夕食後、風魔の兄弟たちがまったりしている居間へ、
「ねー、皆で海に行こうよ!」
 廊下から顔だけぴょこっと覗かせ、いささか唐突な提案をしてきたのは、くノ一の
「水着も買ったの! ほらー!」
 一足飛びに飛び出してきた大胆なビキニ姿に、ある者はお茶を吹き出した。またある者は口笛を吹き、はやすような声をかける。
 その場はたちまち、騒然とした。


 
渚にまつわるエトセトラ


「−いかん! いかんいかんっ!」
 我に返ったのだろう、とたん面白いくらいに慌てて、劉鵬が自分の上着を脱ぎながらに向かい突進した。
「そんな下着同然の格好を公衆の面前に晒すなんて断じていかん! コラお前らも見るなー!」
 自分自身も直視できないのか、目をそらしたままガクランをに着せかける。
 頭から被せられることになって、これじゃテレビで見た犯人みたいだとは思った。
「オイもったいないことすんなよ。せっかくイイ身体してんのに」
 こんな言葉を飛ばす琳彪だが、決していやらしい気持ちからではない。自らが鍛えてやっている、いわば弟子のような存在のに対する、最上の賛辞のつもりなのだ。
「そうだよ、いいじゃん、もっかい見せてくれよ。劉鵬どけ」
「うん。似合ってるよちゃん」
 項羽と麗羅の声を味方に、はガクランを脱ごうとするが、また劉鵬に阻まれ、肩に着せかけられる。
「だってこの水着、普通に売ってたんだよ」
「だからって、お前・・・」
 口を尖らすに、劉鵬は困り顔。
「そんな格好で海になんて行ってみろ、理性のない男どもに襲われるぞ」
「ヘッ、なんて襲う奴いんのかよ」
 生真面目にいさめようとする兜丸だが、小次郎がまぜっかえしてしまう。
「襲ったところで、返り討ちだろ」
 呟いたのは小龍だ。
「とにかくっ! その水着はダメ!」
 強引に劉鵬に結論づけられて、それでもは簡単には折れない。
 一番大好きで一番信頼している兄に、(自分では)色っぽい(と思っている)目線を投げかけ、
「すごく可愛いと思うのに・・・ねぇ竜魔のあんちゃん」
 ちょっと甘えた声を出してみた。
 とたん、皆の注目が長兄に集まる。
 竜魔は気にするふうもなく、いつものようにピシッと正座したままで、劉鵬の上着にすっぽりくるまれている妹をおもむろに見やった。
「・・・俺も、劉鵬と同じ意見だ」
 低い声での短い一言が、にはてきめんに効く。ほらみろ、と言わんばかりの劉鵬の腕の中でさすがに恥じるそぶりを見せたが、次の瞬間には晴れやかに笑って言うのだった。
「そっか、やっぱり竜魔のあんちゃんは私のことが心配なのね!」
「だから最初から言ってるのに・・・」
 という劉鵬の声は届かないようだ。
「じゃあ、これもセットだったから、着てみるね」
 その場でゴソゴソと何やら着替えをし、「これならいいでしょ!」と、ガクランを劉鵬に押しやる。
 ビキニの上に、セットのキャミソールと短パンを着たのだ。
「今どきの水着って、普通の服みたいでしょ?」
 露出度のぐんと下がったの姿に、納得する者あり残念がる者ありだったが、
「・・・最初から着とけ!」
 なぜだか真っ赤になっている劉鵬は、その必死さを皆にからかわれる結果となったのだった。
「ねっ、海行こ」
「でもなー、オメーのその水着姿なんて見てもなー」
 からかい半分で渋る小次郎を、その気にさせるなんて簡単なこと。
「姫ちゃんも行くんだよ」
「よっしゃあー俺の泳ぎを見せてやるぅ!」
 案の定、180度転換の張り切りようで、華麗なエア泳ぎを披露し出す。
 こうなると、思惑は様々ながら異論の出ようはずもなく、の希望通り、次の日曜日に海へ行くことが決定された。

