったときと同じくらいの唐突さで、の目の前に現れた。
「・・・久し振り」
「・・・三年ぶりね」
 あのときと同じように、二人は風の中に立っていた。
「話の続きを聞きに来たのよ」
「うん・・・なんかすっかり綺麗になったから、言いづらいけど」
 三年分大人になった、メイクもファッションもキラキラしている。劉鵬は実際に気後れを感じていたが、が今日この場に来てくれたという事実に勇気を得て、あの日言えなかった告白を口に乗せた。
「あのさ、実は俺、・・・忍者なんだ」
「・・・そっかあ」
 あまりにあっさりとした返事に、きちんと伝わったのか不安になるが、はうんうん、と頷いている。
「最初から他の人とは何か違うなって思ってたけど。忍者だっていうなら納得だわ」
 納得されてしまった。
「そ、それでまぁ、には黙って姿を消してしまうかたちになってしまったわけだけど・・・」
「なるほどね」
 消えたように思っていたのは、記憶違いでも錯覚でもなく、本当にドロンと消えていたのだ。
 は頭の中に、「両手で印を結び、煙の中に姿を隠す黒装束の劉鵬」を思い浮かべていた。
「・・・俺はあのときからのことを特別に思っていたし、今も変わらない」
「・・・劉鵬・・・」
「俺と一緒に、来てくれないか」
 差し出された手に、何の躊躇もなく手を重ねた。
 絶対に、離さない。だってまた消えられたりしたら困るから。
「ありがとう、。・・・大切にするよ」
 これまでのうちで一番に甘い笑顔に、はくらっとした。
 密着した二人を、温かな風が包む。
 そして、そこにはもう誰もいなかった。





      END




 ・あとがき・

ブログ経由でPVを見たら、なんかどうしても劉鵬とデートする話を書きたくなって、一般の女性との恋なんて新鮮だろうということで考えた話だったんですが、なんか書いているうちに当初の目的からズレていった感はいなめません。
イメージとしては最近好きな「バクマン。」の高木君とカヤちゃんのデートシーンみたいなの書きたかった。
パラレルですね、本来ならデートなんて大っぴらにしたり、そもそも恋に落ちることすらタブーだから。

ちゃんさらわれちゃいましたが、「やっぱり大学卒業までは待って!」ってことになったりして。





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