メッセージ(後編)


「兜丸!」
 険しい顔で警戒をしている兜丸の脇には、誠士館の男が二人、だらしなくのびている。だが当然、が感じた気配はこいつらセコい下忍のものなどではない。
 身構えると、緊張の糸を張りつめたままにしている兜丸の前に、夜叉最強の男が姿を現した。
「飛鳥武蔵・・・」
 武蔵の全身から放出されているのは、抑制を失った殺気。辺りの風景さえ揺れて見えるほどの、それは強い・・・。
 肌を刺すような痛みとしても知覚し、は眉根を寄せた。
 こんな男を、初めて見た。
 人間離れした能力は、眼の光に最も顕著に表出している。睥睨され、戦慄する。
 強大な力を、ためらうことなく振りかざすことの出来る戦士。とてつもなく危険な−。
 ・・・それなのになぜ、哀しみを、感じてしまうのだろう。
 なぜ彼から、救いようのないほどの孤独と寂しさを、感じ取ってしまうのだろう−。

「・・・ねぇ」
 自分をかばうように前に立った兄の背中に、は囁いた。
「二人がかりでも三人がかりでも・・・、飛鳥武蔵を、倒すべきだわ」
 兜丸は何も応えない。聞こえていないはずはなかろうに、ただ目の前の敵にばかり意識を集中させている。
 だが、は重ねて言った。
「どんな手を使ってでも。・・・だって武蔵を倒せば、この戦いは終わるんだから」
・・・」
 いつものような功名心、認められたいという一心で、ただただ戦いに参加したいと主張しているのではないことは、兜丸にも伝わっていた。
 手柄を上げたいなんて考えてもいない。純粋に、夜叉との戦いを終わらせたいだけ。これ以上、兄弟を失いたくないだけ・・・。
 そのために、二人か、麗羅も入れて三人で、武蔵ひとりに向かっていこうと。
 の気持ちは、よく分かる。最強の男のみが残った今の状況で、手段を選んではいられないということも。
 だが・・・。
「・・・そんなに俺は頼りないか? 
 ぴりぴりした空気に似合わぬほど軽い口調で、それでも武蔵から視線を一瞬でも外すことは出来ないから、兜丸は背を向けたまま手を伸ばし、の木刀を持っていない方の手をきゅっと握った。
「兜丸・・・?」
 兜丸の手は、大きくて温かい。けれど場合が場合だから、はドキッとしながらも困惑していた。
・・・、絶対に忘れるな。お前の役目と、それから・・・」
 背中越しの兜丸の声は、何故だか遠くて、手を繋がれていなければ、心細くなってしまいそうなほどで。
 そんな感覚が、は自分ながら不可思議だった。
 近くにいるのに。ずっと一緒なのに・・・。
「・・・俺たちの、想いを」
 が何か言おうと口を開きかけた、そのとき。触れている手から、青白い電流が流れ込み、の全身をまたたく間に貫いた。
「・・・!・・・ぁ」
 完全に不意をつかれた形で、は意識を手放す。
「少し眠ってろ、じゃじゃ馬娘」
 背後に崩れ落ちた身体を、顧みることも叶わない。飛鳥武蔵が大事な妹にあだなさぬよう、兜丸は場所を移すことを目で促した。
 武蔵としても、女を手にかけるつもりなど元よりない。同時に移動した二人はしんとした雑木林に立ち、それぞれ木刀を構える。
「風魔よ・・・、今日この飛鳥武蔵に出会ったことを、不運と思え」
「それはこっちのセリフだ・・・!」
 強い意志を胸に宿し、兜丸は武蔵に立ち向かった。

 束の間、夢を見た。
 風魔の里でみんなと笑い合っている、それはいつもの光景だった。
 大好きな竜魔。同期の霧風。いつもご飯をたくさん食べてくれる小龍。やんちゃな小次郎。心配ばっかりの劉鵬。可愛い弟の麗羅。
 それから、イタズラ大好きな項羽と、一番一緒にいる時間の多い琳彪と・・・。
 苦言ばっりだけど、本当は大切な想いを抱いてくれている、兜丸。
 みんなが一緒にいて、他愛ない話で笑って。ときにケンカして、また仲良く食事をして・・・。
 そんな輪の中にいるは、はしゃぎながらも、なぜだか哀しかった。
 思い出を懐かしむ痛みに、よく似ていた−。
−・・・ぁぁぁ・・・−
 声が、聞こえる。
−あああーー!!−
 今度はもう少し、近くに。
 誰・・・?
 絶叫する声の主に思い至ると同時、の意識は、急速に目覚めへと向かった。
「小次郎・・・?」
 大気を激しく震わす叫び、小次郎の声・・・。夢なんかじゃない。
 体の末端にまだ残っている痺れを振り払うように、勢いよく立ち上がり、駆け出した。
 兜丸の手により眠らされてしまっていた間、一体何が・・・、・・・まさか・・・。
 悪い予感、いやな感覚がぬぐえない。それほどでもない距離のはずが、ずっと遠く感じられた。