「海だー!」
「わーい!」
 我先にと砂浜に駆け込んで、焼けた砂の熱さに悲鳴を上げる。小次郎、、麗羅の三人だ。
「そういえばあいつら、海を見たことがないんだもんな」
 里で修行中の身であれば、生まれてから一度も山を下りたことがないというのも、当然のことだ。
、とっても楽しみにしてましたもの。良かったわ」
「姫子ー、さすがは俺のマイメルヘン。その水着カワイー、とは大違いだね。さっさっ、行こう!」
 足の裏がヒリヒリしているのも構わず、小次郎は、白のフリフリワンピースの姫を引っ張っていこうとする。が。
「姫子さまに気安く触るなと、何度言ったら分かるんだ!」
 怒号と同時にいきなり飛んできた巨大なスイカに邪魔をされ、手を繋ぐことがかなわなかった。
 スイカ割りのために持ってきたスイカが、麗羅との連携キャッチにより無傷だったことに安心すると、小次郎は思いっきり渋面を作って振り向いた。
「何だよ蘭子! だいたい何でお前までついて来るんだよッ!」
「逆だろ。もともと私と姫子さまとの間で、海に行くって話が出たんだから」
「ぐ・・・」
 気勢をそがれ、とうとう小次郎は黙ってしまった。蘭子の水着のせいだとは、自分では認めたくはない。
 何しろ蘭子の水着は、潔く、迫力すら感じさせるビキニなのだ。
 ちなみに「里では裸で川に入ってたよ」と平気で暴露するを、姫子が水着選びに連れて行ったのだが、そのとき二人で勝手に決めたのが蘭子のこの大胆なビキニだった。
 もちろん、に対してはあんなに口うるさかった劉鵬たちも、蘭子には何も言わない。言えない。
 モデル並みの長身美女に、可愛い女の子ふたり、そしてタイプも様々な男たち。
 たちのグループは、当人たちの自覚こそ皆無なものの、夏のビーチで相当目立っていた。

 最初、にとっては海は少しよそよそしく、多分に得体の知れないものだった。
 ことに、激烈な太陽を、波間にいくつも隠した鋭いナイフで弾き返すさま、また砂浜に打ち寄せてはすーっと引いてゆく波の、ときに荒々しい不規則性は、に恐怖すら呼び起こさせた。
 だが好奇心の強いのこと、足をつけたり、波との追いかけっこではしゃいだりしているうち、じき、この大きな自然とも仲良くなれたようだった。
「もう一回やろ! もう一回!」
 姫子から砂遊びの定番「棒倒し」を教えてもらったは、小龍や麗羅と楽しげに興じている。
 隣で、項羽は顔以外を砂にすっかり埋められて、腑に落ちないような顔をしていた。
「なぁ、これは何が面白いんだ?」
「知らねーけど、砂には埋まっとくもんだろ」
 埋めてくれた琳彪が全然要領を得ない答えをよこす。項羽はふーんと言いながら反対側を向き、とたん、ニヤニヤし始めた。
「これはこれで・・・ベストアングル」
 砂の中でぐッと親指を立てつつ、ローアングルからのの水着姿をまじまじ眺める項羽だった。

