柔道部の助っ人を頼まれた劉鵬と一緒に帰っていたら、神社の前を通りがかったので、必勝祈願をと立ち寄った。
 そのときに遭遇したのが、誠士館の選手として出場するという、夜叉の黒獅子だった。
 金髪、日本人離れした顔立ち、立派な体格。
 兄たちにはないタイプに、は強く惹かれた。
 無論、敵に興味があるなんて、誰にも言えないけれど。


 青春、もうひとつ。


「また、いたのか」
 口ではそう言いながらも、こちらに近付いてきてくれる。
 と黒獅子は、神社の境内にて逢う魔が時を過ごすようになっていた。
 最初はほんの数分。一週間のうち、日に日に時間が延びてゆき、今やもう30分くらいは居座っている。
 おしゃべりが弾むというでもなく、顔と顔を合わせるというでもなく。ただ互いに木の幹に背をもたせるように立ち、無言で、もしくはぽつりぽつりと言葉を交わすだけの、逢瀬とも呼べない二人の時間。
 そうしていながら、の胸のうちには、確かに芽生えているものがあった。
 そばにいるだけで、胸に甘く重い塊が宿り、体中痺れたようになる。心臓の鼓動が、こめかみにまで響く。
(この人は、どうなんだろう・・・)
 彫りの深い横顔を盗み見るようにしながら、は考える。
 どうして、こんなふうに、一緒にいてくれるのだろう。もしも・・・、もしも自分と同じ気持ちでいてくれるなら・・・。
 聞き出すことも叶わぬうち、はや明日は試合の日。
 いつものように黒獅子と一緒の場所にいながら、は切ない想いを抱いていた。
「・・・明日、試合だね」
「ああ」
「もうここに来ることもないよね」
「当たり前だろ」
 そっけない。やっぱり、何とも思われていないのだろうか。
 風に黒獅子のにおいを感じていた。汗のにおいは、いやではない。むしろドキドキ高まって、どうしようもなくなってくる。
「黒獅子・・・、あのさ」
「何だ」
 話しかけたはいいが、何と続けたものか。真っ白の頭の中に、一番最初にここで見た彼の姿がふと浮かんだ。
 小銭をチャラチャラ言わせていた黒獅子。夜叉が神頼みなどするか、これはコンビニの釣り銭だ。と言っていた・・・。
「・・・ねっ、コンビニに行こうよ!」
 さすがに唐突すぎたか、黒獅子はハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。

「コンビニって好きなんだ。里にはないし、色んなのが売ってるから」
 お菓子コーナーであれこれ選んでいるの背後で、黒獅子は憮然としている。
「どーせ金持ってないクセに・・・まさか俺がオゴんのか?」
「いいじゃない、お釣りをまたお賽銭にすればいいよ。明日が試合なんだから、もう一回祈願したら?」
 新発売のマロン風味チョコを手に振り返ると、黒獅子は片頬を歪めるように笑った。
「まァ、風魔に貸しを作るのも悪くない」
「やったー。じゃジュースも買っちゃお」
 ひらりと冷蔵庫に向かう。小娘に振り回されているようで、やっぱり最初のムッとした顔に戻ってしまう黒獅子だった。

 夕暮れも過ぎ、闇のどんどん迫り来る時刻だというのに、は黒獅子を近くの公園に誘った。
「こんなの持って帰ったら、みんなにあっという間に食べられちゃうから。証拠隠滅」
 ベンチに座り、早速菓子の箱を開けている。
 黒獅子も、仕方なさそうに隣に座った。
「おいしー」
 楽しげにチョコを頬張る、の横顔を眺める。
 宿敵である風魔のくノ一だというのに、こっちは夜叉八将軍だというのに。何て無防備なんだ・・・腹が立つくらい。
「・・・おい」
「ん? 食べる?」
「いやいらん。・・・この間、劉鵬の奴が言ってたな」
 お菓子に夢中なのか、話は聞いていても顔を上げもしない。
 黒獅子は、の首に、後ろから手を当てた。大きなてのひらがしっかり巻きつくと、びくっと、華奢な肩が震える。
「神社で殺生はバチが当たる、とな。・・・ってことは、神社はダメでも、ここでならいいんだろ・・・」
 指が、頚動脈に触れる。
 ニヤリ笑う黒獅子に、顔を覗き込むようにされて、は観念するように目を伏せた。
 そうだ、夜叉一族は、500年も前からの因縁が続く敵。今まで手にかけようとしなかったのが、神のテリトリー内だったからというのであれば、こうなるのも当然のこと・・・。
 静かに目を閉じたままのは、黒獅子が身動きをする気配を感じ取っていた。
 それなのに、一向に、首にかけられた手に力は加わってこない。
「・・・
 名を呼ぶ声はごく近い。息が、の唇にかかるほどに。
 と、思ったら・・・、その唇に、あったかくて柔らかいものが、触れた。
「−!?」
 弾かれたように離れ、開けた目のまん前に、黒獅子の顔がある。
「・・・甘ったるっ・・・」
 の唇でマロンチョコを味わった黒獅子は、甘いものは苦手だとばかりに顔をしかめていた。
 首から手を外し、ベンチの背もたれに肘をかける。
「何で、逃げるなり抵抗するなりしねぇんだ。殺されるとは思わなかったのか」
「・・・だって・・・」
 さっきちょっとだけ触れた唇が、熱い。それだけではなく、いっぺんに全身、熱くなる。
 はおののくように、身を震わせた。
「殺されても、仕方ない・・・。罰だもの・・・。夜叉を好きになってしまった、罰・・・」
 熱を吐き出すような、告白だった。