「小次郎!」
 の声は届いていないのか、小次郎は木のもとにうずくまって顔を上げようともしない。
 歩調をゆるめ、恐る恐る近付くにつれ、木の陰に隠れていたもう一つの人影が見えてくる。
「−!」
 は瞠目し、自らの手で口もとを覆った。
 幹にもたれるように座り込んでいるのは、麗羅。口から血を流し、微笑みにも見える表情で、絶命、していた。
 そのなきがらを抱き、小次郎は、泣いていた。の耳に届いていたのは、この泣き声だったのだ。
 強く奥歯を噛みながら周りを見回すと、地面にうつ伏せに倒れている男の姿が映る。は静かに近付くと、そのかたわらに膝をついた。
 冷たい地面に血を吸わせ、兜丸もまた・・・。
「・・・・・」
 自分は、泣けない。
 小次郎みたいに、あんなふうに、感情をむき出しには、出来ない。
 ただ両手を伸ばし、今回は自分の方から、兜丸の手を握った。
 まだぬくもりが残っている手なのに、握り返してくれるどころか力が全くこもらないのが、不思議なような気がした。
 遊園地で、周りのカップルの真似をして手を繋いだときも、ついさっきだって。大きな手で、包み込むように、握ってくれたのに。・・・嬉しかったのに・・・。
 はじっと、兜丸の顔を、注視した。
 とても安らかとはいえず、痛々しいばかりの死に顔だったけれど、逸らさず見つめていた。
「−忘れないわ」
 最後の最後まで、この兄が言い続けていたこと。伝えたかったこと。
「・・・忘れない」
 言葉だけにとどまらぬ、メッセージを。
 ふわり風に包み込まれた気がして、目を上げる。もう一度見下ろしたとき、兜丸の顔が、微笑んでいるように見えた。
 も微笑み返すけれど、泣き顔に近かったかも知れない。

 いつか日は落ち、辺りは薄闇に覆われていた。
「小次郎・・・、行くよ」
「・・・ああ」
 立ち上がる動作がしっかりとしていることに、は安心する。
 泣くだけ泣いたら、あとは進むしかない。
 兄弟たちの残したものを無駄にしないためにも、しっかり大地を踏みしめて、前を見すえるしか。

 風林火山が、朝霞にけぶる空気を一閃する。
 小次郎は、もう、墓を作ったりはしなかった。
 時間を忘れて稽古に専念する末弟を、はそっと見守っていた。
 ぐんと凛々しくなった横顔、今や体の一部といえるほどに馴染んできた風林火山を真っ直ぐに振り下ろす力強さを。
 重いだろう・・・、その聖剣には、死んでしまった四人を含めた、全員分の願いと想いが込められているのだから。
(それほどまでの重さを背負えるくらいに、強くなったんだね・・・小次郎)
 バカと言われ半人前と目されていた小次郎が、何と逞しく成長したことだろう。
 姉として嬉しく、しかし失ったものを思うと、胸が切なく締め付けられるのだった。
「・・・霧風」
 近くにいることは互いに分かっていた。
 小さな呼びかけに、姿は見せぬまま霧風が応える。
「何だ・・・」
 も、小次郎から目を離さず囁く。
「決戦が、近いわね」
「・・・ああ」
 ごく短い返事の中にも、彼の気持ちは読み取れた。

 今、日が昇る。
 無彩色の林の中に明度が増し、小次郎の顔にも赤みがさした。体にも風林火山にも繊細に刻まれる陰影を、は目を細めて、見つめた。

 朝が来て、また新しい今日が始まる。
 風魔対夜叉の死闘も、終焉に向かって動き出す。









                                                  END




 ・あとがき・

ドラマでは、忍びの生き方、人間としての生き方、色々描かれていましたね。
決してブレない竜魔、感情を包み隠す霧風、小次郎を諭す劉鵬・・・。
麗羅の死に目にあったとき、小次郎は泣いていた。あの中で育ちながら本当に人間らしく育ったんだなー。
悲しみを力に変え、戦いを終わらすために風林火山を振るう小次郎の姿に打たれました。
成長して強くなって、男らしくなったね。

小次郎が麗羅の方ばかりにいたので(同期だしね・・・)、ここではちゃんに兜丸の方に行ってもらいました。
ホントにちゃんに告白すると死んじゃってるよ・・・。
でも兜丸は最後までちゃんを守りたかったんだよ。
兜丸は電撃系の技を使うんでしょうか・・・アイオリアみたいな。原作では技も何も出す暇がなかったから、ちょっと嬉しかった。

決戦、ラストまでこのシリーズで是非書きたいですね。





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