 それからも、泳いでみたりスイカ割りをしたり、は兄弟たちや女友達と楽しく夏を満喫した。
「あっカニみっけ! これ獲っていって、晩ごはんのおかずにしようか」
ったら。今日はそういうの考えるの、やめよう」
 蘭子が笑って止めてやったおかげで、小さなカニの命は救われた。カサコソと岩陰に逃げこんでゆくのを、尚も名残惜しそうに見つめるに、蘭子は明るく誘いかけた。
「それよりジュースでも買いに行かない? 皆の分も・・・私がオゴるからさ」
「わっ本当? 行く行く」
 喜んで立ち上がるにつられるように、そばにいた姫子も振り向いた。
「私も行って、ジュース持つのを手伝うわ」
「じゃあ俺もー!」
 小次郎まで出しゃばって、結局四人で行くことになった。
 小突きあったり笑ったりしながら、海の家へ向かう四人を、砂浜に何となく集まっていた他の兄弟たちが見送っている。
「なあ小龍、泳ぎの競争しないか」
 ふいに項羽が、弟に向かってこう誘いかけた。いつものごく軽い調子で。
 小龍はの後ろ姿から双子の兄へと視線を転じた。一瞬、唇を引き結び強い光を宿した眼で項羽を見据えたのち、負けず嫌いの返答が口をつく。
「項羽には負けないからな!」
「そう来なくちゃ」
 兄が鷹揚に笑って腰を浮かせたとき、
「どうせなら皆で競争しようぜ。誰が一番速く泳げるか」
 朗らかに琳彪が発案した。
 立ち上がった項羽の身体から、砂が少しこぼれ落ちる。羽使いの兄は少し考えるふうにしてから、不敵な笑みを浮かべた。
「それならただの競争じゃつまらない。賭けようぜ」
「賭けるって、何を賭けるんだ」
 金なら持ってないぞ、とけげんそうな琳彪に、項羽は甲を向けた指先で、右側の方向を軽く指し示してみせる。
 つられてそちらに視線を流すと、海の家が見えた。反射的に妹の姿を探し求める琳彪の耳を、その名の響きが打つ。
「−
 ハッとして目を戻すと、項羽の瞳にはさっきの弟と全く同じ光がひらめているのだった。
を賭けて勝負。・・・乗る奴?」
 その目で皆を見回す。兄弟たちの間ににわか緊張が走り、挑発を受けて色めき立った。
「・・・乗った」
 手短にだがはっきりと兜丸が応え、続いて
「俺も」
 劉鵬も立ち上がる。
「僕も参加します!」
 麗羅が闊達に手を挙げたのを見て、項羽は少し和んだように笑った。
「麗羅もを欲しいのか?」
ちゃんを貰えるなら、断る理由なんてありません」
 にっこり返して、いっちに、と準備体操を始める。
 そんな中、静かに立ち上がった霧風は、「お前もか」と言ってきた兜丸に
をモノのように扱うのが気に食わない。お前たちに負けるか」
 突き放すようにこう告げた。
 張り切る兄弟たちの中で、尚も動こうとしない男がたった一人。
「竜魔はやらないのか?」
 長兄はどっかとあぐらをかいたまま、「荷物番がいないと困るだろう」とそっけなく答えた。
 項羽は唇の端を上げ、皮肉っぽく笑う。
「ちぇっ・・・余裕だよな」
 言い放ち、じっと竜魔の顔を見るが、反応らしき反応もないので、項羽は諦めて皆が並ぶスタート地点に向かった。
「よしじゃあ行くぜ」
「妨害行為は禁止な」
「ああ。あくまで誰が早く泳げるかの勝負だ」
 気が逸る。任務の上では不必要ゆえ常に抑制されている熱さが、体内を駆け巡る。
 全員の想いは、一つだった。
−勝って、を自分のものにする−
「スタートだ!」
 ばしゃっ、大きく水しぶきが上がる。
 竜魔が見守る先で、7忍は尋常ではないスピードで遠ざかっていった。
 一般の海水浴客たちも「何だ何だ」とざわめくほどのすさまじさだ。
(決してその存在を知られることなく・・・)
 竜魔が胸のうちで呟いた、忍びの掟もむなしい。
 しかし、あれほど皆に想われていることを、改めて思い知らさせた気分でもあった。
 誰がを貰うにせよ、心配はいらない。大切にされ、愛されるだろうから・・・。
「あれっ竜魔のあんちゃんだけ?」
「皆さんは? ジュースを買ってきたんですよ」
 竜魔は、買出し部隊に少しだけ笑んでみせた。
「皆、泳ぎに行ってしまった。俺は荷物番だ」
「そうか。私も泳いでこようかな」
 ジュースをあおってから、蘭子は歩き出した。よその男たちの注目を浴びながら、本人は気付かないのか気付いても無視か、堂々と水に入ってゆく。
「待って蘭子さん、私も」
「姫子待って、俺もー!」
 姫子と小次郎が連なってゆく。
(・・・やった! 竜魔のあんちゃんと二人きり!)
 は迷うことなく、竜魔の隣に腰を下ろした。ニコニコしながらスポーツドリンクを差し出す。
 二人はしばし黙って、渇いた喉を潤しながら、目の前に広がる海を眺めた。
 は、海の持つ多様な貌に気付いていた。
 最初に感じたよそよそしさと恐ろしさ、誰でも受け入れてくれる巨きさ、優しさ、美しさ・・・。
 そして不思議な、懐かしさ。
 地球上の生物は、元を辿れば海から生まれたんだと、昔教えてもらった。
 そのときは、自分からはずい分遠い時代と場所のこととしてしか認識できなかったけれど・・・。
「海って素敵ね、竜魔のあんちゃん」
 苦しいほどのドキドキは、海への思慕か、あるいは恋心・・・?
「海だけじゃなくて、里の外にはとっても素敵な世界が広がっていたわ。見せてくれて、ありがとう」
 眼帯に隠された方の横顔に向かって微笑みかける。
 くノ一として風魔の里に生まれ落ちた者が、こうして真夏の海水浴場に遊びに来るなんて、本来ならば考えられないことなのだ。
「・・・里に戻ったら、その後どうする? まだお前は、自分の望みを貫こうとするのか?」
 低く重々しい竜魔の声が、周りの喧騒と混じり合う。は意識が遠くなりそうな気がしていたから、わざといつものように子供っぽい答えを返した。
「竜魔のあんちゃんがお嫁さんにしてくれるなら、もう戦いたいなんて言わないけど」
「・・・・・」
 これもまたいつものように黙ってしまう竜魔。
 彼の立場と気持ちは分かっているから、答えも聞かなくても分かる。そして、いつもは寂しくなるのだ。
 だが今日は、違った。
・・・お前は簡単に思ったことをそのまま口にする・・・いつも」
 回る太陽と広がり続ける海。非日常が言わせるのだろうか−。
「・・・思っていても口に出来ない辛さを、知っているか・・・?」
 耳を澄まし竜魔の声だけを聞き取るうち、周りの声たちが全部消えてしまった。ただ波の音だけが最愛の人の声を追いかけ、幾重にも響き合っていた。
「・・・あんちゃん・・・?」
 覗きこんでも、表情は読めない。竜魔は少し下を向いていた。
「・・・いや、今の言葉は忘れろ」
 波にかき消されるように。同時に、人々の声が溢れる。
 どういう意味? なんて、聞けなかった。
 見つめる空と海が眩すぎて、は目を眇める。
「お前は、そのままでいればいい」
 例え忍びとして戦いたいという望みがかなわないとしても。
 いつか誰かを愛し、結ばれたとしても。
 そのとき、自分はこの世からいなくなっていたとしても−。
 どうかのままで、と、竜魔は切に願う。
 誰にも届かないまま、願い続ける。
「竜魔のあんちゃん」
 シートについた右の手に、の手が重ねられる。
 ゆっくりと、横を向いたら、目が合った。
 次の瞬間、花咲くように微笑んだに、心の内全てを読まれたような気がしていた。