 好きになってしまった。
 とっくに自覚はあった。
「俺を好き、か」
 黒獅子はどこか皮肉めいた口調で、繰り返す。
 敵同士の、許されない・・・。
「・・・俺もだ・・・」
 紛れもない、これは、恋。
 好きでもなけりゃ、誰がわざわざ、毎日神社になど足を向けるものか。
 風魔だろうが何だろうが、気持ちは止められない。
 黒獅子は改めて、に口づけ、文字通り甘い唇を吸った。
 胸の小さな膨らみに手を触れようとしたら、嫌がるそぶりを見せるので、ふっと笑う。
「・・・なんだ、くノ一というから全部教え込まれているものかと思えば・・・、全くのおぼこか」
「−−−!!」
 耳までカーッと朱に染めて。にらみ上げているつもりの目すら、可愛らしさしか感じさせない。
「・・・劉鵬に伝えておけ。首を洗って待ってろ、とな」
 ぽん、と頭に手を載せると、あっさり立ち去る。チャラ・・・小銭が鳴った。
 振り返りもしない背中には、黒い柔道着が揺れている。未練も何もないのかと、は寂しい気持ちになる。もしかして玩ばれた・・・? 思わず口をついて出た告白に、俺もだ、って言っていたけど、でも・・・。
 ごちゃごちゃと整理のつかない頭で、とりあえず、ペットボトルのキャップを取った。だけど、口をつけただけでも落ち着かない。ここが触れ合ったのだと思うと・・・。
「・・・どうしよう・・・」
 ここ一週間で温めてきた想いが、急にハッキリとした形を持って、の心に根付いてしまったものだから。
「どうして、こんなに・・・、苦し・・・っ・・・」
 うずくまるようにしてやり過ごそうとするも、空回りに終わる。
 気付くと、辺りはもう真っ暗だった。

 重い足を引きずるように柳生屋敷へ帰る途中、偶然にも姫子に出会った。
 同じく蘭子の家へ向かうところだという姫に頼み込み、今まで一緒だったと口裏を合わせてもらうことにした。
 女のカンが働きでもしたか、姫子は何も聞かなかったけれど、意味ありげな笑顔で快諾してくれた。おかげで、兄たちに遅すぎる帰宅を咎められることもなく、は心底ホッとしたのだった。

 姫子がわざわざ持ってきてくれたのは、鉄砲水で柔道場が使えなくなり、大会は延期になったという知らせだった。
 だが、劉鵬と黒獅子の闘志が静まるわけはない。次の日、誰もいない別の柔道場で、二人だけの試合が行われた。
 互いに忍びの技を使わない激しい戦いが繰り広げられる。最終的に制したのは、劉鵬だった。小次郎とこっそり覗き見ていたは、もちろん喜んだけれど、心の底からかと言われれば、口をつぐむほかなかった。
 風魔のくノ一として、劉鵬の応援をするのが当然なのに。目ではずっと黒獅子の姿を追っていた。最後に劉鵬の背負い投げが決まったとき、「ああっ!」と声を出しそうになった。必死で押さえたけれど・・・。
「・・・黒獅子」
 誰もいなくなったところを見計らい、は畳を渡り黒獅子の前に膝をついた。
 半身起こした黒獅子は、汗まみれの顔でを見る。
「何だ、笑いに来たのか。それとも止めはお前が刺しでもするのか?」
「・・・まさか。正々堂々と戦ったんだし、黒獅子すごくカッコ良かったよ。まして、私が止めなんて」
 膝を進めようとすると、黒獅子はその分後ろに下がろうとする。
「あんまり近寄るな。・・・今、ものすげぇ汗臭い」
「構わないわ」
 そのにおいも好きだから。とまでは言えないけれど、は遠慮なく近付いた。の膝が、黒獅子の足に触れる。
「・・・もう会えない?」
「・・・」
 切実さを逸らしはできず、黒獅子は右手を伸ばした。その手も汗まみれであることに気付き、道着の裾でゴシゴシこすってからの頬を包み込むようにする。
「この戦いが終わったら・・・、貰いに行く」
 掟なんて、昔からの因縁なんて。知ったことじゃない。
 今ここで生きている自分が、目の前にいる娘を欲しいと思う。それのどこが悪いというのか。
「・・・貰いに来て」
 約束を留める術は何もないから、はキスに託した。
 膝立ちして、自分から、唇を重ねた。
「・・・今日は、しょっぱいな」
「甘いの、キライなんでしょ」
 少し、笑い合って。
 は黒獅子の腕の中に、ためらわず飛び込んだ。


                                                           END




 ・あとがき・

DVD3巻を見たらやはり青春の話も書きたいなと。
劉鵬大好きなんだけど、黒獅子もなかなかにイイ男。二人の柔道シーンは見応えあったね。

今回も「風連」ヒロインでのお相手夜叉ですが、もう割り切っちゃえ。掟だとか敵だとか、あれこれ考えると話が成り立たなくなっちゃうから、その辺は適当に流しておきましょう。
黒獅子の最期を思うと切ないのですが・・・、ここではパラレルなので、ちゃんと最終的には幸せになれたということで。
それにしても、壬生はどうして黒獅子を殺したんだろう。ただでさえ夜叉は残り少なくなっていたのに、もったいない。

原作の黒獅子は何メートルあるの?って思うくらい人間離れした体格しとります。でも小次郎に一撃でやられちゃってました。
せっかくだから忍びとしての戦い方も見てみたかったな。





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