それはのどかな、春の昼下がりに。
 どうしてそういう話になったのか−。


 
練習キス


「やっぱ、男の方からなんだろ?」
「そうでしょ」
 一人前とは認められていないがために、任務もなく里に残された小次郎は、くノ一のとの他愛もない会話で時間をつぶしていた。
 畳に寝転がり、春の色をした野外を眺めながら。
「・・・じゃあ、近い将来、メルヘンちゃんと出会ったりしたら・・・」
「小次郎から告白だよね」
 ボタンつけをしていた手もとから目を上げて、はいたずらっぽく笑う。
「でもって、キスも小次郎からだよ」
「・・・キスっ!」
 大げさに受け、小次郎は勢いつけて起き上がると、の方を向いてあぐらをかいた。
 微笑みの形をしているの唇に、つい目がいってしまう。
 ・・・本当に、なんでこんな話になってしまったのか・・・。
 ただの姉弟に過ぎず、特別な感情など何もない。それは誓って言えるほどの事実だった。
 逆に言えば、それだからこそ安心して、告白だのキスだのと口にできるのだろう。そうして、本気と冗談のはざまの探り合いを、擬似的な胸の高まりを、楽しんでいたのだ。・・・ただし、互いにこっそりと。
「・・・俺そーゆーの、した事ねぇや。イザとなったらどうしたらいいんだ?」
「私も、竜魔のあんちゃんに求められたとき、どうしよう!」
 大声ではしゃぎ笑い合うのは、照れ隠しと相手の出方を見るため。
 おかしな雰囲気に流れていることは、小次郎もも感じ取っていたけれど、軌道修正する気はなかった。
 ・・・二人きりなんて、珍しくもない状況なのに。なぜに今日に限って・・・。
 小次郎はの膝元にすり寄ると、下から顔を覗き込み、
「じゃあさ、練習しねぇ? それぞれ本番に備えてってことで」
 いつもの調子で言ってきた。
「なーに言ってんのよ」・・・と、頭を叩いてでもやれば、それで何事もなく済んだろうに。
 間近に寄せてきた小次郎の口もとを見つめながら、は、小さくだけれど頷いてしまった。
 小次郎は膝を正し、背筋を伸ばす。
「じゃ、告白からな」
 ひとつ咳払いをしてから、
・・・」
 大きな瞳が、の顔を映しこむ。
「・・・好きだ」
「・・・小次郎・・・」
 練習とはいえ、真剣な小次郎の声と表情に、引き込まれる。
 手にしていた縫い針を服に刺して、さりげなく脇に置き、もまた真面目な顔をして見返した。
 いつ相手が吹き出すかと思っていたのに、そんな気配もない。後には引けなくなり、小次郎は手を出して、ぎこちなく抱き寄せた。
 絶妙のタイミングで、が瞳を伏せたものだから。
 ゆっくりと、唇を近付け・・・、触れた。

 今まで味わったことのない甘さが、唇から胸へと染みるように広がってゆく。
 その心地良さは、背徳感をはるかにしのぐものだった。
 どうせここには二人きり・・・。
「・・・ちょっと、いいかも・・・」
 軽く触れ合った後の唇を、ちろっと舐めて、は笑う。
 いつもの笑顔にすら感じるものがあって、小次郎はひそかに息を吐いた。
「じゃ・・・、もう一回な」
 顎に軽く手を添えると、再び目を閉じてくれたので、その無防備さ、半開きの唇の色っぽさに、勢いを止められなくなる。覆い被さるようにして、キスを奪った。
 さっきよりも激しくて長い口づけは、二人の全身を、痺れさせた。

 力が抜けて、小次郎にしがみついていたけれど、ぼんやり裁縫箱を眺めているうち、ふいと日常の感覚が戻ってきた。
「なー、マイメルヘンに出会うまで、練習させて」
「・・・調子に乗ってんじゃないのッ!」
 小次郎のバカな申し出をきっかけに、勢いよく体を離す。
「そんな簡単にできると思ったら大間違いなんだからね」
 腕組みポーズで、そっぽを向いた。
「だいたい、そのメルヘンとやらにいつ出会えるのか、分かったもんじゃないでしょ」
 どちらかというと、出会える望みは薄い・・・いや、ほとんどない。
「ちぇーっ」
 ふてくされて小次郎は、再び背を向け、ゴロンと横になってしまった。
 そんな暇があるなら、修行すればいいのに。早く一人前になりたくはないのかしら。と思いながらも口にはせず、はボタンつけをしていた服を自分の方に引き寄せた。
 針を手にする前に、自分の口もとにそっと手を添え、口唇をなぞる。
(・・・ま、ほんのたまになら、いいかも・・・)
 キスが練習の域を超える、その寸前までなら。罪悪感スレスレのときめきを味わうのも、悪くない。
 自分の中の小悪魔性に、ちょっとだけ驚きながらも、それもこれも相手が小次郎だからかな・・・なんて。弟のだらしない格好を眺めながら、はふっと笑うのだった。



      END




 ・あとがき・

練習のキスというのは、前に星矢で書いたことがあります。私お得意のセルフパクリです。
今回は本当に恋愛感情はなく、単なる好奇心。互いに了承の上でのイタズラみたいなものかな。
それでも、相手が小次郎だったから、ちゃんだったから、そういう気にもなったんでしょう。
もしかして、これがきっかけで恋に発展、ということもあるかも?

当初は姫子ちゃんを想いもんもんとしている小次郎がちゃんにキスをする話、ということで考えていたんだけれど、姫子ちゃんに出会う前の話に変えました。
姫子ちゃんという大きな存在があるから、小次郎ドリームはなかなか書きにくいところがあるかも。




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