「あれ? みんなはまだ戻ってないの?」
 蘭子たち三人はたっぷり泳いでから上がってきたのだが、パラソルの下には竜魔としかいない。
 二人が手を繋いでいるのを見て取って、蘭子は心乱されるが、は兄弟の誰とでもこれくらいのスキンシップはしているのだから、と、自分を抑えた。
「競争するだとか言っていたからな。夢中になりすぎているんだろう」
 竜魔はさりげなく手を離す。
「なにーっ競争!? 何だよ俺のいないとこで。俺が参加してればブッちぎりの一位だったのに! ちきしょー姫子に見せたかったぜ、俺の雄姿!」
「そ、そうですね・・・でも小次郎の泳ぎは十分見せてもらいましたから」
 地団駄踏む小次郎を、姫子は優しくなだめる。
「先に帰るか。置いていっても、あいつらなら大丈夫だろう」
 竜魔が言ったので、五人は片付けて先に帰ることにした。

 さてそのうちに、陽も沈みかけ、夕闇迫る大海原で。
「・・・ここ、どこだよ」
「陸が全然見えない・・・」
 風魔の誇る七忍の戦士たちは・・・、仲良く遭難、していた。
ーっ!」
 愛しくてたまらないくノ一の名を大声で呼ぶも、その声もすぐに水面と中空で拡散し、消されてしまうのだった。







      END




 ・あとがき・

この話のプロット立てたのはちょうど一年前のこと。季節外してしまったので、ちょっと眠らせていたんですが、今年暑くなってきたらまた書きたい気分になってきて。
ちゃんと書くことができて良かったです。
皆に好かれ求められる逆ハーなんだけど、竜魔落ち・・・なのかなこれは。
せっかくなので全員参加のパラレルで。

うーんまだまだ風魔が好きですね。
もっとメジャーなジャンルで書けば反応ももらえることは分かっているんだけど、やっぱり書きたいものを書きたい。そして、書きたいと思えることが幸せなのです。
まだ風魔がお好きで、読んでくださった方がいらっしゃったら、是非拍手でひとこと・・・「渚にまつわる」読みました。だけでいいので、どうかお願いいたします。





web拍手を送る ひとこと感想いただけたら嬉しいです。(感想などメッセージくださる場合は、「渚にまつわる」とタイトルも一緒に入れてくださいね)


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